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2010.03.13

[書評]“不機嫌な”太陽 気候変動のもうひとつのシナリオ(H・スベンスマルク、N・コールダー)

 本書「“不機嫌な”太陽 気候変動のもうひとつのシナリオ」(参照)は、いわゆる「スベンスマルク効果」として「地球温暖化懐疑論」の文脈で日本でも名前がしばしば取り上げられることもあった、ヘンリク・スヴェンスマルク(Henrik Svensmark)氏と、New Scientist誌の編集長やBBC科学番組の脚本なども担当したナイジェル・コールダー(Nigel Calder)氏の共著である。

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“不機嫌な”太陽
気候変動の
もうひとつのシナリオ
H・スベンスマルク,
N・コールター
 私の知る範囲では、スヴェンスマルク氏の著作の邦訳は今回が初めてあり、スヴェンスマルク氏自身が自説をどのように考えているのかについて知る上で、第一次資料となるべき著作である。これを日本人も平易に読めるになったのは好ましいことだと思う。出版社も天文学や海洋学など自然科学書籍を専門に扱っている恒星社厚生閣(参照)であり、翻訳も自然科学の背景を持つ翻訳者によってなされ、宇宙物理学者で著名な桜井邦朋氏の監修も入っていており、自然科学に関する一般的な翻訳書としてもよい仕上がりになっている。なお、オリジナルは「The Chilling Stars: A Cosmic View of Climate Change(Henrik Svensmark, Nigel Calder)(身も凍る星々:気候変動についての宇宙的な視点)」(参照)であり、今回の邦訳書は2008年の追記も含まれている。
 本書邦訳では、副題に「気候変動のもうひとつのシナリオ」とあり、またスヴェンスマルク氏も地球温暖化懐疑論者に扱われることもあることから、本書もいわゆる地球温暖化懐疑論の一種のようにのみ読まれる懸念はある。この問題はしかしそう簡単に割り切れるものではない。理由は、スヴェンスマルク氏の仮説は、それこそ本書を読めばわかるが、基礎部分は科学的な実験によって裏付けられつつあり、影響も多岐にわたり、かつ壮大なものであって、二酸化炭素による温暖化効果への異説はその部分に過ぎないからだ。本書は、地球温暖化懐疑論の文脈でも読まれうるだろうが、それだけには限定されない。気象科学としても興味深いし、関連する、エルサレム・ラカー物理学研究所所属の天体物理学者ニール・シャヴィヴ(Nir Shaviv)氏の仮説なども面白い。
 いち読者として本書の私の感想を一言で言えば、「感動した」。科学というものの持つ、興奮と恍惚のセンス・オブ・ワンダーをサイエンス・フィクション以上に味わうことができた。それこそが、本書の共著にN・コールダーが入った理由でもある。彼はこう述べている。

 できれば、政治のことは忘れて下さい。その代わり、次のことは忘れないでいただきたい。発見が行われるような最先端の領域では、そこで実際に起こっていることについては、科学者であっても、世間一般の人びとと同じように、正確には解らないということです。新しい発見が実際に予想外の驚きである時には、その発見は、既存の教育課程の範囲を超えているのです。したがって、教科書でも、また周囲にいる高度に教育を受けた人でも、それらの専門家の専門知識を超越してしまっている知識など、持ち合わせていないのです。このような場合には往々にして、発見者は、学術上の手続きを省略して、その発見を一般社会に、できるだけ迅速に、しかも、できるだけ直接的に、知らせるのです。ガリレオ、ダーウィン、あるいはアインシュタインは、全てこうしたのです。彼らは、読者の知性に取り入ろうとすると共に、彼らを啓発したのです。この長く続いた伝統に従って、ヘンリク・スベンスマルクと私は、私たちが毎日見ている雲が、太陽と星々から由来する秩序に従っているというヘンリクの驚くべき認識を、平易な言葉で紹介しているだけなのです。読者が、科学者であろうとなかろうと、この議論を比較検討して、我々に賛成でも反対でも、それが自分自身の意見を持ってもらえれば、それで充分満足なのです。

 冒頭私が「スベンスマルク効果」に「いわゆる」と限定を付けたのもこれに関連する。例えば、日本版ウィキペディアには同項目がありこう記されている(参照)。なお、この項目が日本語版だけにあって、英語など他言語版に存在しないことも注意されたい。

スベンスマルク効果(スベンスマルクこうか)とは、宇宙空間から飛来する銀河宇宙線(GCR)が地球の雲の形成を誘起しているとの説である[1][2]。原理的には霧箱の仕組みを地球大気に当てはめたものであり、大気に入射した高エネルギー宇宙線は空気シャワー現象によりミュー粒子などの多量の二次粒子を生じさせ、その二次粒子を核として雲の形成が促進される効果を指す。それが温暖化の要因になっている可能性を主張する意見がある一方、その影響量が特筆すべき規模かどうかについては疑義が指摘されており[3]、IPCC第4次評価報告書でも証拠不十分として採用されていない[4]。また宇宙線の量と温暖化との相関性は信頼性の低い仮説に留まる[3]一方、近年は複数の研究によって否定的な結果が報告されている[5][6][7]。

 複数の執筆者によるのか、話が錯綜しており、特に、「温暖化の要因」の説明には拙速感がある。
 まず、「スベンスマルク効果(スベンスマルクこうか)とは、宇宙空間から飛来する銀河宇宙線(GCR)が地球の雲の形成を誘起しているとの説である」は概ね正しい。また、「原理的には霧箱の仕組みを地球大気に当てはめたものであり、大気に入射した高エネルギー宇宙線は空気シャワー現象によりミュー粒子などの多量の二次粒子を生じさせ、その二次粒子を核として雲の形成が促進される効果を指す」については、見方によっては誤解されやすいだろう。霧箱(Cloud Chamber)のダジャレのように誤解されるかもしれない。
 霧箱はウィルソン霧箱(参照)のことだ。現在では、中学校や高校で教えているだろうか。密閉したガラス(またはプラスッチク)箱の中にアルコールを入れドライアイスなど冷却材で内部を過飽和の状態にする。そこに放射線が入射されると、その通過によるイオン化でアルコール水蒸気が集まり液体化し目に見える霧になる。つまり、放射線の通過が霧の飛跡になる。ユーチューブなどにもいくつか実験映像がある(参照参照)。
 本書を読むと解説があるが、ウイルソン氏自身が雲と宇宙線の関係についての直感を持っていたようだ。

 ウイルソンは、生まれ故郷のスコットランドで、山の頂上を流れる雲を眺めた時から、生涯にわたって雲の魅力に取り付かれていたので、ウイルソンの雲の実験が閃いたのである。彼がノーベル賞を受賞した素粒子の研究をしている間でさえも、気象学への最初の愛着を忘れていなかった。晩年に、ウイルソンは宇宙線が天気に関与しているに違いないと確信していたが、どうしてもそれを示すことはできなかったのである。彼のアイデアの1つに、宇宙線が稲妻に影響を及ぼしているというのがある。

 スベンスマルク氏はこうしたウイルソン氏の晩年を知っていたわけでもないし、それが直接雲の生成に結びつくわけでもないことは理解していた。

全ての宇宙線が後に残す飛跡は、過飽和度の非常に高い空気の場合でさえ、薄くて中途半端なものなので、1日中ずっと数億トンほどにも達する水蒸気が凝縮して形成された雲ともは、比べられるものではない。

