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2010.09.11

米人、小沢氏に答えるに、どうせ俺たちゃ単細胞生物

 実質首相選択となる民主党内の総裁選挙について米国がどう見ているか。政権交代時つまり鳩山首相の登場の際とはいくぶん風景が変わっている。簡潔に言えば米国の関心は薄い。所詮他国の内政問題だし日本国民による意思の発現でもないいち党派内の問題なので言及を慎むというのもある。それ以前に菅氏であれ小沢氏であれ支離滅裂な鳩山氏よりましかもしれないが大差はないという印象もあるようだ。そうしたなかようやくワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズの社説が出た。
 イギリスのフィナンシャル・タイムズの見解は早々に出ていた(参照)が、米側は遅れているふうであった。ウォールストリート・ジャーナルも社説としての直接の言及はなかったようだが日本版に「民主党、代表選きっかけに政策の「アイデア」提示」(参照)はあった。が、これの原文がどれかはわからない。日本側での作成だろうか。というのは、以下の論点は後述するワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズとはトーンが異なる。


 外交政策でも小沢氏は明確なビジョンを提示している。同氏は米軍基地移転交渉合意を順守すると述べると同時にそれに対する疑問も表明している。ただし、より広い米軍駐留問題については、日本における米軍の大きなプレゼンスの必要性を問題視し、北朝鮮やイランといった「ならず者国家」への対処では国連のような多国籍機関にもっと大きな権限を与えるべきだとしている。

 「明確なビジョンを提示」と言いつつ、「と同時にそれに対する疑問も表明」というのは不可解ではある。普通は逆で、明確なビジョンはないと見られるものだ。そしてこの点こそ、米側が一番懸念している。
 ワシントン・ポスト社説は11日付け「'‘Simple-minded' Americans might want to pay attention to Japan's election」(参照)である。話は日本はころころ首相を変えるものだな、大国だし同盟国として関心持たないわけにもいかないなとリラクタントに切り出される。当然ながら話題は小沢氏に向かわざるをえない。

Exactly what governing philosophy Mr. Ozawa would bring to the job is hard to say, because his professed ideologies have mutated over the years.

小沢氏がなそうとする政治観はよくわからない。もう何年にもわたってそのイデオロギーをころころ変えてきたからだ。

But in his current incarnation he is less friendly to the U.S.-Japan alliance, and more attracted to China's dictatorship, than most Japanese leaders -- and, according to polls, than most Japanese.

しかし彼の再登場は日米同盟に友好的ではなく、大半の日本人の世論からすると、他の政治家よりも独裁主義の中国に傾倒している。


 小沢氏を長く見てきた私からするとワシントン・ポストの評は間違っているようにも思えるが、これが米側の少なからぬ小沢評でもあるのだろう。
 ワシントン・ポストに限らず欧米のこのところの小沢評でよく引かれるのが「米国人は好きだが、いささか単細胞だ」とする小沢氏本人のコメントである。なぜか日本国内では非難が少ないが、国際的に見て致命的に近い失言ではある。端的に言えば、この失言だけで国際政治の場には出てこれないくらいの失言レベルだ。
 ワシントン・ポストもそこは見逃さないのだが皮肉を返すよりも冷静な対応を示している。

Mr. Ozawa recently referred to Americans as "somewhat monocellular." We couldn't tell you exactly what that means, but we're pretty sure it wasn't a compliment, especially since he added, "When I talk with Americans, I often wonder why they are so simple-minded."

小沢氏は米国人を単細胞生物だと言う。それが何を意図しているのか私たちは理解できないが、「米人と話すと私はなんでこうも彼らは頭が悪いのかとしばしば思う」という彼のコメントからすると賛辞とは取れないことはわかる。

Perhaps more important than his prejudices, Mr. Ozawa also said he would reopen negotiations with the United States over realignment of U.S. forces in Okinawa -- an issue that fruitlessly preoccupied and ultimately helped doom Mr. Kan's predecessor, Yukio Hatoyama.

小沢氏の差別観よりもおそらく重要なのは、小沢氏が在沖米軍基地移転問題で米国との交渉をやりなおすとしていることだ。つまり、菅氏の前任者、鳩山由紀夫が執心のわりにはついに空しい運命となった問題である。

Allowing the U.S.-Japanese relationship again to be consumed by the base realignment -- which Japan has now agreed to, twice -- would set back any hopes for the countries to make progress on other important issues.

