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2010.03.27

郵政改革法案を聞いて、これが民主党なんだろうかと思った

 亀井郵政改革相の話を真に受けるとどうなるか。中小企業向け貸し出しや個人向け住宅ローンのモラトリアムの騒ぎで歴然としている。なので、どうもいいやこんな話という思いと、意外とこのあたりが本丸なんだろうなという薄気味悪い思いもないわけではない。国民がこんな政府を選択し、それでいいというのだから民主主義なんでしかたのないことだが、これが民主党なのかという疑念と、原口総務相も亀井氏に同調していることの不信感の二点が個人的には気になった。
 これが本当に民主党政権なのか? 君子豹変とはいうが、こういうものなんだろうか。24日、郵政改革法最終案を亀井郵政改革相と原口総務相は記者会見で発表した。同日付け読売新聞社記事「郵政改革法最終案、預入限度額は施行時に再検討」(参照)より。


 ゆうちょ銀行への預入限度額は現在の1人当たり1000万円を2000万円に、かんぽ生命保険への加入限度額は1300万円を2500万円にそれぞれ引き上げる。日本郵政と郵便局会社、郵便事業会社を統合した新たな親会社の傘下にゆうちょ銀行とかんぽ生命保険を置く体制となる。親会社に対する政府の出資比率と、金融2社への親会社の出資比率はいずれも3分の1超とする。

 なぜ2000万円なのか。大学卒者の定年退職金の平均金額は2000万円程度なので、団塊世代の退職金を吸い込む算段なのだろう。結果として地方銀行も整理できるメリットもあるかもしれない。
 小泉改革ですでに郵便業務に義務づけられている全国一律サービスは、新法案では貯金と保険の金融事業にも拡大するが、同時に出資比率から当然、金融二社の経営の独自性はなくなる。
 保険業務については、開いた口がふさがらない。かんぽ生命保険は事業を拡大し、がん保険などの第三分野の保険にも参入する。これらの実施には多大な費用が必要になる。預け入れ限度額を大幅に引き上げるのはこの費用捻出のためもある。
 関連して、両氏の19日の記者会見だが、20日付け毎日新聞記事「郵政正社員化:亀井担当相「上限10万人」」(参照)では、郵政の雇用拡大も述べていた。

 亀井静香金融・郵政担当相は19日の閣議後会見で、日本郵政グループに求めている非正規雇用約20万人の正社員化について「10万人が上限ではないか」との見通しを示した。
 10万人の正社員化による人件費増は年2000億~4000億円とされるが、原口一博総務相も同日、「しっかりまかなえる強い経営体質を目指すことを期待する」と支持する意向を示した。

 24日の発表前には、消費税免税の優遇も報道された。23日付け朝日新聞「ゆうちょ銀預け入れ限度、2千万円に 郵政法案概要判明」(参照)より。

 また、日本郵政グループの会社間の委託契約などで生じる年間500億円規模の消費税についても免除する方針。郵便局の金融検査の簡素化も法律に明記し、郵便局長らの負担を軽減する。

 新案の問題点は単純だ。26日付け産経新聞記事「郵政改革3つの問題点 運用難・資金流用・血税投入」(参照)が3点にまとめているとおりだ。

(1)集まった多額の資金をどう運用するのか
(2)無駄な事業に資金が流れ込むことにならないか
(3)消費税の免除で郵政だけをなぜ優遇するのか

 さらに一言でいえば、小泉改革以前というかこれは橋本改革以前と言うべきではないかと思うが、なつかしの昭和の時代に逆行ということで、劣化自民党の名に恥じない政策だが、あれ? これ? 民主党、ですよね。
 私が支持していた民主党はこういう政党ではなかった。どういう政党かというと、民主党のWebサイトに残っている以前の郵政改革法案がわかりやすい。「民主党「郵政改革法案」の提出について」(参照)より。

2.法案の概要
(1)郵便及び郵便貯金については、国の責任で全国的サービスを維持する。2007年10月1日以降の経営形態は、郵便は公社、郵便貯金は公社の100%子会社である郵便貯金会社とする。
(2)2006年度中に郵便貯金の預入限度額を700万円に引き下げる。2007年10月1日以降、郵便貯金については、定額貯金は廃止(新規預入を停止)し、預入限度額を500万円に引き下げる(※1)。旧貯金については郵便貯金会社に特別勘定を設け、公社の委託を受けて管理・運用を行う。
  ※1 預入限度額引き下げ前に預け入れた定額貯金等については、満期到来前まで当初預入額は有効。
(3)2007年10月1日以降、簡易生命保険は廃止する。旧契約については、公社の子会社として保険業法に基づき2つ以上の郵政保険会社を設立し、これらの会社に分割譲渡する(※2)。郵政保険会社は、窓口業務を公社に委託できるものとする。各郵政保険会社の株式は、2012年9月30日までにすべて売却し、完全民営化する
  ※2 実際には、公社と各郵政保険会社の間で再保険契約を締結。
(4)郵政改革とあわせ、特殊法人・独立行政法人等の抜本的改革を進める。公社及び郵便貯金会社、完全民営化までの郵政保険会社による財投債・政府保証債・格付けのない財投機関債の購入を禁止する(※3)。
  ※3 国債と財投債を明確に区別するための措置を講じる。
(5)2007年10月1日以降、公社の役職員は非公務員とする。公社の役職員には、守秘義務、忠実義務等を課す。
(6)天下りを禁止する