 たまにスヴェンスマルク効果がバカバカしいとして否定する議論で、スヴェンスマルク自身が当初から否定していた話が含まれていることがあるが、邦訳書が出版された現在、稚拙な反論は無意味になるだろう。
 では、スベェンスマルク効果とはなにか?
 先に日本語ウィキペディアの「スベンスマルク効果」の項目に他言語の項目がないと指摘したが、これを英語でどういうのかはわからない。そのような用語は学術的には存在しないのではないだろうか。面白いことに日本語ウィキペディアにはスヴェンスマルク氏の項目がない。英語版ではHenrik Svensmark(参照)があり、これを読むと、「スベンスマルク効果」は、しいて言えば、"the effects of cosmic rays on cloud formation"だろうか。これだと明確に、「雲形成における宇宙線の影響」となり、雲の形成についてのスヴェンスマルク仮説ということになる。地球温暖化と雲の関与については、当面の話題の射程からは離しておきたい。
 雲はどのように形成されるのだろうか?
 なぜそこにスヴェンスマルク仮説が提出されたのか?
 この問題、本書4章の標題でもあるが、「雲の形成を呼び込む原因は何か」について、スヴェンスマルク仮説以前には、科学的な定説は存在していなかったと見てよさそうだ。そんなバカなと思うむきもあるかもしれないが、このことはスヴェンスマルク氏の文脈を離れ、独自にNASAが研究していたことからも明らかである。
 おそらく常識的には、雲は気体の水蒸気が飽和し、微細な液体の水に変化して形成されると理解されているのではないだろうか。あるいは、その変化に核となる雲核が必要だとすることも常識としている人もいるだろう。雲核を核として雲粒が形成され雨粒となる、と。雲核についてはウィキペディアではこう説明されている(参照)。

 雲核になる微粒子は主に、陸上で舞い上がった砂埃(風塵)の粒子、火災の際に出る煙の粒子、火山の噴火で出る噴煙の粒子、細かい海水のしぶきが蒸発した際に残る塩分の粒子(海塩粒子)、人為的に出される排気ガスに含まれる粒子などで構成される。これら大気中に浮遊する微粒子はまとめてエアロゾル(エーロゾル)と呼ばれている。大気循環などによって攪拌されるため、地球上に広く分布しているが、場所により濃度の差がある。また、地上に近い大気ほど濃度が高い。
 海洋などに生息するプランクトンが出すジメチルスルフィドも雲粒になりうるとされており、赤潮などのプランクトンの異常発生時には雲ができやすいとの研究もある。
 また、宇宙線や太陽放射などに含まれる荷電粒子や電磁波が大気の気体分子をイオン化させ、イオン化した微粒子が雲核となるという説もある(スベンスマルク効果)。

 ここでもスベンスマルク効果が登場しているが、どちらかという異説のように見える。
 ウィキペディアの解説では、雲核は多様なものがありうるということで、むしろ、スヴェンスマルク仮説を必要としないかのようである。
 本書でもそこはこう説明されている。

 陸上の大気の雲形成領域における1リットルの空気には、様々な補給により、数百万個の雲凝縮核が含まれている。外洋上においても、典型的な場合、1リットル当たり10万個が存在する。このため、気象学者は、極微細粒子は常に大量に存在していると考えがちであり、したがって、宇宙線が雲の形成量を変化させることができるとは決して考えないのである。

 しかし、科学を決めるのは実験であり観察である。この通説とされる説には暗黙の説明が含まれており、それが事実かどうかは、実験や観察で決定できる。ではどうだったのか。その研究は、スヴェンスマルク氏の仮説とは別にNASAで進行しており、その過程で、通説では説明不可能な現象を発見した。当然、科学者はこの現象を説明する仮説を提示した。その仮説の一つが、イオン・シーディング説であった。
 NASAを中心として研究とスヴェンスマルク氏の仮説の関わりは、率直なところ私は本書からは読み取りづらい。私の理解では、スヴェンスマルク仮説は、このイオン・シーディング説をより詳細に、かつ実験的なプロセスとして提出したことだろうと理解している。
 スヴェンスマルク氏は、宇宙線で生成されたイオン、つまり電子が雲形成における微細粒子のシード(種)となるかということを実験モデルで提出した。

 クラスターの生成過程では電子が中心的な存在である。1つの酸素分子に1つの電子がくっつくだけで、その酸素分子が、水分子を引き付けるのに充分な強さになる。そのために、その酸素分子の周りに数個の水分子が集まって、そこに亜硫酸ガスが供給されると、硫酸を作り出す出発点となると同時に、その硫酸を蓄積できる場所となる。

 これに対して、従来の説では、硫酸分子は紫外線の助けで成長し、それがゆっくりと集まるというものだった。
 スヴェンスマルク仮説は実験的に検証できる。十分な実験結果がすでに出たとまでは公平に見ると言い難いが、概ね、この仮説については検証されたと見てよいだろう。
 ただしこの実験検証は、いわばin vitro、あくまで実験室でそうしたプロセスが実証されたということであって、実際の雲がそのように形成されたかということの検証にはなっていない。また、媒介的な役割として硫酸が最適だとしても、他の雲核も存在する。地球全体の雲の形成を考えるなら、それらの多種の雲核がどの程度雲形成に関わっているか、また雲形成の最大因子が宇宙線であると特定できるのかについても、この時点では評価しようがない。
 そのため、ウィキペディアにあるように「それが温暖化の要因になっている可能性を主張する意見がある一方、その影響量が特筆すべき規模かどうかについては疑義が指摘されており[3]、IPCC第4次評価報告書でも証拠不十分として採用されていない[4]」とされるのは、概ね妥当なところだろう。IPCCとしては、スヴェンスマルク仮説が気候変動に影響するかについては、無視するのではなく、わからない、としていると私は理解している。
 しかし、ウィキペディアの同項目、および「地球温暖化に対する懐疑論」(参照)では、次のようにすでに否定されたかのような記述もある。

こうした宇宙線の変化が温暖化を引き起こしているのではないかとの仮説は、その後複数の研究結果によって否定されている。2008年4月にJ.E.Kristjanssonらにより、雲量の観測結果に宇宙線との関連性が見られないとの調査結果が発表され[19]、「これが重要だという証拠は何もない」としている[20]。A.Seppalaらは宇宙線の影響が極地方に限定され、全地球規模での影響も限られると指摘した[20]。さらに2009年2月にはCalogovicらにより、Forbush Decreaseと呼ばれる宇宙線の変化現象に対する雲量の応答を調べた結果「どのような緯度・高度においても、対応する雲量の変化は見られない」と報告されている[21]。

 スヴェンスマルク氏からの反論の履歴が省略されていて、いかにも、2009年2月のCalogovicによって否定されているかのようだが、該当の「Sudden cosmic ray decreases: No change of global cloud cove」(参照)の"Received 14 October 2009; accepted 4 January 2010; published 3 February 2010."の同時期に、同テーマでスヴェンスマルク氏は「Cosmic ray decreases affect atmospheric aerosols and clouds」(参照)を"Received 31 March 2009; accepted 17 June 2009; published 1 August 2009."を出しており、議論の趨勢を見るにはまだ日が浅く、「その後複数の研究結果によって否定されている」とまでは公平には言い難い。とはいえ現状では、スヴェンスマルク氏からの強い反駁はまだ見られない。
 温暖化懐疑論としてスヴェンスマルク説をどのように捉えるかは、N・コールダー氏が述べるように、「この議論を比較検討して、我々に賛成でも反対でも、それが自分自身の意見を持ってもらえれば」ということになるだろう。では私はどうかといえば、スヴェンスマルク説は、温暖化懐疑論としての評価はわからないが、とても興味深く、温暖化懐疑論だから全面的に否定するというのはあまり科学的な態度ではないかと考えている。また、温暖化問題に限定してなにが正しいかについては、監修者の桜井氏に共感している。

 現在の太陽活動の動向をみつめながら、スベンスマルクとコールダーがこの訳書の8、9の両章でふれている地球変動の今後について、本書の読書となられた方々には、実際に身をもって検証していただけるはずである。現在、喧伝されている地球寄稿の温暖化の原因が、大気中への炭酸ガス(CO2)の蓄積によるものかについても、自らの経験を通して明らかにしていただけるはずである。

 あと10年から20年すると、IPCCの主張の正否は現実的に確認できるはずなので、そこで大きな破綻があるなら、各種の懐疑論を再考してもよいだろうし、その時までスヴェンスマルク説が生き残っているかも興味深いところだ。

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2010.03.12

[書評]ツイッターノミクス TwitterNomics(タラ・ハント著、村井章子訳、津田大介解説)

