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2010.07.17

サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann)

 医師サミュエル・ハーネマン(Christian Friedrich Samuel Hahnemann)は 、1755年4月10日、現在のドイツ、ザクセン州マイセン郡に生まれた。11日だったという異説もある。なお、ドイツ語読みではザムエルだが、英米圏での話題が多いことから英語読みとしておく。

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サミュエル・ハーネマン
 同年に生まれた有名人にマリー・アントワネットがいる。つまりルイ16世は一つ年上である。同年はルソーが『人間不平等起源論』を書いた年でもあった。同時代に近い日本では、医師でもあった平賀源内が1728年の生まれ、同じく医者でもあった本居宣長が1730年の生まれである。
 サミュエルの父は画家でもあり、また親族にはマイセン磁器の絵付け師も多かった。だが彼は芸術の道には進まなかった。子供の頃から語学の才能があり、英語、フランス語、イタリア語に習熟した。ギリシア語やラテン語は当然できた。さらにアラビア語、 シリア語 、ヘブライ語、カルデア語までにも通じていた。
 医学に志し、ライプチヒやウィーンで学び、最終的にエアランゲンのフリードリヒ・アレクサンダー大学で優秀な成績を修め、1799年、医学博士(MD)の称号を得た。
 1781年、ザクセン州の銅鉱山地区マンスフェルトの村巡回医師となり、翌年薬屋の娘ジョアンナ・ヘンリエッテ・キュヒラーと結婚した。新郎は27歳。後9人の娘と2人の息子を持つようになる。
 彼は夢をかなえて医者になったのだが、しばらくして医者を辞めたいと思うようになった。医療に押さえがたい疑問を持つようになったからだった。良心的な彼は医療が、治療の効果より危険のほうが多いことを知っていた。これでよいのだろうか。
 では、当時の医学とはどのようなものであったか?
 当時、1780年から1850年の主流の医学では、英雄的医療(Heroic medicine)と呼ばれる医療が実施されていた。主要な治療法は瀉血である。もっとも効果的なのは、静脈を切り取る方法だ。一回に1パイント(0.47リットル)の血を捨てる。これに使われたのが、両刀のメス「ランセット(lancet)」である。権威ある医学誌はここに名前の由来を持つ。
 英雄的医療の提唱者の一人は、合衆国建国の父でもあり、米国医学の父でもあるベンジャミン・ラッシュ(Dr. Benjamin Rush:1745-1813)である。おかげをもって、ジョージ・ワシントンは当時最高の医療を受けることになった。こんな感じ。
 大統領の職を辞していたワシントンは、1799年12月14日、激しい喉の痛みを訴えた。それで、1パイント瀉血。状態は好転せず。さらに、1パイント瀉血。なお好転せず。3人の医師が討議して今度は一気に、1クオート(1.14リットル)瀉血。ワシントンは脱水症状を起したが、ドロドロの血液を絞り出したと医師たちは満足した。治療は成功したが、そのままワシントンは死亡した。
 なぜそんな恐ろしい医療をしていたのか。当時の正統医学ではあらゆる病状は悪い血液から起こるとされていたためだ。ラッシュはすぐれた医師でもあり、医師の倫理感も強かった。「息があり、手が動くかぎり治療を尽くしたい。瀉血をやめるくらいならランセットを握ったまま死を選ぶ」と語った。瀉血療法が死亡率を上げていることに感づき医療過誤ではないかとした者も裁判で打ち負かした。まさに英雄であった。米国の医師の四分の三を育てた。みんなせっせと瀉血した。
 身体の毒を出すために、瀉下も広く行われた。下剤である。甘汞つまり塩化第一水銀(Hg2Cl2)が広く用いられた。流涎。つまりよだれがだらだらとなるまで塩化第一水銀を飲ませるのが指針であった。現代医学からすれば、それは水銀中毒の初期段階なのだが、当時は科学的に正しい治療であった。
 その他、嘔吐剤や発汗、皮膚火傷で水疱を作るといった治療もあった(参照)。耐えるほうも英雄である。ワシントンは瀉血以外にそうした治療も受けていた。
 こんな医療でよいのだろうかと、正統医学に疑問をもった人もいた。科学的な医療に疑問を持つことなど、近代理性の時代、許されるわけもない。当然、薬草を使った治療などは魔術や呪術の類に扱われた。
 サミュエル・ハーネマンも、こうした医療に疑問を持ったのだった。悩んだ。そして医者を辞めて、得意な語学を活かして翻訳家で食いつなぐことにした。それと、サミュエルには、当時流行の思想の影響もあった。日本では鈴木大拙訳で紹介されたスエーデンボルイの思想である。そこでは、癒しとは神と自然の技とされていたのだった。
 翻訳者としてサミュエルが最初に着手したのは、スコットランドの化学者ウィリアム・カレン(William Cullen)が記した「A Treatise on the Materia Medica(薬物論)」のドイツ語訳であった。翻訳をしながら、サミュエルには疑問が浮かぶ。これらの薬物は臨床で利用されたのだろうか? 少なくとも健常者にどのような薬理作用をもたらすかという知見があってしかるべきではないのか? それでは、とサミュエルは思うのだ、まず、手始めに自分の身体で人体実験。冗談ではない。
 マラリア対処に利用されるキニーネ(参照)のもとになるキナの木の皮を飲んでみた。苦み成分で健胃剤であろうと医学を極めたサミュエルは思っていた。が、実際には、熱が出た。な、なにゆえ?
 それからいろいろ試してみた。薬物のよからぬ作用はその薬物が適用される病状に似ていると思うようになった。もしかして、逆に特定の病気については、類似の症状をもたらす薬物を施せばよいのではなかろうか? 古代から伝わる秘密、引き寄せの法則みたいなものである。
 そういえばとサミュエルは思うことがあった。薬物投与をすると、一定の効果の後に逆の症状が出る。例えば、アヘンを投与すると多幸感になるがしばらくすると逆に抑鬱状態になる。これは、もしかして、人間の身体が薬物の影響を均衡させようとする仕組みを持っているからではないか。
 であるなら、サミュエルは考え続けた、病気に抵抗する自然治癒的な力を引き出すように類似症状をもたらす薬物を投与すれば治療になるのではないか? 1796年、ドイツの医学誌にこの知見を発表し、1810年、「Organon der rationellen Heilkunde(医療技法の原理)」を著し、新しい医療を提唱した。
 サミュエルの新医療は、英雄的医療の時代のただ中に静かに医師たちの間に広まっていった。サミュエルも静かに名声を高め、そして人生の成功者として多くの富を得て、さらに医者の不養生ともならず、88歳まで生きた。亡くなったのは1843年7月2日である。晩年は1835年から住み着いたパリであった。その前年治療を通して知り合うことになった34歳のフランス貴族家系の女性メラニーと80歳で再婚した。
 サミュエルの医療が米国に伝承されたのは1828年のことである。1836年、フィラデルフィアに専門の医科大学、ハーネマン医科大学が設立され、1840年代には主要著作が英語で読めるようになった。この時代、米国で広まったコレラについて、彼の医療で救われたという評判も高まった。
 米国での指導者はコンスタンチン・ハリング(Constantine Hering:1800-1880)であった。彼もドイツ、ザクセン州に生まれ、医学を志すなか、サミュエルの新医療に出会い、サミュエル自身とも個人的なつながりも得るようになった。1833年にペンシルベニア州に移住した。ハリングは、それから現代人に恩恵を残すことになる。
 それは不思議な物質だった。イタリアの化学者、アスカニオ・ソブレロ (Ascanio Sobrero)は爆発力の強い液体を合成した。一滴でドッカン。ニトログリセリン。後にアルフレッド・ノーベルが爆薬として実用化することになるが、ソブレロ自身はこれは危険すぎて爆薬にも使えないだろうと残念に思った。しかしまあ、作ってみたんだから、ちょっと試食、というわけではないが嘗めてみた。グリセリンなので甘いとでも思ったのだろうか。するとこめかみがズキズキとした。ほぉ。
 後にハリングも嘗めてみた。1849年のことだ。ずきずきする。これは使えると、ハリングは思った。仲間とも試してのち、1851年ドイツでこの知見を発表した。ハリング自身は狭心症状緩和の薬を意図していたわけではないが、他の研究者の成果もあり、やがてこれが狭心症状緩和として広く利用されることになった。機序が解明されたのは2002年のことである。
 サミュエルの新医療は、しかしながら、米国に根付くことはなかった。英雄的治療の医師たちは、米国医師会(AMA)を結成し、1887年次のような医師の倫理条項を定めた。