 これでいいのではないかと思う。
 小泉郵政改革との差だが、郵便事業と簡保の民営化においては差はなく、郵貯に関してもあまり差はない。民主党案のほうが郵貯を縮小させる効果があるかもしれないが、逆にそれだと郵便事業をどう支えるかという点で、小泉改革案と一長一短というくらいだった。
 民主党の支持者であった私は、なぜ民主党が小泉改革に反対するのか理解できないでいたし、郵政の解体に民主党が反対するなら、小泉改革のほうがはるかにマシだと思って、このときだけはと自民党を支持した。
 しかし今や民主党が、小泉改革の反対勢力の旗頭であった亀井氏のもとに、もっとも古い自民党に変質してしまった。天下りを禁止すると以前は言っていたのに、今では天下りの典型を長に就けている。
 とはいえ、民主党内にも数年前の民主党の政策を忘れてしまえる原口総務相のような人ばかりでもないようだ。忘却力に優れている鳩山首相も、なんだかこれは変だなと思っているふうでもある。
 暗黙の国家保証というのが何を引き起こすか、米国が壮大に実現してくれたのだが、それでも他山の石とならなければ、一つ一つ痛い目をして覚えるしか民主主義の進歩はない。

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2010.03.26

普天間飛行場撤廃失敗の背景にあるもの

 もう少し待って完全に誰の目から見ても、福島社民党党首ですらも明白にわかる事態になってから書いてもいいかとも思ったが、昨年7月のエントリ「民主党の沖縄問題の取り組みは自民党同様の失敗に終わるだろう: 極東ブログ」(参照)で推測したとおり、民主党の沖縄問題の取り組みはもう破綻したので、少し書いておこう。
 推測が若干外れたとすれば、民主党は、普天間飛行場を撤廃し沖縄に返還することを約束していた自民党よりひどいなということだ。もっとも、民主党の場合は辺野古に恒久基地は作らないとも言えるのだが、反面、民主党政権が続けば、現普天間飛行場が事実上恒久米軍基地となるである。なぜそうなるのか、たいした話でもないが触れておいたほうがよいだろう。
 これは簡単な問いなのだ。今日付の日経新聞社説「結局は普天間存続なら深刻な失政だ」(参照)がやや迂遠に述べているが、ようするに、危険極まりない普天間飛行場が撤去されるのか?ということだ。民主党政権の答えは、YESではないNOなのだ。


 米軍普天間基地の移設をめぐり、月末の政府案の決定に向け、様々な案が検討されている。いずれも米側や移設先の合意を得る見通しは立っていない。結局は普天間の継続使用となれば、鳩山由紀夫首相の失政となり、責任は重くのしかかる。
 政府は(1)キャンプ・シュワブ(名護市)陸上部に約600メートルのヘリ離着陸帯(ヘリパッド)を建設する(2)固定翼機などが離着陸可能な滑走路のある県外の島に機能を移転する――とする案を軸に検討中だ。北沢俊美防衛相が26日に沖縄県庁で仲井真弘多知事と会談し、伝える見通しという。
 普天間基地の機能の5割超を県外に移設するのがこの案の狙いのようだ。しかし固定翼機用の基地が県外に見つからない限り、普天間基地は存続するようにみえる

 別の言い方をすれば、「分散移転」(参照)というのが卑劣な詐術だ。米軍基地機能の分散は自民党時代だってやっていたのである。民主党で求められた違いというのは、大田元知事がなんども述べていたように目に見える違いを出すことだった。それは普天間飛行場を撤去することだ。なによりこの問題の原点は普天間飛行場を撤去することが目的だったのだ。
 それが、「普天間基地の機能の5割超を県外に移設する」というのは、五割残るということだ。機能が残るであって五割の面積に縮小されるというのではない。つまり、普天間飛行場は民主党政権下で撤廃されないということだ。民主党政権のおかげで危険な米軍基地が市街地に残るのである。
 そしてこれは恒久化するだろう。いや、五割の機能が減らせたらさらに削減してゼロにしていくこと努力の目的だというだろうか。嘘である。残りの五割の意味を考えればその嘘がわかる。
 理由は現普天間飛行場には有事やそれに近い事態にオスプレイを配備するためだ。この計画はおそらく今日、岡田外務省がルース米国大使と話した核心でもあっただろう。今日付の朝日新聞記事「普天間、県内段階移設案を検討・提示へ 合意困難な情勢」(参照)に若干曖昧だが書かれている。