再考後同意した基地移転問題で日米関係を消耗させれば、他の日米間の重要案件の進展を後退させることになるだろう。


 小沢氏への脅しというより、呆れているということが言いたいのだろう。これに続く文脈では小沢氏は日本人多数の支持を得てなさそうだとあり、締めはアイロニカルな諦観に終わっている。

We hope DPJ officials take a multicellular view as they consider their choice.

米国としては、日本民主党のみなさんが多細胞生物らしい視点をもって首相選択を考慮してくださることを望むものである。


 ニュヨーク・タイムズの社説は6日付け「Japan’s Leadership Merry-Go-Round」(参照)である。鳩山首相誕生時には好意的なコメントを寄せたニューヨーク・タイムズであったが、さすがに今回は呆れている。メリーゴーラウンドのように首相をくるくる変えるなというお説教を垂れて始まる。

Japan’s frequent leadership changes are dizzying and increasingly counterproductive.

日本の首相交代は目まぐるしく、次第に非生産的になってきている。

The country has had 14 prime ministers in the last two decades and could soon have another. That would make three in the last 12 months alone — hardly time enough to introduce new policies, much less effectively implement them.

日本では20年ものあいだに14人も首相が代わり、また代わろうとしてる。過去12月に限っても3人目になるかもしれない。これでは新政策も導入できないし実施の効率も悪い。

This phenomenon would make successful governance difficult in any country. But Japan is the world’s third largest economy and a technological and regional power.

こんなやりかたはどんな国がやってもうまくいかない。だが日本は世界第三位の経済大国であり、技術力や地域影響力もある。

It needs a prime minister who can offer robust, principled leadership over a sustained period, win support for economic policies that would help pull the world out of recession and maintain a strong alliance with the United States.

大国の首相ともなれば、強く原則の定まったリーダーシップを一定期間行使できなければならない。そうしてこそ、世界の景気後退脱出の経済政策が支援できるし、米国との強い同盟関係も維持できる。


 おやおや、これがリベラルなニューヨーク・タイムズですかというトーンなのはそれほどに呆れているからだろう。
 小沢氏に抱いている懸念も窺われる

Reinforcing close relations with the United States is also important. Mr. Kan has promised to move forward with a long-debated plan to relocate an American Air Force base on Okinawa.

米国との密接な関係を強化することも重要である。長期に議論されてきた在沖米軍基地移転について菅氏は前進を約束している。

Mr. Ozawa wants to reopen negotiations — yet again. He needs to reconsider that unrealistic position because he admits he has no alternative proposals and the Americans are certain to balk.

小沢氏は今更に交渉をやり直したいとしている。小沢氏には代案なく米国も躊躇しているのだから非現実的な主張を再考すべきだ。

For too long, the base controversy has strained bilateral security ties. His comment last month that Americans are simple “single-celled organisms” doesn’t seem to be the best way to make new friends.

基地論争で安全保障相互条約を不安定にする時期は長すぎた。小沢氏は先月米国人は単細胞生物であると述べたが、これは新しく友好関係を作るために最善の方策とは思えない。


 ご覧の通り、ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも小沢氏の失言をあからさま非難しても益なしとしてからかっている。まじめに考えればそれだけトンデモ人物と見なされているということだ。幸い、そういう御仁は国際政治の場に少なくないとも言えるのだが、まさか主要同盟国から出てくるとは呆れたということなのだろう。

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2010.09.10

チェルシーの結婚

 少し旧聞になる。7月31日、ビル・クリントン元米大統領とヒラリー・クリントン現国務長官の一人娘、チェルシー・クリントン(Chelsea Clinton)さん(30)がニューヨーク州ラインベックにあるアスター・コーツ(Astor Courts)という豪邸で結婚式を挙げた。
 米国民主党政権の中枢ともいえる要人の娘さんの婚礼なので注目された。そのためか、あるいはそれに比してと言うべきか、結婚式の準備は極秘に進められた。当日も式場上空は飛行禁止となり、会場に至る道も封鎖された(参照)。要人の娘さんとはいえ民間人なのでプライバシーは守られるべきだろうが、物々しい印象を与えた。CNN「クリントン夫妻の一人娘チェルシーさんが結婚式」(参照)はこう伝えている。在任中にユダヤ人であることが判明したマデレーン・オルブライト(Madeleine Albright)元国務長官の名前も注目のこと。


 ウエディングドレスは予想されていた通り、ベラ・ワンがデザインしたものだった。クリントン国務長官はオスカー・デラレンタのドレスを着用。
 結婚式に招待された著名人を見ようと、報道陣を含む大勢の人々が小さな町ラインベックに押し寄せた。当日、式場にはマデレーン・オルブライト元国務長官など、多数の著名人が次々と姿を見せた。