 「ツイッターノミクス(タラ・ハント著、村井章子訳、津田大介解説)」(参照)は、日本の各種の分野でツイッター(Twitter)が話題になる現在、適時な刊行であったと思う。特に、企業が広告戦略においてどのようにツイッターをクチコミとして活用したらよいのかという点で、本書は著者の経験やこの分野の各種の世論を整理して提供していることから、実践的かつ具体的な指針になるだろう。

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ツイッターノミクス
 マーケティング部門はもとより、ツイッターが開きつつある新しいマーケットを理解するために、年配の経営者にも一読を勧めたい。本書を一読しておけば、ツイッターによるマーケティングのごく基本的な失敗事例など(参照)は防げる。
 とはいえ、本書はやさしい口調で理路整然と説かれ、日米間の商慣例の差はあるとしても、概ね正しい内容でありながら、実際にこのツイッターの世界に入って、ツイッターとはなにか実感するという体験の側から見ると、また異質なもの、ある種の違和感もあるだろう。その内在の感覚(ツイッターという空間のなかでの生息感覚)をどのように企業がマーケティングとして探り当てるかまで、本書から読み解くのは難しいかもしれない。
 その陰画のような象徴事例になっているのが「第8章 アップルはなぜ人をわくわくさせるのか」だろう。本書未読のかたは、邦訳の標題からは、アイフォーンやマッキントッシュで有名なアップルとツイッター的なクチコミの効果が想像されるだろうが、同章で書かれているのは、ごく基本的な現代的なマーケティングの一部である。オリジナルの章タイトルも「Be Notable: Eleven Ways To Create Amazing Customer Experiences(心がけよう:顧客満足を最大限に引き出す11の方法)」で、形式的にもブログにありがちなリスティクル(参照)を肉付けている。項目は、「ディテールで差をつける」「ワンランク上をめざす」「感情に訴える」「楽しさの要素を盛り込む」「フロー体験を設計する」といったものが並び、それぞれに十分な説明が与えられている。本書の英書オリジナルの感想などを見ると、この章がもっとも優れているという評価も多い。たしかに、この章だけ切り出し、そこから本書をよりマーケティング志向の強い書籍に編集しなおすことも可能だろう(実は邦訳書の章構成はオリジナルと違っていてこの志向が見られるものになっている)。
 が、ここで気がつくのは、そうしたマーケティング手法がツイッターノミクスなのかと問われれば、そうではない。ツイッターの台頭がこの新しいマーケティングをもたらしたというより、ツイッターを興隆させた社会と情報の変化の必然から導かれる新しいマーケティング手法だということだ。ツイッターの位置づけは、むしろその大きな変化の潮流の随伴的な現象である。その現象がツイッターの内部からどのように見えるかというと、微妙な感覚の問題がある。しいていえば、差異化と文化戦争のゲームなのかもしれないと私などは思う。
 このことは逆に新しいマーケティング戦略の成功例として賞賛されているアップルの実際のマーケティングとの齟齬を覆い隠すことにもなっている。ツイッター経済を暗示させる「ツイッターノミクス」のテーマは、一見すると、デジタル技術とソーシャル・メディアが発達から、従来のようなマネーベースの市場経済とは異なるギフト経済といったものが生まれつつあるかにように読めるし、実際著者はその視点で書いている。これらは「フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略」(参照)といった新しい経済感覚にも通じる。
 しかしこうしたギフト経済のように見える背後で、アップルが実際の収益を確保しているのは、端的なところではITMS(参照)が筆頭だが、市場の垂直的な囲い込みの結果にすぎない。グーグルなども実際には、広告モデルを別とすれば、国家が担う個人情報的な処理のニッチを囲い込むことで、国家税収でまかなわれるべき公的情報サービスの差分を収益化しているにすぎない。
 こうしたなかで、では、ツイッターのようなクチコミなどがどのように機能するかといえば、表面化しづらい収益モデルに対するある種の集団的な空気のような「善意の」イデオロギーによる誘い込みになりがちだ。アップルやグーグルの賞賛者や批判者が、あたかも正義の問題を論じているかのような様相を示すのはそのためだろう。
 現実に収益性の面での市場での勝利者の動向だけ見れば、アップルのような市場囲い込みか、あるいはグーグルのような擬似国家税的なモデルによって、本来脱イデオロギー的と設定されるはずの自由市場の自由性に対する異質性が現在世界に台頭しつつある。そこでは「ツイッターノミクス」は市場自体の固有の情報伝達機能を阻害するノイズとなりうるし、その効果がマーケティングだというに等しいことになりかねない。
 あるいは、アップルやグーグルといった覆われた新しい形態の利益独占モデルの企業と従来型の市場経済志向の企業の隙間にこそ、「ツイッターノミクス」なり、それを支えるソーシャル・キャピタル(社会資本)としてのマネーを補完する存在としてウッフィー(Whuffie)があるとも言える。
 ウッフィーとは、ごく簡単にいえば、ツイッターやミクシィなどのソーシャルネットワークを使って得られる名声・評判のことで、これを仮想の通貨み見立てている。元はコリィ・ドクトロウ氏のSF小説「マジック・キングダムで落ちぶれて」(参照)に描かれていた着想だ。
 本書のオリジナルタイトルが「The Whuffie Factor: Using the Power of Social Networks to Build Your Business(ウッフィー要因:ソーシャルネットワークの力を使って自分のビジネスを作り上げる)」(参照)となっているのもそのためで、本書は元来はツイッターをテーマにした書籍というより、ツイッターやミクシィなどのソーシャルネットワークを使って得られる名声・評判を活用して、マーケティングや個人企業に生かす手法を論じている。
 なお、"TwitterNomics"という用語はグーグルで検索してもWhuffieなどの用語に比べ格段にヒット数が少なく、欧米圏では実際的には存在していないか、あるいは、伝えたい思いを140文字という短いつぶやきにエコノミーに節約する技術といった含みがあるようだ。和製英語として定着するのではないだろうか。
 "TwitterNomics(ツイッターノミクス)"という邦訳書のタイトルはおそらく、「[書評]Wikinomics:ウィキノミクス(Don Tapscott:ドン・タプスコット): 極東ブログ」(参照)、「ウィキノミクス=ピアプロダクションについてのメモ: 極東ブログ」(参照)、「マスコラボレーションとピアプロダクションの間にあるブルックスの法則的なもの: 極東ブログ」(参照)でふれたウィキノミクスからの連想だろう。
 ウィキノミクスがどちらかといえば、共同作業による生産の側として見ているのに対して、本書ツイッターノミクスはマーケティング志向の消費の側として見ている。捉える側面の差があるとはいえ、同質の社会現象を扱っているとも言えるだろう。
 その意味で、本書はツイッター自体をテーマにしたものというより、ツイッターに代表されるソーシャルネットワークの名声を個人や企業がいかに高め、ビジネスに結びつけていくかという勝間和代氏的なテーマになっており、広義にはブログも含まれる。
 ブログによる名声からビジネスへの経路として見る場合、私もひとりのブロガーとしてその内在の側から見るなら、本書の提言は概ね当てはまるともいえるが、当てはまらない点も多く感じる。
 日米間のネット文化の差異もあるかもしれないが、ブログの閲覧者数やツイッターのフォロアー(特定の個人の発言を受信する人)の数は、現実にはウッフィー的な名声よりも、テレビ・タレントや知識人などすでに確立された著名人、ないし、特定の社会運動の指導者といった層のほうがはるかに大きい。人気の高い内容も、ウッフィー的な名声の基礎になる善意というより、株取引など金銭情報に関連するもののほうが人気がある。
 こうしたことは、ツイッターやブログなどのメディアの内在ではごく自明のことで、本書のウッフィーの原則には当てはまらないか、当てはまる上限はいわゆる知名人の人気の十分の一程度であろう。本書を丹念に読めば、そうした限界性のなかで個人の十分な名声を確立する手法として限定されているとも理解できる。
 私自身長くブログを運営していて共感できるのは、本書「第5章 ただ一人の顧客を想定する」の内容だ。旧来のマーケティング手法のように、読者ターゲットをグループセグメント化して運営するのではなく、ただ一人の理想的な(マックス・ウェーバーの言う理念型的な)読者を想定して情報を発信したほうがよいというのは納得できる。私のこの世界での内在的な感覚でいえば、数値化されうるようなウッフィーやあるいは既存メディアの名声の転写的な人気に対して、個というものがどのように確立された見解を持つか、その細い連帯のなかで、衆を頼むような傾向に本質的に対抗していくことにこそ、このメディアの本来的な意義があるように思う。

