« 2010年9月5日 - 2010年9月11日 | トップページ | 2010年9月19日 - 2010年9月25日 »

2010.09.18

日本単独為替介入の意味

 民主党代表選挙で菅氏が勝利した後、即座に日本単独で為替介入が実施された。仙谷由人官房長官は否定はしたが、どう見ても政治的なものだった。この政治ショーはどういう意味があったのだろうか。
 15日付け日経記事「官房長官、防衛ライン「82円台」言及 代表選「関係なし」 」(参照)より。仙谷官房長官はこう語った。。


 民主党代表選が終了した直後に介入を実施したことに関しては「先だってから『断固たる措置を取る』と財務相は言っていた。あくまでも相場を注視してきたので、代表選との関係はまったくない」と語った。

 「相場を注視」ということの裏付けの意味もあったのだろうか、これにとんでもない失言も伴った。

 仙谷由人官房長官は15日午前の記者会見で、同日に政府・日銀が実施した円売り・ドル買いの市場介入を巡り、「1ドル=82円が防衛ラインになっているのか」との質問に対し「野田佳彦財務相のところでそういうふうにお考えになったと思う」と述べ、事実上認めた。政府高官が為替介入の防衛ラインに言及するのは極めて異例だ

 日経は「極めて異例」と表現を濁しているが、単にとんでもない失言である。ポジションといえばそうだが、ウィリアム・ペセック氏のコラム「円売り介入は「ソロスたち」への招待状、投機シーズン解禁-ペセック」(参照)がわかりやすい。

 単独介入も水準への言及も、あまり賢い動きとは思われない。米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)の協力のない円売り介入は成功しない。世界中のソロスたちに円の高値試しを考え直させるのは協調介入への警戒だけだ。また、政府は何がおころうと決して、防衛ラインの水準をトレーダーに教えてはいけなかった
 この鉄則を破った仙谷由人官房長官に眉をひそめた人は多かった。仙谷氏は財務省は1ドル=82円を攻撃に出るべき水準と考えていると発言したばかりか、政府は介入について米欧の理解を得ようとしているとまで喋ってしまった。
 つまり、FRBとECBが協力していないばかりでなく、米欧当局は介入が必要とも、奏功するとも確信していないということだ。円投機のシーズン解禁だ。

 別の言い方をすると「仙谷氏は本当にばかだ」となるだろうか。いや、それは私の評言ではない。渡辺喜美氏のそれだ。16日付け産経新聞記事「「仙谷氏は本当にばかだ」為替介入で渡辺喜美氏」(参照)より。

 みんなの党の渡辺喜美代表は16日、都内のホテルで開かれた日本商工会議所の総会であいさつし、政府・日銀の為替介入に関連し、仙谷由人官房長官が15日の記者会見で1ドル=82円台が政府の「防衛ライン」と認める発言をしたことに対し、「わたしが投機筋なら『82円までは大丈夫だ』と必ず狙う。本当にばかだ。国家経営をやったことのない人たちに国家経営任せると日本が滅ぶということだ」と批判した。

 「こりゃいい。86円でショート、83円でロング」というわけだ。
 日銀がこの「本当にばかだ」の政府をどのくらい了解していたかだが、読んでいたのではないだろうか。
 為替介入は非不胎化を伴わなければ意味がないのだが、白川総裁はこう考えている。16日付けブルームバーグ記事「介入の非不胎化は日銀のリップサービス-効果は疑問、一段の圧力も」(参照)より。

 実際、白川方明総裁は著書「現代の金融政策」で「不胎化と非不胎化の区別に意味はない」と繰り返し説明している。介入の原資となる円資金は日銀がいったん国庫短期証券(TB)を引き受けて供給するが、政府はその後TBを新たに市中で発行し、日銀が引き受けた分は速やかに償還されるため、日銀の「当座預金に対する影響は中立的であり、介入は自動的に『不胎化介入』となる」という。
 重要なのは、非不胎化かどうかの区別ではなく、日銀が金融緩和を行うかどうかであり、白川総裁もこう述べている。「そもそも『不胎化介入』と『非不胎化介入』を区別する基準自体がはっきりしないため、為替市場介入の『不胎化介入』と『非不胎化介入』を議論することは、金融政策の運営方針の変更を議論することと同義になる」。

 今回の為替介入は、むしろ政局的な意図しかないということでもあった。
 15日付けフィナンシャル・タイムズ社説「A very political intervention(きわめて政治的な為替介入)」(参照)も早々に見抜いていた。

It may have been a victory lap of sorts. One day after the ruling Democratic Party of Japan leadership contest was resolved in prime minister Naoto Kan’s favour, the Japanese government intervened in the currency market to weaken the yen. While the move is a welcome escape from Tokyo’s policy paralysis, its significance is more political than economic.