But no one can be considered as a regular practitioner, or a fit associate in consultation, whose practice is based on an exclusive dogma, to the rejection of the accumulated experience of the profession, and of the aids actually furnished by anatomy, physiology, pathology, and organic chemistry.

医療で蓄積してきた経験を拒絶し、排他的なドグマに基づく治療を行う者は、正規の医師、または診察助手にふさわしいものとは認められない。正しい医師は、正しく解剖学、生理学、病理学と有機化学に依っている。


 「排他的なドグマに基づく治療(practice is based on an exclusive dogma)」とは、米国に根付こうとしていたサミュエルの新医療であった。1855年には、サミュエルの新医療を併用する者は米国医師会から除名されることになった。規定違反者へは告訴も行われるようになった。違反病院のボイコットも推進された。正しい医療のためには、なんだってやるというラッシュの英雄的精神は生きている。
 しかし、幸いというべきか、英雄的医療も終わりの時代を迎えていた。瀉血と塩化第一水銀による瀉下から、アヘンによる麻酔治療に移ってきていた。サミュエルの医療の時代も実は自然に終わりを迎えていたのかもしれない。
 サミュエルの医療は地球上から完全に消えたわけではない。英国を経由してインドやスリランカに残った。私がコルカタに旅行したときだが、現地の人がその筋の医者に行くのだけど君もいらっしゃいといって、ついでに診てもらった。医師は僅かに瞑想して、私の不具合を言い当てたのには驚いた。お薬を出してもらいましょうかと誘われたけど、私は、正統医療しか信じないのでお断りした。
 他の地域でも、サミュエルの医療が生き延びているという主張もある。しかし、サミュエルの医療では、懇切で長時間にわたる問診が不可欠なのである。そうした重要な部分が割愛されたり、問診が可能とは思えない対象者へと拡大しているなら、それはもはやサミュエルの医療とは言い難いだろう。