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2010.03.11

ギョベクリ・テぺ(Göbekli Tepe)遺跡のこと

 ネットで有名な文科系の知識リソースの一つに「世界史講義録」(参照)があり、はてなブックマークでは5000近いブックマークがされている。高校の先生が講義ノートをまとめたものらしい。久しぶりに訪問してみると、宗教史に関連する一部は「ものがたり宗教史 (ちくまプリマー新書:浅野典夫」(参照)となっているようだ。ちくま新書なのは、「[書評]中学生からの哲学「超」入門 ― 自分の意志を持つということ(竹田青嗣): 極東ブログ」(参照)で触れた同書の推薦があったからではないだろうか。
 さて、私はといえば、このサイトの冒頭の話をざっと読んだとき、高校生の授業としては妥当な内容ではないかなと思ったが、率直にいうと、私が高校生のころの学校の世界史とあまり変わってなくて(ちなみに私は高校生のころトインビーも読んでいた)、自分では興味がもてないでいた。私が現在の高校生にこの分野の本で勧めるとしたら、「世界史の誕生 (ちくま文庫:岡田英弘」(参照)か「これでいいのか世界史教科書 人類の転換期に問う (カッパ・サイエンス:謝世輝」(参照)かなと思った。これらの本もしかし、もうだいぶ古くなった。
 「世界史講義録」に触れたのは、批判という意味では全然ないが、普通文明の起源は現在の通説でもこう考えられているのかなと思ったからだ(参照)。新石器時代に続き、農耕の起源が語られる。


 次に農耕の起源です。メソポタミア地方で最初の農耕が始まったというのが従来の定説でしたが、最近いろいろな発掘調査で、中国の長江流域ではそれより遙か以前、1万3千年前くらいから稲作が始まっていたことがわかってきました。
 長江流域で定住生活が始まったのはさらにさかのぼって、1万6千年前といわれています。人は定住して土器を作成しはじめます。先日(4月17日)朝日新聞に載っていましたが、日本でも1万6000年前の土器が出土しています。
 これからも世界各地で、さらに古い遺跡が発見される可能性は充分あります。農耕の起源、発生地については、今のところ不明です。
 メソポタミア地方では、約7000年前には麦作と牧畜が始まります。イラクのジャルモ遺跡が有名です。

 間違いということではない。きちんと「農耕の起源、発生地については、今のところ不明です」と触れているのはよいことかもしれない。そして、農耕の余剰生産物から宗教・都市・文明として語られる。

 農耕牧畜によって、食糧の収穫が予想できるようになる。うまくすれば、食べる以上に生産できる。その日その日を狩猟・採集で生活していたのに比べれば、どれだけ生活に余裕ができたことか。これを、食糧生産革命といっています。革命というのは、世の中がひっくり返るような変化に対する呼びかた、と考えておいてください。
 ここから、ちょっと難しい話です。
 さっき、食べる以上に生産できた、と言いました。これ、難しい言い方で余剰生産物という。農業技術も改良されていきますから、余剰生産物は増加します。この余剰生産物が文明を生んだとってよい。
 余分な食糧ができると、働かなくてもよい人々がでてきます。
 以前ならみんなが同じ仕事をしていたのに、違う役割で生きていく人たちが出現する。これを、階級の発生といいます。
 どんな人たちかというと、まずは神に仕えるような人たち、神官です。たぶん、農耕がうまくいくように天候を神に祈る人々が最初にでてきた農業をしない人たちだ。
 邪馬台国の卑弥呼も一種の神官です。彼女は、奥にこもってみんなには顔も見せずに神に祈っている。特殊な能力があると信じられていたんだろう。
 神官は、一般の人たちからその能力を恐れられるでしょう。そして、権力を持つようになるんだね。
 権力を持つ者は、必然的に自分が生きていくのに必要以上の土地や家畜を持つようにもなります。私有財産という。
 神官以外に、戦士も生まれてくる。他の集団から自分たちの集団を守るためにかれらも農耕を免除されて、特権階級になっていく。職人も、農業以外の仕事だけをする人々だ。
 マジカルな能力、人並みはずれた体力や体格、技能、あるいは人格的統率力、そういう力を持つ人々がリーダー層になる。階級分化です。
 やがて、指導者が支配者となって国家が生まれます。
 国家といっても、村がそのまま国になる、小さなものです。吉野ヶ里遺跡なんかは、そんなものの一つでしょう。
 この小さな国家を歴史学では、都市国家といいます。自分たちの集落を守るため集落の周りには城壁をめぐらせます。都市国家はみな、城壁を持っています。
 国家の支配者は租税を集める。誰からどれだけ税を徴収したか記録する必要がでてくる。文字はそのために発明されたともいわれます。
 階級、私有財産、都市国家、そして文明が生まれてきます。

 いわゆるマルクス史観であり、正確にはエンゲルス史観というものだが、だから間違っているというのではないが、この考えは否定されつつある。また同サイトではこの先に、高校の授業らしく四大文明が上げられているが、四大文明説を取っているのは日本独自の文化ではないだろうか。余談だが、マルクスのいう「階級」というのは、上下階級という意味合いよりも、従事する生産の様式の差を言っている。
 さて、では、どう違っているのか。
 最初に宗教があり、聖地と神殿ができ、その維持のために人が集まり、集まるために農耕や定住が進み、都市ができ、文明となった。
 私は高校生のころからそう考えていたのでこの考えにまったく違和感がない。当時私は、生産様式とは人間の内面において宗教化されており、同一の構造であるとぶちあげていたものだった。まあ、少年にありがちな妄想でもある。
 この考え方、宗教が最初だ、というのはどこの話か。先日ニューズウィークの記事で見かけて、それ普通だろと思っていたのだった。記事は「History in the Remaking(作り直される歴史)」(参照)である。日本語版でも、ところどころ抜け落ちがあるが、翻訳された。見るとわかるが、トルコ南東部ギョベクリ・テぺ(Göbekli Tepe)遺跡の話である。先回りしていうと、(1)この遺跡が例外である、(2)現在の同遺跡の研究成果は定説ではない、という二点の留保は当然ある。長江の稲作については宗教が先行したとは言えないだろう。

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ギョベクリ・テぺ(Göbekli Tepe)


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ギョベクリ・テぺ(Göbekli Tepe)
スミソニアン・マガジン

 ニューズウィークの記事では、ギョベクリ・テぺ遺跡研究が通説を否定するとして、ジャーナリズムの記事らしくあえて興味をひくように書かれている。


This theory reverses a standard chronology of human origins, in which primitive man went through a "Neolithic revolution" 10,000 to 12,000 years ago. In the old model, shepherds and farmers appeared first, and then created pottery, villages, cities, specialized labor, kings, writing, art, and --- somewhere on the way to the airplane --- organized religion. As far back as Jean-Jacques Rousseau, thinkers have argued that the social compact of cities came first, and only then the "high" religions with their great temples, a paradigm still taught in American high schools.

この理論は人間起源の通説の年表を逆転させる。通説では、原始人は1万年から1万2千年前の新石器時代革命を経由したとされる。この古い通説では、羊飼いや農民が最初に出現し、それから陶工や村落民、都市、専業労働、王、文字、技芸、そしてその延長を一っ飛びして、組織宗教に至るとされる。ジャンジャック・ルソーを回顧するまでもなく、知識人は社会的集約都市が最初に形成されて、その後、巨大寺院を伴う高度な宗教ができるとした。米国の高校などでもこうした考え方がいまだに教えられている。


 その先が興味深い。というか、やや勇み足な話にまで踏み込んでいるように見える。

Religion now appears so early in civilized life --- earlier than civilized life, if Schmidt is correct --- that some think it may be less a product of culture than a cause of it, less a revelation than a genetic inheritance. The archeologist Jacques Cauvin once posited that "the beginning of the gods was the beginning of agriculture," and Göbekli may prove his case.