勝利の歓声が欲しかったのだろう。日本民主党の党内指導者コンテストで菅直人が選出された翌日、日本政府は円安を誘導の為替介入を実施した。日本政府の政治的な脳死状態から脱却する一手としては好ましいものであるが、その意義はといえば、経済的なものというより、政治的なものだった。


 今回の為替介入は、改造内閣のいわば国内向けショーということだった。
 もちろん、これが日銀協調できちんとリフレ政策に結びつけばよいのだが、どうだろうか。フィナンシャル・タイムズはやや曖昧なトーンだが、正論も提言している。

The greatest benefit intervention could bring would be if it signalled that the Bank of Japan was more willing to fight deflation.

日銀がデフレ撲滅の意思を持ったというサインであるなら為替介入も大きなメリットがあるだろう。

Though the central bank does the finance ministry’s bidding in the currency market, it resists pressure for domestic monetary policy to be more forceful.

日銀は財務省の入札を実施するが、国内金融政策を強化するる圧力には抵抗している。

Prolonged non-sterilised intervention would bring much-needed inflationary pressure – presumably not the goal.

非不胎化を伴う介入の継続は、インフレが目標ではないにせよ、インフレ圧力に必要となるだろう。

But if it is the only way to reinflate Japan, we should take what we can get.

日本がインフレによって再成長する手段がこれしかないというなら、世界もそれで満足すべきだろう。


 フィナンシャル・タイムズの英語自体はそれほど難しいわけではないが、言い回しの含みが難しい。為替介入に続く日銀の非不胎化は継続されなければ効果はないだろうが、日銀の動向としてそれはないだろうという含みがある。どこかで限界が想定されているということだろう。
cover
日本経済のウソ
高橋洋一
 非不胎化介入が継続されれば、日本経済のデフレ脱却の好ましいマイルドインフレにはなるのはフィナンシャル・タイムズも理解している。そして、それしか日本のデフレ脱却に手段がないなら、しかたない受け入れようというのだ。これはむしろ世界に向けて日本を擁護しているのだが、反面、本当にそれしかできないのだろうかとも疑念を持っている。
 どうなるのか。恐らく、日銀が長期に協調し非不胎化を伴う為替介入は続かないだろう。日銀は変わらないだろう。現在では「日本経済のウソ(高橋洋一)」(参照)に説明されているが、非不胎化介入には日限の買いオペが必要とされる。が、「日銀ルール」がそれを阻むことになる。
 ところで話が前後するが、なぜフィナンシャル・タイムズが日本の為替介入を援護するのかといえば、日本の介入は他国から好まれないことを知っているからだ。まあ、世界の常識の部類ではあるが。

Nor should Tokyo expect a sympathetic hearing in foreign capitals.

日本政府は他国通貨との協調を期待すべきではない。

Countries praying that trade will compensate for sickly domestic demand will not take kindly to Japan’s export-snatching manoeuvres.

ふるわない国内需要を貿易で補おうとしている国々にしてみれば、貿易利益をかすめとる日本の施策に好感を示すことはない。

In Washington, where the China-bashing season has now opened with congressional hearings on Beijing’s currency peg, the Japanese move will sour the mood further.

米国政府にしても、固定通貨制の中国叩きが議会で開始されているなか、日本のこうした施策は嫌悪感を招く。

Determined optimists may at least hope Tokyo will have steeled determination to deal with global imbalances at the G20 summit in Seoul.

好転に固執している人たちは、ソウル開催のG20で世界経済不均衡に日本が断固対処すると期待しているかもしれない。


 円安となれば日本経済が他国の輸出メリットを奪うことになるので、他国に好まれるわけはない。途上国にとっても欧州にとってもそうだろうし、米国議会にとってもそうだろう。フィナンシャル・タイムズの表現は曖昧だが、そうした米議会の動向に懸念を持っていた。
 この点はどうなったか。それが今回の為替介入の一番の要点であり、いらだつ米議会に対してオバマ政権側がどう反応するかという点が注視されていた。
 結果は、ガイトナー財務長官や財務省・FRB関係者は日本について沈黙を守った。オバマ政権は今回の日本の介入を黙認したと見てよい。その背景は、当然ながら、中国のほうが日本よりはるかに手に負えない問題となっているからだ。
 この先まで解説すると、またまたへんなとばっちりが来そうでうんざりするが、米国は対中国戦略に日本が同調するようにというメッセージを出しているのである。日本の財務省もそれを読んでいる。
 ただし、日銀はどうかわからないし、民主党の中枢側が理解しているかについても今回の失態を見る限り、みんなの党のように「本当にばかだ」と言うのでなければ、不明だとしか言えない。まあ、G20の様子を待ってみよう。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2010.09.17

