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2010.09.25

尖閣沖衝突事件の背景にポスト胡錦濤時代の権力闘争があるのでは

 尖閣沖衝突事件について日本人が日本側から見るのは自然なことだし、この地域の実効支配が日米安保条約つまり実質米軍に支えられているにもかかわらず日本からナショナリズム的に強行論が出てるのも、戦後が遠くなる風景でもある。しかしこの事件、中国側から考えるとかなり奇妙な事件でもあった。
 前回のエントリー(参照)では詳しく言及しなかったが、今回の中国「漁船」の領海侵犯には奇妙な点がいくつもあった。
 公務執行妨害となったのは一隻だが、他にも「漁船」は繰り出していて船団を形成していた。また中国としては自国領という主張があるにせよ日本が警戒している領域で堂々と大きなトロール漁の網を打っていたことや、警告を受けてから体当たりをくらわせるといった点も異例だった。
 しかし日本という文脈を外せばそれほど異例ではない。この数年、中国「漁船」には対米的に異常な活動が目立っていた。昨年の事例としては、2009年5月6日付け産経新聞記事「中国漁船が米軍調査船妨害 黄海、「危険行為」と批判」(参照)がある。


 米国防総省は5日、中国と朝鮮半島の間に位置する黄海で今月1日、米海軍調査船が中国漁船に異常接近されるなどの進路妨害を受けたと発表した。同省報道担当官は「危険な行為だ」と批判した。
 米中船舶同士のトラブルは3月に南シナ海でも発生し、両政府が再発防止を約束したばかり。

 今年では3月8日には南シナ海で米軍への妨害があった。3月10日付けAFP「中国艦船、米海軍調査船に妨害行為 南シナ海の公海上」(参照)より。

米国防総省は、南シナ海(South China Sea)の公海上で8日、5隻の中国艦船が、米海軍の非武装の調査船「インペッカブル(USNS Impeccable)」に対し、約8メートル以内に近づくなどの危険な妨害行為を行ったと発表した。同省はまた、この事態に対し中国当局に抗議したことを明らかにした。


 インペッカブルの艦長は無線を使って、「友好的な態度」で中国艦船に対して、海域から退去するために安全な海路を開けるよう求めたという。だが、2隻の艦船がインペッカブルの真正面に移動し、インペッカブルは衝突を避けるため緊急回避行動を余儀なくされたという。さらに中国艦船は、インペッカブルの進行方向に木材を投げ込んだという。

 こうした中国「漁船」の活動を偶発と見るには頻発していた。
 今回の尖閣沖衝突事件の計画性は、後詰めの段取りもよさからも推測される。例えば、9日付け毎日新聞「中国漁船接触:中国の調査船、尖閣方向に航行」(参照)より。

 中国の国家海洋局の海洋調査船が東シナ海を沖縄県・尖閣諸島方向に航行していることが8日、政府関係者の話で分かった。尖閣付近では、中国の漁船船長が公務執行妨害容疑で第11管区海上保安本部(那覇市)に逮捕されたばかりだが、これとの関係は不明。尖閣諸島に接近した場合に備え、政府内で対応を検討している。政府高官は8日夜、「向こうからまた船が出てきている」と語った。

 同日朝日新聞「中国が漁業監視船派遣 尖閣沖衝突、海域の主権主張狙う」(参照)は漁業監視船の派遣を伝えている。

 漁業監視船は農業省に属し、自国領海での中国漁船の保護や管理、外国船に対する監視などを行うとされる。軍艦を改造し、ヘリコプターや銃器を搭載した船もある。中国はベトナムなどと島の領有権を争う南シナ海の一部にも同船を派遣し、護送船団方式の漁を行ってきた。

 今回の事件はあえて日本に挑むように仕組んだという見立ては否定しがたい。
 するとなぜこのタイミングなのだろうか?
 前回も触れたが、民主党の新内閣を試すということは想定できる。しかし、日本に焦点をあてるのではなく中国の内情に目を向けるなら、当然上海万博が想定される。もちろん、今回の事件がすべて中国側だけによるというわけではないが。
 北京政府としては世界が注目する上海万博中に国際的な問題を引き起こしたくない。逆にいえば、そこで問題を起こせば国際的に注目され、北京政府は窮地に立たされる。今回の事件は、わざわざこの時期を選んだのではないか。国連総会に出席する温家宝首相のメンツ潰しも含めて。
 あるいは上海万博後に中国内政的に想定されている経済・社会的な混乱が前倒しのように影響しているのかもしれない。外交面でもこのところ中国は失敗が続いていた。
 そこまで中国の内政が緊張しているとするなら、それはなぜだろうか?
 過去を顧みても、もっとも想定されることは権力闘争だろう。そして、現下の権力闘争の中核には、民主党元幹事長小沢一郎氏が訪日のために天皇を政治利用するのかと批判世論まで出た習近平国家副主席が関わっている。
 現在の胡錦濤国家主席は、2年後の2012年の共産党党大会で引退が予定されていて、次期最高権力者には習近平が有力視されている。この問題が習氏の訪日に関連していることは以前も言及したが(参照参照)、この習氏への権力委譲で何か中国内で異変が起きているのではないだろうか。そのために胡錦濤氏の政権への攻撃、あるいは胡氏の出身でもある共青団(中国共産主義青年団)への攻撃があるのかもしれない。また、単なる権力闘争ではなく、上海万博以降の中国政治・経済に起きる異変を先取りしたものでもあるかもしれない。
 推測が多段になったので、理路をまとめておく。

  • 尖閣沖衝突事件が偶発的なものでなければ、なぜこの時期に画策されたのか?
  • この時期の中国内政の最大の懸案は上海万博の成功である。
  • 上海万博を揺るがすことは胡錦濤を揺るがすことになる。そこが狙いか?
  • 中国内政の権力闘争があるなら、中核は習近平氏である。
  • またその権力闘争は今後の中国社会の政治・経済的な不安定要因を背景にしているのではないか?