 花婿は大学時代に知り合ったマーク・メズビンスキー(Marc Mezvinsky)さん(32)。現在は投資銀行ゴールドマンサックスに勤めている(参照)。お互い30歳を過ぎての結婚だが、なれそめは高校生時代に遡る。そこで純真な少年少女の恋の物語を連想してしまうし、そうではかったとも言えないのだが、二人が出会った経緯が興味深い。
 お二人は1996年、ルネッサンス・ウィークエンド(Renaissance Weekend)と呼ばれる社会問題討議会に民主党として参加し、それが出会いとなった(参照)。娘を連れてきたのは間接的であれ両親だから、普通に考えれば両親の差し金というか了解の上でのお見合いみたいなものであったのだろう。
 と、ここで両親というとビル・クリントンとヒラリー夫妻を連想してしまうが、メズビンスキー家のご同意もあったと考えてよいだろう。で、メズビンスキー家って何? 当然、民主党の中枢と深い関係があったと思われるこの一族は何者?
 ニューズウィーク日本版コラム「クリントン家の結婚式は謎だらけ」(参照)が突っ込んでいた。

 今回の結婚式には、もう一つ注目すべき点がある。どの宗教に則って結婚式を執り行うかという問題だ。チェルシーは、南部バプテスト派の父親とメソディスト派の母親をもつキリスト教徒だが、メズビンスキー家はユダヤ教保守派に属している。ユダヤ教保守派は他宗教の信者との結婚に消極的で、結婚相手がユダヤ教に改宗しないかぎり、ラビが結婚式を執り行うことを禁じている。

 メズビンスキー家はユダヤ教保守派のファミリーである。
 すると挙式はどの宗教になるのかというのも当然の疑問であった。

 宗教の壁を乗り越えるには、チェルシーがユダヤ教に改宗するか、メズビンスキーがキリスト教会での挙式を受け入れるか、あるいはキリスト教の司祭とユダヤ教のラビが同席するというパターンか。チェルシーがユダヤ教の礼拝に参加したと報じられたこともあり、アメリカのユダヤ人コミュニティーやイスラエルは「チェルシー改宗説」に色めきたっている。実際、もし改宗すれば、ヒラリーは強大なユダヤ人脈にこれまで以上の後押しを受けられることになる。

 どうだったか。この難問はどのように解決されたのか?
 いや、大した難問ではない。ユダヤ教徒とキリスト教徒の結婚は米国では難しくないからだ。なによりヒラリー・クリントンの祖母の再婚相手の旦那もユダヤ人である(参照)。
 実際には、異教徒間の結婚(interfaith wedding)となった。今回の婚礼は米国史上もっとも有名な異教徒間結婚だとも言われてた(参照)。今後もチェルシーさんの改宗はないだろうがお二人のファミリーの宗教はユダヤ教、しかも保守派の規範がベースになるだろう。土曜日は電灯も付けないことになる。
 これでメズビンスキー家の謎は解けたかというと、単に保守派で富豪のユダヤ人ファミリーというだけではない。先のコラムを借りよう。

今回の結婚には、巨額の詐欺事件を起こして5年間服役したメズビンスキーの父親や、チェルシーに「結婚式までに7キロ痩せるよう」命じられた花嫁の父クリントンなど、話題性に事欠かない「脇役」が揃っている。

 新郎の父は巨額の詐欺事件を起こし5年間服役した経歴があるとのこと。なんだそれ?
 新郎の父エドワード・メズビンスキー(Edward Mezvinsky)氏はアイオワ州から選出され1973年から1977年まで二期務めた下院議員だが、2002年、多数の投資家から金をだまし取る詐欺により実刑を受けた。きちんと犯罪者である。2008年に仮釈放となった(参照)。
 チェルシーさんたちの婚約発表は2009年だったので、普通に考えれば新郎の父のムショ帰りを待っての永い春ということだったのだろう。遡って見ると父親の2002年のムショ入りで当初予定していた結婚が頓挫したのかもしれないし、そのあたりに関連するクリントン家の当時のご都合もあったかもしれない。人目をはばかる父親が婚礼に参加したかについてはメディアが多大の関心を寄せた。判然としていない。なにかと秘密裏に進められた婚礼の大きな秘密の一つでもあった。
 新郎の母はというと、マージョリー・マーゴリーズ・メズビンスキー(Marjorie Margolies-Mezvinsky)氏である。彼女のほうが旦那より有名であったともいえる。当初メディアの人でテレビレポーターとして活躍しエミー賞も受賞している。NBCを退いてから、ペンシルベニア州選出の下院議員となり、1993年から1995年までの一期を務めた。再選ができなかったのはクリントン政権時代に悪評高い予算案を支持したからと言われている(参照)。逆に言えば、クリントン元大統領には貸しがあったとも言える。この時点に注目すると、チェルシーさんのなれそめは、新郎の母マージョリー氏とクリントン元大統領の内緒話みたいものから始まったのかもしれないとも思えてくる。
 新郎のほうも両親政治家というわけだ。先のニューヨークコラムがこう締めているのも頷ける。

