韓国人が居住する延坪島に北朝鮮が砲弾を撃ち込んだのはなぜか
昨日午後二時半すぎ、朝鮮半島西側の黄海上、韓国市民居住の延坪島に北朝鮮が野戦砲によって数十発の砲弾を撃ち込み、韓国軍も砲弾線で応戦する事態となった。被害として、韓国軍側に死者二名、重軽傷十数名を出した。民間集落では住民三名が負傷した。
1999年、2002年でもこの海域に軍事的な衝突はあったものの、韓国が実効支配し、市民が生活している地域に、挑発とはいえ、攻撃をしかけたのは1953年以来のことで、異例の事態であった。しかし、その後はとりあえず沈静化しており、これ以上に戦禍は拡大されないだろう(参照)。
なぜこのような事態になったのか。
韓国および国連が主張する北方限界線を北朝鮮は認めていないことが背景にある。北朝鮮としては、1953年の停戦協定によって地上での軍事境界線は定めたが海上の規定はないとし、独自の海上軍事境界線を主張している。今回の延坪島はこの2者の主張する2線に挟まれた地域にある。北朝鮮としては自国領土に関わる問題となる。
1999年の際の小競り合い以降、北朝鮮はこの軍事境界線問題を強く主張しており、この海域での小規模な小競り合いは常態化していて、逆にそうした経緯から事実上北朝鮮も国際社会の同意を理解し、よもや市民居住区への砲撃があるとは想定しがいとされていた。それが突然破られたため、驚きが広がった。
とはいえ今回の砲撃だが、時期的だけ見れば、同島の主要な産業であるワタリガニ漁の最盛期はほぼ外されてはいるし、砲弾による住民への直接被害もそれほど大きいわけではない。おそらくそれほどの被害を狙ったものではなく、メッセージ性の強い行為であっただろう。そのあたりに今回の事態を解く鍵がありそうだ。
現状のところ、今朝の大手紙社説などを見ても明らかだが、日本のメディアでは概ね二点から解説している。(1)新権力者となる金正恩の権威付け、(2)ウラン濃縮活動に関連して米朝協議を推進させたい思惑、といったところだ。穏当な推測だろう。ただ、二点目の意味合いについて私はやや異なった考えを持っている。
私は、今回の事態は国境線の問題や北朝鮮内の権力の問題というより、野戦砲を使って韓国市民を恐怖に陥れたという点がまず重要だろうと考える。その意味、つまり、その北朝鮮のメッセージは、野戦砲を多数の市民が住むソウルに向けて放つ覚悟がある、ということだろう。すでにソウルに向けた砲撃の準備は整ってもいる。野戦砲は近代的な兵器とは異なり意外と防衛しづらいのことも重要になる。応戦側にも多数の被害は出る。特に米軍は自国兵に犠牲を出しやすい、この手の応戦に加わりたくはない。
この仮定の上にもう一段だけ推測を重ねてみたいのだが、その前提はなぜそのような脅威のメッセージを北朝鮮が出さなければならないか、ということになる。私の推測は、ウラン施設への空爆は許さない、ということだ。
金正日は臆病者というかあるいは脇が甘くないというべきか、イラク戦争でイラクのフセイン元大統領や幹部がピンポイント空爆に遭っている際、恐れて長期に渡り身を隠していた。テロとピンポイント空爆によって殺傷される恐怖心はかなり強い。またウラン施設がピンポイント空爆されれば北朝鮮国内向けの権威は失墜し、王朝は自壊する。そこで、現状で朝鮮戦争のような事態になれば、韓国は自主的に軍の指揮権は取れないし、同様にピンポイント空爆も米軍の管理下に置かれるだろうと、北朝鮮側が想定したのだろう。つまり米軍のピンポイント空爆に対する人間の盾にソウルを使いたいということがあるだろう。
今回の事態について私の読みはこれで終わりなのだが、気になることがもう一つある。やや陰謀論的な筋になりがちなのだが言及しておきたい。
さて今回の事態、誰が一番得をしているのか。考えてみると奇妙な帰結になる。さしあたり五択だろうか。北朝鮮、韓国、米国、中国、日本、さてどこにメリットがあるか。