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2010.09.24

尖閣沖衝突事件の中国人船長を釈放

 日本領海内である尖閣諸島周辺で7日海上保安庁・巡視船に中国漁船が衝突し、公務執行妨害の疑いで逮捕・送検・拘留されていた詹其雄(41)船長について、那覇地検は今日、処分保留の釈放を決定した。理由は、「船長がとった行動に計画性は認められず、我が国の国民への影響や今後の日中関係を考慮した」(参照)とのことで地検が外交関係に配慮したことを明確に示した。釈放時期は未定だが早急に実施されることだろう。
 司法が外交に言及するなど、通常なら余計なことを口にして愚かなことだと見られがちだが、今回の地検対応はそれなりの意味がある。
 日本人の大方の印象は理不尽な中国の圧力に屈した菅政権の弱腰外交の影響を見ることだろう。この数日、中国側は詹船長釈放に向けてかなりの圧力をかけていたことがどうしても背景に見られてしまう。
 国連総会出席で訪米した温首相はニューヨークの在米華人会合で「必要な対抗措置をとらざるをえない」(参照)と延べたが、中国人向けにのメッセージであるにもかかわらず、これに歩調を合わせるかのように世界需要の大半が中国で産出されるレアアースの対日輸出禁止がニューヨーク・タイムズで報道(参照)されたことや、ゼネコン「フジタ」社員4人が河北省石家荘市国家安全機関の取り調べで拘束された報道が続いていた。日本人にしてみると、これは日本への中国からの不当な圧力に見える。
 中国をある程度注視してきた人間であればレアアース輸出禁止はニューヨーク・タイムズ報道後に即座に否定が入るほどよくできたマッチポンプでしかないし、安全保障の名目でご都合主義的に中国が外国企業人を逮捕するなど、リオ・ティント社事件(参照)から考えれば四季折々の趣向もない日常の風景に近い。
 むしろこんな児戯に等しいパフォーマンスをご丁寧にやってくれたものだなという中国の心情を察するべきで、そうでもしないと通じない日本の民主党へのいらだちがある。
 推移から推測する部分があるが、北京政府側は今回の中国漁船と称するこの船舶の独走に困惑を感じていただろう。もちろん自称漁船も毎度の行為の延長で脅しに出たに過ぎず、たいしたヘマをやったとは思っていなかっただろう。日本ではこの件で今回注目されたが、領海内への中国漁船および台湾船の侵犯は、私が沖縄で暮らしていた8年前からでもよく聞く話であった。沖縄タイムスを見ると今でもそれほど変わってはいないようだ(参照)。
 その後の経緯から見て、この自称漁船には、中国の軍ないし一部の勢力が荷担していると見てよいだろう。外交評論家の岡本行夫氏が「ねじれた方程式『普天間返還』をすべて解く」(文藝春秋2010.5)でこう述べているように、中国の領海拡張の常套手段である。


 南ベトナムから米軍が引くときは西沙諸島を、ベトナムダナンからロシアが引いたときは南沙諸島のジョンソン環礁を、フィリピンから米軍が引いたときはミスチーフ環礁を占拠した。
 このパターンどおりなら、沖縄から海兵隊が引けば、中国は尖閣諸島に手を出してくることになる。様子を見ながら最初は漁船、次に観測船、最後は軍艦だ。中国は一九九二年の領海法によって既に尖閣諸島を国内領土に編入している。人民解放軍の兵士たちにとっては、尖閣を奪取することは当然の行為だろう。先に上陸されたらおしまいだ。


 そうなった際は、日本は単に無人の尖閣諸島を失うだけではない。中国は排他的経済水域の境界を尖閣と石垣島の中間に引く。漁業や海洋資源についての日本の権益が大幅に失われるばかりではない。尖閣の周囲に領海が設定され、中国の国境線が沖縄にぐっと近くなるのだ。

 その意味で、中国による尖閣諸島実効支配への弛まぬ努力は単にお仕事をしているだけで、しかもいつものプロトコルどおり「漁船」から繰り出しているのであるが、不慣れな民主党政権は、やや強行に出てしまった。
 しかも、中国軍側のお仕事に「やってよし」というシグナルを出したのは、直接的には中国軍であろうが、「いいんじゃないの」という雰囲気を醸し出したのは日本の民主党政権である。
 あまり解説するとろくなとばっちりが来ないが、中国軍側としてはこの領域における米国のコミットが解除されたのか、日本の政権交代以降、気になっていた。
 また「南シナ海領有権問題に関わる中国と米国: 極東ブログ」(参照)で触れたように南シナ海側にも出たいと思ったら、関係国を怒らせあまつさえ米国に泣きつき、米国が強面に出るという事態を引き起こしたが、東シナ海については米国の日本コミットが薄れているか試してみたいところだった。
 今回の事態で私が面白いなと思ったのは、そうした中国軍の思いを在米の中国サイドがわかりやすくメッセージを出してくれたことだ。特にニューヨーク・タイムズでニコラス・クリストフ記者が傑作だった(参照)。

As I noted in my previous item, the U.S. in theory is required to defend Japan’s claim to the islands, based on the wording of the U.S./Japan Security Treaty. In practice, we wouldn’t, but our failure to do so would cause reverberations all over Asia.

前回述べたように、日米安保の文言からすれば、米国は理論上は尖閣諸島についての日本側主張を守ることを求められる。実際のところは、米国は動かないだろう。しかし、そうしないとアジア諸国全体に影響を与えることになる。


 米軍が動かないことは、事実上独自の防衛力を持たない日本にとって、国益の放棄になり、アジア諸国に脅威を与える。これは14日付けフィナンシャル・タイムズ社説「Mending fences in Beijing and Tokyo」(参照)が参考になる。

Japan is not wrong to defend its interests. If it cannot, what hope for smaller countries such as Vietnam, which also has territorial disputes with Beijing?

日本が自国の国益を守ろうとすることは間違いではない。もし日本ができないようなら、中国と領土問題を抱えているベトナムなど日本より小さな国にどんな希望があるというのだ?


 しかし結果的に見ればクリストフ記者の活躍はグッジョブだった。おかげで米政府はこの機会に尖閣諸島問題にもう一歩踏み出した言及に迫られることになった(参照)。

 【ニューヨーク時事】前原誠司外相は23日午前(日本時間同日夜)、ニューヨーク市内でクリントン米国務長官と約50分間会談した。前原外相は尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件について、国内法に基づき刑事手続きを進める方針を説明。これに対し、クリントン長官は尖閣諸島について「日米安全保障条約は明らかに適用される」と述べ、米国の対日防衛義務を定めた同条約第5条の適用対象になるとの見解を表明した。