宗教はこうして見直してみると、研究者のシュミットが正しければ、都市生活以前の初期の段階で出現している。つまり、宗教というのは文化が生み出したものや啓示によるといより、人間の遺伝的形質によるもだと考える人もいるだろう。考古学者ジャック・コーヴァンは「神々の始まりが農耕の始まりである」とつぶやいたが、ギョベクリ・テぺ遺跡が当てはまるかもしれない。


 それでも、通説に反したというほどの話でもないようにも思えるし、NHKなどで時折放送されるギョベクリ・テぺ遺跡の話でも、そこに力点はさして置かれていないようにも思えたものだ。むしろこの遺跡の、ある種、異常さ、つまり異常な古さのほうが重要かもしれない。

The site isn't just old, it redefines old: the temple was built 11,500 years ago --- a staggering 7,000 years before the Great Pyramid, and more than 6,000 years before Stonehenge first took shape. The ruins are so early that they predate villages, pottery, domesticated animals, and even agriculture --- the first embers of civilization. In fact, Schmidt thinks the temple itself, built after the end of the last Ice Age by hunter-gatherers, became that ember --- the spark that launched mankind toward farming, urban life, and all that followed.

この遺跡は古いだけではない。古さということの考えを再考させる。寺院は1万1500年前に建築された。ギザの大ピラミッドより7千年も古く、ストーンヘンジが最初に組まれたときより6千年以上も先行している。この遺跡は、村落、陶器、家畜、農耕、これら文明の曙光よりも古いのだ。実際、研究者のシュミットは、この寺院自体、狩猟採集民による氷河期最後の時代に続いて形成され、この遺跡こそが、人類が農耕や都市生活、そしてその後の発展に至る最初の曙光となったと考えている。


 シュミット氏の研究以外でも、小麦の栽培や動物の家畜化が始まったのもこの地域であると見なされつつある。
 シュミット氏は15年前この地を訪れ、この研究に取り憑くかれ、定着し、トルコ人女性と結婚し、近在に暮らしている。壮大な夢に取りつかれた幸福というものだろうし、おそらく、彼の夢が人類の歴史を書き換えるだろう。

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2010.03.10

ワシントン・ポスト社説に取り上げられた民主党藤田幸久氏の持論

 米国時間で8日付のワシントン・ポスト社説が日本の民主党の参議院議員であり同院国際局長の藤田幸久氏の持論を取り上げていた。いちおう日本の大手紙もそれなりに紹介したが、国内でそれほど話題にはなりそうな気配はない。同社説は、米国側の一部の勢力の怒りを表現しているのだろうと聞き流してもよさそうなエピソードにも思えるが、気になる点もあり、もしかすると今後に大きな影響もあるかもしれないので、関連の事柄をまとめておきたい。
 朝日新聞ではワシントン・ポスト紙社説を「Wポスト紙、民主・藤田議員を酷評 同時多発テロ発言で」(参照)で次のように報道していた。


【ワシントン=伊藤宏】米紙ワシントン・ポストは8日付の社説で、民主党の藤田幸久国際局長(参院議員)が同紙に対し、2001年9月11日の米同時多発テロの犯人像に疑問を挟む発言などをしたとして「突拍子もなく、いい加減で、偽りがあり、まじめな議論に値しない」と酷評した。鳩山由紀夫首相が容認すれば、日米関係に影響するとも警告した。
 同紙は、藤田氏が最近の同紙による取材に対し、▽テロリストの犯行かどうかに疑問を挟んだ▽世界貿易センタービルの倒壊が(飛行機の衝突による)火災ではなく、起爆装置で起きた可能性があると示唆した、と紹介。そのうえで、こうした「幻想」は鳩山政権の「反米傾向」を反映していると指摘した。
 さらに「藤田氏のような無謀で事実に反した考え方を鳩山氏が容認するなら、日米関係が厳しく問われることになるだろう」と断じた。
 藤田氏は、野党時代の08年4月の参院外交防衛委員会で、国際テロ組織アルカイダのオサマ・ビンラディン容疑者の関与に疑問を挟む内容の質問をした。今年1月発売の週刊朝日でも、米国は犯人を特定しておらず、ビル倒壊の原因も再調査すべきだとの持論を展開。こうした発言はこれまでも米国の対日専門家らに批判されており、日米間の新たな問題に発展する可能性もある。
     ◇
 藤田氏は9日、朝日新聞の取材に「インタビュー後の懇談で、一議員としての考えを話したもので、社説は私の肩書を含めて間違った記述もある」と、党や鳩山政権の考えではないことを強調した。

 「同紙に対し……発言などをしたとして」および「最近の同紙による取材に対し」の部分だが、事実はワシントン・ポスト紙の記者のインタビューである。朝日新聞の記事では、このインタビューで藤田幸久氏が意見を開陳したかのように読めるし、また朝日新聞の取材では藤田氏は「間違った記述もある」としているが、この意見は藤田氏の持論でもあり、2008年1月10日国会でも繰り広げらており、周知のことである。ワシントン・ポスト紙も藤田氏がこうした見解の持ち主であることはすでに知ってのうえでインタビューしたものと思われる。
 9.11事件をめぐる藤田氏の国会発言の様子は海外でも話題になり、ユーチューブには英訳付きの映像が出回っている(参照参照参照参照)。オーストラリアのグループも藤田氏の持論に関心を持ち、氏を招致したことは、藤田氏自身のブログでも明らかにしている(参照参照)。この持論は書籍「9.11テロ疑惑国会追及 オバマ米国は変われるか(藤田幸久, デヴィッド・レイ・グリフィン, きくちゆみ, 童子丸開, 千早)」(参照)の共著にもまとめられている。同書は、鳩山首相の外交ブレーンと目される寺島実郎(日本総研会長)も次のように推薦の辞を寄せている(参照)。

安手の陰謀史観ではなく、粘り強く事実を追い詰めることは、現代史を謎に終わらせないために不可欠である。世界には、主体的に時代を解析・考察しようとする様々な試みがある。それらに目を行き届かせながら自分の頭で考えることが、複雑な情報操作の時代を生きる要件である。

 また同書の出版会は藤田氏のブログによると次のようなものであったらしい(参照)。

 冒頭、ジャーナリストのベンジャミン・フルフォードさんが挨拶し、9.11同時多発テロの政治的な背景が歴史的な戦略に基づいているという持論を展開し、会場を沸かせました。
 続いて、著者の一人である、きくちゆみさんが、同じ著者で、スペイン在住の童子丸開(どうじまるあきら)さんが作成して下さったスライドを使って今回の本を説明して下さいました。


 第二部の懇親パーティーは、「9.11の真実を求める政治指導者」の一人である、犬塚直史参議院議員が務めて下さいました。開会挨拶は藤田幸久政経フォーラム代表で、駿台学園理事長の瀬尾秀彰先生が行って下さいました。
 民主党を代表しての挨拶は鳩山由紀夫幹事長が行いました。鳩山さんは、このテロとの戦いの原点の追求の意義を述べると共に、入り口で「身辺をくれぐれも注意して下さい」と私に訴えた青年に応えるように、「命をかけても取り組む覚悟はありますよね!」と私の決意を確認して下さいました。

 現鳩山首相も藤田幸久氏の決意を支援しているとのことである。
 読売新聞の報道「米紙、9・11陰謀説の民主・藤田議員を酷評」(参照)も朝日新聞報道とあまり違いはなく、「酷評」と見ている。

 【ワシントン=小川聡】米ワシントン・ポスト紙は8日付の社説で、民主党の藤田幸久国際局長が同紙のインタビューに応じ、2001年9月11日の米同時テロがテロリストの仕業ではなかったという「陰謀説」を示唆したとして、「民主党と鳩山政権に広まる反米的思考の気質が反映されたものとみられる」と批判した。
 社説は、藤田氏が米同時テロについて「株取引のもうけを狙った陰謀」の可能性を提起したと紹介。「こうした正気を失った過激派の空想に影響されやすい人物が、世界第2位の経済力を誇りにしている国の統治機関の中で重要な地位を占めている」として、民主党政権の反米気質と関連づけて解説した。
 そのうえで鳩山首相について、「日米同盟が安全保障の礎石だと再確認しているが、首相と民主党政権の行動は、そうした約束について疑問を提起している」と分析し、「首相が藤田氏のような向こう見ずで、事実を無視する党分子を大目に見るかどうかで、日米同盟が厳しく試されるだろう」と指摘した。
     ◇
 藤田氏は9日昼、「ワシントン・ポストの記者に雑談で話したことだ。内容がきちんと伝わっておらず、誤解がある。党の見解を述べたものではない」と述べた。
 藤田氏は、民間活動団体(NGO)をへて1996年衆院選で初当選した。2005年に落選後、07年参院選で茨城選挙区から立候補して当選した。