 いずれにせよ、若いカップルの結婚式の背後には、隠しきれない政治の臭いが漂っている。10代の多感な時期に父親の不倫スキャンダルという試練を経験したチェルシーだけに、余計なお世話と知りつつも、平凡でも幸せな家庭に恵まれますようにと願わずにはいられない。

 その「政治の臭い」がなんであるかがこの結婚の本質であろうし、政治の文脈に置き換えればいろいろと想像されることもあるだろう。だが別段陰謀論とかではなくても、そういうものは今回の結婚式の内実のようにオモテには出てこないだろう。

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2010.09.09

ドイツ連銀ザラツィン氏の失言

 ドイツの中央銀行に相当するドイツ連邦銀行のティロ・ザラツィン(Thilo Sarrazin)理事が人種差別発言をしたとして問題になった。日本でも報道されているが各紙に微妙な差がある。その差違に問題の核心が関連しているようにも思えるので、メディア検証の意味もかねて見ていこう。
 一番興味深いのが2日付け日経新聞記事「独連銀、ザラツィン理事解任へ 人種差別発言で」(参照)である。なにが書かれていないかという観点からあえて全体を引用する。


 ドイツ連邦銀行(中銀)は2日、移民などへの差別的な発言を繰り返したザラツィン理事を解任する方針を固めた。任命権を持つ連邦大統領に対し、「解任を提案した」との声明を発表した。理事が「イスラム系住民のせいでドイツの知的水準が低下した」などの趣旨に言及したことで、中銀の信認が揺らぎかねないと判断した。
 独連銀は高い独立性があるため、理事を解任できるのは健康上の理由や、「重大な過失」で職務が遂行できなくなった場合に限られている。本来は刑法違反などを想定しているが、独連銀の理事会は「人種差別発言も重大な過失」との見解で合意したようだ。
 ザラツィン氏は社会民主党(SPD)の論客でベルリン州政府の要職などを歴任したものの、あからさまな人種差別には政府・与党内でも批判が強い。このため独連銀の異例の決断を評価する。
 だが非キリスト教徒や非欧米系住民への差別や偏見が根強く残るドイツ社会ではザラツィン氏を支持する声も多い。
 戦後、安価な労働力を確保する狙いで外国人労働者を積極的に受け入れたが、異文化との共存を許容する雰囲気が醸成されず、独社会は閉鎖的なままとの指摘もある。(フランクフルト=赤川省吾)

 ザラツィン氏支持の声を伝え背景も説明している簡潔な記事ではあるが、「移民などへの差別的な発言」の「など」が曖昧になっている。「『イスラム系住民のせいでドイツの知的水準が低下した』などの趣旨」でも「など」が登場している。
 日経新聞の記事で何が書かれていないかは3日付け朝日新聞記事「ドイツ連銀理事が移民差別発言、解任へ 共感の声も」(参照)と比較するとわかる。検証のためこちらもあえて全文引用する。

【ベルリン=松井健】ドイツ連邦銀行の理事がイスラム系移民やユダヤ人に対する差別的な発言を繰り返し、激しい議論を呼んでいる。ホロコーストなどナチス時代の教訓から民族差別に敏感な同国では、連銀に対し解任要求が強まり、理事会は2日、解任を進める方針を決めた。一方、国民からは共感の声が出ており、移民の増加に対する根強い不安と反発が表れた形だ。
 連銀のザラツィン理事は8月30日、「自壊していくドイツ」という著書を発売し、「トルコやアラブなどイスラム圏からの移民の就業意欲や教育レベルは低く、ドイツ社会に溶け込もうとしない」「ドイツ人が自分の国の中でよそ者になるかもしれない」などと主張した。さらに、発売前後にメディアの取材に対し、「ユダヤ人やバスク人は特定の遺伝子を持っている」などと発言した。
 これに対し、メルケル首相が「まったく容認できない」と発言するなど、政界や主要メディアからは批判が集中。野党の社会民主党も党員のザラツィン理事を除名する方針を打ち出している。
 同銀は「連銀はザラツィン理事の差別的発言とは明確に見解を異にしている」とコメント。2日の理事会でウルフ大統領に解任を提案することを決めた。
 ドイツではトルコや旧ユーゴスラビアなどからの移民が以前から多く、移民の社会への統合が常に課題になっている。経済成長につながると歓迎される一方、犯罪増をもたらすなどの警戒感が国民にあることも否定できない。ザラツィン理事は以前から同様の主張をしており、今回の発言も確信犯的だ。ナチスによる民族差別の歴史を持つドイツではこうした発言はタブーとされてきた。だが、今回の発言にはネット上で「多くのドイツ人が考えていること」などと共感する声も出ており、ニュース専門局のアンケートでは「解任の必要はない」との回答が多数を占めた。