 雨降って地固まるの類だが、もともとそこまでの馬鹿騒ぎになると北京政府側は想定していなかっただろう。
 中国軍側のお仕事とは逆に、北京政府側としては、領有権だの歴史問題だので反日ナショナリズム運動が暴発するのが一番の迷惑である。愛国の旗を掲げて実際には政府側を批判するというのが中国政情不安の定番でもある。しかし、日本の稚拙な強攻策のおかげでまず中国内政に手を打たざるを得なくなってしまった。
 加えて、北京側ではすでに南シナ海問題でアジア各国を敵に回し、その後ろ盾に米国が付くというまずい構図を引き起こしている。さらにこれと同じ構図を対日本で取りたくないところだ。そうでなくても、米側から通貨問題でバッシングを受けているし(参照)、インドなど南アジア諸国からも国防上の反感を買いつつある(参照)。
 繰り返すが、北京側としては、いつも通り日本は「漁民」を送還してくれるものと期待していたし、それがいわば暗黙のプロトコルであったのだが、今回の民主党政権はどうしたわけか、いちばんヤバイ「船長」が残され、拘留までが延長されている。さらにヤバイだろうビデオテープも押さえられている。こんなものがユーチューブにでも公開されれば、中国軍側のメンツからさらに強行に出て、押さえきれなくなるかもしれない。
 日本の民主党政府もおそらく米側からの説得だろうが、ようやくこうした事態の構図を理解し、そして安保確認という実質的な利を取ったのだから、ここで北京政府側に少しお詫びの熨斗でも付けておくべきかというところで、29日の拘留期限を5日ほど前倒しにした。日本の検察がそれは外交理由だと明言した事態の背景はそんなところだろう。もともと日本には領海侵犯罪といった法はなく、通常は漁業法違反で対応している。今回は立ち入り検査の公務執行妨害であり、過去の事例から見て起訴できるすらどうかも危ぶまれるケースでもある。国内的にも、起訴できませんでしたという結果を出して中国に分があるように見せるよりはましという判断もあるだろう。
 中国人は律儀である。借りを受けたと理解すれば、しばらくして別の文脈を装ってそれなりのお返しはしてくれる。日本の民主党政権に智恵があるなら、好日ムードなんか要らないから、北朝鮮のほうにちょっと色を付けてねとメッセージを出すべきだろう。


追記
 「中国人は律儀である。」という中国人観をお気に召さないかたが多いようだ。意見が異なるということはしかたがないが、「律儀」を日本風に誤解しているかたが多いようなので補足しておきたい。

cover
この厄介な国、中国
岡田英弘
 中国人のエートスを理念化していうのであって例外は当然あるだろうが、そうして見ると、中国人は行動の規範に損得や善悪についての一種の心理的な複式簿記の貸借対照表のようなものを持っている。そうした心性をもっている民族は他にもあるが、中国人の場合、これが他者間で相互に対照されることが規範になる。簡単にいうと、この貸借対照表上でバランスが崩れていると他者から攻撃をつけいらせる余地を産むことになる。別の言い方をすれば、中国人の行動原理の原点であるvulnerability(一種の脆弱性)の表れでもある。
 中国人と中国政府は異なるというのも当然だが、中国政府は他国政府、とくに複数の政府に対して、この貸借対照表の感覚を内政の敵対関係上使わざるを得ない。「日本がいかに悪いか」が他の関係国に意味があるように響かないと、vulnerabilityになってしまう。
 今回の例では「日本もなかなか北京のご意向を酌んでいるじゃないか」という内政的な視点を放置すればそれがまたvulnerabilityとなり内政的な弱点を産むのである。

追記
 「中国人は律儀だ」というエントリの文脈に直接対応するわけではないが、その後の中国の軟化の展開は存外に早いものだった。
 26日付け共同「中国、対立収拾へ着地点探る 尖閣漁船衝突事件」(参照


 中国外務省は、日本が要求を拒否する外務報道官談話を出したのを受けて再び反論したが、謝罪と賠償を「求める権利がある」と微妙に表現を弱めた。中国外務省筋によると、これは中国側が「振り上げた拳」を調整し始めたシグナル。日本側の謝罪と賠償がない限り妥協しないという意味ではないという。日本が処分保留で船長を釈放したことで中国側は「最大の目的は達成した」と判断している。

 28日付け共同「中国副局長、日本重視と強調 関係修復に「行動」求める」(参照)より。

 中国外務省の姜瑜副報道局長は28日の定例記者会見で、中国が日中関係を重視していると強調した上で、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近での漁船衝突事件で悪化した関係の修復に向け、日本側に「誠実で実務的な行動」を促した。事件をめぐり、日本側に要求していた「謝罪と賠償」をあらためて求めることはなく、改善に向けたシグナルを送った形だ。
 姜氏は、事態収束への努力を日本側に促す一方で「(日中)共同の努力」も強調、これ以上の関係悪化に歯止めをかけるよう呼び掛けた。


 姜氏は、中国側が求めた謝罪と賠償を日本側が拒否、逆に巡視船の修理代を求めていることについて「日本側は相応の責任を負うべきだ」と反論。しかし従来より表現を弱め、中国が日本側を刺激しないよう配慮していることを示唆した

 29日付けNHK「中国の強硬姿勢 軟化の見方も」(参照)より。

 沖縄県の尖閣諸島の日本の領海内で起きた中国漁船による衝突事件で、中国政府は、事実上止めていた希少な資源レアアースの日本への輸出手続きを28日から再開させたほか、中国外務省の記者会見でも、日本側に要求してきた「謝罪と賠償」については言及を避けており、これまでの強硬な姿勢を軟化させ始めているのではないかという見方が出ています。
 中国政府は、中国漁船による衝突事件のあと、今月21日からハイテク製品の生産に欠かせない希少な資源レアアースの中国から日本への輸出の手続きを事実上止めていましたが、日中の貿易関係者によりますと、28日にこの措置を取りやめたということです。また、中国外務省は28日の記者会見で、「日本側が誠実で実際の行動を取ることが必要だ」と述べましたが、これまで求めていた「謝罪と賠償」については言及を避けました。さらに中国外務省の幹部は29日、NHKの取材に対し、「今のような状況を中国側は望んではいない。領土をめぐる話で両国関係に衝撃を与えることは避けてほしい」と述べました。このほか、中国政府は「良好な関係こそが両国にとって利益になる」とも強調し始めており、中国政府としては、日本との関係悪化の影響が経済や民間交流に広がるなかで、関係修復の糸口を探るために、これまでの強硬な姿勢を軟化させ始めているのではないかという見方が出ています。

 30日付け「中国 日本人3人拘束解かれる」(参照)より。

 中国河北省で今月20日、無断で軍事管理区域に入ったとして、日本の建設会社の社員ら4人が中国の当局に拘束されていた事件で、4人のうち3人の拘束が30日午前、解かれました。
 この事件は今月20日、日本の建設会社「フジタ」の社員2人と、上海にある現地法人の社員2人のあわせて4人が河北省の軍事管理区域に無断で立ち入り、軍事施設を撮影していたとして、中国の治安当局に拘束され、取り調べを受けていたものです。中国国営の新華社通信は、4人のうち3人については中国の法律に違反したことを認め、反省しているとして、30日午前、拘束が解かれたと伝えました。