 読売新聞報道が朝日新聞報道と違う点があるとすると、ワシントン・ポスト紙の論点が藤田氏の持論を「酷評」しているというより、「民主党と鳩山政権に広まる反米的思考の気質が反映されたものとみられる」として、民主党政権全体の反米的思想を読み取っている点だ。
 毎日新聞報道「藤田・民主国際局長:「9・11、テロリストの仕業か疑問」 米紙が非難」(参照)では、藤田氏および鳩山氏側の反応を織り込んでいた。読売新聞報道と同様、民主党政権の問題を浮かび上がらせるようにしている。

 ◇「奇怪すぎる」
 【ワシントン古本陽荘】米ワシントン・ポスト紙は8日付の社説で、民主党の藤田幸久国際局長(参院議員)が、2001年の米同時多発テロ(9・11)を「壮大なでっち上げと考えている」と名指しで批判した。米政府内では藤田氏は外交分野で一定の影響力を持つ議員とみられており、鳩山政権にとって対米関係上の打撃になるのは必至だ。
 社説は藤田氏へのインタビューを基にしたもの。この中で藤田氏は「(9・11は)本当にテロリストの仕業か疑問だ」と主張。さらに、「影の勢力が計画を事前に知り株式市場で利益を得た」との考えを示唆したという。
 ポスト紙は藤田氏の考えを「奇怪すぎる」と非難。そのうえで、「鳩山政権と民主党内にいる反米主義者の見方に根付いたもの」として、藤田氏の個人的な考えとは言い切れないと分析している。
 ◇「事実歪曲」と反論
 藤田氏は9日、「(今月3日に取材を受けた後の雑談で)不明なままになっている事件(9・11)の諸点を指摘した」にすぎないと反論するコメントを発表。社説は、藤田氏を参院外交防衛委員長であるかのように書くなど事実関係に誤りがあるとして、「事実を歪曲(わいきょく)した扇動的報道」と主張した。
 ◇首相「個人の見解」
 鳩山由紀夫首相は9日、「藤田議員の個人的見解だ。党の見解でもないし、ましてや政府の見解でもない」と述べた。

 産経新聞報道「「見解はインチキ」米紙が民主・藤田参院議員の「9・11発言」を批判」(参照)は古森記者の定番のスタイルでまとまっている。

 【ワシントン=古森義久】米紙ワシントン・ポストは8日付の社説で「日本での有毒な思考」と題し、参議院議員で民主党国際局長の藤田幸久氏が、米中枢同時テロ(9・11)は公表されたテロリストの犯行ではない、と主張しているとして「インチキだ」と非難した。
 社説は藤田議員による同紙記者らとの最近のインタビューでの発言として、「彼は米国のアジアでの最重要な同盟国の外交政策エリートであるはずなのに、9・11テロは巨大なでっちあげだと思っているようで、その見解はあまりに奇怪、かつ知的にインチキだ」と酷評した。
 社説はさらに藤田議員が9・11について「本当に公表されたテロリストの犯行かどうか疑わしく、別の陰の勢力が株の利益を得るために実行したとして、19人の『実行犯』のうち8人はまだ健在だとする妄想的な話を広めている」とも指摘。9・11に関しては全世界で多数の陰謀説が出てはいるが、「藤田氏の場合、珍奇なのは常軌を逸した想像を信じ込む人物が世界第二の経済大国の政権与党の重要な地位についているという点だ」と指摘した。
 社説はさらに「藤田議員の見解は激しい嫌米傾向に根ざし、その傾向は民主党や鳩山政権全体にも流れているようだ。鳩山由紀夫首相が藤田議員のような無謀で事実に反する要員を自党内に許容するとなると、日米関係は深刻な試練を受ける」とも述べた。
 なお藤田議員は昨年3月、9・11の犯人特定に疑問をぶつける本を編著者として出版し、その推薦人には日本総研の寺島実郎氏らがなっている。同書の出版記念会には鳩山氏も出席したという。

 産経新聞ではさらに藤田氏側の見解を別記事「民主・藤田参院議員 米紙の批判に「発言を歪曲され心外」」(参照)にまとめている。

 民主党国際局長の藤田幸久参院議員は9日、産経新聞の取材に対し、米ワシントン・ポスト紙が2001年9月11日の米中枢同時テロがテロリストによるものではないとの「陰謀説」を藤田氏が示唆したと批判したことに対し、「発言を歪曲されたのは残念だ。陰謀論とは一言もいってないと度々伝えた。陰謀論をとっているかのような書き方をされたのは心外だ」と反論した。藤田氏は「9・11についてのインタビューではなかったし、党国際局長としての取材は受けていない。肩書きも間違っている」と指摘した。
 これに関連し、鳩山由紀夫首相は9日夕、首相官邸で記者団に対し「藤田議員の個人的な見解であって、党の見解でもないし、ましてや政府の見解でもない。これに尽きる話だ」と述べ、問題視しない考えを示した。

 藤田氏は「陰謀論とは一言もいってない」とのことだが、朝日新聞記事の補足で触れた内容からすると、藤田氏はそれが陰謀論だという認識を持っておらず、陰謀論と受け取られることが心外だとみなしているということだろう。また、鳩山首相のコメントからは、このような持論を持つ人を外交問題関連に据えていることが問われていることを理解していないことがわかる。
 問題の起点となるワシントン・ポスト紙社説「A leading Japanese politician espouses a 9/11 fantasy」(参照)だが、国内報道の確認と今後の問題を考える上で、試訳を添えて引用しておきたい。

YUKIHISA FUJITA is an influential member of the ruling Democratic Party of Japan. As chief of the DPJ's international department and head of the Research Committee on Foreign Affairs in the upper house of Japan's parliament, to which he was elected in 2007, he is a Brahmin in the foreign policy establishment of Washington's most important East Asian ally. He also seems to think that America's rendering of the events of Sept. 11, 2001, is a gigantic hoax.
 
藤田幸久は日本の与党民主党の有力議員である。同党の国際局長かつ2007年以降参議院の外交調査会長として、彼は米政府の極東同盟国において外交政策決定上の重要人物である。反面、彼は米国が9.11事件とみなすものを、壮大な陰謀と考えているようだ。
 
Mr. Fujita's ideas about the attack on the World Trade Center, which he shared with us in a recent interview, are too bizarre, half-baked and intellectually bogus to merit serious discussion. He questions whether it was really the work of terrorists; suggests that shadowy forces with advance knowledge of the plot played the stock market to profit from it; peddles the fantastic idea that eight of the 19 hijackers are alive and well; and hints that controlled demolition rather than fire or debris may be a more likely explanation for at least the collapse of the building at 7 World Trade Center, which was adjacent to the twin towers.
 
国際貿易センター攻撃についての藤田氏の考え方は、最近の我々のインタビューからすると、まともに取り扱うには奇っ怪すぎ、不完全で、知的装いをこらしたインチキである。彼はあの事件がテロリストの仕業だろうかと問い、株式市場から利益を得るために陰謀を事前に知っていた闇の勢力を示唆し、19人のハイジャック犯のうち8人は健全に生存しているという幻想的な考えをまきちらし、少なくとも火事や瓦礫はツインタワーに隣接していた7つの国際貿易センタービルの倒壊を説明するというより、制御された爆破であったとほのめかしている。
 
As with almost any calamity whose scale and scope assume historic proportions, the events of Sept. 11 have spawned a thriving subculture of conspiracy theorists at home and abroad. The only thing novel about Mr. Fujita is that a man so susceptible to the imaginings of the lunatic fringe happens to occupy a notable position in the governing apparatus of a nation that boasts the world's second-largest economy.
 