参考
「代替医療のトリック(サイモン・シン、エツァート・エルンスト)」(参照
「人はなぜ治るのか(アンドルー・ワイル)」(参照

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2010.07.16

日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん

 オバマ政権の内政が微妙なところに来ている。人気についてはすでにいろいろ報道されているが芳しくない。13日付けロイター「米国民の約6割、オバマ大統領を信頼せず=世論調査」(参照)では、タイトルからもわかるように、米国民の6割がオバマ大統領を信頼していないとのこと。不支持の理由は同報道にもあるように、住宅問題や雇用低迷があるが、後者がとりわけ重要になる。
 フィナンシャル・タイムズ記事「Obama faces growing credibility crisis(オバマ大統領を襲う指導力の危機)」(参照邦訳参照)はさらにきびしい。オバマ大統領の支持率は40%台の維持さえ危ぶまれるような水準にあるとしている。メキシコ湾の原油流出問題も悪い印象を与えているのだろう。が、これはどうやら封鎖したようだし、また、オバマ大統領がリベラル過ぎる・社会主義者だ、といったイデオロギーに還元してしまう短絡的な解釈も一部ではあるが、それはたいした話ではない。オバマ大統領の命運は、経済・雇用にあることを同フィナンシャル・タイムズ記事は示している。


 オバマ大統領の私的なアドバイザーを務める人々も、内々には同じくらい否定的な見方をしている。ある人物曰く、オバマ大統領の指導力に対する米国民の不信感は、実体経済の状況に対する不満よりずっと大きな要素だという。米国経済は総額7870億ドルに上る昨年の景気刺激策が途絶え始めるに従い、回復ペースが鈍りつつある。
 匿名を希望するこのアドバイザーは、米国民にはオバマ氏の考えが分からないのだと言う。その好例が、昨年、医療制度改革法案にパブリックオプション(公的保険制度)を盛り込むことに熱意を欠いた支持しか示さなかったことや、現在、失業保険の給付を延長し、州政府が教職員の雇用を守れるようにする上院の法案にも同様に熱意を欠く支持しか示していないことだ。

 そうしたなか、オバマ大統領にはグッドニュースに見える動向もある。15日、米国で金融規制改革法案が成立した。産経新聞記事「米金融規制改革法案が成立へ 上院が可決」(参照)では、「オバマ大統領にとっては内政上の大きな勝利となった」と伝えている。日本から見るとオバマ大統領人気が上向きそうでもある。
 だが、これはすでに下院では可決していたし、今回の上院でも賛成60票、反対39票ということで、それほどオバマ大統領の政治指導力による勝利というほどでもない。
 対して、問題の雇用低迷に関連するが、長期失業者に対する失業保険給付延長法案のほうはどうか。こちらもすでに下院では、賛成270票、反対153票で可決していて、上院でも同じような道を辿りそうにも見える。が、そこがよくわからない状態だ。
 同法は、6月初旬に給付が止まった100万人以上失業者への支給を再開するというもの(再開されれば中断期間も支払われる)で、急がれているとも言える。1日付けロイター「米下院、長期失業者への失業保険給付延長法案を可決」(参照)では不透明な状況を伝えている。

 ただ上院では、過去最大まで膨らんだ財政赤字への懸念から、たびたび延長法案が阻止されており、上院での同法案の行方は不透明な情勢。次回も7月中旬まで同法案が取り上げられることはない見通し。

 議論は7日付けウォールストリート・ジャーナル「失業保険の延長、求職意欲の阻害要因となり得るか」(参照)がわかりやすい。

 現在米議会は、期限の終了した失業保険の期間延長をめぐって紛糾しており、先の議論は依然重要な問題となっている。上院では、オバマ大統領が支持する失業保険の期間延長法案を盛り込んだ広範な法案が否決されているが、下院では、赤字拡大の危惧(きぐ)をめぐって多少議論はあったものの、期間延長法案は可決されている。下院は先週、さらに内容を絞り込んだ法案を承認したが、上院での審議は独立記念日に伴う1週間の休会後まで持ち越されている。

 議会の動向に加え、エコノミストや経済学者の意見が割れている。

 失業保険制度が失業の長期化や全体的な失業率の上昇にどの程度関係しているかについては、エコノミストの間で長年議論されてきた。給付期間の延長は、一部失業者の求職意欲や手に入る仕事に対する就業意欲を阻害しているとの意見が大半だ。だが、その影響の大きさについては、とりわけ職が枯渇している現状では、見方が分かれている。

 15日付けロイターではこの問題に関連し、米経済諮問委員会のローマー委員長の見解を伝えている。「米雇用創出へ一段の経済支援策が必要=ローマーCEA委員長」(参照)より。

米経済諮問委員会(CEA)のローマー委員長は14日、雇用を創出し、高止まりしている失業率を引き下げるために、米経済に対するさらなる支援策が必要との考えを示した。
 同委員長は議会上下両院の合同経済委員会の公聴会向けの証言原稿で「追加支援がなくても経済成長は続くが、回復ペースは失業率を急低下させるために必要な水準を下回る状態が続く公算が大きい」との見方を示した。
 2008年終盤から2009年初旬にかけてリセッション(景気後退)が最も深刻だった時期と比べて、米労働市場は「劇的に改善した」としながらも、9.5%と高止まりしている失業率を引き下げるために、まだすべきことは多いと指摘した。
 その上で、失業保険の期間を延長することは、回復のペースを加速させるために議会ができる「最も基本的な」措置だとし、議会に関連法案を可決するよう求めた。