追記
 10月9日、中国当局に拘束されていた日本の建設会社「フジタ」の社員高橋定さんも釈放され、これでフジタ関連では全員釈放された。10日付け毎日新聞「クローズアップ2010:フジタ・高橋さん釈放 対中国、危機管理課題」(参照)より。


 中国当局に拘束されていた建設会社フジタ現地法人社員の高橋定さん(57)が9日釈放され、沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に端を発した日中間の緊張はひとまず収束した。


 外務省内には、衝突事件への「意趣返し」との説に同調する見方も少なくない。中国側は関連を認めていないが、釈放が中国人船長の場合は事件発生から18日後、高橋さんは19日後と大差はない。

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2010.09.23

スウェーデン総選挙に見る社会民主主義政党の凋落

 スウェーデン総選挙についての日本の報道を見ていて、ピントがずれているということはないのだが、同国が「社会民主主義のメッカ(Mecca of social democracy)」(参照)とも呼ばれる点も考慮し、少し補足したほうがいいかなという感じがするので簡単にふれておこう。
 どういう選挙であったかという説明もかねて、20日付け朝日新聞「スウェーデン総選挙、中道右派政権続投 右翼政党も議席」(参照)から見ていこう。


【ストックホルム=橋本聡】スウェーデン総選挙(比例代表制、定数349)は19日投開票され、フレドリック・ラインフェルト首相(45)の中道右派4党連合が計172議席を占めて勝利した。一方、「反移民」を唱える右翼政党が初めて国政に進出し、20議席を得た。イスラムへの「不寛容」の波が北欧にも及んでいることが浮き彫りになった。
 ラインフェルト首相は20日、2006年に発足した中道右派政権の続投を宣言した。だが過半数に3議席足りず、政権が「不安定な状態」になることを認めた。

 選挙後の勢力は同ページの図(参照)がわかりやすいが、移民に比較的寛容だった中道的な4政党の集まりである与党連合が3議席差で過半数を取ることができなかった。つまり、今後スウェーデンは移民に寛容な政策が採りづらくなった。
 朝日新聞記事では、「反移民」を唱える右翼政党である「民主党」が20議席を取ったとあるが、これは与党連合を阻止するための動向であり、一気にこれだけの議席を取った点が注目された。スウェーデン国民で移民排除を求める人の声が選挙結果に反映したことで、右派政党がキャスティング・ヴォートを取りかねない状況になってしまった。
 このスウェーデン民主党がどういう政党であるかというと、同記事ではこう説明されている。引用が長くなるが、読まれるとわかるだろうが、日本社会に示唆するものを含んでいる。

 スウェーデン民主党は1988年に結成された。治安の悪化や、移民に対する福祉コストを疑問視する空気の広がりを追い風に、地方議会から勢力をのばしてきた。
 ジミー・オーケソン党首(31)は「わが国の移民政策は失敗だった」と、イスラムへの反感を隠さない。黒いブルカ姿のイスラム女性が福祉手当をもらいに殺到する場面を演出した選挙CMを作り、差別的だとして民放テレビ局に放映を断られると、同党のウェブサイトで流した。支持者の大学生ミケル・シェランデルさん(21)は「スウェーデン社会にとけ込まない移民は減らすべきだ」という。
 背景には8%台の失業率や、とりわけ深刻な若者の就職難がある。世論分析の専門家マルコス・ウベル氏は「社会の底辺の欲求不満が、移民を生けにえにする形でふきだした」とみる。

 欧米では今回の選挙が注目されたが、背景には、欧州での右派政党の台頭がある。

 欧州では移民排斥を唱える右翼政党が勢いを増している。オランダでは6月の総選挙で第3党に急伸し、3カ月たっても新政権発足が滞る要因になっている。デンマーク、ノルウェー、オーストリアなどでも国政レベルで影響力をもつ。

 「国政レベルで影響力をもつ」がやや曖昧だが、右派政党の台頭により穏健な与党が過半数を維持でなくなった国としてはすでにオランダとベルギーがあり、今回スウェーデンがこれに続くことになった。
 朝日新聞記事では「デンマーク、ノルウェー、オーストリア」とあるが、これに、すでに極右政党が政権入りを果たしているイタリアを筆頭に、オーストリア、ブルガリア、ハンガリー、ラトビア、スロバキアも同じ傾向にある。
 フランス・サルコジ政権によるロマ不法移民追放も、表面的にはつい右派的な傾向であるかのようにも見られるが、むしろこうした欧州各国の政局の状況からすると、国民戦線の台頭に先行してその芽を摘む動向と見たほうがよいかもしれない。
 さらに広義に見るなら米国に置けるティーパーティの台頭もこうした傾向にあると言えるかもしれない。共和党的な動向と見られてきたティーパーティもすでに共和党と軌を一にしているわけではない。
 今回のスウェーデン総選挙について、朝日新聞とは観点を変え、高福祉政策の蹉跌に焦点を置いている報道もある。一例は、20日付け産経新聞記事「スウェーデン総選挙 中道右派の連立与党が勝利」(参照)である。

【ストックホルム=木村正人】スウェーデン総選挙(定数349、比例代表制)の投開票が19日行われ、中道右派・穏健党のラインフェルト首相(45)率いる4党連合が172議席を獲得、同首相は20日未明、「政権を継続する」と勝利宣言を行った。過半数には3議席届かず、野党の緑の党と政策協議に入る。高福祉高負担を実現してきた中道左派・社会民主労働党の退潮がくっきりした。

 20日付け日経新聞記事「スウェーデン議会選挙、与党の中道右派が勝利」(参照)も似た視点である。

【ウィーン=岐部秀光】19日投票の任期満了に伴うスウェーデン議会(定数349、一院制)選挙はラインフェルト首相(45)率いる穏健党などの中道右派与党連合が勝利し、同首相の続投が決まった。減税や国営企業民営化などに取り組む見通しで「高福祉・高負担」で知られる経済モデルの修正が進みそうだ。

 高福祉高負担を目指す政党の退潮と再編成は、現在の英国の政局でもキャメロン政権による高福祉リストラが中心的な話題となっている。
 おそらく日本の現民主党政権も終了後には同種の傾向が出てくるか、存外に現民主党が変質せざるをえなくなるだろう。スウェーデンの「民主党」を思えば、「民主党」という名のまま右派政党化しても国際的にはそれほど違和感はない。