歴史的な事件としてその規模と影響範囲を見れば他の災害と同様、9.11はあれやこれやの陰謀論を国内外に巻き起こしてきた。藤田氏について唯一斬新な点は、少数過激派の幻想に影響されやすいこの人物が、偶然とはいえ、世界第二位の経済大国を自認する国家の政権内で重視されるべき地位を持っていることだ。
 
We have no reason to believe that Mr. Fujita's views are widely shared in Japan; we suspect that they are not and that many Japanese would be embarrassed by them. His proposal two years ago that Tokyo undertake an independent investigation into the Sept. 11 attacks, in which 24 Japanese citizens died, went nowhere. Nonetheless, his views, rooted as they are in profound distrust of the United States, seem to reflect a strain of anti-American thought that runs through the DPJ and the government of Prime Minister Yukio Hatoyama.
 
藤田氏の視点が日本で広く共感されていると信じるにたる理由はなく、我々はそのような視点は共感されないと思うし、日本人の多くはこの陰謀論に困惑しているだろう。藤田氏は二年前日本政府が9.11攻撃について、日本人24名が死亡したとして、独立調査を行うことを提案したが、立ち消えになった。それでもなお、彼の考えは、深い米国不信にあり、鳩山由紀夫首相の日本民主党に行き渡る反米思想の圧力を反映している。
 
Mr. Hatoyama, elected last summer, has called for a more "mature" relationship with Washington and closer ties between Japan and China. Although he has reaffirmed longstanding doctrine that Japan's alliance with the United States remains the cornerstone of its security, his actions and those of the DPJ-led government, raise questions about that commitment. It's a cliche but nonetheless true that the U.S.-Japan alliance has been a critical force for stability in East Asia for decades. That relationship, and its benefits for the region, will be severely tested if Mr. Hatoyama tolerates elements of his own party as reckless and fact-averse as Mr. Fujita.
 
昨年夏選出された鳩山氏は、米国政府とより成熟した関係と、日中の緊密な結びつきを求めた。日米同盟は日本の安全保障の礎石であるとその長期展望を鳩山氏が再確認したとしても、彼の行動と民主党の行動は日米同盟への関与に疑念を抱かせるものだ。日米同盟が東アジアの安定のために何十年にもわたり決定的な力となってきたことは、決まり文句だとはいえ真実である。日米関係とそれによるこの地域への恩恵は、もし鳩山氏自身が率いる党内で藤田氏のような無鉄砲で事実に反する要素を容認しているなら、厳しい試練に会うだろう。

 鳩山政権に対して、"will be severely tested"(厳しい試練に会う)という結語をどう理解するかが、ワシントン・ポスト紙社説理解の鍵になるだろう。
 オリジナルを読むとわかるが、藤田氏の持論自体にワシントン・ポスト紙が関心を寄せているのではなく、民主党政権に反米思想が蔓延していることの懸念の一例としてあげられているにすぎない。
 民主党政権に反米思想を読み取るかどうかは、現状、米国の主流の考えになっているとは言い難いので、"will be severely tested"(厳しい試練に会う)は、米国政府側が今後日本の民主党政権をテストするというよりも、民主党政権の外交政策条がもたらす必然的な帰結、具体的には安全保障上の事態が必然的に日本に試練をもたらすことになると、ある程度距離をおいて見ていると理解したほうがよいのではないか。

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2010.03.09

夢破れしアイスランド、そしてゲノム創薬

 アイスランドの国家経済は実質破綻し、同国第2位の銀行であるランズバンキ銀行も国有化された。同銀行の子会社で経営破綻したオンライン銀行アイスセーブの預金者について、アイスランド国民については一部補償されるものの、英国とオランダからの預金(債務)約50億ドル(約4500億円)はどうするか。議会は15年の返済を保証するとしたが大統領は承認を拒否し、6日国民投票が行われた。結果は予想通り否決された。預金の保護は英国とオランダが肩代わりすることになる。アイスランドの国際的な信用は低下するだろうし、現政権の維持も難しくなるだろう。EUとしても問題にはなる。が、アイスランドの人口は32万人ほどで、人口の規模だけでいうなら中野区くらいなものである。規模的には世界経済に深刻な影響を与えようもない。アイスランドの問題で、私が気になっていたのは、ゲノム創薬の先端を走っていた同国のデコード・ジェネティックス(deCODE genetics)社のことだった。
 関連の記事が2月12日付けニューズウィーク「The World’s Most Successful Failure」(参照)に記事があり、日本語版でも翻訳があった。改めて言うまでもなく、同社は2009年11月17日米国破産裁判所にチャプター11の適用を申請し、事実上破綻した。その後、今年に入って、サーガ・インヴェスツルメント(Saga Investments)から出資を受け、1月21日、未上場企業として存続していくことになった。
 なぜデコード社が破綻したかというと、べたにリーマン危機の影響だった。同社は運転資金をリーマン・ブラザーズに依存していた。アイスランド政府も支援していたが、それも事実上破綻した。
 その前から同社の経営は危ういものだった。単純にこう言っていいのかわからないが、待望されていたゲノム創薬ができず、期待されていた売上の見通しが立たなくなっていた。私の関心はそこにある。
 奇妙なものだなと思う。ほんのつい数年前、例えば2007年の時点で、ネイチャーやサイエンスもゲノム創薬を謳い上げていたものだった。アルツハイマー、パーキンソン病、心疾患、癌など各種の疾病を引き起こす遺伝子が突き止められれば、その治療技術にも革命が訪れるといった雰囲気だった。同社は、2007年時点28種類ものSNPs(スニプス:個人差が現れる塩基配列部位)を発見していた。
 そもそも、アイスランドでなければデコード・ジェネティックス社の研究は成立せず、ある種アイスランドならではの奇跡にも思えた。バイキングの歴史をもつアイスランドでは、1000年近くも国民の家系図の記録が残っており、政府が管理している。
 創業者のカリ・ステファンソン(Kári Stefánsson)氏はそこに目をつけ、アイスランド政府と国民を説得して、その個人データ(家系図と疾病の記録)を使う約束を取り付け、ハーバード大医学部でのステータスを捨て、1996年、同社を創業したものだった。
 話題が沸騰していた2007年以降、どうなったか。それが概ねどういうことはない。まるで数年前まで大騒ぎしていた地球温暖化問題を今ではみんなすっかり忘れているようなものだ、というのは冗談だが、どうしたことか。
 ニューズウィークの記事ではそのあたりについて、実際に発見された遺伝子は、例外的なものであったり、また個人のレベルでは発症リスクが低かったりするらしく、直接創薬には結びつかないということらしい。
 現状でも同社は、ゲノム創薬に関わる各種の情報を維持しているらしいし、そこから驚くような創薬がないとも限らないが、望みは薄い。当面の経営は、ゲノム情報整理のコンサルタント業のようなものになる。数年前までゲノム研究を推進していた研究者は現在収集したデータに溺れているから、それの救出にあたるというわけだ。
 話が散漫になるが、技術やデータといえばGoogleが一枚噛みそうなものだが、と思い出せば、2007年にGoogleはゲノム解析企業23andMeに出資していた。というか、創業者の1人アン・ウォイッキ(Anne Wojcicki)氏は、Googleの創業者の1人サルゲイ・ブリン(Sergey Brin)氏の奥さんだ。同社のゲノム解析のサービスを試したブリン氏は自身の遺伝子突然変異からパーキンソン病にかかる確率が平均よりかなりと告白していた(参照)。Googleも潜在的には、ゲノム創薬と関わりは続けていくようにも思えるが、それでも2007年頃のゲノム創薬の話題の復活は、アイスランドの沈没とともにもう消えたような気がする。