 朝日新聞の記事からはイスラム系移民に加えて「ユダヤ人に対する差別的な発言」が問題となっていることがわかる。ただし、「ナチスによる民族差別の歴史を持つドイツではこうした発言はタブーとされてきた」ということで「こうした発言」の「こうした」が何を指すかは曖昧になっている。記事の論点からすると移民問題のようでもあるが、「さらに」として遺伝子への言及も付記されている。民族差別に基づく移民差別が問題なのか、遺伝子への言及が問題なのかは、朝日新聞記事からは読みづらい。
 8月31日付け毎日新聞記事「ドイツ:「すべてのユダヤ人に特定遺伝子がある」 連銀理事が発言、首相ら猛批判」(参照)は遺伝子への言及に焦点を置いている。こちらも比較のためにあえて全文引用する。

 【ベルリン小谷守彦】ドイツ連邦銀行のザラツィン理事(65)が、移民問題を扱った自著出版のインタビューで、「すべてのユダヤ人には特定の遺伝子がある」などと発言し、波紋を呼んでいる。ドイツではナチス時代、「人種学」によってホロコースト(大虐殺)が正当化された経緯から、人種を学術的に根拠付ける考えはタブーで、メルケル首相をはじめ政界は総批判だ。
 ザラツィン氏は自著「ドイツが消える」をめぐる29日付独紙「ウェルト日曜版」インタビューで近年、アラブ系の移民が増えていることを問題視した。ザラツィン氏は、ドイツのアイデンティティーが将来「溶解」していくことに懸念を表明。記者から「遺伝子上のアイデンティティーもあるのか?」と問われ、問題の発言に至った。
 メルケル首相は「発言は受け入れられない」と連邦銀行にザラツィン氏の更迭を要請。ザラツィン氏の所属する野党・社会民主党も30日、党籍離脱手続きに入ることを決めた。だが、連邦銀行理事会は、発言を非難したものの、ザラツィン氏の解任は見合わせた。連邦銀の独立性は高く、理事解任には理事会の決議が必要だ。そのため、発言を巡る騒動もしばらく続きそうだ。

 三紙以外にも共同や時事の報道があるが、概ね上述のような3つのタイプに分けられる。(1)要人に差別発言があったことのみに着目する、(2)差別から移民問題に焦点をあてる、(3)ユダヤ人の遺伝子への言及に着目する。
 欧米ではどのように報道されているだろうか。日本語で読めるAFP記事「人種差別発言でドイツ中銀理事解任へ、タブーに踏み込んだとの評価も」(参照)やフィナンシャル・タイムズ記事(参照邦訳参照)などを見るとわかるが問題は二段構えだ。同氏が移民による危機を論じた8月30日出版の『自滅するドイツ』が問題となった上に、インタビューでユダヤ人の遺伝子に言及したことが問題となった。
 ドイツでの受け止め方はどうか。移民問題への右派的な議論も問題ではあるが、インタビューによるユダヤ人の遺伝子といった発言がスキャンダルとなっている。この経緯については、Newsweek記事「The Scandal Behind the Sarrazin Scandal」(参照)がうまくまとめている。

That Germany remains hostile to any mingling of genetic theories with social policy is all to the good. But the banishment of Sarrazin began long before his comments on heredity and genes, and says more about the nature of German political discourse than the boundary of decency Sarrazin crossed last week.

社会政策と遺伝子議論の混在が忌避されるのはドイツではよいことになっている。しかしザラツィン追放は、遺伝と遺伝子についての彼のコメントより随分と以前に始まっていた。彼は、先週常識を逸脱したことよりも、ドイツの政治課題の本質を語っているのだ。

He’s often provoked with blunt speech on hot-button issues that much of German officialdom painfully avoids, and so last week’s spectacle convinced many ordinary Germans that their leaders are yet again quashing debate on vital issues.

