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2010.04.09

2025年、世界最大の都市は東京。しかも、ダントツ。

 今日のCNNのニュースで、現在、世界最大の都市は東京であり、しかも、ダントツだという話があった。それはそうだろう。以前「東京が世界の中心なのかも: 極東ブログ」(参照)というエントリも書いたことがあるので、それほど驚きではなかったのだが、ニュースの詳細を見ていて、驚いた。2025年になっても世界最大の都市は東京であり、しかも、ダントツなようだ。日本の人口は縮小し始めているのに、東京だけが世界に冠たるお化け都市になっていくらしい。
 CNNのニュースは「世界の人口、巨大都市に集中の傾向 最大は東京圏」(参照)である。


 国連がこのほど発表した報告書によると、人口1000万人を超える巨大都市の住民は現在、世界の都市人口の9.4%以上を占め、2025年には10.3%に達することが予想される。巨大都市の人口では、東京圏が世界首位に立っている。
 国連経済社会局が3月末に発表した「世界都市化展望2009年修正報告」によると、世界には同年現在、人口1000万人以上の巨大都市が21カ所あり、この数は2025年までに29カ所に増える見通しだ。
 巨大都市のうち、東京圏の人口は横浜、千葉などの周辺部を含め3650万人で、世界2位のインド・デリーを大幅に引き離している。これは国別人口のランクに当てはめると、アルジェリアやカナダ、ウガンダをしのぐ数字だ。

 CNN報道を読むとわかるが、正確には「東京」ではなく「東京圏」としている。データの出所は国連経済社会局が3月末に発表した「世界都市化展望2009年修正報告」とのことだが、同内容と思われる英語報道「The world's megacities」(参照)にはこの言及が見当たらない。代わりに英語報道では、世界の都市調査・予測で定評があるデモグラフィア(Demographia)(参照)があるが、日本語報道にはない。報道のヴァージョン関係がよくわからない。が、今年のデモグラフィアの「Demographia World Urban Areas & Population Projections」(参照PDF)は興味深いものではあった。、
 CNN日本版にある、国連経済社会局が3月末に発表した「世界都市化展望2009年修正報告」だが、これは3月22日付けガーディアン「UN report: World's biggest cities merging into 'mega-regions'」(参照)に、UN-Habitatによる"Biannual State of World Cities report"とある、「State of the World’s Cities 2008/2009 - Harmonious Cities」(参照)ではないかと思う。
 UN史料を見ていくと、2025年の巨大都市の推定があるのだが、これを見ると、東京がその時点でもダントツである。

 現在の2位はメキシコ・シティだがこれは2025年には6位に落ちる。2025年の2位はインドのムンバイだが、それでも東京には1000万人も及ばない。
 東京はどれほどお化け都市なのかということだが、よく見ると、東京が2025年にそれほど膨れているわけではない。100万人増えるくらいだ。東京といっても東京圏なので、おそらく2025年に現在の東京都自体が人口面で大きく変わるということではないだろう。東京に近い人がもう少し東京に近い圏内に移住するといったくらいのものだろう。
 2025年のダントツ1位の東京の人口が現在とそれほど変わらないというのはどういう意味なのだろうか。他のメガシティには超えられない上限が存在するということだろう。200万人レベルの都市を見ていくと、どちらかといえば途上国発展の無秩序的拡大の限界と、ニューヨークやロサンゼルスのような米国型都市の限界がありそうだ。
 欧州型のメガシティというものは見当たらないようだ。また、上海などもメガシティでそれなりに拡大するのだが、他の都市からすると相対的に落ちてくる。北京も同様だ。意外に、中国はあれだけの人口を抱え、沿岸部の都市へ人口がシフトするのだろうが、全体として効率のよいメガシティ化はせず、むしろ都市間の距離から分散的になっていくのだろう。
 もう一点、ある意味で驚くべきこともしれないが、現在20位にもないナイジェリアのラゴスが12位に上がってくる。11位も同様にコンゴのキンシャサが登場する。この観点からフィナンシャルタイムズが6日付け「From megacity to metacity」(参照)というアイロニカルなエッセイ掲載している。


If Tokyo is a shimmering, high-tech, consumerist dream of intensity and density, somehow remaining civilised, polite and eye-wateringly efficient, Lagos has become the cipher for the urban nightmare – a city without structure, infrastructure, social provision, amenities or basic property rights for its citizens.