 この問題のもう一つの焦点は、米国連邦準備制度理事会(FRB)にある。つまり、バーナンキ議長への期待と批判である。端的に言えば、米国は日本病に罹りつつあるのだから、リフレ政策をせよということになる。
 これを鮮明にしたのがスウェーデン国立銀行賞を受賞した経済学者クルーグマン氏でニューヨークタイムズのコラム「The Feckless Fed」(参照)の主張が鮮明だ。かなり辛辣にバーナンキ議長を批判している。この問題は日本にも関連していることから、有志訳「クルーグマン「無能な連銀」 - left over junk」(参照)などもある。

Back in 2002, a professor turned Federal Reserve official by the name of Ben Bernanke gave a widely quoted speech titled “Deflation: Making Sure ‘It’ Doesn’t Happen Here.”

2002年のことになるが、教授から転じて連邦準備制度理事となったベン・バーナンキなるものが、「デフレ:それを米国で起こさないようにする」と題した講演を行い、この講演は広く引用されることにもなったものだった。

Like other economists, myself included, Mr. Bernanke was deeply disturbed by Japan’s stubborn, seemingly incurable deflation, which in turn was “associated with years of painfully slow growth, rising joblessness, and apparently intractable financial problems.”

他のエコノミスト同様、私もバーナンキ氏同様、日本でおきた、強固で救いようもなさそうなデフレに深い懸念を抱いていた。日本型デフレの帰結は、痛みを伴う低成長、失業率増加、難治性を示す経済問題となるものだ。

This sort of thing wasn’t supposed to happen to an advanced nation with sophisticated policy makers. Could something similar happen to the United States?

賢い政策立案者のいる先進国なら、この手の状況には陥らないと見られていた。米国で同じようなことが起こりうるだろうか?


 この問題は日本の問題といった側面もある。「日本みたいなばかなまねはしないでくれバーナンキ議長」とクルーグマン氏は訴えている。

Whatever is going on, the Fed needs to rethink its priorities, fast. Mr. Bernanke’s “it” isn’t a hypothetical possibility, it’s on the verge of happening. And the Fed should be doing all it can to stop it.

現状がなんであれ、連銀は至急、優先順位を再考する必要がある。バーナンキ氏の「それ(デフレ)」は、仮定上の可能性ではなく、勃発寸前にある。そして、連銀はその阻止になんでもすべきである。


 クルーグマン氏の舌鋒は「Trending Toward Deflation」(参照)ではさらに厳しく、"Domo arigato, Bernanke-san."とまで述べている。これは、日本の2ちゃんねるなどにある、「本当にありがとうございました」(参照)と似た意味合いである。おかげさまで、米国も日本型デフレになりそうです、と。
 問題は、なぜあれほど優れたバーナンキ氏がリフレ政策の手を打たないのかということでもある。バーナンキ氏は、日銀のようにデフレになることが理解できないのだろうか。あるいはあらまほしき先達、白川先生になってしまったのだろうか。
 政治的な背景によるものだという見方がニューズウィーク所属ダニエル・グロフ氏「Does Anyone Care About Unemployment Anymore?」(参照)にあり興味深い。

But so far? Nothing. And the question is why.

これまでの経緯はというとなにもない。疑問はなぜということだ。

First, there’s the matter of the uncertain trumpet at the Fed. When I wrote last week that Federal Reserve Chairman Ben Bernanke didn’t seem particularly bummed about high unemployment, a reader asked what I expected him to do. At the very least, he could have lent moral support to the need for further stimulus—if only out of self-interest.

第一に、連銀の声がよくわからない。先週私がバーナンキ連銀議長は高い失業率に気を沈ませているふうではないと書いたおり、では私が彼に何を望むのかと問うた読者がいた。最低限でも、自分の都合でないなら、道義的にも、さらなる経済刺激支援をすべきだろう。



But the two branches of government responsible for initiating and implementing fiscal policy haven’t acted with a sense of urgency, either. And politics clearly has a lot to do with it.

しかし、経済政策を開始し実施する責任を負った政府両派は、緊急事態の認識もなくなにもしてない。明らかに政治が多く関連している。


 グロフ氏はバーナンキ氏の背景に二大政党の政治の問題を見ている。共和党にも民主党にも都合のよい政策ではないということなのだろう。
 政治だけではないのかもしれない。そうグロフ氏は見ている部分もある。バーナンキ氏の考えというよりオバマ政権側の対応としてだが、現時点では失業に手を打たないとしているのかもしれない。

And perhaps high unemployment is something we’ll have to live with, given the way the economy has recovered from recent recessions.

