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2010.05.01

パンの話

 人類が初めてパンを作ったのは7000年くらい前だと言われている。そして初めてパンを私が作ったのは40年くらい前。小学六年生か五年生。学研の教育雑誌「科学」の付録にパンを作るキットが付いていた。「科学」はこの春に終了したが昨年までパン作りのキットは継続していた。あれで初めてパンを作った子供も多いんじゃないか。
 私のキットに小麦粉が付いていたか覚えていない。科学少年だった私は顕微鏡も持っていたので発酵する酵母の状態を調べたことは覚えている。確か丸い発泡スチロールの簡易な容器だったと思うが、その中で元気な酵母の力で小麦粉は膨らんでいった。さてと、ここでオーブンなんてものはない。
 雑誌「科学」もそこは承知の上。昭和な時代である。蒸せ、と。なるほど。さつまいもをふかす要領で蒸した。パンは、できたと言っていいのだろうか。餡の入っていない饅頭はできた。後に中国の花巻(参照)というものを知るようになるが、餡なし饅頭ができてしまったことで、悔しいとは思わなかった。なるほどこうすればパンはできるんだとわかったことのほうが嬉しかった。イースト入れればいいんだ。
 中学生のころか高校生のころか、無水鍋というものが流行した。昭和50年代である。調べてみると、今でもあるようだ(参照)。厚手のアルミの鍋で、ダッチオーブンをアルミでなんとかしてみましたといったような代物。無水というくらいで水を使わない。蒸すんじゃないということ。要するにオーブンの代用品である。当時はご馳走だと見られていたローストチキンもできる。パンも焼ける。無水鍋の売り文句にもそんな話があった。
 少年の私は早速スーパーマーケットで箱入りのドライイーストを買った。箱の裏には簡素にパンの作り方が書いてある。適当に真似すればパンはできるだろう、らんらんらん。やってみるとできた。餡の入ってない餡パンである。らんらんらん。かくして私の人生に手作りパンが寄り添うことになった。
 そもそもの動機は科学実験である。それほどパンが食いたいというものでもない。パンはうんざりするほど食べていた。国鉄の駅には国土交通省令でミルクスタンドの設置が義務化されていた時代だ(嘘です)。パンを囓って牛乳で流し込んで満員電車に乗るのが昭和という時代だ(本当です)。いや今でもちゃんと秋葉原駅のホームにある。パンと牛乳の店。新宿駅のはいつから無くなったのだろうか。
 青春を超えてパン作り実験は続く。そもそも人類はそんなに難しいパンを作っているわけはないという仮説のもとに、いろいろ試した。天然酵母どころではなく、空中から酵母の採集もやった。できるものだった。後にアンデルセンでパンを作っている人にその話をしたら感動していた。
 自分としては自然に独自のパン・ド・カンパーニュはできるようになったし、一人暮らしを始めたころには鍋焼き方式は完成していた。パン生地を使えばパイのようなものもできるので、パンプキンパイを作り、職場のおばさんに配って喜ばれた。今度はクッキーを焼いてねとか言われた。分野が違うんだが。

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粉から作るパスタとイタリアパン
北村光世
 パン発祥の地はエジプトだと言われる。が、小麦の発祥はアナトリアだ。そっちが起源ではないか。トルコに行ってパンを食いまくった。美味しかった。小麦が美味しいからなんだろう。
 旅先ではできるだけパンを食う。感動したパンはマルタ島のだった。パン・ド・カンパーニュに似ているが、違う。素朴で、これがパンなのかというしみじみとした味がした。あれはどうやって作るのかと、マルタに近いイタリアのパンとかも調べた。関連で「粉から作るパスタとイタリアパン 楽しく作っておいしく食べる(北村光世)」(参照)が面白かったので、この手の話に関心のある人にはお勧めしたいが、どうやら絶版になってプレミアム価格が付いている。
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プロのための
わかりやすい製パン技術
 30歳台の半ばから沖縄暮らしを8年し、東京に戻ったら、近所に超絶技巧のパン屋ができていた。とても美味しい。すごい。まるでかなわない。「プロのためのわかりやすい製パン技術」(参照)なども買って読み、きちんとしたパンの作り方なんかも調べるようになった。この本、高価だけどパン好きの人にはたまらない面白さもある。だが、それで仕入れた知識であのパンができるとも思えない。プロはプロだな。
 今でもパンは自分で手作りする。でも、たいていはベーカリーマシンを使い、自分で捏ねたりはしなくなった。酵母もあれこれということはなく、サフのドライイーストを使う。ブリオッシュを作るのは以前は抵抗があったけど、東京暮らしになってから作ることがある。つまり、ちょいとしたお菓子も作ることもできる。もうクッキーだって焼いちゃうし。
 パンを作ることは、私にとっては米を炊くのと変わりない。ただ、以前は米を電気釜で米を炊いたが今は鍋で炊き、パンは以前は鍋で焼いていたが電気パン焼き器で焼いている。

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2010.04.30

パン焼き器の話

 3台目のパン焼き器を買った。三代目というべきかもしれない。ツインバードの「ホームベーカリー ホワイト PY-D432W」(参照)というやつ。現時点でのアマゾン価格だと、 7,329円。こう言ってはなんだけど、こんな安いもんで大丈夫なんだろうかというのと、ホーム・ベーカリー・マシンなんてもうある程度枯れた技術なんだから、こんな価格でもいいはずなんじゃないか、と考えあぐねた。あー、しかし、こんな問題、考えて結論出ません。ええい、自ら人柱、と。買ってみた。使ってみた。問題なし。まるでない。よく焼ける。いいんじゃないの、これ。