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2010.03.07

朝鮮国連軍と普天間飛行場

 5日の参院予算委員会の質疑で、鳩山首相は普天間飛行場が国連軍の指定基地であるのを知らないと告白した。シビリアン・コントロールにおいて有事には自衛隊の長に立つ人がこんな認識でいいんだろうかというのと、やっぱりあれかなと思うことがあった。
 報道としては鳩山政権に批判的な産経新聞の5日記事「普天間に国連軍 首相、官房長官知らず 質問の「ひげの隊長」あきれ顔」(参照)が取り上げている。詳細は「参議院インターネット審議中継」(参照)で確認できる。


 鳩山由紀夫首相と平野博文官房長官は5日の参院予算委員会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)が、休戦状態にある朝鮮戦争の再発に備え日本にいる国連軍の指定基地であるのを知らないという失態を演じた。普天間移設には国連軍の扱いも必要だが、国連重視を唱える政権にもかかわらず、首相と平野氏の念頭にはなかったことになる。
 質問したのは、陸上自衛隊のイラク先遣隊長だった「ひげの佐藤」こと佐藤正久参院議員(自民)で「そこも分からずに移設をうんぬんするのはおかしい」とあきれ顔だった。

 質問を受けた鳩山首相は「教えていただいたことに感謝する」と白っと述べて頭を下げたが、その重要性を理解しているふうではなかった。産経新聞記事の「失態を演じた」という表現は適切であろう。
 平野官房長官はまた、「国連軍の形でいるか分からないが、座間に国連軍の旗を掲揚している」「正規の国連軍は日本に駐留したことはない」とも答えた。産経新聞はこれを「迷答弁」としているが、ここは少し違う。
 先程「やっぱりあれかな」と書いたのはこのことで、平野官房長官が返答したように、座間の基地でも普天間の基地でも行けば国連旗があるのはわかるものだし、要人の訪問ならきちんと説明を受ける。このあと、佐藤氏の質問は社民党党首の福島瑞穂少子化・消費者担当相に向かうのだが、その応答でも福島氏はこれらの基地を訪問して国連旗を確認していると述べている。
 つまり、鳩山首相は在日米軍基地というものを見たことがないということなのだ。あるいは説明を受けてきちんと見たことがないと限定してもよいのだが、少なくとも普天間飛行場移設問題が課題になる政権でありながら、この首相は一度も普天間飛行場の視察をしてはいないということだ。沖縄の人の思いを大切にと口では言いながら、沖縄を訪問し沖縄の人と対話もしたこともなければ現状も視察していない。そういうことなのだ。
 FNN「普天間基地移設問題 日本政府、あくまでも「ゼロベース」を強調も地元からは怒りの声」(参照)も補足しておこう。

 参院予算委員会で、自民党の佐藤正久議員は鳩山首相に、「勉強してください! 朝鮮戦争は終わっていないんです。まだ休戦状態なんです。日本の7カ所に、後方支援なり国連の基地がある。その1つが普天間基地なんです!」と述べた。
 これに、鳩山首相は「今、教えていただきましたことに感謝いたします」と答えたが、佐藤議員は「そこもわかんなくて、普天間の移設、ちょっとおかしいと思います」と批判した。

 普天間飛行場は、国連軍の基地でもあるのだが、これは朝鮮戦争の国連軍であって、正規の国連軍ではない。正規というのは、国連憲章第7章第43条が規定する特別協定により、加盟国から募られた軍隊を意味する。だが、この特別協定が過去結ばれたことはない。
 それゆえ、この国連軍は「朝鮮国連軍」とも言われる特殊な形態のものである。「[書評]ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(ディヴィッド・ハルバースタム): 極東ブログ」(参照)でも扱ったが、1950年に朝鮮戦争の勃発した。このおり安全保障理事会に提出された武力制裁決議が当時の理事国ソ連の合意を欠いたまま議決され安保理勧告となった。この勧告に基づき、米国、英国、フランスなど10か国が「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」(通称、国連軍地位協定)(参照)を結び、16か国が参加して朝鮮国連軍が結成された。
 同協定に基づき、日本国内では、キャンプ座間(現在は横田飛行場)に国連軍後方司令部が設置され、 7つの在日米軍基地、座間、横田、横須賀、佐世保、嘉手納、普天間、ホワイト・ビーチ(現うるま市)が国連軍基地に指定された。このため、これらの基地は国連軍基地として朝鮮国連軍(現在8か国)の軍機が現在も利用している。
 この国連軍地位協定だが、利用について次のような規定がある。

第五条
1 国際連合の軍隊は,日本国における施設(当該施設の運営のため必要な現存の設備,備品及び定着物を含む。)で,合同会議を通じて合意されるものを使用することができる。
2 国際連合の軍隊は,合同会議を通じ日本国政府の同意を得て,日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基いてアメリカ合衆国の使用に供せられている施設及び区域を使用することができる。
3 国際連合の軍隊は,施設内において,この協定の適用上必要な且つ適当な権利を有する。国際連合の軍隊が使用する電波放射の装置が用いる周波数,電力及び類似の事項に関するすべての問題は,合同会議を通じて相互間の合意により解決しなければならない。
4 国際連合の軍隊が1の規定に基いて使用する施設は,必要でなくなつたときはいつでも,当該施設を原状に回復する義務及びいずれかの当事者に対する又はその者による補償を伴うことなく,すみやかに日本国に返還しなければならない。この協定の当事者は,建設又は大きな変更に関しては,合同会議を通じ別段の取極を合意することができる。

 この条項をどう解釈するかが難しい問題で、過去参院で「質問第四一号 普天間飛行場における国連軍地位協定の位置付けと在日米軍基地再編に関する質問主意書」(参照)が提出され、答弁書第四一号(参照)が存在する。
 これらの経緯について、鳩山首相と平野官房長官もまったくレクチャーを受けていなかったとしか思えない。佐藤氏が質疑後次のようにつぶやいているのも同情できる(参照)。

昨日の委員会、首相や防衛大臣「普天間基地が国連軍施設であること、海兵隊が沖縄でジャングル戦訓練を行っていること」を知らなかった事が判明。即ち政府が海外移転や九州移転を真剣に検討していないことの裏返し、始めから沖縄ありき故に事務方も説明していない模様。他方知識もゼロベースとのヤジも

6:23 AM Mar 6th via web
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SatoMasahisa
佐藤正久


 この問題はどう扱ったらよいのか。佐藤氏の質疑はこのあと、執拗に福島少子化・消費者担当相に朝鮮戦争の認識を問う形になり、福島氏は応答を拒絶する展開となったが、ことは朝鮮戦争というものの性質に関わっている。
 よく知られていることだが(鳩山首相は知らないかもしれないが)、朝鮮戦争は現状休戦状態にあり、朝鮮国連軍も、それに準じて存在している。地位協定の第24条・第25条に明記されているとおりだ。

第二十四条
 すべての国際連合の軍隊は,すべての国際連合の軍隊が朝鮮から撤退していなければならない日の後九十日以内に日本国から撤退しなければならない。この協定の当事者は,すべての国際連合の軍隊の日本国からの撤退期限として前記の期日前のいずれかの日を合意することができる。

第二十五条
 この協定及びその合意された改正は,すべての国際連合の軍隊が第二十四条の規定に従つて日本国から撤退しなければならない期日に終了する。すべての国際連合の軍隊がその期日前に日本国から撤退した場合には,この規定及びその合意された改正は,撤退が完了した日に終了する。


 では、この朝鮮国連軍の規定を理由に普天間飛行場の移設ができないのかというと、そうではない。実際上、地位協定の同項は基本的には国連軍は安全保障条約に従属することになるので、普天間飛行場の取り扱いについても、日米間の合意が優先されるとは言えるだろう。その意味では、普天間飛行場が国連軍利用に置かれているとはいえ、米国が承認する代替機能が提供されれば、本質的な問題とはなりえない。
 ただしこの問題に関連して、さらに難問が控えている。朝鮮半島有事の際、在日米軍はどのように行動するのだろうか。日米安全保障条約に基づくと思われているが、おそらく過去の関連経緯を見るに米軍は朝鮮国連軍下に入るだろう。この際、かつての朝鮮戦争がソ連不在で動いたように、ロシアや中国の合意なしに動くことがありえるだろうか? 私はないのではないかと思う。では、朝鮮有事に巻き込まれたとき、在日米軍はそれ以外にどう機能するのだろうか?

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