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2010.12.24

finalvent's Christmas Story 5

 シェレメーチエヴォ国際空港に着いたのは夜10時過ぎだった。予定より1時間遅れた。窓越しに暗い空を見上げた。モスクワの夜か。マリーに「着いた」と電話した。マリーの娘のマリーのほう。同じ名前だ。到着を気にしていたのだろう。彼女はすぐに電話に出た。用意はできているから明日夕方7時にホテルのロビーで会いましょうとのこと。電話の声を聞いていると口調から声の質までマリーに似ている。KFFサンタクロース協会のマリーに。
 協会の関連で、東京で開催される途上国支援のNPO国際会議に出席してほしいとマリーから連絡があったのは3月だった。私は何をすべきなのかと問い返したとき、自分がすでに出席する気になっていることに気がついた。東京に行ってみたいと思っていた。
 彼女の答えは「ごく私的な感想でいいから後で手短にレポートしてください」とのことだった。彼女がそれでいいというならそれでいいのだろう。驚いたことに8月の東京の会議に出席してみるとマリー自身もいた。が、立ち話ができただけでほとんどすれ違いだった。代わりに娘を紹介された。滞在の一日、現代の東京を案内するとのことだ。娘がいたことは知らなかった。若い頃のマリーに似ているが東洋系の印象もあった。東京でもう数年暮らしていて日本語も堪能のようだった。
 東京では40年ぶりに秋葉原に立ち寄っていくつかパーツを購入し、帰宅してからアフリカ暮らしの思い出のテルミンを修理した。音響に凝った同僚の手作りで、教会の説教台のように大きく、中には回路図が貼ってあった。
 久しぶりに音を鳴らすと、それはそれで安堵感もあったが、ふとこれを誰かに譲るべきなのではないかと思い立ち、こんなものを欲しがる子がいるだろうかと協会のデータベースを検索した。モスクワにいた。そして私はモスクワに来た。配送は協会に頼んだ。娘のマリーが現地モスクワで対応してくれるとのことだった。
 この数年の手はずどおり、その夜、私は少年にテルミンを渡した。マリーも同席した。少年といってももう大学生になる。細身で数学でも得意そうなタイプに見える。なんでこんな物を望んだのか訊いてみた。彼はすでに数台テルミンを持っていて、古いタイプで響きのよいものも欲しいということだった。気に入って喜んでくれた。
 演奏もできるというので、私とマリーだけが観客の小さな演奏会となった。なかなかの名演奏だった。これならあのテルミンも生きるだろう。そのほうがいい。故障したら箱の中の回路図で修理もできるだろう。
 聞きたい曲がありますかと彼は聞いた。「ミッドナイト・イン・モスコー」と私が答えると、少し怪訝そうな顔をしたあと、同席していたマリーを見つめた。音楽家同士のテレパシーでもあるのだろうか、そういう手はずだったのか、彼女は「ピアノ伴奏をしましょうか」と言った。二人はロシア語で数分話をして、音合わせをしてから演奏が始まった。テルミンから流れる音楽は空間に明確な霊の形を描き出し、彼らはそれを指でくすぐるかのように振る舞っていた。若い人たちだけが紡ぎ出せる夢のような世界がある。
 今年のサンタクロースの任務も終わった。ホテルの前でマリーと別れるとき、「サンタクロースさん、私からのプレゼントです」とノートのような包みを渡された。開けてみると、日本女性のグループ歌手、ザ・ピーナッツの「モスコーの夜は更けて」のEPレコードだった。
 懐かしい青単色の写真に見入った。この夏、東京でした昔話を覚えていたのだろう。「今ではインターネットからダウンロード購入もできますよ」と彼女は言った。そういう時代になった。
 これを聞いてみましたかとマリーにきくと、ええと微笑んだ。母のマリーのようにいずれ大きな組織の頂点に立つ人らしい政治的な微笑みでもあったので、それ以上はきかなかった。
 この曲の、タンゴのような奇妙な編曲と東洋人らしい彼女たちの暗い声は、あの時代の私の東京の思い出と結びついている。
 魅惑的な異国の女たちがいた。それに惹かれていた若い日の私がいた。

  つきぬ思い出をああ今宵
  一人胸に抱きしめながら
  たどる小径
  はるか遠く

 女たちは老いた日の私のために歌っていた。メリークリスマス!

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コメント

最後の一文、「老い日」は「老いた日」でしょうか?

投稿: Tammy | 2010.12.25 12:31

Tammyさん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.12.25 15:35

今年は日本経済躍進か、と思っていたけれど、そうはならなかった。一国のインフラ整備がその国の国内経済を浮揚させられる時代は終わったのかもしれない。

来年は、「ナノテク元年」と後の時代に呼ばれるくらい、世界的にナノテクで新発明、新発見が相次いでほしいものと思っています。これは単なる夢想ではありません。

投稿: enneagram | 2010.12.25 16:15

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