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TWINBIRD
「2斤まで焼ける」
ホームベーカリーホワイト
PY-D432W
 なぜ買い換えたかというと、それまで使っていたのにちょっと不満が出てきた。粉で400gしかできない。普通に自分用のパンを作る分にはそのくらいでよいのだけど、パーティ用にピザとかフォカッチャとか作るとき、あと100gできるといいなと思うようになっていた。
 それと不満ではないのだけど、そろそろ内釜が傷んできた。交換してもいい時期になったかな。年内はもう保たないかな。釜を替えると、7000円くらいかかるよなと、ググってみたら、え? 7000円ちょっとで新品買えるじゃん。しかも、500g大丈夫じゃんということで迷った。こんな価格の機械で大丈夫なのか?
 ツインバードってどこのメーカー?と疑問に思ってすぐに思い出した。フライヤーがこのメーカーで特に問題なく使っている。大丈夫なんじゃないか。と、大丈夫でした。パン焼き器にはそれなりに各種メーカー品や高機能品もあるけど、普通にパンやドゥを作る分にはこの程度で問題なし。
 初代のパン焼き器はリーガルだった。通販生活で買ったのではなかったか。沖縄で暮らし始めてから、僻地にパン屋がねー、売ってるパンはマズーとか思った。それまでも自分で食うパンはけっこう自分で手作りで焼いていたので、効率よく作るにはパン焼き器もありかと思ったのが購入のきっかけだった。
 それまでは手作りしていた。粉にドライイーストと水入れて捏ねて発酵させて焼くだけ。鍋でね。二次発酵を手頃なサイズの鍋でやって、そのまま、弱火の遠火で40分くらい焼くと、きちんと焼けます。オーブンいらね。ガスコンロの上に五徳と餅網載っけて少し火から離す。これで素朴なパン・ド・カンパーニュが焼き上がり。一度、その筋の人に食わせたことがあるけど、これはこれでうまいんじゃないとか褒めてくれた。
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たった2つ!の生地で作れるパン
発酵は冷蔵庫におまかせ
 捏ねと発酵のタイミングみたいのは慣れというか自然に貯まったノウハウがあった。低温発酵とか中種法とかね。ただ現在だったら「たった2つ!の生地で作れるパン 発酵は冷蔵庫におまかせ」(参照)がよいですよ。この方法ならそんなに捏ねなくてもきちんと美味しいパンができる。
 リーガルは6年くらい使っただろうか。内釜の買い換えとかもしたが、さすがにへたれてきて、二代目はMKのにした。どう見てもこれってリーガルと同じだろと思った。OEMじゃないのかとすら思った。添付のマニュアルもほぼ同じ。まったく同じではなくて、こっちはジャムとか作る機能があったりはするけど。なので、買い換えるとしてもまたMKにするかなと思っていたのだが、以前使っていた型のがもうない。新型は2万円くらいになっていた。そんなものかなとは思っていたのだが、私は単純なパン焼き器でいいのだよねと思っていた。
 パン焼き器についてはまあそんなところ。それで、パン焼き器で一番大切なことはというと、粉です。パン焼き器を使うということは、粉をけっこう使います。けっこう使うといっても、実際にできあがるパンの量から考えれば、びっくりということはないけど、あー、つまり、スーパーマーケットで売っている1gのカメリヤ粉じゃ話になりません。お米を5kg単位で買うのと同じように、粉も5kgくらいは買っとけということになる。
 それで粉選びということになる。選んでみると、え?というくらい粉の味が違うことに気がつくはず。味と価格で妥当なのは、572310.comの「パン用小麦粉 はるゆたかブレンド」(参照)かと思う。はるゆたかだけでもいいのだけど、お高いし。ついでに言うと、パンにバターは入れなくてもいいし、代わりにキャノーラ油入れてもそんなに変わりない。レシピは自分流に少しずつアレンジしていくといい。そうそう夏場の水は冷水で。
 パンを自分で作るとお金の節約になるか? 半額までにはならないけど、なるといえばなる。それより、パンっていうこうものかと理解できるようになる。へえ、パンってこういう食い物なのかというか。それと、本当に上手に作ったパンというのが何かがわかるようになる。私は自分で食うパンは自分で作るけど、近所にあるパン屋さんのパンも買う。地味な味わいだけど、パンを作るようになると超絶技巧のパン屋さんがわかる。



私の手作りパン
ライ麦パンです

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2010.04.29

サンドイッチ

 サンドイッチが美味しいなと思ったのは、青春のころ。1980年代。米人の比較的多い環境だったこともある。日本人の作るサンドイッチとはずいぶん違うものだなとも思った。サイズとか。もちろん味も。
 キャンプファイア場みたいのところで、みんなで持ち寄ってランチとかしたことがある。米人の女の子が手際よく鉄板の上でハンバーグを焼いて、バンズに挟んでくれた。ふーん、ハンバーガーって手作りありなんだと思った。どうやって作るのと聞いたら、お肉に塩とこしょうを入れて焼くだけよと言った。僕はけげんな顔していたんだと思うし、彼女も日本のハンバーガーに慣れていたんだろう。つなぎとか入れないほうが美味しいのよと言い足した。そうなんだ。ということで、その一言が僕の人生を変えた。そのシンプルなハンバーガーを作って食べるようになった。トマトやピクルスやレタスも入れるけど。
 表参道に寄ったときバンブーでサンドイッチを食べるようになったのもそのころだ。思い返すと女の子と行ったこともある。さらに思い出すと女の子を数人思い出す。残念ながら顔は思い出せないが、看護師さんの卵もいた。近くに日本看護協会があり、彼女たちの御用達だった。当時のバンブーは普通の家屋を使っていたので、バスルームとかも普通にバスルームだった。たまに結婚式二次会みたいなことをやっていた。私が沖縄に出奔してからだと思うがレストランみたいになった。
 先日、アドビのショールームに寄ったおりに、ふと懐かしくて足を伸ばした。サンドイッチはあるとウエイターが言う(ウエイターがいるんだね)。じゃ、それ。懐かしのアボカドシュリンプもある。カポナータのサンドイッチもある。パテ・ド・カンパーニュのサンドイッチもあり、じゃ、それ、と頼む。少ししてウエイターが戻り、レバーが入っていますがよろしいでしょうかと問う。いいよ。それがパテ・ド・カンパーニュだし。味はまあまあ。サンドイッチとはいっても、パン・ド・ペイザンに具がのせてあるだけ。
 懐かしのサンドイッチというとあれもあるな。30歳を少し過ぎたころだが荻窪でアイアンガーヨガを一時期学んでいたのだけど、そのころ、関連のパーティで先生(といっても米人のおばさん)が作ってくれたマッシュルームとサワークリームのサンドイッチ。ライ麦パンだ。どうしてこんなに美味しいのだろう。簡単に作れそうなんで、たまに挑戦する。うまくできない。レシピもわからない。