大半のドイツ政官人が痛みに堪えて避けようとしている危険なテーマをしばしばぶきらぼうな物言いでザラツィンは語ってきた。だから先週の騒動では政治家たちはこの難問にまた蓋をしているとドイツ人の多くは確信した。


 逆鱗に触れたとしてザラツィン氏を追放することで問題の本質である移民問題を封じ込めたとドイツ人の多くが感受している。このコラムはそのことのほうが問題だとしている。
 いずれにせよ、今回の背景にはこうした複雑な構成があり、日本といった外国への報道では受容にズレが出るのはしかたがない。
 ちなみに、同コラムはかなり示唆深い提言で締められている。

Germany’s political culture seems less threatened by the extreme right than by its tendency to publicly destroy contrarian thinkers.

ドイツの政治文化を脅かすのは、極右よりも、(右派といった)異論の論者を叩き潰そうとする傾向にある。


 さて今回の問題だが、ザラツィン氏が中央銀行の要人であったという意味もある。その点で日本での報道を見かけないが類似の問題もあった。こちらは簡単にだけ触れておこう。欧州委員会のカレル・ドゥ・グヒュト(Karel De Gucht)通商担当委員の失言である。時期的にザラツィン氏の暴言と関連付けられてもいる。
 4日のAFP「Top EU official battles 'anti-Semitism' charge」(参照)より。

BRUSSELS — The European Union's trade chief battled on Friday to fend off accusations of anti-Semitism after referring to the power of a "Jewish lobby" in US policy.

ブリュッセル:欧州連合(EU)の通商担当委員が米国におけるユダヤ人ロビーの権力に言及したことで金曜日、反ユダヤ主義の告発を逃れるべく奮闘している。

European Trade Commissioner Karel De Gucht also suggested that it was difficult to have a "rational" conversation with most Jews about the Middle East conflict.

欧州通商担当委員カレル・ドゥ・グヒュトはまた中東紛争について大半のユダヤ人と理性的な対話を持つことは難しいと示唆した。

The European Jewish Congress demanded an apology and full retraction from De Gucht, whose comments came on the heels of a German central banker's controversial statement that "all Jews share a certain gene."

西欧ユダヤ人会議はドゥ・グヒュトから謝罪と完全撤回を求めた。ドゥ・グヒュトの発言はドイツ中銀員による「ユダヤ人全員が共有する遺伝子がある」との発言に続いたものだった。


 こちらも欧州連合(EU)を含めて謝罪で幕を引いた形になったが、予想もしてない失言の連続で国際関係の要人が緊張した日々でもあった。

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2010.09.05

多剤耐性アシネトバクターによる院内感染

 東京都板橋区の帝京大学医学部付属病院で3日、多剤耐性菌による院内感染の発表があった。多剤耐性アシネトバクターによる院内感染で9月1日までに46人が感染し、うち重篤な病気に罹っていた27人の死者があり、さらにその9人が同細菌を死亡原因とする因果関係が否定できないとのことだった。院内感染は病院側の対応でかなり防ぐことが可能であるため、発表では森田茂穂病院長らは謝罪した。
 報告では、2月ごろから同細菌が検出され、4月・5月には10人の患者から検出されことから、検体を再調査したところ昨年8月を起点に感染が確認された(参照)。
 同日の東京都の会見では、4・5月時点で院内感染を把握しておきながら、報告が9月2日まで遅れたことを問題視していた。東京都福祉保健局の担当者は、「きのう、板橋区保健所に報告するまで何の連絡もなかった。報告が遅れたことはたいへんに遺憾だ」と述べた(参照)。
 帝京大学医学部付属病院に違法な情報隠蔽があったのだろうか? 3日付けNHK「“報告の遅れ遺憾”都が厳重指導」(参照)ではこう報道されている。


多剤耐性アシネトバクターについて、東京都は、国の通知に基づいて去年1月、院内感染を把握した場合は速やかに保健所に報告するよう各病院に通知していたということですが、帝京大学附属病院は、東京都が国と合同で先月4日に行った定期的な立ち入り検査の際にもこの件に触れなかったということです。

 多剤耐性アシネトバクターの院内感染を意識できた5月の時点で同病院は通知を出し、また8月の立ち入り検査でも言及すべきだったとはいえる。
 大手紙社説もこのあたりに病院側の非を定めて正論を吐いている。今日の毎日新聞社説「多剤耐性菌 感染防止の基本怠るな」(参照)を例にするとこのような調子である。