もしかすると、高い失業率というのは、近年の景気後退から経済が回復するまで、我慢すべきものかもしれない。


 もしそれが正しいなら、雇用の衰退を起こす日本病は、回復不可能な沈みゆく道だったということになる。
 日銀というのは、平家物語の平知盛が没落していく平家を看取るように、日本の終わりをじっと見つめる悲劇のヒーローなのかもしれない。本当にありがとうございました。

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2010.07.14

フィナンシャル・タイムズ曰く、それでも頑張れ、ミスター・カン

 参院戦民主党敗北についてフィナンシャル・タイムズが言及していた。「Kan carries the can for DPJ failures」(参照)である。今回もだじゃれが冴えている。
 直訳すると、「菅は、民主党のカンを運ぶ」ということだが、"carry the can"は、「(俗)責任を負う、非難をかぶる」(参照)ということ。あるいは"If you carry the can, you take the blame for something, even though you didn't do it or are only partly at fault."(参照)、つまり、「カンを運ぶというのは、失点の有無・多寡にかかわらず非難を受けるということ」。
 もう少し含みがある。World Wide Wordsというサイト(参照)より。


This is another of those odd expressions that’s best known in British English. If you carry the can for something you’re bearing the responsibility for its having gone wrong, often with the implication that you’re taking the blame for someone else.

これも英国英語の奇妙な言い回しだ。ある人が何かの理由でカンを運ぶというのは、失点の責を負うことだが、これには他の人の失点の責を負うという含みがある。


 この後に由来の考察もあるが、はっきりとはしない。運び屋が罰を受けるというようなことらしい。
 いずれにせよ、他の人のヘマで叱責されるということでフィナンシャル・タイムズとしては、鳩山さんの失態で菅さんが叱責されたと言いたいのでしょうと読み進める。あたり。

Naoto Kan, the new prime minister, cannot take all the blame for the defeat. He reaped the consequences of his predecessor’s bungling. Mr Hatoyama dithered and thought out loud. His indecisiveness was symbolised by the humiliating climbdown over the relocation of the Futenma base.

菅直人新首相に敗北の全責任があるわけではない。前任者のドジの帰結を受け取ったのである。前任の鳩山氏は、ぶれまくり、かつ脳内だだ漏れの人だった。彼の優柔不断は、普天間基地移転問題を巡る、お恥ずかしいまでの人気低迷に表れている。


 でも、それだけではかばいきれないでしょうというのも、フィナンシャル・タイムズもわかっている。

But Mr Kan did not fight a brilliant campaign. He himself was guilty of thinking out loud over the consumption tax. Having called for a cross-party debate about the tax and suggesting that its rate could be doubled to 10 per cent as a way to reduce Japan’s deficit, he later made comments that suggested he had not thought through the implications for lower-income groups.

しかし菅氏も芳しい選挙運動をしたわけではない。彼自身も消費税について脳内だだ漏れという有罪だった。財政赤字削減のため、超党派議論を呼びかけ、10%引き上げを示唆したものの、その後、低所得者層への影響は十分考えてなかったと述べていた。


 そう言う以外にはないでしょう。
 で、日本はどうなるの?

The DPJ’s electoral victory last year raised hopes for a more open, less bureaucratic style of politics. With this defeat, the risk is that those hopes will now be dashed, returning Japan to the well-worn path of political inertia.

昨年の民主党選挙勝利は、官僚指向政治を弱め開かれたものにするという希望を点じた。が、この敗北で、希望も消える懸念がある。日本は毎度お馴染みの政治手法に戻ってしまうかもしれない。


 もっとも、フィナンシャル・タイムズとしても民主党の政治でいいとしているわけではない。前段では、それはひどいしろものだった("It has been a dreadful disappointment")とはしている。
 菅内閣に希望はあるのだろうか。
 あると、フィナンシャル・タイムズは言う。毎度ながら、この不屈の精神というのがジョンブルというものなんだろうかと私は驚嘆するが。

Mr Kan can still retrieve the situation. He has the potential to rally both his party and the country. But this requires him to take the battle beyond the doors of the Japanese Diet. He must reach out to the public, explaining his policies, how they add up to a coherent plan and how he intends to stick to this plan.

菅氏はまだ政局を挽回できる。彼には民主党と日本国民を再結集する潜在能力がある。だがその実現には、国会を超えた挑戦が必要になる。菅氏は、自身の政治理念を大衆に届くように主張しなければならない。一貫性のある政策をどのように進め、それに信念を持ちづけると主張しなければならない。

Such an approach would be a real revolution in Japanese politics. It would be the revolution his party’s supporters voted for last year. Mr Kan owes it to them to try.

そうすることが日本政治の真なる革命となるだろう。それこそが、有権者が昨年支援した革命なのである。菅氏は挑戦する責務がある。


 そうかなあという感じがする。あまり焚きつけるとまたあらぬ方向に驀進してしまいそうな人なんだが、菅さん。民主党内のごたごただけですでに人の話なんか耳に入ってないほど混乱している。「首相、支持率下落「大変うれしい」? 勘違い…釈明」(参照)より。

 菅直人首相は13日、報道各社の世論調査で内閣支持率が30%台に下落したことを記者団に問われ「大変うれしいです」と答えた。質問は「首相続投の声が5割を超えているが、支持率は30%台に落ち込んでいる。どのように受け止めるか」との内容。首相は前半部分を念頭に、勘違いした可能性が高い。
 首相は答えるとすぐに立ち去ったため、記者団は確認の質問ができなかった。首相秘書官は約2時間後、「質問が正確に聞き取れず、続投支持率という概念が通常使われないことから質問の意図と異なる返答を行った」と文書で説明した。