菅改造内閣の印象

 まずざっと閣僚を見ておきたい。


総理:菅直人(63)
 学生運動家(全学改革推進会議リーダー)として政治活動を開始。第二院クラブ・市川房枝の挙事務所代表を勤めた後、日本社会党離党の国会議員らによる社会市民連合に加わり、1980年の衆院選で初当選。余談だが、このころ私の恩人が彼の後援会活動をしていたので妙に懐かしく思い出した。実家に色紙かなんかあるかもしれない。

総務:片山善博(59)
 民間起用。元・自治省の官僚。後、鳥取県知事を二期勤め、鳥取県においては公務員採用の国籍条項を外した。

法務:柳田稔(55)
 民社党→新進党→民主党。1973年東京大学理科Ⅰ類入学も寿司屋修行(参照)のため退学、1981年東京大学工学部船舶工学科に再入学。司法関係の背景はない。

外務:前原誠司(48)
 日本新党→新党さきがけ→民主党。松下政経塾。2005年の民主党代表選挙で菅直人に2票の差で勝利し民主党代表となるも、永田偽メール事件でテンパり、お茶の間の失笑を買って辞任。

財務:野田佳彦(53)
 留任。日本新党→新進党→民主党。松下政経塾。永田偽メール事件でも活躍して臑に傷を負う。

文部科学:高木義明(64)
 民社党→民主党。新進党→民主党。元・三菱重工業長崎造船所の労組役員。安倍政権成立時には国対委員長として「閣僚の顔ぶれに新鮮さがなく、政策もあいまいだ」と語っていた。

厚生労働:細川律夫(67)
 昇格。社会党→民主党。世襲。前内閣ではILO総会で公務員の労働基本権について「今後、労働基本権を付与する方向で検討を加速する」と明言していた。

農林水産:鹿野道彦(68)
 自民党→新進党→民主党。世襲。2002年から一年間民主党を離党していた時期がある。理由は、元秘書尾崎光郎の逮捕。彼が役員を務める「業際都市開発研究所」で公共事業の口利きがあった。

経済産業:大畠章宏(62)
 社会党→民主党。小沢支持。元・日立製作所の労働組合・専従役員。「茨城から日本を変える」が旗印の人生。

国土交通:馬淵澄夫(50)
 昇格。元・三井建設社員。政策秘書・大西健介を通してアルファーブロガー「きっこ」と連繋し「耐震偽装問題」を追及していたことがある。「どこが無料にならないと路線名を上げると地元の方の感情がありますから選挙前は言いにくかったんです」 という調子で高速道路無料化の法案も担当していた。

環境:松本龍(59)
 社会党→民主党。社会党・松本英一の秘書として政治活動を開始。世襲。部落解放同盟副委員長。

防衛:北沢俊美(72)
 留任。自民党→新進党→民主党。長野県議会議員の父・北澤貞一を継ぐ。政治家としては世襲。

官房:仙谷由人(64)
 留任。社会党→社民党→民主党。全共闘の活動家として政治活動を開始。

国家公安・消費者・少子化:岡崎トミ子(66)
 社会党→社民党→民主党。社会党・土井たか子によるマドンナ旋風で政治家となる。元・東北放送の労働組合・副委員長。マスメディア。2001年参院選直前に、政治資金規正法で禁じられている外国人として朝鮮籍の学校法人理事長と韓国籍の会社社長から献金を受けていたことが発覚し返金してことなきを得たことがある。

特命 政策調査会長・国家戦略:玄葉光一郎(46)
 留任。さきがけ→民主党。松下政経塾。妻の父・佐藤栄佐久は福島県汚職事件で懲役2年・執行猶予4年の高裁判決を受けるも、無実を求めて上告を検討している。