 岡田克也外相は26日にルース駐日米大使と会談し、同様の検討状況を説明するとみられる。岡田氏は月末に米国を訪問し、ゲーツ国防長官らにも改めて説明する方針だ。
 移設案は、まずシュワブ陸上部に、500メートル四方のヘリポートを建設し、そこに普天間に常駐するヘリコプターを暫定的に移す。ただ、近く配備予定の垂直離着陸輸送機MV22「オスプレイ」の離着陸に支障をきたすため、この段階では、普天間の継続使用も必要になると見られる。
 そのうえで、米軍ホワイト・ビーチのある勝連半島の沖合に人工島を造成し、滑走路や港湾施設を建設する。これには環境影響評価を一からやり直す必要があり、実現には10~15年かかるとみられるため、完成した段階で基地機能を全面的に移す計画だ。
 また、普天間に常駐するヘリコプターの訓練の移転先としては徳之島や九州の自衛隊基地などが候補地に挙がる。

 問題の核心はオスプレイの配備なのである。朝日新聞は規定事項のようにさらりと書いているが、これは今月になってから防衛筋からだだ漏れしてきたことで、政府は明確な説明もしていない。このことは、毎日新聞「在日米軍再編:普天間移設 アセスのやり直しも 防衛相ら「オスプレイ配備」」(参照)でも指摘されていた。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、政府内に浮上しているキャンプ・シュワブ(同県名護市)陸上部への移設案を巡り1日、米海兵隊ヘリの後継機となる垂直離着陸機MV22オスプレイの配備に言及する発言が防衛省幹部から相次いだ。同機配備は現行計画に明示されておらず、現在進められている環境影響評価(アセスメント)のやり直しにつながる可能性もあり、新たな難題を抱えたと言えそうだ。

 オスプレイ配備が在沖米軍どのような意味を持つかという計画が実は、普天間飛行場移転問題の背景にあり、それらが詳細をコントロールしていた。オフィシャルな議論がなくだだ漏れ先行なので北沢防衛相もぼけを演じているが、ただのぼけなら日本の安全保障上の危機だろう。

 陸上案の滑走路の長さを巡っては、首相官邸内では500メートル前後が、防衛省内では1500メートル前後が検討されている。北沢俊美防衛相は1日の衆院予算委員会分科会で「滑走路が500メートルや1500メートルという議論は将来的なオスプレイ配備が念頭にあっての議論かなと推測する」と述べた。

 長島防衛政務官や前原国土交通相にも自明のことであった。

 長島昭久防衛政務官は同日、東京都内の会合で「オスプレイは12年10月から24機、沖縄に随時導入されることになっている」と明言。その上で「現行案と決めてもオスプレイの話が一切入っていない」と指摘し、アセスをやり直す必要性があると言及した。
 官邸内で検討される500メートル案は県外への訓練移転などがセットだが、防衛省幹部は「オスプレイを使う場合500メートルでは短い」と指摘。前原誠司国土交通相も2月26日の記者会見で「滑走路は1300メートルから1500メートルくらいはいる」としており、オスプレイの配備に関して米側との調整が難航することも予想される。

 普天間飛行場機能移転という詐術をオスプレイ用1500メートル滑走路という観点から整理すれば、シュワブ陸上に設置する新滑走路は直接この問題には関連はない。普天間飛行場から平時のオスプレイを隠蔽するためと、民主党主席とも言えそうな小沢幹事長も言明した沖縄県外移転という御旗のために、とりあえず県外にオスプレイ用練習場を作る必要はある。そして朝日新聞記事にあるように、将来的にもし可能なら、じんわりとホワイトビーチ沖に持ってきたいという希望なのだろう。それが実現したとして、辺野古がホワイトビーチになるくらいの差しかない。その差にどれほどの意味があるというのだろう。

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2010.03.25

[書評]完全なる証明(マーシャ・ガッセン)

 ニュースを聞いて、奇異に思った人もいるのではないか。なぜ今になって? ようやく証明が認められたからか?

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完全なる証明
マーシャ・ガッセン
青木薫訳
 18日、米国のクレイ数学研究所(CMI: Clay Mathematics Institute)が、数学の難問中の難問とされてきた「ポアンカレ予想」を解決したロシアの数学者グレゴリー・ペレルマン(Grigory Yakovlevich Perelman)氏(43)に、その証明を認定し、難問証明に約束されていた100万ドルの賞金を贈ることを決めた、と報道された。
 ポアンカレ予想(Poincaré conjecture)は、フランスの数学者アンリ・ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré:1854-1912)が1904年に提示した位相幾何学についての未証明の予想であった。こうまとめられている(参照)。

境界を持たないコンパクトな三次元多様体であるVを想定してみよう。このVは、三次元球体と位相幾何学的に同型ではないにもかかわらず、Vの基本群が自明となることがあるだろうか。

Consider a compact 3-dimensional manifold V without boundary. Is it possible that the fundamental group of V could be trivial, even though V is not homeomorphic to the 3-dimensional sphere?


