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2010.11.25

[書評]ゼロから学ぶ経済政策 日本を幸福にする経済政策のつくり方(飯田泰之)

 民主党政権で各分野に混迷が深まるなか、ただ批判的に状況を見ているのではなく、一連の騒ぎが終了し、空疎なマニフェストの夢からはっきりと覚めた後、日本をどのように立て直していくか。そのなかで経済政策はどうあるべきか。基本に戻って考えるにはどうしたらよいか。そんなことを思っていた矢先に、ずばりその通りの書名の書籍があったので手にしたら、著者は経済学者の飯田泰之氏であったので、中身も見ずに購入して読んだ。良書であった。

cover
ゼロから学ぶ経済政策
日本を幸福にする
経済政策のつくり方
飯田泰之
 経済政策とはどのようなものか。どう考えたらよいのか。その基本がきちんと書かれているという点で、私の視野が狭いだけかもしれないが、意外に珍しい書籍に思えた。読後の印象としては、新書に収めるには内容が豊富で、私などは部分的な再読・精読を必要とする書籍だった。
 本書は、副題に「日本を幸福にする経済政策」とあるように、日本国民が幸福になるための経済政策という大きな指針で描かれている。幸福とはなにかという、抽象的な議論になりがちなテーマだが、本書では第一章「幸福を目指すための経済政策」で、妥当な論理の展開から打倒な指針が与えられている。
 要点を単純に言えば、国民の幸福を考える上で目をそらしてはいけないのは、一人当たりの国内総生産(GDP)ということだ。その上に成長戦略が位置づけられ、さらにそれだけではない他の側面で、他の経済政策が位置づけられていくことになる。
 余談めくが、民主党は一時期独自の幸福指数を考案したいと主張していたものだった。それらが馬鹿げた空想として再燃することがあれば、本書のこの部分の考察はきちんとした消火器の役割をするだろう。
 本書は第一章で国民の幸福の視点を定めた後、経済政策の三本柱として成長政策、安定化政策、再配分政策を示し、その組み合わせが重要だとし、第二章以降は、三本柱にそれぞれの章を充てている。その意味で本書の構成は非常に簡潔で、経済政策としての幸福という概念、そのための三本柱の組み合わせ、そして三本の各論という構図でできている。
 各論の前になるが、本書の特徴でもあるのだが、さらりと重要な命題もちりばめられている。特にこの三本柱の組み合わせについて、「ティンバーゲンの定理」、「マンデルの定理」そして「コンティンジェンシー・プランの存在」という原理性への言及が貴重だ。おそらくこの三点だけでも一冊の書籍になるくらいの重要性があると私には思えた。
 「ティンバーゲンの定理」は「N個の独立した政策目標達成のためには、N個の独立した政策手段が必要である」ということで、まさに民主党政権はその反面教師のようなものだった。おそらくこの政権は、理想の政治概念から個々の経済政策が魔法の杖の一振りで導かれるというナイーブな幻想をもっていたのだろう。残念ながら、個別の政策は医薬品のように個別の副作用を伴うし、だからこそそれに対応した「マンデルの定理」も関連する。
 「コンティンジェンシー・プランの存在」については、本書をいわゆるエッセイ的な読書として読むなら、知識を得るという以上に、著者の思想や主観が多少見える部分でもあり興味深い。著者の飯田氏はこれを「真正保守主義の原則」と呼んでいることの陰影でもある。
 日本の軽薄な言論風土では、「真正保守主義」というだけで右派であるかのようにバッシングされがちだが、内実は「政策に間違いがあれば引き返せるようにする」という素朴な意味合いである。しかし「その引き返す」という考え方には、引き返すべき日本国民による国民社会という理念も含まれているのだろう。こうした点と限らないが、微妙な主観性が本書の独自の魅力ともなっている。
 第二章は成長政策、第三章は安定化政策、第四章は再配分政策と議論は明晰に進むのだが、経済学的な知識にベースを置く技術論と、経済学というより政治理念的な部分には交差性も感じられ、特に第四章の再配分政策にはその印象が濃く、理念的な先行から実質的な経済政策への乖離が多少見られるように思えた。
 別の言い方をすれば、例えば「実践 行動経済学 --- 健康、富、幸福への聡明な選択(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン)」(参照)のほうがより具体的な議論を展開している分、精密な議論になっている。本書でも、具体的でかつ社会コンテキストを反映した展開があればより明確になるだろうと思えた。セイラーの書籍の対象はあくまで米国社会なので、日本社会であればどうかという議論を識者に期待したいところだ。
 経済政策として通常議論されがちな、財政政策と金融政策については、第三章の安定化政策に分類され、バランスよくまとめられているが、この分野だけでも大きなテーマであり、例えば「マンデル=フレミング効果」などさらりと触れられているにとどまっている。こうした個別の財政政策と金融政策については、政策研究者の高橋洋一氏による著作(参照参照)も参考になるだろうし、別書に譲ってもよかったかもしれない。
 本書を読みながら一番考えあぐねていたのは第二章の成長戦略についてだった。異論があるわけではない。むしろ、どれも同意できる内容なのだが、読み進むにつれ懸念のような思いが漂う。なぜなのか。
 経済成長には、「資本(経済学的な意味で)」「労働力」「技術」の要素があるが、重要なのは「技術」である。技術といってもIT技術というような個別の技術より、付加価値の知的・プロセス的な源泉と言い換えてもよいだろう。その基本だが、こう説かれている。