東京が、きらめく、ハイテクの、強度密度を持った大量消費の夢であり、文明にとどまり、礼節を持ち、泣けるほど効率的であるなら、ラゴスは都市が悪夢の謎である。そこは構造も生活基盤も社会的供給も快適さも市民の基本形もない都市だ。


 たしかに、そんなネタを展開したくなるような世界都市の変貌にはなるだろう。
 デモグラフィアのほうの史料もざっと見ていくと、東京圏について興味深い言及があった。

A plausible argument could be made for designating the south coast of Japan from Tokyo-Yokohama to Osaka-Kobe-Kyoto as a single urban area, because it has nearly “grown together.” Yet, this ribbon of urbanization is far too large to be a single metropolitan area (labor market) and thus considered to be multiple urban areas.

日本南岸について東京・横浜から大阪・神戸・京都までもが単一の都市域なのだと論じることも可能だろう。一体的に成長しているからだ。しかし、この一帯は、単一の都市部(労働市場)として見るにはあまりに大きすぎる。だから、都市部としては分割して考察される。


 おそらく世界の他の都市の広がりからすると、東京から大阪間までも巨大な一つの都市と見なせないこともないのだろう。実際のところ、日本は世界最大都市東京を頭にもちつつ、太平洋側に緊密に、事実上のさらなる巨大都市を作り上げていくのだろう。
 日本は政府と経済を見ていくと、老人の「立ち枯れ日本」といった印象があるが、現実には、他の世界のどの国もなしえない、不思議な都市空間を作り上げている。それは、人類からさらに進化した、どちらかというと、蟻に近い存在なのではないか。

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2010.04.08

キルギス、バキエフ政権崩壊、雑感

 キルギス政権が崩壊した。このところ中国のウイグル経由のガス・パイプラインの動向(参照)を見ながら、このパイプラインがキルギスを迂回していることを考えていた矢先だったので、驚いた。

 昨年7月23日、同国のクルマンベク・バキエフ(Kurmanbek Bakiyev)大統領が再選された後、7月29日、首都ビシケクで野党陣営の反政府デモが鎮圧された事件があったが、私は選挙不正は好ましいことではないとはいえ、バキエフ大統領派「輝く道」は議会の八割を維持しており、今回の北部での暴動も同様に治まるのではないかと楽観視していた。また、昨年からいろいろ揉めてきた同国の米軍基地撤去もここに来て現実的な線で落ち着いたことも楽観視の理由だった。しかしもはや楽観視できない状況になっている。
 7日夜(日本時間8日未明)、ダニヤル・ウセノフ(Daniyar Usenov)首相は内閣総辞職に同意する文書に署名し、野党指導者でもあるローザ・オトンバエワ(Roza Otunbayeva)元外相が臨時の国民政府を樹立を宣言した。今後半年以内に新憲法を起案し、大統領選を実施するとのことだ(参照)。クーデターの成功から察するに軍と治安部隊も野党勢力下に入ったと見てよいだろう。
 バキエフ大統領はビシケクから脱出し、自身の勢力下でもあり大統領公邸のある南部オシュに逃亡したと報道されている(参照)。キルギスは南北対立が根深くあり、今回の政変も南北対立と見ることもできるかもしれない。だとすれば、南部側からの再攻勢があるかが懸念されるが、現状の軍の動向からすると恐らくないだろう。
 政変の原因だが、結果論的に言えば、バキエフ大統領下の圧政や汚職というより、経済危機の影響だろう。ロシアと米国を天秤に掛けながら援助を得てきた政権だが、比重を傾け始めたロシア経済が停滞し、キルギスへの援助も弱くなった。ロシアの失政と見られないわけでもない。今回の事態の変化によって直接大きくメリットを得る外部勢力も想定しづらいので、政変を外部から画策するといった陰謀もなかったのではないか。
 とはいえデメリットの側からすれば、米国の痛手となりそうだ。とりあえず実質的な存続のめどがたった米軍基地だが、野党勢力は閉鎖を求めているようだ。キルギス内の米空軍基地は、アフガニスタン駐留米軍の支援拠点でもあるので、米国の対アフガニスタン戦に大きな影響が出るだろう。
 今後の動向だが、率直なところ皆目わからない。キルギスに経済的な好転の見込みがない以上、依然ロシアと米国に援助を求めるしかないだろうが、どちらに転びそうだという予測も立たない。中国としてもここは上海機構の手前、新政権の安定を求めるだろうが、それほどの口出しはしないだろう。ただ、キルギスへのロシアの影響が大きくなれば、ウイグル経由の天然ガス・パイプラインへの懸念が高まる。