特命 行政刷新・公務員改革:村田蓮舫(42)
 留任。元・グラビアアイドル(参照)。台湾系日本人。マスメディア。

特命 経済財政:海江田万里(61)
 税金党→日本新党→民主党。小沢支持。自民党・野末陳平に私淑し、お茶の間経済評論家から政治家となる。マスメディア。

特命 金融・郵政改革:自見庄三郎(64)
 留任。自民党・国民新党。学位は医学博士。



各種濃度
 閣僚の平均年齢は、菅総理大臣も含め59.06歳。つまりだいたい60歳。団塊世代内閣。
 初入閣9人で、半分入れ替え。新鮮度、50%。
 元社会党から5人。社会党濃度、28%。
 元自民党から3人。海江田氏を自民党系に含めると、自民党濃度22.2%。
 55年体制濃度、44.4%。
 世襲4人。世襲濃度、22.2%。
 マスメディア出身3人。マスメディア濃度、16.6%。
 松下政経塾出身3人。松下政経塾濃度、16.6%。
 労組出身者3人。労組濃度、16.6%。
 小沢支持者2人。小沢濃度、11.1%。



印象
 幹事長には岡田克也(57)。イオングループの創業者の次男坊。元・通産省官僚。民主党代表も経験したがいわゆる郵政選挙に惨敗して辞任。なお、幹事長代理は直前の参院選挙の敗北責任者・枝野幸男(46)が降格という建前で晒しの残留。これってなんかの罰ゲーム?
 普天間問題蒸し返しはなく、また米国受けのよい前原氏を外務省にしたことから、米国は一安心と思われる。中国としては逆にそのあたりが懸念材料。
 小沢氏の支持が2名とはいえ、鳩山グループなので、事実上小沢派は入っていない内閣。民主党国会議員の半分の勢力を事実上はずした内閣なので、党としての腰は弱そう。とりあえず政調機能はできたが依然総務会機能はないので、小沢派がダメとかいうと党運営が行き詰まる。ねじれ国会以前にねじれ党。
 旧社会党と労組出身者の割合が高く、社会党内閣という印象も強い。
 政権成立の論功行賞人事というだけなのだろうが、厚労相が顕著だが、他も、経歴や背景知識からしてなぜこの人がこの大臣なのかという疑念が多々浮かぶ。まあ、官僚を信頼してということなのだろうか。赤松前農水相みたいな人が政治主導をするとろくでもないことになった反省からかもしれないし、意気を買って厚労相とした長妻氏も結局ぼろぼろだったので、大臣なんて素人でもよいという判断もあるのだろうか。
 崩壊予測点。国家公安に反日デモとかに参加していた岡崎トミ子氏というのがつい笑えるところなので、そのあたりから崩壊するかというと案外、そうでもないかもしれない。失言・面白いという点からすると国土交通の馬淵澄夫氏だろう。前任者の前原が残した諸問題をさらにぐちゃぐちゃにしそうな気配があり期待される。失言といえば、すでに消費税問題でやらかした菅首相だが、だいぶ周りから抑え込まれているのでつまらない。ということで、この内閣は意外と、厚労省とか農水省とか現状あまり関心が向けられていないところからボロっと壊れるかもしれない。
 ねじれ国会はどうか? そこは55年体制濃度の濃さが有利に働くのではないか。
 小沢一派はどうなるか。こんな内閣で大丈夫なのかという傍観をしばらく決め込むだろう。小沢氏の政治生命と金脈がどこまで続くかというとそれほどでもないかもしれない。つまり実は小沢一派のほうがじり貧かもしれない。
 日本はどうなるのか? 少なくとも鳩山氏がいない分だけ鳩山政権よりはマシだし、政調機能のない小沢政権の可能性よりはマシだろうから、これで少し我慢するしかないのではないか。マシというならずっと麻生政権のほうがマシだったがもう自民党は壊れてしまったし。

| | コメント (3) | トラックバック (3)

2010.09.16

そこで、クイズ! 頭を覆っているこの女性は誰でしょう?

 ではクイズです。

 頭をスカーフのようなもので覆っているこの女性は誰でしょう?

 正確な名前まではご存じではないかもしれませんが、中学校の歴史で習う有名人にとても深い関わりのある人です。その有名人の名前が出ただけも正解とします。
 では、どうぞ!