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ハッピーサンドイッチ
おおつぼ ほまれ
 そう。私はアメリカ風のサンドイッチが好きだ。ああいうサンドイッチのレシピ本があったらいいなとずっと思っていた。昨年、理想に近い本が出たのを知って飛びついた。「ハッピーサンドイッチ」(参照)である。かなりいい。

著者が過ごしたニューヨークには、アメリカの代名詞とも言えるハンバーガーをはじめ、
バラエティ豊かなサンドイッチメニューがあふれています。街角のデリの定番、グリルチーズサンドやサラダサンド。ボリュームたっぷりのミートサンド。日本人も大好きなシーフードサンドやベジタリアンサンド。ヘルシーなラップサンドやベーグルサンド。


また、サンドイッチに添えたいサラダやレリッシュ(付け合わせ)、ピクルス、フライ、スープといったサイドディッシュも多数ご紹介。お好みで組み合わせれば、ランチにぴったりなサンドイッチプレートの完成です。ひとつひとつのサンドイッチがとにかくパワフル。バンズからはみ出しそうな分厚いパティ。パンからこぼれ落ちそうなミートボールやシュリンプフライ。具がたっぷりのピタサンドやブリトーなど。写真はその迫力を余すところなく伝えていますから、見るだけでも元気になりそうです。

 わーい。
 サンドイッチ人生を歩むことになってしまった僕にしてみると、懐かしいサンドイッチばかり。見るのも楽しい。知らないレシピもあった。これ使ってみたいなと思うのもいくつかあった。
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Vitantonio
バラエティサンドベーカー
 ついでなんで、ヴィタントニオもご紹介。いや、ヴィタントニオはメーカー名でお勧めはバラエティサンドベーカーというのかな、ワッフルメーカー兼ホットサンドメーカーだ(参照参照)。ワッフルもできるし、ホットサンドもできる。モッフルもできる。お餅をおかきみたいにしたもの。お醤油を垂らして食べてもいいし、溶けるチーズをのせるのもあり。
 金型を変えると、鯛焼きもできる(参照)。駅前商店街で売ってるジャポネーズとは違うけど、これはこれでいける。サンドイッチの話でいうと、パニーニプレート型(参照)は是非。ホットサンドもいいけど、パニーニならいろんな具でいろんなパンで、ぷしゅっと押し焼きする感じにする。ようするに鉄板使ったトーストだし、つまりトーストなんだが、パンの香ばしさに具のチーズとかもとろける。



お手軽ベーグルサンド
左はローストビーフ、ワイルドルコラ、オニオン
右はクリームチーズ、サーモン

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2010.04.28

小沢一郎氏を起訴相当とした検察審査会の議決

 昨日の小沢氏を起訴相当とした検察審査会の議決が話題になっている。「市民目線からは許し難い」との報道があり、感覚的な反応かとも思ったが、議決の要旨を見ると、きちんとした議論をしたことが伺われる内容だった。読売新聞記事「小沢民主党幹事長「起訴相当」議決の要旨」(参照)より。今後の推移のための資料になるし、独自の報道ともいえないので、あえて全文引用しておきたい。


 小沢一郎・民主党幹事長に対する東京第5検察審査会の議決の要旨は次の通り(敬称略)。

 被疑者 小沢一郎
 不起訴処分をした検察官 東京地検検事 木村匡良
 議決書の作成を補助した審査補助員 弁護士 米沢敏雄
 2010年2月4日に検察官がした不起訴処分(嫌疑不十分)の当否に関し、当検察審査会は次の通り議決する。

 【議決の趣旨】
 不起訴処分は不当であり、起訴を相当とする。

 【議決の理由】
 第1 被疑事実の要旨
 被疑者は、資金管理団体である陸山会の代表者であるが、真実は陸山会において04年10月に代金合計3億4264万円を支払い、東京都世田谷区深沢所在の土地2筆を取得したのに、
 1 陸山会会計責任者A及びその職務を補佐するBと共謀の上、05年3月ころ、04年分の陸山会の収支報告書に、土地代金の支払いを支出として、土地を資産として、それぞれ記載しないまま総務大臣に提出した。
 2 A及びその職務を補佐するCと共謀の上、06年3月ころ、05年分の陸山会の収支報告書に、土地代金分が過大の4億1525万4243円を事務所費として支出した旨、資産として土地を05年1月7日に取得した旨を、それぞれ虚偽の記入をした上で総務大臣に提出した。

 第2 検察審査会の判断
 1 直接的証拠
 (1)04年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に報告・相談等した旨のBの供述
 (2)05年分の収支報告書を提出する前に、被疑者に説明し、了承を得ている旨のCの供述

 2 被疑者は、いずれの年の収支報告書についても、その提出前に確認することなく、担当者において収入も支出もすべて真実ありのまま記載していると信じて、了承していた旨の供述をしているが、きわめて不合理、不自然で信用できない。

 3 被疑者が否認していても、以下の状況証拠が認められる。
 (1)被疑者からの4億円を原資として土地を購入した事実を隠蔽(いんぺい)するため、銀行への融資申込書や約束手形に被疑者自らが署名、押印をし、陸山会の定期預金を担保に金利(年額約450万円)を支払ってまで銀行融資を受けている等の執拗(しつよう)な偽装工作をしている。
 (2)土地代金を全額支払っているのに、土地の売り主との間で不動産引渡し完了確認書(04年10月29日完了)や05年度分の固定資産税を陸山会で負担するとの合意書を取り交わしてまで本登記を翌年にずらしている。
 (3)上記の諸工作は被疑者が多額の資金を有していると周囲に疑われ、マスコミ等に騒がれないための手段と推測される。
 (4)絶対権力者である被疑者に無断で、A、B、Cらが本件のような資金の流れの隠蔽工作等をする必要も理由もない。
 これらを総合すれば、被疑者とA、B、Cらとの共謀を認定することは可能である。