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2010.09.22

前田恒彦・大阪地検特捜部検事逮捕

 昨晩なんとなくNHKを付けたら大阪地検特捜部検事・前田恒彦容疑者の逮捕の報道だった。そういう事態になったのか、随分と手際よい展開だな、というかこれって意外と先日の円介入と同じように菅政権成立後の政治ショーのスケジュールの一環だったのかもしれないなとの印象も持った。検察そのものの威信を根底から覆すとんでもない事件であるが、私が気になっていたのは、「10年先も君に恋して」(参照)が定時の10時にやるかなということだった。15分ずれましたね。
 検察不正発覚のきっかけともなった当の村木厚子厚労省元局長の裁判については、事件当時「郵便不正事件、厚労省局長逮捕、雑感: 極東ブログ」(参照)で「不正の意図があったとは私には感じ取れないし、逆に否認に合理性が感じられる」と書いたが、無罪であろうと思っていた。また「入り組んだ伝言ゲームの混乱からできるだけ面白いプロットを引きだそうとして、混迷を深めているのではないか」とも書いたが、その余波もあるだろうとは思っていた。が、まさか検察が証拠に手を加えるとまでは想定していなかったので、驚いた。
 一夜明けて、今回の検察による証拠隠滅を考えると、そうすっきり割り切れるものでもない部分はあるようにも思えた。個人的に一番気になったのは、2004年でFD(フロッピーディスク)使っていたのかというのと、改竄用のツールってなんだということだった。特に、どのツールを使ったかは気になったがニュースからはわからなかった。
 気になった理由だが、今日付けの朝日新聞記事「検事、押収資料改ざんか 捜査見立て通りに 郵便不正」(参照)と同じ観点からである。


 また、他のデータについては上村被告が厚労省の管理するパソコンで操作したことを示していたが、最終更新日時だけが別のパソコンと専用ソフトを使って変えられた疑いがあることも確認された。検察幹部の聴取に対し、主任検事は「上村被告によるFDデータの改ざんの有無を確認するために専用ソフトを使った」と説明したとされるが、同社の担当者によると、このソフトはデータを書き換える際に使われるもので、改ざんの有無をチェックする機能はないという。

 前田恒彦容疑者の話では、該当ツールでデータの改竄を確認していたというのだが、具体的なツールがわからないと報道をそのままには受け取りづらい。なお、「同社」とは朝日新聞社が解析を依頼した大手情報セキュリティー会社のことだが、どこなんでしょ?
 話が多少前後するが、前田恒彦容疑者と大阪検察次長はこの件で次のように述べている。今日付け朝日新聞「発覚当日スピード逮捕 検察、にじむ危機感 改ざん疑惑」(参照)より。

 前田検事は逮捕前日の20日、大阪地検の聴取に「遊んでいて、誤って書き換えてしまった」と答えたとされる。この点について伊藤次長は「証拠隠滅罪は故意犯。我々は過失ではないと考えている」と明確に否定。データ改ざんの動機については「現時点ではよく分からない」と述べるにとどめた。

 先の朝日新聞記事ではこうも伝えている。

■主任検事が大阪地検側の聴取に対して説明した主な内容は次の通り。
 上村被告宅から押収したフロッピーディスク(FD)を返す直前、被告がデータを改ざんしていないか確認した。その際、私用のパソコンでダウンロードしたソフトを使った。改ざんは見あたらなかったため、そのソフトを使ってFDの更新日時データを書き換えて遊んでいた。USBメモリーにコピーして操作していたつもりだったが、FD本体のデータが変わってしまった可能性がある。FDはそのまま返却した。

 前田容疑者としては過失を主張し「遊んでいた」と述べているが、大阪地検としては故意犯と言明している。
 常識的にはまた大半の人が、前田容疑者の主張は信じられないとするだろうが、私は仔細がよくわからないのと、以下にも触れるが事態の経緯から案外その可能性もゼロではないかもしれないので判断を保留している。
 昨晩のニュースの印象では、「うあぁ、検察が証拠を捏造しちゃったのか」というものでもあったが、詳細は若干異なるようだ。先の最初の朝日新聞記事の図(参照)がわかりやすいのでそこから読み解くと、2009年5月26日に上村被告からFDを押収し、6月末にFDを印刷したデータを捜査報告書に作成した。そしてこの報告書が村木氏の公判に証拠として提出された。明確にはわからないのだが、この報告書では、作成日が押収時まま「6月1日」であったようだ。
 今回問題となったのは元になったFDのほうで、こちらが7月13日に前田容疑者によって改竄された。そしてそのままつまり、改竄されたまま上村被告に3日後の7月16日に返却され、事態が明瞭になった。
 もう少し仔細に見ると、発覚の経緯は次のようであったようだ。今日付け産経新聞記事「FD証拠申請せず…残る改竄のナゾ」(参照)より。

ただ、検察側は改竄前の正しいデータを基に捜査報告書を作成。村木元局長らの公判には、弁護側の開示請求によって、この捜査報告書が証拠提出された。
■村木氏が矛盾指摘
 弁護側によると、この捜査報告書に記された「正しいFD更新日時」と「検察側の主張」の矛盾に最初に気づいたのは、村木元局長本人だったという。一方、上村被告側に返却されたFDは、証拠として提出されておらず、改竄後のデータが公判で資料として使われることはなかった。

 改竄されたFDは公判には証拠として使われることはなかったので、公判上は影響を与えていない。別の言い方をすれば、捏造された物件で裁判が進んだわけではなかった。
 単純な疑問が湧く。改竄する必要があったのだろうか?
 もちろん、すでにNHKなどでも図解で報道しているが、改竄された日付であれば検察の言い分が通りやすいということはある。だが、実際には検察はそうしてはいない。
 さらに不可解なのは大阪地検はこの事態を早期に認識していたらしいことだ。今日付け読売新聞「「改ざん」地検首脳部が把握・放置…2月に報告」(参照)より。

 押収資料のフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんしたとして証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部検事・前田恒彦容疑者(43)が、今年2月初め頃、特捜部の当時の大坪弘道部長(現・京都地検次席検事)に対し、「FDを手直ししてしまった可能性がある」と報告し、当時の次席検事、検事正にも伝わっていたことが、検察関係者の話でわかった。
 地検首脳部が犯罪につながる行為を把握しながら放置していたことになる。