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2010.04.07

トルコ・アルメニア問題の背景にあるナブッコ

 トルコとアルメニアの関係が改善の方向に向かうかに見えた、昨年10月の両国の国交樹立と、関係発展の合意文書の調印だが、その後、頓挫している。批准の見込みもない。これにナブッコの問題が関係しているようだ。
 トルコとアルメニアの関係のもつれについて、トルコ側背景の一端については、先日「トルコが脱世俗国家へと変貌しつつあるようだ: 極東ブログ」(参照)でもふれたが、やっかいな「アルメニア人虐殺」(参照)問題がある。現状蒸し返しのようにも見えないことはない。アルメニア側も一度はトルコに歩み寄ったものの譲りがたい思いがあるようだ。批准についてもアルメニアから率先して行いたくはないとしている。
 7日付けの"Radio Free Europe / Radio Liberty"というサイトでは、アルメニアのサルキシャン大統領は、「トルコとの歴史認識のすりあわせなどナンセンスだ」という見解を報じている(参照)。アルメニア側は相当に硬化している。
 トルコとアルメニアの関係悪化をどうするか。ニュースを見ていくと、両者の間に欧州連合(EU)が入り、和解推進を求めている動向がうかがえる(参照)。フランスに訪問しているトルコのエルドアン首相に、フランス、サルコジ大統領がアルメニアとの対話を呼びかけているという報道もある(参照)。トルコとアルメニアの関係については、EUとしての問題意識も強い。
 EUが和解に入る動機は、ニュースからはっきりとは見えてこない面もあるが、ナブッコが関連しているようだ(参照)。

 ナブッコ・ガスパイプライン・プロジェクトは、カスピ海沿岸国の天然ガスをアゼルバイジャン、グルジア、トルコ経由で欧州に輸送するEU主導のエネルギー構想である。重要なのはこの供給ルートが完全にロシアを迂回することだ。欧州がエネルギーでロシアにグリップされないための安全保障という側面が強い。ちょうど原油に対するBTCパイプラインの天然ガス版とも言える。ただし、原油は港を得れば、後はシーレーンが確保されればコモディティ化するの対して、天然ガスの場合は、消費地に直結する必要があり、より地政学的な問題が関与してくる。
 ナブッコ・プロジェクトは2011年着工、2014年の稼働を目指しているが、80億ユーロに上ると見られる建設費調達のめどは立っていない。加えて、その重要ルートに、このトルコとアルメニアの問題が関連してきていた。直接現在のアルメニア領土内ではないが、「パチコフ: 極東ブログ」(参照)でふれたアルメニア人住民に関わるナゴルノ・カラバフ紛争の問題である。
 昨年秋までは、トルコとしてもアゼルバイジャンの友好国として、アゼルバイジャン領内に存在する、アルメニア系住民「ナゴルノ・カラバフ共和国」の問題の和解を目指していた。もともと民族的な背景として、アゼルバイジャンの多数民族を占めるアゼリー人はトルコ系であるということがある。
 しかし、アルメニア側は、虐殺問題に加え、「ナゴルノ・カラバフ共和国」問題でも譲らない状態になってきたようだ。これがまたトルコを硬化させる影響にもなっている。結果、ナブッコ・プロジェクトが安定せず、EUがやきもきしているという構図のようだ。
 ナブッコ・プロジェクトだが、当初からロシアは不快なものと見ており、昨年の5月、妨害の意図から、アゼルバイジャンから天然ガスの全量買取りを提案している。トルコの硬化はロシアにとってメリットがある。
 またこの地域の地図を見るとわかるが、イランもまたアゼルバイジャンから天然ガスルートを求めており(参照)、トルコへの入り口がイランとなれば、欧州がエネルギー面でもイランにグリップされかねない事態にはなりうる。