 4 更に、共謀に関する諸判例に照らしても、絶大な指揮命令権限を有する被疑者の地位とA、B、Cらの立場や上記の状況証拠を総合考慮すれば、被疑者に共謀共同正犯が成立するとの認定が可能である。

 5 政治資金規正法の趣旨・目的は、政治資金の流れを広く国民に公開し、その是非についての判断を国民に任せ、これによって民主政治の健全な発展に寄与することにある。
 (1)「秘書に任せていた」と言えば、政治家本人の責任は問われなくて良いのか。
 (2)近時、「政治家とカネ」にまつわる政治不信が高まっている状況下にもあり、市民目線からは許し難い。

 6 上記1ないし3のような直接的証拠と状況証拠があって、被疑者の共謀共同正犯の成立が強く推認され、上記5の政治資金規正法の趣旨・目的・世情等に照らして、本件事案については、被疑者を起訴して公開の場(裁判所)で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である。よって、上記趣旨の通り議決する。
          ◇ 
 要旨中のAは小沢氏の元公設第1秘書・大久保隆規被告、Bは陸山会元事務担当者で衆院議員の石川知裕被告、Cは同会元事務担当者の池田光智被告


 私が渦中で思ったことが、論点を整理しわかりやすく表現されているという点で、きれいなまとめになっていると思った。
 私が気にしていたのは、「1 直接的証拠」の2点である。日本人は証言について、口から出任せでなんとでも言えると考えがちだが、法のプロセスでは証言は審議の上、事実として扱われる。というか、事実とは証言のことである。くどいようだが、日本人は物的な証拠のみを事実として考えがちだ。
 今回の件で、この2点の事実から、法の専門家から見てで公判が維持できるかというのが一番の関心事だった。小沢氏の政治資金規正法の収支報告違反という点で、小沢氏本人の共謀共同正犯が成立するかというと、そもそも政治資金報告書を提出するのは会計責任者であって政治家本人ではないので、私の印象ではその筋での立件は困難ではないかとも思っていた。実際に検察の判断としても無理という結論になった。疑わしきは罰せずということでもあり、妥当な判断だろう。
 他方、私の一市民の感覚としては、政治資金規正法の帳簿の記法が単式であればこういう、カネの入出を相殺するような報告もありえるだろうが、複式で記載すれば奇妙なカネの出し入れは明確になり、政治資金規正法の趣旨からすれば多いに疑問が残るところとなるはずで、議決書で「政治資金規正法の趣旨・目的は、政治資金の流れを広く国民に公開し、その是非についての判断を国民に任せ、これによって民主政治の健全な発展に寄与することにある」と明記されているのも同意できる。
 今回の議決書で、ずいぶん踏み込んだものだなと思ったのは、法の専門家からの判断が出ていてなお、状況証拠が深く勘案されている点だった。私なりの結論からすれば、これも簿記形式の問題に帰してしまうのだが、仮に複式簿記的に見れば、これらの疑念があることはいかんともしがたい。
 今後の展開の予想だが、仮に起訴に持ち込まれたとして、(1) 新証拠がなく現在の証拠から公判が維持できるか、(2) 共謀が認定されても微罪の類ではないか、という点を考慮すると、小沢氏が有罪となることはないのではないかとも思う。特に、公判を担うことになるのは、検察ではなく、国からの報酬に限定された新規の弁護人によるもので、ゼロからこれまでの証拠と供述を考証しなおすことになる。常識的に考えてもかなりの困難が予想される。
 それでもこれまで検察審査会が行ってきた経緯を考えれば、市民社会のプロセスとして今後の経緯は重視されるべきだろう。裁判所の公式ページ「これまでに審査した事件は 検察審査会とは」(参照)より。

 これまでに全国の検察審査会が審査をした事件は15万件に上り,その中には,水俣病事件,羽田沖日航機墜落事件,日航ジャンボジェット機墜落事件,薬害エイズ事件,豊浜トンネル岩盤崩落事件,雪印集団食中毒事件,明石花火大会事件といった社会の注目を集めた事件もあります。
 また,検察審査会が審査した結論に基づいて,検察官が再検討した結果起訴した事件は,1,400件を超え,その中には,懲役10年といった重い刑に処せられたものもあります。

 市民の意識として、権力に歯止めをいかにかけるかという民主主義の制度のためにも、検察審査会の議決は基本的に尊重されなくてはならない。
 加えて二点。
 検察審査会は市民が、検察権力行使に歯止めをかける市民側のバランスの機構でもあり、その個別の運営に問題があることもありえるが、機構それ自体の批判とは分けて考えるべき存在である。だが、ブログやツイッターを見ていると、今回の検察審査会の議決から、検察審査会そのものへの批判に飛躍している意見を散見して私は驚いた。いわゆる市民派といった人がたちが現実の市民を批判しているという奇っ怪な構図すら描かれている。それこそが市民社会の病理現象ではないかとも思えた。
 今朝の大手紙社説は、今回の議決に絡めて、小沢氏の政治道義的責任を問うているもがあったが、私の考えでは、それはまた別のプロセスである。つまり、国会での小沢氏の説明責任といったものは、司法のプロセスとは独立したものだろう。まして、このことが政局にどう反映するかということは、別の視点の問題であるはずだ。

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2010.04.26

民主党鳩山政権はなぜ失敗したのか

 民主党鳩山政権はなぜ失敗したのか。いや、まだ失敗していないという意見もあるかとは思う。普天間飛行場の撤去の問題でも、あっと驚くような展開があるかもしれない。いやすでに鳩山政権にはなんどもあっと驚いているのだが、端的に言って、ここまでひどい事態は想定できなかったという驚きのほうだった。どうしてここまでひどいことになってしまったのか。民主党の政治手法そのものに原因があると思う。
 鳩山首相のリーダの資質に問題がある、といったことを大手紙やマスコミは指摘するが、私は、構造的な問題が一番大きいと思う。構造というのは、政調を置かなかったことだ。
 この問題は、高速道路新料金制度を巡るごたごたのなかで前原国交相が明確に指摘した。TBS「前原国交相、政策決定過程の再検討を」(参照参照)より。