 今日付けの朝日新聞「改ざん「上司に報告」 前田容疑者、村木氏初公判の直後」(参照)では前田容疑者もすでに事前に上部に報告していたことを伝えている。

 証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部検事の前田恒彦容疑者(43)が地検の内部調査に対し、「今年1~2月に当時の特捜部幹部や同僚に押収したFDのデータを書き換えてしまったかもしれないと伝えた」と説明していることがわかった。検察関係者が朝日新聞の取材に対して明らかにした。
 前田検事の地検側への説明によると、東京地検特捜部に応援に行っていた1月下旬、同僚検事に電話で「(上村被告側へのFD返却直前の昨年7月に)データを変えてしまった可能性がある」と打ち明けたという。この時期は、郵便割引制度をめぐる偽の証明書発行事件で起訴された厚生労働省の元局長村木厚子氏(54)の初公判の直後だった。

 今日付けのNHKの報道「書き換え指摘され同僚とトラブル」(参照)はやや色合いが違うが事前に地検側で知れ渡っていた可能性は伝えている。

検察関係者によりますと、前田検事は、ことし2月ごろ、同僚の検事からデータを意図的に書き換えたのではないかと指摘され、トラブルになっていたことがわかりました。これに対し前田検事は、元係長がデータを改ざんしていないか調べていただけで書き換えは行っていないと主張したということです。このトラブルは、大阪地検の幹部にも報告されたということですが、特に問題にされなかったということです。

 真相は明らかになっているとまでは言えないが、前田容疑者が個人的な意図で秘密裏に改竄を行ったのではないとは言えそうだし、大阪地検が組織としてこの問題を2月の時点で知っていた可能性は高い。
 どういうことなのだろうか?
 合理的な推論をするなら、前田容疑者も大阪地検もFDの日付改竄をさほど重視していなかったということだろう。実際バレバレのFDを上村被告にあっけらかんと返却にしている。
 別の言い方をすれば、公判を左右するような組織ぐるみの改竄工作というより、証拠管理のずさんさに適切に対応できていなかったというように見える。
 誤解されるのを恐れて言うのだが、私は大阪地検を擁護したいのではまったくない。それは村木厚子厚労省元局長が逮捕された時点での私のエントリー(参照)を読んでいただいてもわかると期待したい。
 ただ、こうした構図から見直すと、疑問点は、大阪地検が事態を知りながらこの間、相応の対応をしていたのではないかというほうに移る。検察が追い詰められているように見えながら、それなりに今回の騒ぎはスケジュール的な展開なのではないか、

追記 2010.9.23
 前田容疑者によるFD改竄について、その後驚くような報道があった。23日朝日新聞「「FDに時限爆弾仕掛けた」 改ざん容疑の検事、同僚に」(参照)である。


 検察関係者によると、今年1月に大阪地裁で開かれた村木氏の初公判で、FDに記録された最終更新日時内容が問題になった。このため、同僚検事の一人が東京地検特捜部に応援に行っていた前田検事に電話をかけ、「FDは重要な証拠なのに、なぜ返却したのか」と聞いた。これに対し、前田検事は「FDに時限爆弾を仕掛けた。プロパティ(最終更新日時)を変えた」と明かしたという。
 さらに同僚検事が、最終更新日時が「6月1日」と書かれた捜査報告書が特捜部の手元を離れ、厚労省元局長の村木厚子氏(54)=無罪確定=の裁判を担当する公判部に引き継がれたことを伝えると、驚いた声で「それは知らなかった」と語ったという。
 こうしたことから、前田検事はデータを書き換えることで上村被告側を混乱させるほか、捜査報告書が公判に出なければ捜査段階の供述調書の補強になると考えた可能性がある。これらの仕掛けを「時限爆弾」と表現した疑いがある。

 当然ながら「時限爆弾」の意味がよくわからないが、近未来的に事態に強い影響力を与えようとしたということではあるのだろう。それはなにかについて、朝日新聞は「上村被告側を混乱」、「捜査報告書が公判に出なければ捜査段階の供述調書の補強」という推測をしている。
 上村被告側を混乱させるにはFDを証拠として提出しなければならないが、すでに印字された文書が証拠として公判にでているのに、それを覆すかたちで上村被告が了解しなければならない。また、「捜査段階の供述調書の補強」においても公判に出ている文書の補強というより簡単に書き換え可能なメディアであることを考えればまず疑念に晒される。
 私が驚いたのは、前田容疑者が本当にそのように発言し、それが朝日新聞の推測するような理由であるなら、率直に言うが、検察以前に常識がおかしい。精神鑑定が必要な次元に思われる。ただ、この報道は事後になって軽口の類を使い、事態を前田容疑者個人の問題に落とし込もうとしている構図かもしれないという疑念もある。

追記 20010.9.23
 23日付け毎日新聞記事「障害者郵便割引不正:証拠改ざん 前田容疑者「改ざん意味ない」 故意否定続く」(参照)では、前田容疑者による改竄について組織として認知しながら問題ではないと見ていたと伝えている。