 まず、政府による価格規制をなくすこと。たとえば、雇用における最低賃金や、今の日本にはないのですが賃貸住宅における最高家賃の設定といった価格規制を防ぐことが必要です。
 次に、事実上の独占やカルテル化によって不完全競争状態に陥っている市場があって、もしその原因がなんらかの規制にあるとしたら、参入規制を緩和することによって競争相手の促進をしなければならない。あるいは競争相手が国内から登場しないのであれば、海外との取引を活発化したり、規制緩和など外国資本の直接投資を促すことで、国内市場をより競争的にしていかなければならない。
 これが、政府が経済成長のためになすべき競争政策の基本となるわけです。

 私にはごく当たり前な事に思えると同時に、ブログなどをやって日々罵倒を浴びている身としては、こういう意見は日本をダメにした「ネオリベ」であり「小泉信者」とでもいうことになるのだろうなと、すぐに連想できる。
 もちろんそうした非知性は無視してもよいようにも思えるが、しかし現下の民主党政権はこの非知性の政治的な結実であるという現実がある。この非知性もまた強固な現実なのである。
 定義などなさそうな「新自由主義」というお題目で市場主義は終わったみたいな言論もあるが、経済学的な視点での「市場の失敗」は本書で説明されているように、「費用逓減産業」「外部性」「情報の非対称」というモデルで理解できるものであり、「新自由主義」といった政治理念と経済理念のゴミ箱に入れて済むことではない。
 私は主観的に本書を読み込み過ぎただろうか。そうではないと思いたいのは、次のような本書のメッセージに強く共感するからだ。

 こうした再配分精度の機能主体となるのが政府ですが、しばしば取り沙汰されるのが、日本が目指すのは「大きな政府」か「小さな政府」かという議論です。これは今となっては言い古された言葉であり、最早意味のない概念になってしまっているので、ナンセンスな議論だと言われています。「大きな政府」というと社会主義のイメージが付きまとい、「小さな政府」というと新自由主義のイメージが付きまとうため、現実の政策論議の中に出てくることは少なくなりました。
 しかし、結局のところ政府機能をどうするのか、どちらの傾向にバランスを置くのかの決断は避けて通れず、必ず話し合わなければいけない問題です。

 この問題にも著者は一定の指針を与えているし、私もそれに賛同している。ただし、そうした議論の深まりは、もう少し荒野となった広々とした風景のなかでなされるものかもしれない。


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投稿: ゴッドマー | 2010.11.26 05:40

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