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2010.04.06

パチコフ

 ステパン・パチコフ(Stepan Pachikov)氏のことを調べていて、よくわからないが不思議な印象をもった。話に結論があるわけでもないが、興味深いことでもあったのでメモがてらに記しておこう。
 名前のステパン(Stepan)については、多少なりとも西洋文明に関心のある人なら、聖ステパノ(Saint Stephen)に由来することはわかるだろう。近年なぜか話題にもなることも多いスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)氏の名前は、恐らく、Steven Paul Jobsで、同じ系統だ(聖ポーロも付いている)。
 ちなみにジョブス氏は、シリア人イスラム教徒、アブダルファン・ジャンダリ(Abdulfattah Jandali)氏とジョアン・キャロル・シーブル(Joanne Carole Schieble)氏の子供で、オバマ大統領と同じくイスラムの考えかたからするとイスラム教徒となるのではないかとも思うが、あまりそうした指摘は聞いたことがない。イスラム教上の結婚ではないからもしれない。ジョブズ姓は養子先の姓である。ジョアン氏については血統上ユダヤ人ではないかという話もよく見かけるが真偽はわからない。母がユダヤ人なら子供もユダヤ人と見なされるが、後にモナ・シンプソン(Mona Simpson)を産むに至る結婚は教会でなされているとのことで、宗教的にはキリスト教徒であろう。
 パチコフ氏の名前に話を戻す。姓であろうPachikovだが、ウィキペディアには「The word 'pachikov' in the Udi language means "the son of two branches".(『パチコフ』はウジン語で二系の息子の意味を持つ)」とある。何の二系なのだろうか?
 パチコフ氏のロシア名は、ロシア人らしく父名を挟み、Stepan Alexandrovich Pachikovとあり、父名はアレクサンドルであることがわかる。ウィキペディアには、父母について「the son of Alexander Stepanovich Pachikov and Ekaterina Pankova.(アレクサンダー・ステパノビッチ・パチコフとエカテリーナ・パンコワの息子)とある。また、「Pachikov is half Udi, half Russian. (パチコフは、ウジン人とロシア人のハーフである)」ともある。ここからわかることは、ステパン・パチコフ氏の母はロシア人ということと、父アレクサンドル氏はウジン人ということだ。
 わからないのは、父名、Alexander Stepanovich Pachikovに、すでにPachikov姓があることで、つまり「二系」は、ウジン人とロシア人の二系という意味ではなく、ウジン人としての血統名としての意味があるのだろう。が、そのあたりでウジン人とは何かがよくわからなくなる。
 ちなみに、ステパン・パチコフ氏の父アレクサンドル氏の父、つまり、パチコフ氏の祖父は、父名、Stepanovichからして、ステパンだろう。つまり、祖父の名前を継いでいることがわかる。はっきりとはわからないのだが、ステパン・パチコフ氏と同業のアレックス・パチコフ(Alex Pachikov)氏は年齢から察するに、ステパン・パチコフの息子ではないだろうか。であるとすれば、ここでも祖父の名を継いでいることになる。もしかして、二系とは、聖ステパノと聖アレクサンデロ(アレクサンドル)ということなのだろうか。いや、男子は一子に限るわけでもないので違うだろう。
 ステパン・パチコフ氏自身はロシア人とのハーフではあるが、パチコフ姓からもウジン人としてのアイデンティティーを持っていると思われる。ここで、ウジン人としたが、英語表記では、Udiである。他にUtiともあるが、インターネットを調べるとUdiの表記が優勢のようだ。言語はウジン語である。ウジン語の情報は、「SIL Electronic Survey Reports: The sociolinguistic situation of the Udi in Azerbaijan」(参照)が詳しい。関連の日本語での情報は「ウジン語 : LINGUAMÓN - Casa de les Llengües」(参照)にある。
 ウジン人は、民族としては、最古のコーカサス人王国とされる紀元前2千年紀のカフカス・アルバニア王国(Caucasian Albania)に由来するらしい。現代にウジン人であることウジン語を話すことが、そのままにして、"Remember everything."という印象を受ける。ウジン人はその後、Utiの表記とも関係するが、アルメニア王国のウティク地域(Utik)の住人ともなる。これは現在のアゼルバイジャンに重なる。
 現在、ウジン人の多くはアゼルバイジャンの、カバラ(Kabala)地区ニジ(Nij)、オグズ(Oguz)、バクー(Baku)に暮らすほか、ロシア内にも点々としているらしい。ステパン・パチコフ氏もオグズの生まれである。
 人口比ではアゼルバイジャンに4千人ほどいる。また、ほぼ同数がロシア内にいる。他、グルジアとアルメニアに200人ずついるらしい。民族の全人口としては一万人に満たない。民族として存続するかは、混血者内でのアイデンティティーの問題でもあるだろう。
 ウジン人を含むアゼルバイジャンの民族構成だが、テュルク系のアゼルバイジャン人(アゼリー人)が人口の九割を占める。他、アルメニア人、レズギン人、ロシア人がそれぞれ2パーセントほどだ。ウジン人はさらに少数民族ということになる。
 ウジン語は、レズギン(Lezgic)諸語の北東コーカサス言語に属するとのことだ。それが何を意味するか私はにはよくわからないが、ウジン人のアイデンティティーを構成しているのは確かだろう。とはいえ、ウジン人の多くは多国語を使っている。
 パチコフ氏が生まれたオグズだが、彼が生まれた1950年ではヴァルタシェン(Vartashen)と呼ばれていた。これがオグズに変更されたのは、ナゴルノ・カラバフ紛争(Nagorno-Karabakh War)の影響である。
 1988年、アゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフ自治州に住むアルメニア人が隣国アルメニアへの帰属をアゼルバイジャン政府に要求したところ、政府はこれを認めず、ナゴルノ・カラバフ自治州を廃止した。しかし、1991年ソビエト連邦が崩壊したことを受けて、ナゴルノ・カラバフ自治州は「ナゴルノ・カラバフ共和国」独立を宣言し、紛争となった。
 「ナゴルノ・カラバフ共和国」はオグズとは隣接していないが、同地域に住むアルメニア人もこの時期に追放された。このときヴァルタシェン(オグズ)のウジン人の大半も故地を捨てて移住したらしい。移住先には近隣のニジもある。