前田検事の上司が事情を聴いた結果、特捜部としては「問題になるようなデータ改ざんではない」と判断。


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2010.09.21

興興(コウコウ)の憂い

 千年に一度という異例の暑い夏が続く日々。2010年の9月9日、気怠い午前のことだった。人見知りの彼女は発情していた。
 中国から神戸に連れてこられた時はまだ4歳だった。旦旦(タンタン)、雌のパンダ。14歳になる。
 一緒に来日した雄のパンダが興興(コウコウ)である。一つ、年下だった。旦旦と興興は震災に襲われた神戸にとって「復興の使節」とも呼ばれ、歓迎された。野外プール付きの新居には3億円をかけた。その生活は誰もが羨んだ。好きな時に寝て、好きな時に起きる。公務は少ない。だが、人びとの笑顔の裏から重たいプレッシャーが伝わった。子どもを産んでくれ、是非、お世継ぎを、と。
 別れは突然にやってる。6歳となった興興は惜別の声に送られて2002年、中国に帰ることになった。「なぜ帰っちゃうの」と近隣の幼稚園児は聞いた。興興は答えることができない。大人も答えることができない。彼の生殖器の発達が依然未成熟だったからだと知っていても。
 別れの悲しみは新たなる出会いを伴った。龍龍(ロンロン)が来日した。7歳の雄のパンダである。こんどこそ、こんどこそ、子作りをという人びとの願いが紅く染める神戸の空の下で龍龍は、興興と呼ばれることになった。興興? 旦旦はその名前を知っている。だが、一瞥して、誰?と思ったかもしれない。襲名興興はその後旦旦に吠えられるといつもしゅんとおとなしくなってしまったものだった。
 6年が過ぎた。子どもが生まれた。妊娠は人工授精によるものだった。どうしても望まれる世継ぎである。20年ぶりの人工授精が決断されたと報道された。旦旦は望まれて母となったが、彼女自身が望んだかはわからない。
 悲劇は早々にやってきた。24時間態勢で監視している3人の専従飼育員は、赤ちゃんの鳴き声が弱くなってきたことに気がついた。そして訪れる沈黙。一時間後、死んでいた。ミルクが飲めなかったことによる衰弱死である。なぜ? 新聞は「パンダの赤ちゃん天国へ」と伝え、大人向けに生物学的な推定も書いた。パンダは出産から3日の間に、あかちゃんを押しつぶしてしまったり、育児放棄したりすることがある、と。その報道では前年2007年の人工授精による死産があったことは書かれていなかった。
 そして二度目の悲劇。焦りがもたらしたのかもしれない。旦旦と興興は当初の予定では今年帰国することになっていた。子もなく帰国されてはと無理を押して、あと5年延長することになった。興興は、人工授精用精子取得のための麻酔が30回にも及んでいた。
 運命の暑いその夜。いつもの夜ではなかった。パンダの排卵は年に一度だけ。発情ホルモンが最高値に達した翌日である。そんな夜であることを興興は知らず、麻酔とそれに続くことが終わり、夜11時20分、寝室に戻された。麻酔から冷めつつあるそのとき、興興の呼吸は浅くなり、途絶えた。死ぬんじゃない、興興、興興、子宝、生きて中国に帰るんだ。懸命の心臓マッサージ。だが酸素マスクの下、途絶え行く意識のなかにその声は届いただろうか。
 死因に麻酔が関係しているのだろうか。わからない。はっきりしているのは、殺したくて殺したわけではないという一点のみである。だが、その一点も通じない。世界というものはそのようにできている。
 興興が死んだ2日前。7日の午前10時15分ごろ。日本の領海である沖縄・尖閣諸島海域をパトロール中だった石垣海上保安部所属の巡視船「よなくに」に、中国トロール漁船と接触したとの連絡が入った。直ちに巡視船「みずき」と「はてるま」が派遣され、問題の中国トロール漁船に停船命令を出しながら追跡した。
 中国船は従わず、「みずき」に追突するも、ついに停止。海上保安官が中国船に乗り込み、取り調べを開始した。ちなみに、容疑は漁業法違反の「立ち入り検査忌避」である。日本には領海侵犯で取り締まるための法律は存在しない。
 同海域を日本領海と認めない中国政府と中国の人びとは怒った。副首相級の戴秉国国務委員はわざわざ、開戦通知を想起させる時間帯を選んだ。12日午前0時(日本時間午前1時)、丹羽宇一郎駐中国大使を緊急に呼び出して、中国漁船と漁民の即時引き渡しを要求した。日本が普通の国ならこの侮辱に即刻大使を召還するところだが、そこは菅内閣である。耐えた。
 中国民衆の怒りも爆発したかに見えた。デモの光景が日本のメディアに伝えられた。が、私の知る限りではあるが、なぜか日本のメディアに伝えられなかったことがある。あの悲劇の興興との関連である。興興が中国に反感をもつ日本人によって殺されたというのだ。ネットの噂らしい。
 そんなものメディアで報道することじゃないし、日本人は知らなくてもよいということかもしれないが、国際的には報道されていた。20日付けワシントンポスト「Boat collision sparks anger, breakdown in China-Japan talks」(参照)はこう伝えている。


Chinese online commentators posted conspiracy theories connecting the panda's death to the boat captain's arrest, alleging a Japanese campaign to insult China.

中国のオンライン評論家たちは、日本人は中国を侮蔑するキャンペーンを展開しているとして、あのパンダの死と中国船船長の拘留を結びつける陰謀論をネットに投じた


 17日付けテレグラフ「Tensions between China and Japan rise over disputed gas field」(参照)も珍妙に報道していた。

China has also accused Japan of failing to take adequate care of a panda that died at a zoo in Kobe and is seeking $500,000 in compensation, while Chinese bloggers have suggested that the death of Xing Xing was linked to the arrest of the fisherman close to the Senkaku islands.

中国は神戸の動物園のパンダを適切に扱わず死に至らしめたと非難し、50万ドルの補償を求めている。他方、中国人ブロガーらは興興(Xing Xing)の死について、尖閣諸島海域での中国漁民の拘留に結びつけている。


 パンダの名前が違うというツッコミはさておき(追記:コメント欄にて中国読みの場合はXing Xingでよいと教えていただいた)、探せば他にも同種の報道は見つかる。というか、中国語のわからない私は英文の国際報道を見ていて唖然とした。
 フィナンシャル・タイムズはこの問題を社説で論じていた。17日付け「Bye bye, Kou Kou」(参照)である。国際的な高級紙らしく冒頭が格調高い。

The Roman poet, Ovid, thought that the best way to die would be in the middle of making love. Expiring under anaesthetic while donating semen lacks the same appeal. But this is the fate that has befallen Kou Kou, a Chinese giant panda on loan to a Japanese zoo.

ローマの詩人オウィディウスは、性交の途中で訪れる死が最上であると考えた。精子採取の麻酔中の死は、最上の死と呼ぶには足りないものがある。しかしその運命は、日本に貸与されている中国ジャイアント・パンダ興興に降りかかった。


 なんたる悲劇。そしていかなる国際問題であるのか。

To Chinese conspiracy enthusiasts, however, Kou Kou’s demise was not merely ignominious: it was a dastardly act of murder.

陰謀論好き中国人にとっては、しかしながら、興興の最期は屈辱ではすまかった。それは卑劣な殺害事件であった。


 フィナンシャル・タイムズは興興の死について中国での陰謀論に言及していくが、発信点をブログではなくチャットルーム(internet chatrooms)だとしている。
 その先の論だが、領海問題や中国の反日動向ではなく、有償貸与されるパンダ外交の問題に絞られ、台湾やドイツの例が引かれる。なかでも、ドイツでのパンダの死に中国が補償を求めた際の拒絶事例が興味深い。それを踏まえた上でこう締めている。

But assuming that the zoo’s case is black and white, Tokyo should not give in. That would be pandering to its bigger neighbour.