 なかなか意味が取りづらい。理由は、数学的な用語によるというより、三次元多様体が四次元の立体を意味していて、人間はそれを想像しづらいからだ。想像するためには次元を落とし、三次元の立体で比喩してみたくなる。そこで球体やドーナツといった形を想定し、「位相幾何学的に同型」という概念を考える。これなら、その立体に一輪のひもを掛け、それを狭めたとき、するっと抜けるかどうかで判定できる。ボールだとするっと抜ける。ドーナツだと中の穴とドーナツ本体がくくられてしまって、ひもは抜けない。
 この比喩で宇宙に紐付きのロケットを飛ばすという比喩でよく説明される。NHK「100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~」(参照)でもこの説明が使われた。が、この比喩が次なる誤解をもたらす。本書ではこう言及されている。

 本書のこの部分を書くためのリサーチを手伝ってくれた若い数学者は、私がトポロジーの基礎概念を相手に悪戦苦闘している様子を見ていたわけだが、「ポアンカレ予想は、宇宙の形に関する予想である」という文章に出くわすたびに顔をしかめた。彼がしぶい顔をするのも無理はない。世間ではよく、ポアンカレ予想と宇宙の形を結びつけて語られるが、実のところ、この両者にはあまり関係がないからだ。実際、グリゴーリー・ペレルマンが取り組んだのは、宇宙の形はどうなっているか、などという問題ではなかった。

 ではどういう問題か。
 先に述べたとおり(だろう)だが、ようするに、幾何学というものは、本書でも触れているし、ブルバキの数学史でもそうだが、ユークリッド幾何学の第五公準から、ボヤイ親子、リーマンやロバチェフスキーなどを介して、人類知の自然的な展開として、位相幾何学に発展せざるを得ず、そしてそこで当然に重要となる同型の概念が導く、簡素な疑問はポアンカレ予想に結びつかざるを得なかったということだろう。私はそう理解している。
 それが位相幾何学においてあまりに簡素に提示されていながら、まったく歯が立たないということがこの問題の魅惑でもあっただろう。その意味では、代数的に提示された「フェルマーの最終定理」と似たようなものであったと言えるはずだ。
 本書は邦訳の帯に「世紀の難問「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者ペレルマン 天才数学者はなぜ森へ消えたのか」と当然ながら「ポアンカレ予想」が強く打ち出されているし、実際9章ではその解説もなされているが、本書は「ポアンカレ予想」を解説したという趣向の書籍ではない。また、幾何学に魅せられたペレルマン氏がこの問題に取り組んだ過程についても明確には描かれていないが、「ポアンカレ予想」という難問が幾何学の必然的な問いかけであれば、数学に全身全霊を捧げた氏が解かざるをえなかったという物語としては、出色の仕上がりとも言える。勇み足な言い方をすれば、神の問いかけにロシアの聖者がどう答えるかという一つの暗喩ともなっている。「カラマーゾフの兄弟」に登場する群像とも重なるだろう。
 このこととは英書のタイトルと邦訳のタイトルの微妙な差にもなっている。邦訳では「完全なる証明」であるが、英書では「Perfect Rigor」(参照)である。私の英語の語感からすると、Rigorより、rigorous(厳密な)という語がなじみ深い。おそらく普通の欧米人でもそうではないだろうか。the rigorous methods of science(科学の厳正なる方法論)といった類の語用が普通だろう。当然、Rigorにはrigorousの語感が反映されるのだが、であれば、書名は、rigorous proofとなっても良さそうだし、これにperfectを混ぜてもよさそうに思う。だがそう連想して、Rigorの苦難の意味合いが初めて出てくる。ボナパルトもアドルフも屈したロシアのrigor of winterである。そしてこれにはRigor=苦難への嗜癖すら感じられるロシア性もある。さらに、dead rigor(死後硬直)を連想したとき、本書のタイトルの意味合いがすっきりと開示される。つまり、本書は「完全なる証明」の物語ではなく、「完全なる硬直」の物語なのだ。ペレルマン氏が世間に対して完全なる硬直を示したのはなぜかを問うているのである。
 本書の本質はロシア性なるものだけではない。端的に言えば、ロシアのユダヤ人という問題がある。ロシアのユダヤ人という静謐な存在が世界を揺るがす問題を苦もなく引き起こすという、ある種驚愕の史実に現代世界が向き合わされてしまうということだ。その意味では、グーグルを創業したセルゲイ・ブリン氏(Sergey Mikhailovich Brin)ともある種同型であるし、年代が古いがノーム・チョムスキー氏(Avram Noam Chomsky)やその師のゼリグ・ハリス氏(Zellig Sabbetai Harris)にも通じる問題でもある。その部分については、ペレルマン氏を育てた歴史の物語と照応するだろう。そして、その部分が本書でもっとも面白いところだ。が、英書と比較してはいないが、英書ではその部分がまさに省略されているとのことでやや不可解な印象も残す。
 本書は同環境で育ち、米露の言語を駆使でき、さらにユダヤ人であるガッセン氏でなければ書けなかった作品でもあり、そのことはペレルマン氏の本質に独自の肉薄を許している。それでも、ああ、これはわかっていてあえて書いてないのではないかと思われるのは、ユダヤ人における母子関係だ。あるいはかなり書き込まれているので、これだけでわかる人にはわかるでしょうということかもしれない。
 またペレルマン氏と同年でありほぼ同じ環境に育った著者ガッセン氏だからこそ、本書はソ連崩壊を巡る特有の歴史としても語られる。この部分は、西側にいた私たちにとってもある年代上には独自な感興をもたらす。私も大学で同じ講義を取っていたソ連の留学生のことを少し思い出していた。
 エントリ冒頭のニュースの話に戻る。なぜ今頃? 本書を読めば、問題の本質が証明の正当性でもなく、また賞金でもなく、おそらくペレルマン氏の特異な性向によるといったものではなく、単純にクレイ賞だからということがわかる。ペレルマン氏は自己の証明に完全な自信を持っていた。そしておそらくその教師的な経歴や、証明後の米国での活動でもそうだが、熱心に説明しつつ、その証明を人類が理解するのに数年かかるとも想定していただろう。インターネットにさらりと公開したのも、本書が説明しているように、そのほうが人類が証明をトレースしやすいだろういう配慮と考えたほうが納得がいく。
 だが、この間に、これも本書で詳しく述べられているあまりに世俗的な醜い出来事が起きた。フィールズ賞に至っては侮辱といってもよいものだった。いろいろ紆余曲折はあったが、ごく普通にようやくクレイ賞に結びついたし、それはペレルマン氏が当初から想定していた帰結でもあっただろう、というのが今回のニュースの重要性だろう。しいていうなら、賞金はニュース的に世俗的な話題に過ぎるものだろう。
 余談だが、本書で私は若い頃直になんどかお話を伺ったことがある懐かしい二人の名前を見つけた。