 考えてみると、アゼリー人対アルメニア人の対立とはいえ、キリスト教徒のウジン人としては、イスラム教との対立という要素もあったかもしれない。アルメニア人を追放してから、地名もトルコ文化らしいオグズになった。
 この時期、パチコフ氏はすでにモスクワにパラグラフ(ParaGraph Intl.)社を設立し、最高経営責任者(CEO)となり、百人を擁する会社を経営し、カリフォルニアにも支店を持っていた。1992年にはシリコンバレーにも進出している。ある意味で成功の極点にもあったと言えるのだが、歴史ある故地への思いも複雑だったのかもしれない。"Every note, ever written - at any time, in any place"、それがウジン人という意味なのかもしれない。

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2010.04.04

みんな亀井ポジションになりたい病

 政局にはあまり関心ないし、率直に言って裏でうごめくものについては何にもわからないが、昨日与謝野馨元財務相が自民党を離党したことに触れて、たわいない印象だが書いてみたい。
 与謝野氏の離党では二つのことを思った。一つは、ああこの人は本気なんだなということだ。この自民党ではだめだと判断し、かつ自民党に縛られない自身の政治理念にきちんと向き合っているのだと。もう少し言うと、比例復活してしまった自身に恥じているとともに、自分の命をかけても政治(消費税のきちんとした道筋)をやろうとしている漢なのだろうなと思った。政治家の倫理としては立派なものだ。
 そしてもう一つは、それでも私は与謝野氏の経済理念を支持できないということだ。与謝野氏は頭の悪い人ではないから、民主党のようなとんでもない政治をすることはないし、要所要所ではそう間違った判断もしない。しかし、中期的に見れば麻生内閣でもっともまずい経済政策を推進してしまったのがこの人だったと私は思っている。この人がいなかったら、麻生政権はもっとましだったのにと残念に思う。
 与謝野氏は無所属の平沼赳夫元経済産業相と合流するらしい。平沼氏は保守的な政治家として見られている。臆断はよくないが、私はいわゆる保守主義には関心ないせいもあって平沼氏には関心がない。平沼騏一郎の養子といった歴史的な関心が若干あるくらいだ。彼がなぜ与謝野氏と合流するのかは皆目わからない。政治理念になにか一致するものがあるのだろうか。これでさらに鳩山邦夫氏と合流するなら、私は結成されるだろう新党というものがまったく理解できない。園田博之元官房副長官にも関心がない。党名が「わしらの党」「新老人クラブ」とかだったら、少し納得はするかもしれない。老人会となれば、読売新聞主筆のナベツネこと渡邉恒雄氏も活躍するだろう。
 与謝野氏の自民党離党に関連して、自民党では人気が高いと言われる舛添要一前厚労相がこの動きに同調するかという話もあるようだ。が、しないのではないか。舛添氏はその背景からしても国際的なレベルで日本の政治・経済を考えられる人なので、消費税重視の財政規律先決という与謝野氏とは方向性がまったく違うだろう。だが、これで自民党がまったくなくなってしまうということなら話も違うのだろう(あと述べる病気にかかるかもしれない)。
 中川秀直自民党元幹事長も、与謝野氏の離党についてはいろいろ言っているようだが、またしても動きはない。中川(秀)氏は、どたばたの推移をじっと待ちながら、自民党の再生を待っているのかもしれないし、ここまでへたれたのだから、もうそれはそれでよいのではないかとも思う。中川(秀)氏については、与謝野氏とはまったく逆で政治家的にはどうなんだろうとは思うが、表面に出てくる政策的には自分が一番納得できる政治家でもある。