有事ムードでごたごたを覆い隠すという点で日本の菅政権にメリットもあるにはあるが国際的にはほぼナンセンス。中国にメリットがあるとすれば、黄海を紛争地域に巻き込むことで米韓の軍事演習などしづらくすることだろう。しかし、おそらくその筋で読みは逆になる。米韓にとって中国側に軍事プレザンスをシフトできるメリットがありそうだ。
今後延坪島住民の安全を守るという表向きの理由で韓国軍がここに軍事力を強化すれば、その影で米国は中国の北京の入り口を事実上封鎖できる。これは美味しい。
この読み筋は、別段、陰謀論でもなんでもなく、ただそこまでは読まなかった北朝鮮の短慮の結果論としてそうなるということかもしれない。案外、北朝鮮は自国の命運のために中国に対して米国で牽制しておいてもよいと悪知恵を弄している可能性もないではない。
今回の事態に中国はどう出るかがこれに関わってくる。中国はどう動くか。一番ありそうなのは、なんにもしないことだ。もう日本人はすっかり忘れているかもしれないが、北朝鮮が2006年に、「これはどうみても日本への威嚇でしょう」というミサイル実験を行った。そのときも中国はなんにもしていない。
中国が恐れていることは、北朝鮮地域に権力の空白が生まれることなので(参照)、それを避けなければならない事態になるまで動くことはないだろう。
今回の事態では、しかし中国が黙っていると漁夫の利として米軍が黄海を抑え込む可能性がある。その動きが可視になれば、中国はなにか珍妙な動きに出てくるだろう。こうした場合、中国は直接の関係国ではなく、弱そうなところをこづき回す。
弱そうなところがどこかについて、解説は不要としたい。
追記
26日付け朝日新聞「ロケットは「大量殺傷用」韓国内で強い非難 北朝鮮砲撃」(参照)より。
北朝鮮軍が大延坪島(テヨンピョンド)を砲撃した際、「予想していなかった」(韓国軍関係者)多連装ロケットも使ったことで、韓国世論が激高している。多数のロケットが一度に広範囲な地域に着弾、大きな被害を与える兵器だ。韓国国防省は「ソウル首都圏への奇襲的な大量集中射撃も可能」とみており、市民の衝撃は大きい。
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コメント
日本の世論を変えるためにも
せいぜい小突きまわしてほしいところだな
投稿: | 2010.11.24 11:49
すばらしい分析ですね!リンク希望させていただきます。
30日まで危険米韓実弾演習は30日まで強行。
(Y)韓国旅行はやめよう
(Y)米韓軍は全力攻撃体勢完了、1発でも再度撃たれれば作戦5027を発動する?。
(Y)北から最も賄賂をもらっていた、メカケの子までいる?K”政権が指揮するなんて大いなる皮肉
投稿: futofutomomo | 2010.11.24 12:14
というか、これがこれがいわゆる権力の空白なんじゃないでしょうか。大殿様がもう長くはないだろうことは、ほぼ皆が知っている事実になってしまい、かたや若様が完全な権力基盤を持っているわけでもないと。
ここで一気に下克上とはいかなくても、若様の後見人や側近に納まるために手柄をほしがる人たちがいても不思議ではない。私にお任せくだされば、3日でソウルを手に入れて見せます、などと言い出すやからが現れないことを願うばかり。
投稿: ash | 2010.11.24 18:36
北朝鮮の世襲が千年続いたら、日本の皇室のような権威が生じるのだろうか?
投稿: ピンちゃん | 2010.11.24 21:07
単純に、尖閣と国後の祭りに参加したかっただけと思ってるw
投稿: 通りすがり | 2010.11.25 04:43
>北朝鮮の世襲が千年続いたら、日本の皇室のような権威が生じるのだろうか?
国際的に認められたらね
あんな体制で千年続けば
それはそれである意味凄いよ
投稿: | 2010.11.25 11:28