 「続投」と聞いた時点で脊髄反射しちゃって、大脳が働いてないような感じ。記者の話をまるで聞いてない。
 ここは、数日でいいから、炎天下かもしれないが、四国を巡ってみるとよいのではないかな。

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2010.07.13

民主党参院選挙大敗、責任論のゆくえ

 しかたがないとは思うのだが、民主党内で参院選挙大敗の責任論がわいてきた。朝日新聞のように社説(参照)で「菅政権がまず直面するのは、今月から本格化する来年度予算編成だ」と、現実にまず直面する選挙大敗責任問題から目をそらそうとする援軍もいないわけではないが、形の上だけであれ、選挙体制で幹事長に就いた枝野幸男氏の責任が問われないわけにもいかないだろう。当面はそこが上手に落としどころになるのかということだ。現状ではこじらせているように見える。
 昨日NHKの7時のニュースを漫然と見ていたら、討論スペシャル「有権者の声にどうこたえる」(参照)という番組が始まり、主要政党党首が雁首を揃えるなか、まるで針のむしろの罰ゲームのように民主党からは猫背の枝野氏が登場していた。枝野氏はアップで見ると福耳の縁起のいいお顔である。これでいつのもの、幸運を呼びそうなにへら笑いが見られるのかと期待したが、さすがに小さい目をさらに点のように緊張させていた。
 番組は幸い各党首の意見が錯綜したうえ、民主党内議論でもないことから罰ゲームといったふうにはならなかったが、枝野氏は「個人的な思いは別として」といった発言をされているのは印象的だった。他所でもそう述べているようだ(参照)。菅氏の顔を立ててはいるものの、責任論は看過できないと思っているのだろう。
 菅氏は、民主党党首として幹事長を動かさないという党内事情の手前から、内閣のほうも当面、改造・党役員人事に手が付けられなくなった。このままでは9月の民主党党代表選までフリーズした状態になり、マニフェストは大きく変えたものの、依然後期鳩山内閣継続ということになる。フリーズには今回落選した千葉法務大臣の続投も含まれるが、大臣は議員である必要はないのだから、その点について言えば、9月までのことでもあるし問題はないだろう。
 内閣がフリーズした状態で9月の民主党党代表選が迎えられるかというと、その前に大きな関門がふたつある。一つは普天間基地移転問題で8月末までに工法を決定しなければならないが、それには沖縄の同意が前提になる。そうでないと民意を踏みにじるということを意味するわけだが、今回の沖縄選挙区の動向(参照)を見るに無理だ。NHKの番組では枝野民主党幹事長は8月末の期限は専門家の意見をまとめるだけだとし、並行して沖縄県民に理解を求めていくというふうだったが、鳩山前内閣のような話のすり替えでうまくいくわけはない。沖縄県への具体的な民主党のアプローチも見当たらない。
 二点目は、臨時国会で可決すると全国郵便局長会(全特)に向けて枝野氏が念書(参照)まで書かされた実質郵政を国営化にするための郵政改革法案だが、以前の衆院のように6時間で強行採決という暴挙はできなくなった。
 このふたつの難関を菅内閣がするりと抜けるわけにもいかないし、じっくりと取り組むには9月は早すぎる。9月前に菅首相が辞任ということはないだろうが、反発の圧力を高めてしまうのではないか。
 朝日新聞が民主党大敗責任論を煙に巻くために、ねじれ国会を避けよと論じてるように、ねじれ国会が問題だという話も諸処でふかされている。いわく、野党が反対すれば法案が通らなくなるというのだが、実質郵政を国営化にするための郵政改革法案みたいのを6時間で強行採決でよいわけもない。国会は議論の場なのだから、きちんと個々に議論を積み重ねていけばよいだけのことではないか。民主党としては衆院選挙時のマニフェストは実質なかったことにして済まそうとしているようでもあるが、あれを信じて当選させた衆院議員の意味はきちんと議論されたほうがよいだろう。
 ねじれ国会から連立・政界再編といった心躍る話もある。だが、9月の民主党党代表選前に動きが出るとも思えない。民主党は、いわゆる都市民型の政党であるとともに、連合や自治労などの労組の政党でもあり、後者の部分だけを分離すれば、公明党くらいの中政党に縮退してしまう。それがみんなの党より小さくなってきたところに、大きな政治潮流がある。
 本来なら労組が市民社会を包括する理念を打ち出せるとよいのだが、また中枢の理論家たちはわかっているのだが、具体的な展望はない。末端は「新自由主義反対」とか極楽浄土を目指して念仏を唱えている。
 そこで民主党の残りの都市民型の政党という性格が強く出てくると、公明党やみんなの党などとも連繋しそうでもあるが、その前に自民党内の都市民型の政治志向の勢力が割れてくる必要がある。政界再編というなら、問われているのはむしろ自民党ではないか。
 その他、今回の参院選大敗をもって、総選挙で信を問えという意見もあり、産経新聞は社説(参照)でぶちあげていた。野党時代の民主党の意見からするとそうであるべきなのだろうが、参院選で国民としてはそれなりに民意を出した形にはなっているので、広く支持される意見にはならないだろう。