 6月から始まる高速道路の新しい料金制度にからみ、前原国土交通大臣は政府与党の政策決定について、あり方を再検討すべきだという考えを示しました。
 「システムの問題として、政策調査会がないことが、こういった問題につながるのだと思う」(前原誠司 国交相)
 前原国土交通大臣は高速道路の新しい料金制度について、党側の要望によって見直す、見直さないと方針が二転三転したことについて「政策調査会があればわざわざ政府と党の首脳会議で個別政策について話すことはない」と指摘しました。
 また、前原大臣は「小沢幹事長が政府に注文をつけるのも政策調査会がないことに起因しているのではないか。もう一度、政府と党の間で政策調査会の是非を議論していただけるとありがたい」と述べ、政策調査会の復活も含め、政策決定のあり方を再検討すべきだという考えを示しました。

 民主党が政調を設置しなかったのは、同ニュースでも触れているように、族議員が跋扈する自民党政治への反省からだった。

 民主党は自民党政権時代、族議員が介入することで政策がゆがめられてきたという問題意識から、小沢幹事長の主導のもと、政策決定を政府に一元化する方針を掲げ、党の政策調査会を廃止しました。

 政調を置かないことが政治改革につながるのだという意見は、民主党の元立法スタッフだったトバイアス・ハリス氏など、政権成立後ですら強く支持していた。ニューズウィーク日本版ブログ「民主党の政調復活は時期尚早だ」(参照)より。

 2月17日、民主党の生方幸夫副幹事長や田中真紀子元外相ら衆院議員有志が鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長に対し、「政策研究所」の新設を要請した。昨年9月の政権交代を機に廃止していた政策調査会に代わる党独自の政策立案機関を求めたかっこうだ。
 しかし鳩山も小沢もこの提案を即座に却下。民主党政権に欠点はあるものの、「政策決定の内閣一元化」に真剣に取り組んでいることははっきりさせた。
 政府の役職に就いていない一般議員が、政策面で一定の役割を担いたいと嘆願せざるを得なかったのは、政策決定プロセスを変えようとする鳩山政権の努力が----少なくとも与党の関与を減らすことに関しては----奏功している証拠だ。官僚ではなく政治家主導の「イギリス型政治」への移行で失うものが最も大きかったのが、彼ら一般議員だ。


 今後もこのままでいくべきだ。鳩山政権が日本の直面する問題を解決する際には、内閣の背後で独自の政策を作成したり、売り込んだりする議員の存在を心配することなしに政策を策定しなければならない。
 党内に新しい政策立案機関を作れば、アンチ鳩山政権の官僚に情報をリークする手段を与えることになる。これは内閣を弱体化させ、民主党議員の分裂も招きかねない。鳩山政権が閣僚たちを党の方針に従わせることに苦労している現状を考えれば、政策立案機関の設立は事態をさらに混乱をさせるだけだろう。

 しかし、事態は逆になった。政調の不在が民主党議員の分裂を招いている。なぜ民主党の政策決定一元化が機能しなかったのか。答は、高速道路新料金制度を巡るごたごたを見れば明白である。
 政策決定は政府ではなく、党側の最高権力者小沢一郎幹事長に集約されており、彼が矛盾した二律背反の要望を出しているからだ。これも前原国交相が指摘しているとおりだ。NHK「国交相 民主党要望は二律背反」(参照)より。

高速道路の新たな料金制度をめぐっては、民主党側が、近距離での利用者にとって実質的な値上がりとなり、政権公約で掲げた高速道路の原則無料化の方針と違うとして修正を求め、政府側と党側の意見の違いが表面化しました。これに関連して、前原国土交通大臣は、閣議のあとの記者会見で、「去年の末に民主党から、高速道路の建設を促進するために見直しを組めという要望をいただいて、今回法案を提出した。当然ながら料金割引の財源を高速道路の整備に充てると、割引は減ることになる。要望しておきながら料金が上がってはいけないと言うのは、二律背反のことを言っているわけで、われわれは方針どおり進めさせていただきたい」と述べ、現時点では高速道路の新たな料金制度は見直さず、予定どおり6月から実施する考えを強調しました。

 小沢氏としては、選挙に勝つためにはなんでもするという明確で一元的なポリシーを持っているのだろうが、国民が影響を受ける政策としては支離滅裂な状態になる。
 今となっては、政調の不在は、小沢独裁のための装置でしかない。政策決定は政府に一元化するとの建前から、政務三役が民主党側と政策会議で検討しても、機構上、党との合意にはならない。このことが、現在小沢氏の暴走を止めることを不能にしている。
 当初はそうではなかったはずだ。政府に一元化される政策決定は国家戦略局が担うはずではなかったか。しかしすでに国家戦略局は実質不在である。
 さらにその根には、マニフェストの実質的な不在がある。すでにぼろぼろになってしまった民主党のマニフェストだが、そもそも的確に練り込まれたものではなかった。NHK時論公論 「政権公約と与党の責任」(参照)で影山日出夫解説委員は、民主党の理想の元になったイギリスとの対比をこう述べている。

 マニフェスト発祥の地とされるイギリスでは、政権公約そのもの、とりわけ根幹に関わる部分が途中で修正されるということはあまり例がないということです。イギリス政治に詳しい専門家の話を聞きますと、理由の1つは、政権公約の作成にあたって徹底した党内論議が行なわれていることです。与党・労働党の場合、政府と党が一体になった検討チームが政策分野ごとに作られ、選挙まで2年間かけて繰り返し議論が行われます。原案は外部に公表され、専門家の意見も聴取した上で、最後は党大会で採決に付されます。
 このようなプロセスをたどっているので、公約の実現可能性については事前にきちんとしたチェックが入りやすい。党内のコンセンサスが出来ているので政策を実施に移す段階で政権の中がガタガタすることも少ないというのです。
 これに対して、民主党が衆議院選挙で示した政権公約は、一部の関係者の手で作られました。中身がオープンになったのは投票日の1か月前。早く手の内を見せると選挙にマイナスだからという理由でした。党内には財源案に不安があるという声もありましたが、選挙戦の流れの中に呑み込まれてしまいました。今回も、前提となるべき去年の予算編成の総括が行われないまま時間が過ぎ、先月になってようやく党の体制が出来ました。政策調査会が廃止されたため、この作業のために急きょチーム編成が行われたのが実情です。