しかしこの動物園の事件を白黒の明瞭なものとし、日本政府はくじけてはいけない。そんなことをすれば、この大きな隣国の愚劣な欲望につけ入ることになるだろう。


 訳が難しいのは、"pandering"である。この深刻な問題がダジャレ落ちかよ。"black and white"もパンダの洒落だろう。
 とはいえ、日本政府としても日本人としても、興興の件については、最大級の誠意を見せるべきであろう。不当な死だからという賠償ではないとしても、それ以上の恩義をきちんとした金額で示したほうがよいのではないか。

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2010.09.20

財政再建か、安全保障か

 直面する課題は、財政再建か、それとも安全保障か。問われているのは、日本ではなく英国である。こうした問題設定は日本ではむずかしいので、他山の石といった話になるかわからないが、国際的な常識の部類でもあり、簡単に言及しておこう。
 この話題、日本での報道は皆無かと思いきや、今日付けの毎日新聞記事「英国:財政再建か、安全保障か 核兵器の更新に2.7兆円、政府のジレンマ」(参照)にあった。簡素にまとまっている。


【ロンドン笠原敏彦】英政府が核ミサイル搭載の潜水艦4隻の更新計画を巡り「壁」にぶつかっている。推定約200億ポンド(約2兆7400億円)という予算規模がネックになり、「最終決定の先送り」や「核態勢の見直し」を検討しているのだ。財政再建と安全保障のバランスをどうとるか、論議が高まっている。


 英国は近く、1998年以来12年ぶりとなる「戦略防衛見直し」をまとめる予定で、核兵器にどう触れるかが注目される。英国は核弾頭数の上限を225発と公表している。

 英国は日本の国力の半分なので、雑駁に日本の文脈に置き換えると核防衛のために6兆円がかかるということになる。現状日本は米国の核の傘にいるが自国を核防衛するにはどのくらいのコストになるかと推定するのに参考にはなるだろう。
 同記事にもあるが、英国では財政赤字削減が重要課題となっており、軍事費もその例外ではない。20%近い削減も想定されている。
 核兵器削減は日本での報道を見ていると世界の潮流でもあり、英国でも削減に向けて努力すべきだとの意見もあるが、実態は難問となっている。
 同記事には関連して興味深い指摘がある。

また、経済紙フィナンシャル・タイムズは核態勢の縮小に触れた。それによると、英国は海洋に常時、トライデント核搭載の潜水艦4隻のうち1隻を警戒態勢に置くが、この態勢を見直し、潜水艦を減らすことも検討されているという。
 こうした報道に対し、キャメロン首相は核兵器の更新は約束しながらも、「『更新(の内容)がその投資に見合った価値を伴うのか』と問うことは極めて正当だ」と述べるにとどまっている。

 簡素すぎる記事でわかりづらいが、フィナンシャル・タイムズの言及が首相の応答もたらすほど重要であったということはわかる。
 引用されている「トライデント核搭載の潜水艦4隻のうち1隻を警戒態勢に置くが、この態勢を見直し、潜水艦を減らす」ことは同紙社説の結論ではあるが、原社説に当たるともう少し問題の陰影が明らかになる。
 12日付け「Atomic question」(参照)が該当する。

David Cameron’s government is this month taking final decisions on Britain’s Strategic Defence and Security Review, reconfiguring the armed forces for an era of tighter budgets.

デイヴィッド・キャメロン政権は今月英国戦略防衛見直しの最終決定をする。見直しでは緊縮予算時代の軍事再編成を行う。

One big question it must decide is what the future of Britain’s nuclear deterrent should be.

大きな課題の一つは、これが将来の英国の核防衛戦略の決定になることだ。

The country is planning to spend £20bn over the next decade building four new submarines that can launch the Trident missile. It is the largest single equipment programme in the Ministry of Defence budget.

英国では次の10年間で200億ポンド以上を新たなトライデント核搭載可能潜水艦4隻に投じることになっている。単項目の防衛省予算としてはこれは最大のものである。

As spending gets slashed on conventional armed forces, politicians and generals are insisting that a cut in nuclear weapons must also be made.

通常兵器が削減されるなか、核兵器削減の必要性を説く政治家や将軍もいる。


 ここまでは毎日新聞記事の確認でしかない。同社説の重要点はこの先にある。

Ahead of this decision, some things are clear.

決定に先立って既決事項がある。

First, Britain must not unilaterally scrap its nuclear arsenal. It must do so only in a multilateral negotiation with other powers. Moreover, Britain must stick to a sea-launched deterrent.

第一に英国は片務的に核兵器を削減してはならないということだ。核兵器削減は他の核武装国と相互交渉を経てのみ行われなくてはならない。さらに、海上発射可能な潜水艦による核抑止力を固持しなければければならない。

Analysts believe the creation of an aircraft-launched system would be more expensive than one based on submarines. A land-launched deterrent, while cheaper than any other variant, could be obliterated in a sudden nuclear strike on a state the size of the UK.

空軍主導の核抑止力は潜水艦主導より失費が大きいと専門家は見ている。陸上主導は他に比べて安価ではあるが、英国ほどの国土の国の場合は、不意を突く核攻撃で消失させらることになる。


 余談だが、英国の国土面積は日本の65%で同じく島国国家ということを考えると、国土防衛という点では同等の議論が成立するはずである。また、これらが国土防衛の基本だからフィナンシャル・タイムズのような高級紙がこうした議論を張ることになる。というか、こうした議論ができてこそ高級紙と呼べる。
 いずれにしても、トライデント核搭載の潜水艦は国土防衛に不可欠であるというのが議論の大原則になっている。よって、こう続く。

So the question Mr Cameron and his colleagues must answer is how the UK can save money on the new submarine building programme.

だからキャメロン氏と同僚が回答すべき問題は、核搭載可能な新潜水艦計画にどれほどの削減ができるかということだ。


 つまり、核兵器を削減することが基本でもなく、ましてトライデント核搭載の潜水艦の新造反対も問題にならない。問題は、その削減の度合いだということである。かくして4隻から3隻という話になる。

Savings would not be huge. But Britain’s defence review cannot leave spending on the nuclear arsenal untouched. The UK needs a credible deterrent.

削減額は大きくはならない。しかし、英国は自国防衛の核戦略に言及せずにはすまされない。英国は、信頼性のある核防衛を必要としている。


 日本は、余りにも明確だが、憲法によって軍隊を持つことができない。かろうじて可能なのは自国防衛のみだが、これも非核三原則から核防衛は放棄している。このことが、米国との同盟で核の傘に入ることと同義であったのは戦後史で明らかだろう。
 英国では自国の核防衛がどうあるべきか首相に問われると高級紙が言明する。そして一国の首相たるものはそれに答えている。
 日本で同種の問いを菅首相に提出したときどのように答えるだろうか。小沢氏はどうであろうか。先日の首相選びからは何も見えなかった。前首相である鳩山氏は論外だった。
 麻生元首相は2009年7月、日本の有事の際、米国による「核の傘」がどのように運用されるのか、米国と具体的な協議をするために定期協議の開始を米国と合意した。麻生政権が倒れた後、この定期協議の計画は潰えている。

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