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2010.07.12

2010年参院選、民主党大敗

 参院選挙で民主党が大敗した。言うまでもな敗因の責任者は菅直人首相である。民主党のマニフェスト崩壊、政治とカネの問題、普天間基地問題失態、さらには保守勢力が懸念する外国人地方参政権、夫婦別姓、人権救済機関設立といった諸問題を、「日本は財政破綻国家になるぞ、すわっ一大事」という国家主義的な嘘演技で覆い隠そうとし、あまつさえ自民党にもヒンヤリと抱きつくという奇策は、壮烈なまでの失策だった。当の論点であるべき財政問題も消費税もまったく理解していない経済音痴がせっせと墓穴を掘り続けていた。急な坂を転げるような民主党の失墜では、鳩山前首相のように人間離れした言明を通すのとは違い、菅首相は人間らしい弱さで右往左往し選挙直前にはごめんなさいと首をすくめたが、民主党内ですら、ああこの選挙はやる前からダメだなという嘆息が漏れていた。鳩山さんが憎めない人であるように菅さんも憎めない人だなとは思うが党首にも首相にも向いていない。
 民主党が50議席を割ればいいなと私は思いつつ、しかしそこまで大敗はしないだろうと思っていたが、蓋を開けてみると44議席だった。反面、自民とは51議席とこれも大方の予想を超えて前進した。存外のことだと言えばそうだが、内実を仔細に見ると、誤差の拡大と見えないこともない。民主党は選挙区で28議席と比例で16議席の44議席、自民党は選挙区39議席と比例で12議席の51議席。単純に政党への人気がどうかと比例で見るなら、民主16対自民12ということで、依然民主党が上回っている。菅首相の消費税奇策は失敗だったが、消費税増税がいずれ避けがたいことは国民にある程度は織り込まれていると見てよさそうだし、民主党への国民の支持が完全に揺らいでいるわけではない。
 選挙技術として見れば、民主28に対して自民39なので、選挙区での民主党の失敗は大きい。2人区を独占しようとした小沢前幹事長の読みが完全に外れたが、一昨年の衆院の勢いからすればその戦略はしかたがないと言えないこともない。戦略変更が必要になる時期はすでに鳩山前首相の辞任の遅れで逸していたから、枝野幹事長も方向性修正はできなかった。民主党は日本軍みたいなものだ。
 民主党のタレント路線も失敗した。目玉の柔道家・谷亮子が通るのは当然としても、民主のタレント候補は総崩れした。個人的には岡崎友紀さんと庄野真代さんが並んだら楽しいような感じもしないでもなかったが、私ですら投票しない。この戦略も状況の急変に対応できない民主党の失策だった。
 反面一人区では自民党が手堅く拾った。民主党が二人区でリソースを消費していることの敵失と言っていいだろう。小泉政権以降の地方自民党の選挙組織が立ち直ったというより、残存勢力を梃子入れする範囲で思わぬ利が取れたくらいものなので、この幸運が続くわけもない。自民党もまた低迷の道にはある。二大政党化が積極的に進んでいるわけでもない。
 こういうとなんだが、民主党の失墜は暴走の歯止めとして好ましいものの、自民党の躍進で自公が民主党を上回ってしまえば、またかよの懐メロ政治になりかねない危険性があった。今回の参院選の結果、参院では民主党が106議席で、自民党84議席プラス公明党19議席を若干上回った。自公が参院でグリップを取るというほどは伸びていない。おかげで民主党としては、地味に他党と政策を摺り合わせていく必要がある。ねじれを懸念する声もあるが、これでよかったと思う。参院というのはそういう議会でもある。
 みんなの党のここまでの躍進は私には想定外だった。かく言う私自身、「棄権・白票も大人げないし、舛添さんも政局を読み違えるということ自体失策だし、しかたないな、みんなの党か」と思って入れたものの、公明党に匹敵する躍進は想定しなかった。東京都の選挙区では、かなりためらったが、「共産党の票が減るといいな」と松田公太氏に入れた。私の一票など大勢に影響はないと高を括っていたら、開票終盤で面白い風景を見ることになった。共産党が負けて、松田氏が勝った。まさかと思ったが、その前に共産党のようすがNHKに映し出され、そのお通夜のような暗さに、よもやとは思った。55万票も組織票があり、共産党が東京都で負けるということがあるんだろうか。時代がなにか終わったなという感じはした。
 終わったといえば、風味は違うようにも思えるものの、国民新党も立ちあがれ日本も新党改革も、終わっていた。社民党も終わりに入れてよいのではないか。概ね、政治の老化現象みたいなものだ。もっとも、老害諸悪の根源みたいな人が当選したので、歴史の動きは鈍いところは鈍い。現下日本の本当の問題は、高齢者世代内格差にあるのだが、そこもまだ顕在化しない。
 想定外と言えば、みんなの党の躍進によって、これまで却下されてきた日銀法改正法案が出せると渡辺党首が喜んでいたが、そういう光景も見ることになろうとは思っていなかった。
 ただし、これでみんなの党がさらに躍進するかというとわからない。日銀法改正法案もすんなり行くとは思えない。それでも、民主・自民の重苦しく退屈な政治に少し変化があるかもしれないし、民主・自民が大連立を起こす危険性へのリスクヘッジにはなるとよいなとは思う。