 民主党のマニフェストは一部の関係者が密室で短時間に作り上げたものでしかなく、そもそもが矛盾をはらんでいた。なにより予算編成の総括ができなかったツケが現在に回っており、これに政調廃止も関係している。
 民主党側のマニフェストがダメな代物であることは選挙前にこのブログでも指摘したが、外部的な指摘ではなく、民主党内の時系列で見ても明白になる。2005年では、民主党は次のようなマニフェストを掲げていた。「民主党:岡田代表がマニフェスト重点項目「日本刷新・8つの約束」を発表」(参照)より。

■1〈ムダづかい一掃!サラリーマン狙いうち増税なし〉
 衆議院定数80の削減、議員年金廃止、国家公務員人件費の2割削減等、3年間で10兆円のムダづかいを一掃します。

岡田代表「まず『隗より始めよ』だ。国会議員がまず自らの身を切るところから始め、歳出削減の努力をする。同時に、国直轄の公共事業の半減や公務員人件費削減では国民の皆さんにも犠牲を強いることになる。国民の覚悟がなければ歳出削減はできない。理解と協力を求めていく」


 2005年から2009年になってもマニフェストは練り込まれていなかった。実際に政権を取ってみたら、ムダづかい一掃はできなかった。事業仕分けは、その捻出額を見ればほぼ失敗であったことは明白である。現在第二弾として継続されている事業仕分けは、猪瀬直樹氏が指摘しているように(参照)、特殊法人から12兆円引き出せると誤認した枝野行政刷新相の辻褄あわせのパフォーマンスであろう。
 増税なしも逆になった。菅財務大臣は「増税しても使い道によっては景気が良くなる」と増税を語り出している。

■3〈コンクリートからヒト、ヒト、ヒトへ〉
 公立学校改革に着手し、月額1万6000円の「子ども手当」を支給します。

岡田代表「仕事との両立がかなわない、あるいは経済的な理由で、産みたくても産めないと言う人たちの悲痛な声が、与党にはきこえていないのではないか。月額1万6000円のこども手当は、ヨーロッパの水準から見ればけっして高いものではない。われわれは財源の裏付けも持って、この制度を必ず実現することを約束する


 2005年では、子ども手当は「財源の裏付けも持って」として月額1万6000円と明記されていた。実際に財源を当たってみると、それより劣ることになったが、2005年ではまだ実情に近い数値でもあった。
 今回のマニフェストでなぜ財源論が消え、しかも給付額が増えたのだろうか。その説明を私は探したが、小沢幹事長がえいやと決めたという噂くらいしか出てこなかった。

■8〈本物の郵政改革~官から民へ〉
 郵貯・簡保を徹底的に縮小し、「官から民」へ資金を流します。
 郵便局の全国一律サービスは維持します。

岡田代表「小泉首相の郵政民営化法案はきわめてあいまいで実現不可能だ。郵便局のネットワークを維持するという話と、100%郵貯・簡保を民営化し、民間が自らの判断で採算の合わないところは当然撤退できることになることは明らかに矛盾する。この矛盾について、小泉首相は全く説明していない。同時に、同じ法案を出しても参議院でもまた否決されることは明白。首相は、参議院でどうやって可決させるのか具体的な道筋を国民に明らかにする責任があり、そうでなければ(法案成立の公約は)絵に描いた餅にすぎない」


 郵貯問題はまったくの逆になった。
 2005年の民主党マニフェストを評価していた人なら、2009年の民主党マニフェストを理解できるわけなかっただろうし、民主党を支持してきた人なら、郵政改革が完全に反故にされた時点で、民主党を支持できるはずもない。
 政調の意図的な不在と国家戦略局の不在は、マニフェストの矛盾によってさらに増幅されてしまった。
 鳩山首相は嘘つきであるとも批判される。しかし、政策面に限れば、それ以外のものを求めることは構造的にも無理があった。

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2010.04.25

ワシントン・ポスト紙の普天間基地問題リーク報道、雑感

 24日付けワシントン・ポスト紙のジョン・ポムフレット(John Pomfret)氏署名記事「Japan moves to settle dispute with U.S. over Okinawa base relocation(在沖米軍基地移転問題で日本が米国との不和解消に乗り出す)」(参照)は、鳩山政権が、現行案である米軍普天間飛行場の辺野古移設案を一部修正して米国側に伝えたと報道した。伝達は、23日のルース駐日米大使と岡田克也外相の会談によるものとのことだ。
 日本国内でも話題になった。報道には、朝日新聞「辺野古案「大筋受け入れ」 岡田外相が発言と米紙報道」(参照)や日本経済新聞「普天間「現行案修正で受け入れ」外相が米大使に伝達 米紙報道」(参照)などがある。
 米紙報道に対して即日に鳩山首相は否定した。産経新聞「現行案受け入れ「事実ではない」 普天間WP紙報道を首相が否定」(参照)より。


 鳩山由紀夫首相は24日午後、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題に関し、岡田克也外相が23日のルース駐日米大使との会談で現行案(沖縄県名護市辺野古沿岸部への移設)を大筋で受け入れると伝えたとの24日付米紙ワシントン・ポスト(電子版)の報道について「事実ではない。辺野古の海が埋め立てられるのは自然に対する冒涜(ぼうとく)だ。現行案が受け入れられるなどというような話はあってはならない」と否定した。ただ、岡田氏とルース大使の会談があったという事実は認めた。視察先の群馬県大泉町で記者団に答えた。