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2010.03.24

[書評]テルマエ・ロマエ Ⅰ(ヤマザキマリ)

 今さらなという感じもしないでもないし、今見たらアマゾンで品切れだった。すごい人気である。「テルマエ・ロマエ Ⅰ(ヤマザキマリ) 」(参照)。面白いんだものね。というわけで、面白いギャグ漫画について面白いという以上を語るとろくなことにはならないが、無粋なブログなんで無粋な話でも。
 私がこのマンガを知ったのは、日経新聞のコラム春秋だった。3月15日のコラムにこうあった。


 古代ローマの建築技師が時空のトンネルを抜け、現代の日本と行ったり来たり。昨年末に出版され漫画好きの注目を集めている作品の筋立てだ。画期的なのは主人公を浴場専門の設計家にした点。日本側の出入り口も風呂に限っている。

 面白そうな漫画だなと思った。しかし、まったく思い当たらない。周りに漫画を読む人も減ってきている。
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テルマエ・ロマエ I
ヤマザキマリ
 いつごろからか漫画をほとんど読まなくなった。10年くらい前だろうか。15年くらい前か。惰性で読んでいたスピリッツが読んでいて苦痛になってきたし、沖縄の僻地では週刊漫画の販売が遅いし、買いづらかった。奈緒子というランナーの漫画は終わったのだろうか、月下の棋士という石井隆タッチの漫画は終わったのだろうか。知らない。星里もちるは何書いているんだろうか。マック使ってるんだろうか。知らない。知ってもろくなことがないかもしれない。先日、美味しんぼが終わってないことを知って愕然とした。私が終わりを知らない漫画もどっかで連載しているのかもしれない。そういえば、巨人の星って本当に終わったのだろうか。そういえば真樹日佐夫のワルって終わったんだろうか。以前、これが最終巻だというのを買ってすごく後悔したことがある。話が逸れたな。
 春秋のコラムにはその漫画の書名がなかった。書名くらい書けばいいのにと思ったので、教えてネットじゃないが誰か教えてくれないかなと思っていたら、教えてもらった。本書である。その場でアマゾンでポチッとしたらその日に届いた。ので、読んだ。面白かった。春秋に書名がなかったのは、逆にそれを狙ったヴァイラル・マーケティングでもあったのだろう。まんまと引っかかったわけだが、面白かったからよいよ。


アマゾンの書籍ページより

 その直後、マンガ大賞2010の大賞受賞したと聞いた。そして関連のニュースで作者が女性で、旦那さんがイタリア人だとも知った。産経新聞記事「【マンガ大賞授賞式】「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリさん 「主人公は夫のイメージ大きい」 」(参照)より。