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2010.07.11

[書評]地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)

 地方都市が衰退している。象徴的なのはシャッター街だろう。かつては栄えていた中規模都市の駅前商店街はさびれてしまった。かつてそこで購入されていた商品は、郊外型の大規模ショッピングセンターに移った。かくして、地方の暮らしでは自動車が生活の必需品となり、自動車や公共交通などの移動手段がない人びとは、食料品・日常品を購入することも困難となる。歳を取って十分な生鮮食品も購入しがたく、買い物難民とも呼ばれるようになる。地域衰退の帰結のひとつだ。

cover
地域再生の罠
なぜ市民と地方は
豊かになれないのか?
久繁哲之介
 衰滅していく地域をどう再生し、活性したらよいのか? 多くの人が知恵を絞り、そしていくつかは成功したと語られている。本当だろうか。本書、「地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)」(参照)は、まず地域再生の成功例と言われているものが、本当に成功例なのか疑っていく。
 もし、喧伝された成功例が本当に他の都市でも模倣可能な成功例であれば、それは地域再生への指針となる。だが隠蔽された失敗例であるなら、失敗例を拡散していくことになる。あるいは成功例があっても特例と言うべきものであれば、模倣は多くの失敗への道となるだろう。どうなのだろうか。
 本書は、地域再生の成功例として語られる六つの都市について、それぞれが内包する問題を主題化して、こつこつと足で稼いだ体験から検証していく。人口30万人から50万人の県庁所在地でもある、宇都宮市、松江市、長野市、福島市、岐阜市、富山市が俎上に載せられる。他にも、地域再生の視点から日本の各都市が問われ、これらは巻頭の日本地図にもまとめられている。読者は、自分が住んでいる地域の話からまず読まれてもよいかもしれない。そこで描かれてる風景は、地域の人間ならわかる独自の正確さを持っていることが理解できるはずだ。それは地元の生活者ならあたりまえのことではないかと思えることだが、しかし、その当たり前のことが書かれているだけで、独自の衝撃性を持っていることを本書は系統立てて説明している。
 地域再生に多少なりとも関わった人間であれば、この問題の難所を本書がきちんと射貫いていることも理解するだろう。本書は、そこを「土建工学者などが提案する”机上の空論”」と断じる。表舞台に出てくる役者は3者だ。地域再生関係者というプレゼンテーション業者、美しい夢を科学の装いで語る土建工学者、お役所体質の地方自治体、である。
 私の経験から粗暴に言ってしまえば、根幹は、土建そのものである。つまり、箱物であり、道路化であり、農地の転売であり、交通整理の日当である。目先の利権のネットワークが地域の権力構造と一体化していて、地域再生という振り付けを変えることなどできない現実がある。それを化粧直しをするように、地域再生の美しいプレゼンテーションで包み直し脇に補助金を添える。失敗するべくして失敗するとしか思えないとも言えるのだが、それなりにおカネが回れば地域は数年息をつくことができる。息が切れたらもう一度同じことを繰り返す。諦観と荒廃に至る。
 本書の事例は、見方によっては成功と言える中都市の事例だから、そこまでひどいことはない。それでも地元生活者から感じられる問題点はほぼ出尽くしている。若者を呼び込もうとした宇都宮市の活性化では現実の若者の感性は生かされていなかった。松江市の再生はイベント頼みで本当に地域に潜む宝(Rubyとか)を生かし切れない。長野市は観光客指向のあまり地元民の生活との接点を失った。福島市はオヤジ視点のあまり地元の若者や女性の視点を持つことができなかった。岐阜市・富山市はお役所体質からコンパクトシティを目指し、市民の居住空間の常識を壊した。どれもディテールの挿話は表層的に見れば笑話でもあるが、実態を多少なり知る人間にとっては悲劇でしかない。
 どうしたらよいのか? 本書は後半三分の一で、筆者の経験則からではあるが、市民と地域が豊かになる「7つのビジョン」をまとめ、そこからさらに具体的な提言を3点導き出し、1章ずつ充てている。言い方は悪いが、「使える」提言だ。(1)食のB級グルメ・ブランド化をスローフードに進化させる、(2)街中の低未利用地に交流を促すスポーツクラブを創る、(3)公的支援は交流を促す公益空間に集中する。
 そして本書は閉じられる。これで地域再生は可能になるだろうか。読後、私が思ったのは、この「使える」提言を「使う」ためには、地域コミュニティーが生き返ることが前提になるだろうということだ。それは鶏と卵のような循環になっている。提言が目指すものこそ、地域コミュニティーの再生だからだ。もう一点思ったのは、本書が言及していないわけではないのだが、この難問には地域における若者と高齢者の再結合が問われていることだ。地域の若者の現実的なニーズと高齢者のニーズをどう調和させるか。そしてその二者の背景にある巨大な失業の構造はどうするのか。問題の根は深い。
 それでも、地域再生という名の幻影を本書で吹き消すことは、本当の地域再生への第一歩となることは間違いない。

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