 正解は、カトリーナ・フォン・ボラ(Katharina von Bora)さん(参照)。

 中学校でも学ぶ有名な歴史上の人物、マルティン・ルター(Martin Luther)の奥さんである。ルターは宗教改革の中心人物の一人で、プロテスタントの起源の一人とも言われる。その名前をそっくり受けたアフリカ系アメリカ人公民権運動の中心人物マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr)の有名な演説のフレーズ「私には夢がある」は、オバマ大統領から小沢一郎元民主党幹事長や菅直人首相の演説でも踏襲されている。
 さて、カトリーナ夫人が頭に被っているコレはなんなのだろうか?
 おしゃれ? 当時のドイツの風習? 伝統衣装? 
 どれも完全に間違いとは言えないが、一番の理由は、キリスト教の教義によるものである。
 聖人パウロがしたためとされるコリント人への第一の手紙にはこのように書かれている。


 祈をしたり預言をしたりする時、かしらにおおいをかけない女は、そのかしらをはずかしめる者である。それは、髪をそったのとまったく同じだからである。
 もし女がおおいをかけないなら、髪を切ってしまうがよい。髪を切ったりそったりするのが、女にとって恥ずべきことであるなら、おおいをかけるべきである。

 キリスト教、カトリックや正教でマリア像頭にベールを被っているのもこれが理由。カトリックの修道女のベールも同様。プロテスタントのルターの妻も同様にベールを被っていた。
 プロテスタントのもう一つの大きな源流となるカルバンはこの件についてどう考えていたか? 明確に、女性は頭を覆うようにと考えていた(参照)。プロテスタントの源流の習俗を色濃く残しているアミッシュの女性なども普段から頭を覆っている。

 つまり、パウロの時代に確立していた規則としてキリスト教徒の女性は頭をヴェールで覆うことは、キリスト教では派に差はない。そしてイスラム教成立以前のパウロということから推測されるように、イスラム教のヴェールも同様の起源であると見てよいだろう。男性用だがユダヤ人のキッパーも同起源だろう。
 しかし、現代のキリスト教徒の女性でヴェールをしている人なんていないじゃないかと思う人も多いかもしれない。これが、そうだとも言えるのだが、そうでもないとも言える。
 実は、この規則は現代の欧米のキリスト教徒女性でもそれなりに守られている部分がある。もちろん覆うという意味ではveilではあるが「ヴェール」とは呼ばない。英語でも特定の用語はないようで、headcoverings(頭覆い)と呼ばれているようだ。形状も帽子のようであったり、ヘアバンドのようであったりして、いわばそのシンボルを明示するだけのおしゃれなヘア飾りともなっている。カトリーナ夫人の他の有名な肖像だとヘアバンドと言ったほうがよいものになっている。
 また、キリスト教女性の頭覆いの規則だが、聖書の文脈のように祈りに関連づけられているので、日常時には適用されないという解釈もある。このため、逆に礼拝の際には、ちょこんとたたんだハンカチを頭に載せる女性もいる。私も最初見たとき、あれはなんだろ、と不思議に思った。
 プロテスタントは分派が多く、古い欧州のキリスト教習俗を残しているものもあって興味深いが、カトリックのほうがこの問題を世俗世界との調和から統一的に解決しているため、むしろカトリックのほうが女性の頭覆いの排除が進んでいる。正教でもあまり見かけない。聖俗の文化が早々に進んだためではないだろうか。もっとも正教の場合の未亡人は全身黒ずくめの装束が多い。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2010.09.15