 イタリア人の夫は大の「ローマおたく」であることを明かすと、「主人はイタリア人にしては珍しく硬派で融通のきかない性格で、漫画のキャラにしたらおかしいだろうなあと常々思っていた。(主人公は)主人のイメージが大きく、若干私の理想を加えながら描いています」とはにかんだ。

 なるほどね。だろうな。
 私が本書で一連爆笑したあと、しんみりと考え込んだというか、ある種奇妙な感動をしたのは、第5話である。ハドリアヌス皇帝がエルサレムに赴き、バル・コクバの乱に向かうところを描いているところだ。物語には「紀元134年ローマ帝国属州ユダヤ」「バル・コクバ反乱対策司令本部」とある。まさに、乱の終結の時期であり、ユダヤ教最大のラビ・アキバの最期が私などには想起させられる悲痛な物語である、は・ず・な・の・だ・が、何、この漫画。
 ローマ兵が求めていたものは風呂?
 エルサレムのオンドルでみんな元気になってユダヤ滅亡。んな話描いちゃっていいのか。いや、それこそギャグ漫画というものだろう。ギャグ漫画のもつ本当の戦慄がここにある、ってか、英訳することがあれば多少は各方面に配慮したほうがよいと思うが。
 作者もそれがわかってないわけもない。ハドリアヌスに「貿易と文明の交差路であるこの土地がローマ帝国にとっていかに大切なものなのか。それを示す為に新たな街「アエリア・カピトリナ」を建設しようとしたのに」と語らせている。その壮大なギャグに気がつく人が平たい顔族の読者にどのくらいいるだろうかとも思った。そして、それがギャグなんだよ、みんな裸で風呂に入ろうぜ、となれば、今のその地に新しく、神のシャロームを迎えるかもしれないと、私は夢想した。とはいえ、イスラムでは男の裸体も「[書評]イスラムの怒り(内藤正典): 極東ブログ」(参照)のような話もあるが、それでもローマの風呂はハマムに継がれている。

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2010.03.22

フォーサイトの4月号からWeb版へ

 フォーサイトの4月号が届いた。昨年12月16日、同誌が休刊になるというアナウンスされ、ブログの世界でも多少話題になった(参照)。私はというと、奇妙な感じがしていた。嘘だとは到底思いもしないが、実際に休刊になる最後の号というのをこの手にしてみるまで、どこかしら信じられない気持ちがしていた。それがここにある。

 表紙には創刊20周年記念号「これからの20年」とあり、創刊号からの表紙がサムネールとして並べられている。いつだったか、月刊アスキーでもこうした表紙を見たことがある。私は同誌のほうは創刊以来の読者でもあった。
 20年という年月は、今20代の人にとってはぴんと来ないだろう。20年前は物心付く程度でおそらく他者から語られる「歴史」というものに違いない。30代の人ですらそうかもしれない。私は50代になっちまったので20年前はついこないだという感じもする。1990年、そうたいした昔でもないな(村上春樹風)。しかし、昔は昔だった。そこには今からだと歴史というラベルを付けないことには、うまく理解できない別の世界があった。
 フォーサイト創刊から事実上巻末エッセイ「クオ・ヴァデス」を書かれていた徳岡孝夫氏はこう語っている(余談だが氏は「諸君」巻頭コラム「紳士と淑女」の執筆者でもあった)。


 ラテン語で「きみはどこへいくのか」を指すクオ・ヴァデスを通しタイトルにして、私は「説く」より、もっぱら「問う」ことを心がけたつもりである。これは吾ながら賢明だったと思う。なぜなら本誌創刊のころ、米ソ対立の冷戦構造は永遠に続くと思われていた。北京の天安門広場は永久に静寂が支配するものと信じられていた。世界の時々の現象をあたかも不動のもののように受け入れて論を立てることがいかに無益か、この二例を見れば判る。

 私流の正確さを問うなら「Quo vadis, Domine」であろう。そして私はあの時代、ソ連の崩壊を確信していたし、中国の動乱も予感していた。しかし、若さゆえの特異な直感のようなもので、世の中がそういうふうであったわけではない。そういう時代が20年前だった。ロッカビー事件の余波も残りリビアは今のイランのように非難されていた。ブッシュ政権下になってようやくリビアも変化したが、あたかもあの時代のことはみんな忘れてしまったかのようだったし、それがブッシュ政権下の外交成果であることももう忘れてしまったかのようだった。
 同号では塩野七生氏にこれからの20年後を問うインタビューもある。

---これからの二十年を生きていく一人ひとりの日本人は、何に備え、何を大事にしていくべきとお考えでしょうか。ぜひお聞かせください。
塩野 私自身ならば二十年後は確実に死んでいるのに、二十年後はどうなるかなんて無責任なことは言えません。また、若くもないのに若い人に向かって、どう生きよ、なんて言えない。私が若かった頃に、大人たちのもっともらしい意見が大嫌いでした。