 病院の管理がしっかりしていれば、ここまで広がることはなかったはずだ。死亡者も減らせただろう。病院は感染経路の特定を含め、今回の事例を検証すると同時に、日常的な管理体制の不備を洗い出し、改善していくことが欠かせない。院内感染防止対策の専従スタッフが十分かどうかの見直しも必要だ。

 正論ではあるが「病院の管理がしっかりしていれば、ここまで広がることはなかったはずだ。死亡者も減らせただろう」との指摘は多剤耐性アシネトバクターに限らない。この細菌の日本での登場や背景なども理解する必要はあるだろう。同社説は簡素にこう触れている。

多剤耐性アシネトバクターは10年ほど前から世界的に増え問題になっている。日本でも昨年、福岡大病院で院内感染が起きたが、この時は海外での感染が発端だったと考えられている。

 2008年秋から2009年1月に福岡大病院で多剤耐性アシネトバクターの院内感染が発生し、26人が感染し4人が死亡した。ただし、4人の死因の因果関係は明確ではない。感染経路としては、韓国で手術を受けた患者から菌が検出されたため、同患者から感染が広がった可能性が指摘されている。
 国としても多剤耐性アシネトバクターへの対応は、福岡大病院で院内感染を起点としているように2009年以降であり、最近強く意識された新しい問題でもあった。今回の帝京大学医学部付属病院の事例でも、最初に感染が見つかった病棟の医師には多剤耐性の認識はなかった。その意味では、厚生行政全体の問題も多少関連している。
 国側では2009年10月21日の第8回院内感染対策中央会議議(参照)で多剤耐性アシネトバクターの問題を主要課題として取り上げている。議事録は興味深いものである。
 院内感染に対する報告義務についてはこう言及されている。

○事務局(清) 小林先生、もう議題2に入られていますか。
○小林座長 はい。
○事務局(清) 失礼しました。器材の話は置いておきまして、もう1つの感染拡大の原因になっているのは、報告の遅れです。初期に気づいてはいても、内部で、もぞもぞしているうちに気がついたら広がっているケースが実際に多いです。そして、いま法令上でのこの辺の院内感染に対する報告義務は、もちろん感染症法に則った形での報告義務はあるわけですが、それ未満のものに関しては、そういう重大な院内感染が起こった際には行政機関に相談するよう努められたいという、いまはそういう努力目標みたいな形でしかなくて、明示がされていないということになっています。それを2-2の資料です。


○洪構成員 死亡された方が4名いたということですが、その方たちは検体としてはどこから分離されたのですか。
○山岸研究員 全員痰からです。
○洪構成員 肺炎を併発していたかまでの診断はされていないのでしょうか。
○山岸研究員 我々がカルテの記載から見た感じでは、積極的に肺炎だと思われるものはそれほど確認できませんでした。ただ、感染と清拭は臨床の先生たちがその場でやったものをあとから見ることしかできなかったので、定かではありません。
○小林座長 一緒にご検討いただきたいと思うのですが、資料の1-2ですが、厚労省がこれを踏まえてすぐに通知を出しています。これに関してご説明はありますか。
○事務局(清) これに関しては、そんなに情報が多くない中での話だったので、あまり詳しいことは言えていません。保健所の報告も別添で付けましたが、その段階では、国内で少し変わったものが出たので、こういうものは感染症法の報告義務のないものですから、潜んでいたらよくないということで、まずは世間に向けて声を出したというところです。
 そのあとで、何施設からか、うちでも出ましたという連絡が直接きたり、厚生局経由できたりしました。合計で4件くらいあったと思います。

 現状では多剤耐性アシネトバクターは感染症法の報告対象には含まれていないため、感染が確認されても報告義務はない。帝京大学医学部付属病院が違法であるとは言えないようだ。むしろ、これだけの規模の院内感染が発覚したということ、また今回明らかになった感染時期から推測しても、他所でも院内感染がすでに発生している可能性はあるだろう。
 事後の印象からすると、多剤耐性アシネトバクター感染の認識は明確なようだが、現実には帝京大学医学部付属病院の医師でも当初認識できていなかった。検査は容易なのだろうか?