小沢一郎版夷陵之戦

 太平洋戦争が終わって12年後、あるいは日本の切り離された本土側を日本と呼び直して主権を回復してからなら5年後の昭和32年に私は生まれた。戦後すぐに生まれた団塊世代からは一巡しているくらいの歳差もあり、私は彼らのように単純な反抗の世代とはならなかった。戦中世代と団塊世代の人たちの少なからぬ人たちは、GHQイデオロギーのままに、私の父の世代にあたる戦争世代の人びとを糾弾した。あなたたちが戦争を起こしたのだ、と。それでも戦争を選んだのだ、と。父の世代は沈黙した。反抗する世代に返す言葉は空しい。幼い私はその沈黙をじっと見ていた。年上の団塊世代も見ていた。そして平和とはなんだろうと考えた。
 なにが無謀な戦争に駆り立てたのだろうか? 私は戦争に加わった人びと、あるいは結果的に荷担した人びとの思いも探った。そこで見えてきたものは、英霊であった。死霊である。そんなことをしたら、そんなことを言ったら英霊に申し訳がない。そういう思いに支配され、呪縛される人びとを見た。私は死霊がさらなる死者を呼んでいる様を見た。
 そしてそもそも死霊などというものがあるのかと自問した。日本を二度と戦争に巻き込ませないならGHQが残した「平和」の理屈(軍国主義が戦争をもたらした)ではなく、死霊から解放されることではないかと考えた。
 その疑問がすぐに行き当たったのは樺美智子さんの死だった。端的にいえば国家権力に22歳の彼女は圧殺された。そんなことがあってよいものかという怒りとともに私が見たものは、彼女が英霊となり、彼女の死を無駄にするなとしてわき起こる暴力の姿だった。また死霊がいた。そして気がつけば、平和を渇望する思いも死霊の呼び声に答えたものばかりであった。
 戦争は過ちであった。そしてこの過ちは繰り返してはならないものだった。しかし、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」というとき、それは死霊に答えているのだった。広島平和都市記念碑の前で、靖国神社の前で、私はこう言うことができるだろうか。死者はいませんよ、死霊の声を聞くのはおやめなさい、と。
 そんなことはできるだろうか。
 生きていることは、生き残ることであり、生き残るということは死の遭遇を溜め込むことである。死ねば無となる。しかし、死者への思いは無にはなっていかない。死霊の声を聞くのは自然なことではないか。
 私は個人はその逡巡のなかで親鸞に、比喩的にだが、出会ったと言ってよい。親鸞は死霊の声を否定した。死者は極楽にいる。現世に残す声はない。それが阿弥陀様の誓願である。人はいかにしてして死霊から解放されるか。一つの答えの形があった。
 だがそれでも納得のいく答えではない。私は、なんとなく死霊の声を正義に結びつけることはやめただけだった。
 昨日の民主党代表選での小沢一郎氏の演説は、日銀法改正とインタゲに触れる以外は昔からの持論と何も変わらなかった。小泉政権以降は、持論の核である「構造改革」と「規制緩和」のキーワードは消したが、その内容は残ったままだった。その意味で、気力のある演説ではあったが、小沢さん変わらないなとは思った。
 が、その最後の部分(参照)で、私はこの演説の意味と彼の立候補の意味がわかった。


 今回の選挙の結果は私にはわかりません。皆さんにこうして訴えるのも、私にとっては最後の機会になるかもしれません。従って最後にもう一つだけ付け加えさせてください。
 明治維新の偉業を達成するまでに多くの志を持った人たちの命が失われました。また、わが民主党においても、昨年の政権交代をみることなく、志半ばで亡くなった同志もおります。このことに思いをはせるとき、私は自らの政治生命の総決算として最後のご奉公をする決意であります。そして同志の皆さんとともに、日本を官僚の国から国民の国へ立て直し、次の世代にたいまつを引き継ぎたいと思います。

 「昨年の政権交代をみることなく、志半ばで亡くなった同志」は特定されていない。しかし、彼の胸にあったのは亡き八尋護氏であっただろう。
 八尋氏は田中角栄派「木曜クラブ」の番頭といえる立場にあった。田中角栄という稀代の政治家と理念をいかに継ぐか。目をつけたのは自身ともにまだ若さの残る小沢一郎氏だった。小沢氏を立てるために、小沢首相を見る日のためにすべての影を彼は背負った。桃園の誓いでもあった。多くの人が小沢氏の付近を去来するなか、八尋氏は小沢氏の力の源泉である金庫を守り通した。
 平成18年9月2日、八尋氏は死んだ。葬儀は小沢氏が取り持った。「二人で語り合った政権交代の夢はあともうひと息というところまで来た。それを目前にしてこの世を去っていく運命ほど残酷なことはない」と延べ、小沢氏は止めどなく泣いたという。八尋氏、享年69。小沢氏はそのとき66歳。自身の死も思っただろう。また、金庫番がいなくなったことが「最後の機会」の意味かもしれない。
 小沢氏は死霊の声を聞いていた。死霊の導く死に至る道を急いだと私は思う。自民党と大連立を模索していたときですら、まだ民主党が政権党になれるとは考えていなかったし、それはそのとおりの帰結しかもたらさなかった。
 余談だが、菅氏も演説で亡き石井紘基氏の名を挙げた。幸いにしてというべきだろう、その言葉は空虚に響いた。

| | コメント (11) | トラックバック (3)