 そう語る塩野氏の若いころの思いを私は知っている。「Voice平成4年特別増刊号」で、氏が山本七平氏との思い出のなかでこう書かれていた。

 十年ほど前の話だったと思うが、ある出版社が先生と私に話させてそれで一冊作る、という計画を立てたことがある。テーマはもちろん、地中海世界の歴史。
 私はそれを、次のように言って断った。
「とてもじゃないけど、今の私は山本七平のテキではありません。学識でかなわない」
そうしたら、編集者はこう言った。
「じゃあ、いつならテキになれますかね」
「ルネサンスを全部終わって、その後でローマ史に入って、そのローマ史も終わりに近い頃まで書いた後なら、はじめてテキになれるかもしれません」
「それはいつ頃ですか」
「今から二十年後」

 その「今から二十年後」も過ぎた。ローマ史も完結させた。が、地中海のどこかで対談しましょう、いや、コンスタンチノープルで、と仮約束した山本七平氏は、もうこの世にはいなかった。二十年とはそういう年月でもある。死者と存分に語れるための時間でもある。
 最終となる同号は、こういう言い方も変だが、いつも号と同じようにきちんとしたテンションが維持されていた。藤田洋毅氏の中国内政分析は興味深かった。池内恵氏の中東世界と日本への指摘は思わず膝を叩いた。高橋洋一氏の寄稿は民主党政権下の宿痾を端的に描き出していた。他も読み応えのある記事に満ちていていた。これだけ張りのある雑誌が休刊してしまうことというのがありうるのだろうか。私は本号を手にするまで休刊が信じられないと書いたが、手にしたらなお信じがたく思った。
 幸い、フォーサイトはWeb版としてこの夏から再出発するとのことだ(参照)。いわば電子出版の先駆ともなるのだろう。詳細はまだわからない。個人的には雑誌は手に取ることのできる雑誌であってほしいと思うが、Web版から新しい書籍が生まれてそれを手にすることができるのも悪くはないように思う。

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2010.03.21

イラクはサウジアラビアに匹敵するフリーハンドの産油国になる

 どうまとめてよいか今ひとつ判然とはしない点もあるが、このあたりで言及しておいたほうがよさそうなのがイラクの石油問題である。いや「問題」とまで言えるかどうかも微妙だが、潜在的には大きな問題を抱えている。
 話の切り出しとしては今日付の毎日新聞記事「イラク戦争:開戦7年 「宗派和解」望む国民 穏健派アラウィ氏に期待」(参照)がわかりやすいかもしれない。イラクが抱えている問題をざっくりと2つに分けている。


 イラク戦争開戦から20日で7年。戦争は多くの課題をイラクに残した。一つはフセイン独裁で抑えられていた宗派の対立が戦後に噴出。これをどう和解に結びつけるかだ。また、イラク復興のカギになる原油増産をどう国際社会と調和させるかも大きな問題として浮上しそうだ。連邦議会選と石油輸出国機構(OPEC)との関係から課題の行方を探った。

 イラクが抱える問題の一つは政治的なものだ。国内の対立と民主主義の発展をどのようにすべきか。私はこの問題は基本的には自然に収束していくのではないかとどちらかと言えば楽観視している(そのことがもたらす未来がイラク戦争の意味を変える可能性もあるかもしれない)。しかし注目したいのはもう一つのほうだ。「原油増産をどう国際社会と調和させるか」である。なぜそれが問題なのか。

 イラクが油田開発を外資に開放し、サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けたことで、OPECは大きな火種を抱えた。OPECは全体の生産量を定め、加盟国ごとに生産量を割り当てているが、イラクが順調に増産すれば市況次第では他の加盟各国が減産を強いられる可能性があるためだ。エネルギー関係者からは「パンドラの箱が開いた」と今後の混乱を指摘する声が相次いでいる。

 毎日新聞記事からすると、当面の問題としてはOPECの生産コントロールが効かないことにより、加盟国が減産を強いられるとのことだが、注目すべきなのはむしろ、イラクが今後「サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けた」という点だ。
 ぎょっとしないだろうか。いや、そんなことはなく、イラク戦争の前からわかっていたことさと言う人もいるかもしれない。それはそうだ。そして故フセイン大統領の独裁下でしかも国連から仏露まで腐りきった体制のほうがその健全なる可能性の未来が開け、さらに同国がサウジを手中に収めるほうがよかったという議論もあるかもしれない。
 また、だからこそイラク戦争は米国がその石油の利権を得たかったがゆえの戦争だという議論もあるかもしれない。現実はというと、米国はそれほどいい思いをしているわけではない。この側面も今日付の毎日新聞記事「クローズアップ2010:イラク開戦7年 米、関与「終局」へ着々」(参照)が詳しい。

 イラク戦争は、「米国による石油のための戦争」とも言われた。だが昨年6月以後行われている油田の入札や交渉では、米国企業は、入札資格を得た7社のうち、エクソンモービルを含めた2社が権益を確保しただけと不振を極めた。一方で、中国、日本、マレーシアなど国営、準国営企業の落札が目立ち、随意契約を含め、国別では中国がイラク石油権益の18%を占めて首位となった。