 与謝野新党は、その人脈的な経路から民主党の小沢一郎幹事長との関連も噂される。過去の小沢氏の政局の仕掛けから見るとそれもないとは言えないだろう。その場合の思惑は何か。自民党側からすれば自民党への打撃ということがまずあるだろう。国政レベルでは見る影もない自民党だが、地方的はまだ組織的な余力があるようでもある。小沢氏としてはここで自民党を跡形もなく解体しておきたいのかもしれない。
 が、小沢シンパだった私にしてみると、それはそれほど大きな動機にはならないかのではないかと思う。与謝野氏もそんな線だけで小沢氏に乗せられるほど愚かなわけもない。であれば、与謝野氏の自民党離党は小沢氏とは関係がないのか、あるとして別の線なのか。私は多少は関係はあるだろうと思う。
 ここでふと思考実験的にこう思う、小沢氏は、内心、現在の民主党に満足していないのではないだろうか。あるいは、民主党崩壊時に備えた手を打っているのではないか。民主党の瓦解の線で、与謝野氏も賭に出ているのではないか。民主党は、このままの推移なら普天間問題で結果的に社民党を追い出すことになるだろうし、各種の間違った政策がさらに政権批判として跳ね返るだろう。なにより来年度の予算も組めない。民主党に来年はない。
 与謝野氏の動きは、小沢氏を介して民主党が崩壊する時点を読んでいるのだろうか。この思考実験はどうだろうか。私は、強いていえば、それも違うように思う。
 小沢氏は、民主党に固めた、いわゆる左派勢力を手放さない、民主党内の旧社会党的な勢力を見限るといったことはないと私は思う。小沢氏による輿石東参院議員会長の取り込み、端的に言えば、戦後左派的な政治勢力の飲み込みは、単に政局や権力闘争のための最適化ではなく、実際に小沢氏の内面はすでに、戦後左派的な政治理念、露悪的に言えば反米路線は、自身の政治理念と合流しているのではないか。私は戦後左派を飲み込む小沢氏の政治情念は、結局のところ、ナショナリズムなのだろうと思う。
 ナショナリズムというと、ネットなどでは、日の丸・君が代・靖国・反中国といったシンボルで表層に語られ、そのシンボルがいわゆる左派的なものを区別しているかに見える。だが、その実際的な政治の動きは、どちらも大きな政府を志向していくだけだ。その大きな政府は、「日本」という大看板ではないのかもしれないが、税を介した国家の機能の強化に集約されている。そして、税という国家システムによって守られた人々(公務員・公務員の外注産業・大企業組合員)が、その外部にある人にお慈悲を与えるという正義だけが許されている。税という国家システムから自立しようとする人を排除していく。
 この左派ナショナリズムが不安定な多党構造(あるいは大連立)のなかでマスコミを巻き込んで大衆迎合的な次の「正義」を作り出していくだろう。いや、すでに民主党は亀井静香金融・郵政担当相がそのポジションに立っている。このこと自体、すでに民主党が政策を堅持する政党としては終わっていることを示している。
 みんな亀井ポジションになりたい病にかかっているのだ、と、そう考えてみると、「わしらの党」も「みんなの党」もわかりやすい。政党だからどんな政策があるのかと考えると迷路にはまる。
 小沢氏の実力で民主党が、自民党時代のように無内容でも維持できたような維持の力学(左派の飲み込み)で成り立っているなら、そして首相というのがそうした党のいち調和機関でしかないなら、そのひび割れで小政党が、なんでもできるようになる。かつてこうした状況でなにが生まれたか歴史を学ぶものには恐怖を覚えるところでもあるが。

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