2010.09.14

菅首相、続投

 民主党代表選挙では小沢氏が勝利すると私は予想していたので、見事に外れた形になった。小沢氏は立候補した時点で民主党国会議員票の半数を組織的に固めており、対する菅氏の組織的な票はその半数というスタート地点から考えれば、小沢氏優位を覆せるとは思えなかった。また世論に近い党員・サポーター票および地方議員票も半々程度に割れるくらいだろうと思っていた。
 予想が外れた理由は二点思い浮かんだ。一つは、世論に近い党員・サポーター票で菅氏が圧勝したことだ。党員・サポーター区分をポイントで見ると、菅氏が249ポイントであるのに小沢氏は51ポイントである。5倍近い差が出ている。総取り方式の影響もあるが、結果からすれば、市井の民主党員の大半は小沢氏をまったく支持していなかったと言ってもよいくらいだ。小沢氏に対する反感というより、首相をころころと変えることに違和感が強かったのではないか。
 もう一つは、民主党国会議員票で小沢氏支持が当初の組織票以上には伸びなかった点だ。明確に菅氏支持を打ち出していない民主党国会議員に向けて、小沢氏支持陣営の攻略がまったく効いていなかったと言ってもよい。つまり、小沢氏のグループは民主党内であたかも別の党派のように独自の結束だけに閉じていただけだったということになる。
 この二点について後付けで思うことは、菅氏の勝利は世論の勝利であったということだ。大差のついた党員・サポーター票は世論に一番近い。世論が民主党員・サポーターを動かし、玉突きのように、地方議員差を産み(菅氏が60ポイント対小沢氏が40ポイント)、さらに国会議員票での菅氏の票の上積みに影響したのだろう。
 私は、今回の民主党の代表選挙は、所詮民主党という一党派内のお家の事情に過ぎず、党派の論理に手慣れた小沢氏の手玉に取られるだろうと思っていたが、結果はそうではなく、国民の世論がボトムアップで民主党を動かしたのだろうと思う。
 今回の代表選では、投票の前に小沢氏と菅氏の順で15分ほど最後の演説をしていた。自民党を割ってから昨年の政権交代前までずっと小沢氏を支持してきた自分としては、これが「最後の小沢さん」の演説になるかもしれないし、彼もそうした意識はあるだろうと思って聞いていた。気迫のこもったよい演説だった。日銀法を変える・インフレターゲットも考慮するというリフレ政策の一点には驚いたが、他は長年聞いてきた小沢氏の持論だった。対する菅氏の演説は石井紘基氏の名前が出てきた以外は退屈極まりないのしろもので、無策の現状を正直に述べていることに終始していた。一に雇用二に雇用といったスローガンも空しく消えているだけだった。
 しかし同時に、私は小沢氏の政治主導の理念は昭和の時代の懐かしい物語だと思っていた。中央の官僚制を打破し、地域主権としてみんなで地域を考え国を考えていくというのは、私にしてみると、終わってしまった物語に聞こえた。
 私は、残念ながらというべきだろうが、現代の政治の実質は一種の工学のようになったと考えている。国民の意見を反映するのが民主主義の本義ではあるが、実際の政策となれば、その背景の複雑さゆえに独自の専門知識からなかなか動かしがたい近似値しか出てこない。経済でも医療制度でも各種保障制度でも、理想は理想としてもテクニカルな前提からはある妥当な水準しか出てこない。そこを逸脱した理想を掲げても、政策には無理が出て全体の利益にはならない。
 小沢首相が実現してまた鳩山元首相時代のような、理想が暴走するわけのわからない政治になるよりは、地味な菅首相の継続のほうがよいと私は思う。そして政権交代というのも無駄だったのだときちんと納得することができた点で、菅首相の続投はよかったと思う。

| | コメント (15) | トラックバック (5)