 イラク戦争が「石油のための戦争」だというならそのメリットを一番得たのは中国である。そして一番しょっぱい思いをしたのが米国である。なぜこうなかったかだが、基本的に入札が自由主義経済の原理に依存していたからにすぎない。米国にとっても想定外のことでもなく、ブッシュ政権からの転換によるものでもない。
 米国の利益と優位を支えるのは、直接的・古典的な帝国主義的支配によるのではなく、自由貿易とその上でエネルギーの主軸である石油をコモディティー化する世界構造にある。イラク戦争はその自由主義経済への勇み足な希求と、世界を民主化するという奇妙な情念が根にあった。これまでのところ大半は裏目に出たが、ここからは歴史の転換となるかもしれない。
 現在の世界では、原油・天然ガスが輸出収入の大半を占める国家が23か国あるが、そこに1つも民主主義国家は存在しない。このような状況のなかで、近未来に民主主義国家イラクが出現することになり、中期的にはOPECの縛りもなくサウジアラビアに匹敵する産油国になる(さらにイラクには天然ガスも大量の埋蔵が想定されている)。
 イラクの豊富なエネルギーが自由主義経済に踊り出せば、米国の優位は自由主義経済興隆の結果として高まることになる。実際のところ、イラク戦争は米国による石油の戦争と言われたが、米国の中東石油への依存度はそれほど高くない。民主主義国家産油国イラクが世界経済を牽引するアジアに安定的なエネルギー供給源となり、間接的な結果として米国の国力につながってくる。
 そしてその前提はシーレーンである。懸念があるとすれば、シーレーン支配をぐいっと曲げることのできる強国の存在だろう。幸い日本は、鳩山政権のおかげで米国の自由主義経済圏からめでたく離脱するのでシーレーンの心配は無用になった。米国に代わった新しい強国の指示に諾々と従っていればいい。日本はウクライナから多くのことを学ぶようになるだろう。
 民主主義国家産油国イラクの登場には近未来に大きな懸念材料もある。イランの存在だ。民主主義国家イラクの台頭を一番恐れているのは隣国のイランである。イランは自由主義経済から石油生産技術を押さえ込まれているので、期待したほどの生産が難しく、石油価格が低下するとさらなる経済的な打撃を被ることになる。
 この構図をうまく描いているのがクリストファー・ディッキー氏(Christopher Dickey)によるニューズウィーク記事「The Oil Curse」(参照)だ。

The government in Tehran already is having serious economic problems, and because embargos and boycotts have cut it off from a lot of Western oil technology, it has a very hard time raising its production of about 3.7 million barrels a day to compensate when prices fall.

イラン政府はすでに深刻な経済問題を抱えている。禁輸やボイコットによってイランは欧米の石油製造技術の恩恵を得ることができず、石油価格が低下したとき、補償するにも生産量を日量370万バレル以上に引き上げることが困難だ。

It wants to make sure that Iraq, which has been exempted from all OPEC quotas, will not start outproducing it, driving down prices and further crippling the Iranian economy. Already, skirmishing has begun behind the scenes at the oil cartel as Tehran tries to make sure quotas are imposed on Iraq before it can surpass Iran and perhaps even start to rival Saudi Arabia (which produces a whopping 8.2 million barrels daily and could go higher).

イランとしては、OPECの生産枠制限を受けないイラクが増産に踏み切らないようにしたい。石油価格が低下すればイラン経済はさらに混迷するからだ。すでに、イラン政府としては、イラクがサウジアラビア(日量820万バレル以上)に伍す前に生産枠を課したいとして、石油カルテルの裏舞台で小競り合いを開始している。

The more the mullahs feel competitive pressure from Iraq, the more likely they are to meddle in its internal affairs, whether with violence or, more subtly, through a democratic process where they try to control key players from behind the scenes. Getting to Iran's level of oil production in the next three years "will not be a big issue for Iraq," says Husari. "Whether Iran will accept it—that's the big question."

イランのイスラム法学者(シーア派)がイラクから競争圧力を受けるにつれ、イランはイラクへの内政干渉を強めるようになる。内政干渉は暴力であったり、微妙なものであったり、舞台裏から画策しようと民主主義的であったりする。「イランにしてみれば3年後の石油産出水準はたいした問題ではないが、イランがそれに手をこまねいているかは大きな問題」とフサリは言う。


 イラクが石油生産力を増大化するのは国家復興からして当然のことだが、それが世界の今後の需要に見合うかどうかは判断が難しい。イラクが増産しても世界需要に見合わないかもしれない。だが当面の問題でいえば、イラクの石油増産はOPEC加盟国の石油価格を下げるし、その影響を直接的にイランに与えることになる。今後イラクの増産によって石油価格の高騰がないとすれば、この地域の不安程度は増大すると見てよいだろう(イラン友好国の影響を日本もさらに受けるかもしれない)。

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