○切替構成員 そうすると、普通の病院の検査室でも、一定の定義をきちんと持っておられて、検査技師が、ある病院でアシネトバクター・バウマニが出て、うちで分離されたということが言える状況になっているのでしょうか。
○筒井担当官 結果のところに書いていますが、我々のサーベイランスの参加医療機関のほとんどにおいて、アシネトバクター属の分離が見られています。ただ、同定に関しては難しい面もあるので、属としては同定できているところはほとんどだと思います。
○切替構成員 多剤耐性緑膿菌の場合は、かなり細かく検査技師が、「このような基準で検査した場合に多剤耐性緑膿菌ですよ」と言えるのですが、いまの現状で、病院の検査室で、多剤耐性アシネトバクターはこうだということが言える状況になっているのかを知りたかったのです。
○小林座長 一山先生、荒川先生からはございますか。
○一山構成員 それぞれの感受性同定はまず間違いないと思います。その定義が、多剤耐性として院内感染対策上、警鐘を鳴らすべきという認識が、この基準をそれぞれ持っているかというと、それは難しいと思います。
 臨床で、これも耐性だなと。例えばカルバペネムとか、こういうのは厄介だと遭遇したら思うでしょうけれども、それが、検査室から直ちに感染対策の警鐘を鳴らす基準として浸透しているかは不明だということだと思います。
○小林座長 それは保菌状態か、感染症が多剤耐性菌で起こっているかを含めての意味ですか。
○一山構成員 含めてというよりも、検査室から見た場合、これは多剤耐性のアシネトバクターだという条件。それぞれの感受性検査は同定も問題ないのでしょうけれども。
○小林座長 現場の判断が必要だということですね。
○荒川構成員 いくつかの病院から、アシネトバクターで多剤耐性のものが見つかったという相談はあります。どのような基準でその病院が多剤耐性と判定しているかは、多少ぶれがありますけれども、一般的には緑膿菌と同じように、カルバペネム系とアミノグリコシドとフルオロキノロン系に、耐性を獲得したものが出た場合は、多剤耐性と理解しています。
 ただ、2剤耐性とか、カルバペネム耐性のアシネトバクターということでも、それは単剤耐性とかありますので、病院によっては、そういうものが出た場合にも相談があって、解析をしてほしいという依頼はかなりの数が来ています。


○切替構成員 私が質問した意図は、私たちも環境調査をしたことがあるのですが、ほかのいろいろな環境菌が分離株から出てきます。特にアシネトバクターをターゲットとした場合に、よほど工夫しないと、いろいろな菌が混じっている環境からアシネトバクター・バウマニを分離するのは、かなり難しいのではないかという危惧がありました。
 結論として、滅菌したバイトブロックから出た理由は、バイトブロックにはたまたまほかの菌がいなくて、アシネトバクターだけが選択的に残っていたので出たのではないか。つまり、本当の環境中のソースがどこかについて、少し疑問を感じたので質問しました。

 議論は専門的だが、昨年秋ごろの状況では、多剤耐性アシネトバクターの検出はそう簡単なものだったとは言えないようだ。
 アイロニカルな修辞もあり、今回の事例に当てはまるものではないが示唆的な指摘が「麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか(岩田健太郎)」(参照)にある。

 新聞などで「○○大学病院で耐性菌」「○○病院でMRSAの可能性」などと報じられ、耐性菌を出した病院を悪者扱いする風潮があります。まるで耐性菌の出た病院がひじょうに不適切な医療をやっていると言わんばかりです。が、それはまったく的外れの指摘です。そういった病院は、細菌を培養して調べているから耐性菌が出ていることがわかるのであり、じつはまっとうな病院なのです。


 多くの病院では、耐性菌の有無を調べてすらいません。むしろ、最悪なのは「うちは耐性菌はまったくありません」という病院です。
 一生懸命医療に取り組んでいれば、かならず耐性菌は出てきます。出ないとすれば、その医療機関がまともな医療を行っていないか、もしくは調べていないかのどちらかです。もし警察が、「この国には犯罪者は一人もいない」と言ったとしたら、その警察は全然機能していないということでしょう。それと同じです。

 おそらく調べれば、「超高齢者」のように多剤耐性アシネトバクターの院内感染は見つかるだろうし、今後も事例は増えるだろう。その対応としてまず重要なことは、残念ながら現状ではごく基本的な院内感染削減の知見でしかないように思える。
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麻疹が流行する国で
新型インフルエンザは防げるのか
岩田健太郎
 感染経路の問題もあるがこれは専門的な話題になるし、市民社会側は専門家に委託するしかない。広義に感染症がどうであるべきかまで踏み込んだ議論となると、先の「麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか」で指摘されているのような根深い問題がいろいろとあり、簡素な正論ですませる大手紙社説のようにはいかない。

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