2010.09.13

コーラン焼却騒ぎはなんだったのか

 コーラン焼却騒ぎはなんだったのか。主導者テリー・ジョーンズ(Terry Jones)とその教会、「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター(Dove World Outreach Center)」とは何か。
 話は1970年代に遡る。米国のキリスト教ペンテコステ派世界最大派のアセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に所属した青年部牧師、ボブ・ワイナー(Bob Weiner)(参照)は州立マリー大学内に大学生布教集会「マラナタの家」を1972年に設立した。後に「マラナタ・キリスト教会」と改名したが、大学を拠点化した布教活動であった。大学に浸透するペンテコステ派のこの布教運動は「マラナタ・キャンパス・ミッショナリー(MCM: Maranatha Campus Ministries)」と称された。次第に影響力を持ち出したMCMは1980年代に入り、権威主義的な傾向からカルト的な様相を持つと批判され、キリスト教界から社会全体の問題ともなった。ついにはワイナーもその傾向を認め謝罪し1989年にMCMは解散した。
 MCMの解体過程からいくつかの分派が生じた。MCMの影響下で1985年に設立された教派の一つが「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」である。創始者の一人ドナルド・ノーザラップ(Donald O. Northrup)はMCMと関係が深かった。このセンターで2008年以降指導者として力を持つテリー・ジョーンズもドイツでMCMの活動をしていた。
 ノーザラップの死後、センターは彼の妻ドドレス(Dolores)とデニス・ワトソン(Dennis Watson)が継いだが、ドドレス夫人はジョーンズが指導する教義に疑念を持つようになり、2009年にセンターを退いた。センターの大きな転機でもあった。
 現在同センター指導者となっているジョーンズの経歴はよくわからない。ホテルマンであったとも言われる。わかっていることの一つは、ドイツでは学歴を詐称し罰金を払ったことだ(参照)。現状、ジョーンズ率いる「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」は上部の組織をもたない構成委員50人ほどの独立派の小集団と見られている。ジョーンズの娘エマ(Emma)は、この集団を「カルト」と見ている(参照)。おそらくそれがもっとも的確な表現だろう。
 「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」は米国によくある小カルトの一つなのである。こんな些細な小集団が違法でもない宗教示威活動しても普通は話題にもならないはずだ。米国では国旗を燃やしても犯罪にならない。白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK: Ku Klux Klan)がキリスト教の最大のシンボル十字架を燃やしても脅迫にもならない。こうした行為を州法で禁止しようとしても違憲となる(参照)。聖書を燃やしても問題はならない。コーラン(Qur'an)を燃やしても同様だろう。
 問題は、むしろ、なんでこんな小カルトの些細な出来事がさも大問題であるかのように米国メディアは報道したのか、ということだ。こんなくだらない話は無視するか、世界びっくりニュースの類にすればよいのである。
 必ずしもイスラム世界の理性的な意見の代表というわけではないが、英文で読めるアラブ・ニューズを見ても、今回の事態は奇異に見られていた。10日付け「Larger questions」(参照)より。


There are many who blame the media for this, saying that it has paid far too much attention to the ravings of a jumped-up, bigoted nobody.

この件では、泥縄仕立ての頭の固い無名人の戯言に注目しすぎではないかと、メディアを批判する人びとが多い。

There is a good deal of truth in this. If it had been a Catholic bishop or the leader of the US Methodist or Presbyterian churches who had threatened to burn the Qur’an, that would be major news. It would have merited — required — Obama’s intervention.

これに多くの真実が含まれている。もしカトリックの司祭とか米国メソジストや長老派教会の指導者がコーランを燃やすと脅したというなら、大きなニュースになりえただろう。オバマが仲介に出る意味も必要性もあっただろう。

But a two-bit leader of a two-bit congregation?

しかし、こいつはちんけな集団のちんけな指導者ではないか?


 日本の文脈でいえば、又吉光雄が自身を救世主イエスであり、日本国首相は切腹せよと語り、国会に挑んだというのを国際的に報道するようなものだ。
 なんでこんなお馬鹿なニュースが大ニュース化したのだろうか。
 アラブ・ニューズの11日付け「A threat to us all」(参照)ではその理由をこう見ている。世界でイスラム教徒が迫害される現状の文脈から。

Incidentally, it’s not possible to ignore the role Israel’s powerful friends in the US establishment and media have played in fanning the anti-Muslim hysteria in the West.

加えて、米国支配層とメディアがイスラエルと強い友好関係にあることから、西側諸国では反イスラム主義ヒステリーが煽動されてきたことを無視するわけにはいかない。


 反イスラム主義を煽るためにこの手のばかげた報道を米国がしていると見るイスラム圏での見解がある。
 そうかもしれない。
 私は、加えて、中間選挙を控え、劣勢にある米国民主党が、共和党支持と見られるキリスト教根本主義者の愚昧さを強調する意図もあったのではないかという疑念もある。関連付けて報じられる、グランドゼロ近隣のモスク建設反対運動をキリスト教カルト的な反イスラム主義に集約してしまう愚かなシンボルとしての報道価値もあったかもしれない。
 言うまでもなく、グランドゼロ近隣にモスクを建設することに法的にはなんら問題はない。むしろ、問題を感じる人びとの対話を通して、イスラム教と米国社会の友好の記念碑にすべきものである。
 どの社会にも理性的な行動を取れない極端な人びとはいるものだが、彼がその社会の大半の良心を表してるわけではない。偏った報道やそうした偏向報道を元にした糾弾は無意味な敵意しか生まない。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

« 2010年9月5日 - 2010年9月11日 | トップページ | 2010年9月19日 - 2010年9月25日 »