 また岡田外相もワシントン・ポスト紙報道を否定した。NHK「外相“米紙報道 事実でない”」(参照)より。

これについて、岡田大臣は長崎県佐世保市で記者団に対し、ルース大使とは頻繁に意見交換しているとしたうえで、現行案を大筋で受け入れる方向だと伝えたという報道の内容については「そういう事実はない」と否定しました。また、記者団が「政府として現行案やその修正もゼロベースで検討しているのか」と質問したのに対し、岡田大臣は「今検討している案は必ずしもそうではない」と述べました。そのうえで岡田大臣は、25日に沖縄県で県外や国外移設を求める県民大会が開かれることについて、「重要な集会を控え、今回の報道はきわめて遺憾だ」と述べました。

 鳩山首相および会談の当人である岡田外相からも否定の声明が出たことで、日本政府としてはワシントン・ポスト紙報道を否定した形になった。
 真相はどうであろうか?
 鳩山氏の言明については他の発言においてもそうだが真意を理解することは難しく、理解努力は不毛であることも多いので、岡田外相の発言から再考してみたいのだが、補助線となるのは、この件についての北沢防衛大臣の発言である。毎日新聞「在日米軍再編:普天間移設 首相、現行案否定「辺野古の海埋め立ては自然への冒とく」」(参照)が参考になる。

 これに対し、岡田氏と北沢俊美防衛相は、米紙の報道内容をそろって否定したものの、現行案微修正を含めた辺野古移設には含みを残す違いを見せた。
 岡田氏は24日、長崎県佐世保市内で記者団に、「首相が言っておられるように(現行案おおむね受け入れを表明したとの)事実はない」と否定。ただ、現行案に対する自身の考えを問われると「ゼロベースで議論している。それ以上に申し上げることはない」と述べるにとどめ、ルース氏との会談内容も明らかにしなかった。
 また北沢氏は同日、長野市内で記者団に「現行案へ戻るということはあり得ない」と述べた。一方で「どこまでが修正かということがあるから(岡田、ルース両氏の会談の)中身をしっかり聞かなければいけない」とも述べ、現行案の微修正に含みを持たせた。

 岡田外相の「ゼロベース」と北沢防衛大臣の「どこまでが修正か」を考慮すると、おそらく現鳩山政権側の認識としては、現行案に戻したのではなく、加えた修正によってまったく別の案になったという認識なのだろう。しかしそれは米側には若干の手直し程度に理解されたのかもしれない。
 この修正案は沖縄側からも米国と同様に見えていたようだ。ワシントン・ポスト紙とは異なるソースで24日付け琉球新報「辺野古沖合案を指示 平野氏、関係省に」(参照)が報道している。

平野博文官房長官は、米軍普天間飛行場移設問題で現在検討中の政府案について、名護市辺野古へ移設するとした現行の日米合意案を沖合に移動させた修正案で最終的に決着を図ることを念頭に関係省に指示していたことが23日、複数の政府関係者の話で分かった。現行案の沖合修正に受け入れ姿勢を示してきた仲井真弘多知事にも趣旨を伝え、25日の県内移設反対の県民大会に参加しないよう求めていた。

 この報道にはさらに奇っ怪とも思える追加がある。

ただ鳩山由紀夫首相は官房長官案に反対の姿勢を貫いており、周囲が強く現行修正案での決着を促しているという。

 それが本当なら、鳩山首相の考えとは別に平野博文官房長官が動いていたことになる。そんなことがありうるだろうか? 普通の政府ならありえないが、全体の構図を見ると、鳩山首相の思惑とは別に民主党政府が動いていると見たほうが整合的だ。
 あえて極論すればこれはすでに小規模なクーデーター状態であり、もう少し踏み出していえば、民主党の実質的な最高権力者は小沢一郎幹事長であるから、小沢氏の暗黙かもしれないが是認を得ていると見てもよいかもしれない。もちろん、そこまで踏み出して言えるかについては、かなりの留保をしなければならないが、逆に見てもある程度整合性はある。高速道路問題でもそうだが、選挙に影響する問題であれば政府の政策決定手順ですらちゃぶ台返しを行う小沢氏が、政権の行く末を決める状態にまで悪化している普天間問題に表向きなんら関与していないこととは、この筋の読みに沿う。
 あるいは、小沢氏は平野博文官房長官に暗黙の是認を与えているのではなく、この問題で鳩山首相に詰め腹を迫り、現政権自体をいったんちゃらにしてもよいと想定しているのかもしれない(鳩山氏の思惑はその捨て石としての自覚かもしれない)。もちろんその場合、小沢氏自身も形の上では引っ込むだろうが、院政こそが小沢氏の本来の政治手法である。その先には日米安保の見直しという彼の持論が輿石東参院議員会長や福島瑞穂社民党党首らのイデオロギーと連繋して展開していく可能性もゼロではない。むしろ、徳之島集会といい今日の沖縄集会といい、まるで政府内でスケジュールを組んだかのような手回しよい反基地運動の展開とこの動向は整合的ですらある。
 今回のワシントン・ポスト紙の報道には、米側の思惑という謎もある。単純な話、このようなリークをすれば、鳩山政権側が認めるわけはないという前提がある。むしろ、鳩山首相から否定の言辞を導くための策略であると理解するほうが妥当だ。読売新聞記事「「鳩山政権とは交渉しない?」米紙報道で憶測」(参照)は、この策略を、米側としては鳩山政権との交渉拒絶のメッセージとして読んでいる。

 「岡田外相がルース駐日米大使に現行計画の主要部分を受け入れる意向を伝えた」とする24日付の米紙ワシントン・ポストの報道は、25日に沖縄で県内移設に反対する大規模な大会が開かれる直前のタイミングだった。
 地元の反発は一層高まっており、政府関係者は24日、「米国は鳩山政権に何度も煮え湯を飲まされている。鳩山政権と交渉するつもりはない、というメッセージで、情報が流れたのではないか」との見方を示した。

 今日行われた沖縄での反対集会を鳩山政権側があたかも沖縄の民意であるかのように、米側の交渉に持ち出すのを拒絶するために、このタイミングでリークしたということなのだろう。タイミング的な文脈は外せないが、そのような策略であったかについては読みが難しい。拒絶というより、留保の線引きのようなものではないか。
 私の考えでは、米側は政権交代後の数か月は、可能な限り鳩山政権の要求に折れる用意でいた(参照)。米側の譲歩の前提は、鳩山政権が日本市民の強い支持で成立したことへの民主主義的な礼儀であっただろう。しかし、米側としては、ある程度想定はしていたとはいえ、その後、民主党政権が東アジアの安全保障に関われるだけの安定政権ではないと見るように変化してきたのではないか。
 日本では、普天間基地問題についての5月期限がいかにも米側の忍耐の限界のようにも理解されているが、米側としては、参院選挙後の日本市民の国家意識を待っている状態だろう。米側としても、同盟問題における一度のちゃぶ台返しは忍耐しても、今後もそれが続くようでは対処を変えなくてはならない。
 ワシントン・ポスト紙の記事でもう一つ論点がある。国内ではほとんど報道されなかったが、中国の軍事拡大について言及があった。読売新聞による紹介記事「「岡田外相の発言」米ワシントン・ポスト紙要旨」(参照)が僅かに触れていた。

 4月中旬、中国海軍の艦隊が日本の近くの公海で最大級の演習を行い、中国軍のヘリコプターが日本の海上自衛隊の護衛艦に異常接近する事例があり、こうした出来事も日本政府に方針の修正を迫った可能性がある。

 原文ではこうなっている。

Other events might also have pushed Tokyo to modify its tune.

他の事件で、鳩山政権も普天間問題の主張を修正するようになったのかもしれない。

In mid-April, warships from China's navy conducted one of their largest open-water exercises near Japan. China did not inform Japan of the exercise, and during one of the maneuvers a Chinese military helicopter buzzed a Japanese destroyer, prompting a diplomatic protest from Japan.

4月中旬、中国海軍の軍艦団が日本近海公海で最大規模の軍事演習を実施した。中国はこれを日本に通知していなかったうえ、軍事演習では中国軍ヘリコプターが日本の駆逐艦すれすれの飛行をしたので、日本は外交上の抗議をした。

The base plan was worked out in part to confront China's expanding military by deploying U.S. forces in Japan more rationally and building up Guam as a counterweight to Beijing's growing navy. Under the plan, 7,000 Marines would move from Japan to Guam.

米軍の基本計画は、軍事拡張する中国に対抗して、米軍を日本に合理的に配備し、グアムを中国海軍拡大を防ぐ重石とするものだった。この計画にそって、7千人の海兵隊員が日本からグアムに移転することになっている。


 ワシントン・ポスト紙の報道としては、日本が中国海軍の脅威に晒され、泡を食って、辺野古移転の現行案を持ち出したのではなかというのである。
 その可能性はあるだろう。ただし、それにしても、なぜこうよい都合で中国海軍が日本にその脅威を示してくれたのだろうか。
cover
文藝春秋
2010年 05月号
 タイミングを別にすれば、日本海域変更について中国軍が日本国民を慣らしておくという思惑がある。中国海軍は米国太平洋防衛第一列線(フィリピン・台湾・日本の軍事的勢力線)内に軍事的な空白があれば、必ずそこを押し進んでくる。岡本行夫氏の言葉を借りればこうだ。文藝春秋5月号「ねじれた方程式「普天間返還」をすべて解く」より。

南ベトナムから米軍が引くときは西沙諸島を、ベトナムダナンからロシアが引いたときは南沙諸島のジョンソン環礁を、フィリピンから米軍が引いたときはミスチーフ環礁を占拠した。
 このパターンどおりなら、沖縄から海兵隊が引けば、中国は尖閣諸島に手を出してくることになる。様子を見ながら最初は漁船、次に観測船、最後は軍艦だ。中国は一九九二年の領海法によって既に尖閣諸島を国内領土に編入している。人民解放軍の兵士たちにとっては、尖閣を奪取することは当然の行為だろう。先に上陸されたらおしまいだ。


 そうなった際は、日本は単に無人の尖閣諸島を失うだけではない。中国は排他的経済水域の境界を尖閣と石垣島の中間に引く。漁業や海洋資源についての日本の権益が大幅に失われるばかりではない。尖閣の周囲に領海が設定され、中国の国境線が沖縄にぐっと近くなるのだ。

 もちろん、それが戦争に結びつくわけではない。まして米国が中国と戦争するメリットはないに等しい。
 中国軍拡大の問題は、この間、アジア諸国にも影響を出している。特にこの海域にかかわる台湾にとっては日本以上に死活問題であり、対応を進めている。毎日新聞「台湾:一転再開 北京射程のミサイル開発」(参照)の報道が一つの顕著な例である。

 台湾の馬英九政権が、北京を射程圏内とする1000キロ以上の中距離弾道ミサイルと巡航ミサイルの開発をいったん停止に踏み切ったものの、再着手へと方針転換したことがわかった。台湾の国防・安全保障関係者の話や、国防部(国防省)高官の議会証言で明らかになった。
 ◇日米間の摩擦に危機感
 開発停止は、中台関係改善を公約とする馬政権の対中融和策の一環だが、公表されていなかった。再着手は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題を巡る日米関係のギクシャクぶりへの台湾側の懸念や、中国の海軍力増強で有事の際に米軍の協力が得られにくい状況への危機感と受け止められている。


 馬政権は当初、中国の首都・北京を射程圏とするミサイル開発で中国を刺激することは避けたい考えだった。また、開発停止の背景には沖縄海兵隊を含む在日米軍の「抑止力」があった。安全保障の問題を専門とする台湾の淡江大学国際事務・戦略研究所の王高成教授は「日米安保条約は冷戦終結後、アジア太平洋の安全を守る条約となった。条約の継続的な存在は台湾の安全にとって肯定的なものだ」と指摘する。
 一方、開発停止からの方針転換が明らかになったのは、楊念祖・国防部副部長(国防次官)が先月29日の立法院(国会)で行った答弁だった。

 類似の動向は他のアジア諸国でも静かに日本を見捨てる形で進行していくのではないだろうか。

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