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2010.11.19

自衛隊は暴力装置ではない。タコ焼きがタコ焼き器ではないのと同じ。

 仙谷由人官房長官が18日の参院予算委員会で、「暴力装置でもある自衛隊はある種の軍事組織でもあるから、シビリアンコントロールも利かないとならない」と発言し、「自衛隊が暴力装置とはなにごとだ」という文脈で話題になった。仙谷官房長官も即座に失言を認め「実力組織」と言い換えた。
 話としては、天皇機関説や女性機械説と同じ類の、学問をしてない人は誤解するということで、たいした失言でもないようにみえる。問題があるとすれば、仙谷官房長官の認識が間違っている点にある。自衛隊は暴力装置ではないのである。それは、タコ焼きがタコ焼き器ではないのと同じことなのだが、まあ、ご説明しようではないか。
 社会学や政治学や法学の世界では「暴力」という言葉はドイツ語の"Gewalt"(ゲバルト)の定訳語として使われることがある。その意味で社会学での定訳語としての「暴力」は日常使う意味合いと異なることがある。
 同じことは英語にもあり、ドイツ語"Gewalt"を"violence"(バイオレンス)と訳すことがある。英語の"violence"の日常的な意味は、頻度順定義で平易なロングマン辞書などを見るとわかるように、"behaviour that is intended to hurt other people physically"(他の人びとを身体的に傷つけることを意図した行為)である。日本語の「暴力」の語感に近い。
 日本語における日常的な「暴力」の意味合いは、大辞泉をひいてもわかるように、(1)乱暴な力・行為。不当に使う腕力。「―を振るう」(2)合法性や正当性を欠いた物理的な強制力、という意味がある。つまり、政治学の「暴力」とは意味合いが異なる。
 社会学の泰斗マックス・ヴェーバーをついだ米国の社会学者のタルコット・パーソンズも日常語との差違を考慮してか、"Gewalt"を"physical force"(身体的力)と言い換えている。原語のニュアンスを中立的に活かそうとした意図もあるからだろう。ドイツ語の場合は、「国家権力」を"Staatsgewalt"というように、いわゆる日常語の「暴力」ないし"violence"とは異なる中立的な権力の含みもある。むしろ、英語では"power"に近いがそれもまた別の誤解を招きやすい。
 「暴力」という言葉が学問では別の意味合いで使われるとすれば、仙谷官房長官が「自衛隊は暴力装置だ」と言っても、別段日常語の意味合いではなく問題はない、当然ではないかという意見もある。ブログにも見られた。
 例えば、ブログおおやにき「暴力装置」(参照)ではこう述べている。


いやいや何を言っているんだ自衛隊は国家の暴力装置に決まってるだろう(参照:「仙谷氏「自衛隊は暴力装置」 参院予算委で発言、撤回」(asahi.com))。国家が(ほぼ)独占的に保有する暴力こそがその強制力の保証だというのは政治学にせよ法哲学にせよ基本中の基本であり、その中心をなすのが「外向きの暴力」としての軍隊と「内向きの暴力」としての警察である。

 また池田信夫 blog「アナーキー・国家・ユートピア」(参照)でもどうようの意見が見られる。

軍隊が暴力装置であり、国家の本質は暴力の独占だというのは、マキャベリ以来の政治学の常識である。それを「更迭に値する自衛隊否定」と騒ぐ産経新聞は、日本の右翼のお粗末な知的水準を露呈してしまった。

 自民党の石破政務調査会長もかつて同種の意見を述べたことがある。「第7回朝日アジアフェロー・フォーラム」(参照)より。

 破綻国家においてどうしてテロは起こるのかというと、警察と軍隊という暴力装置を独占していないのであんなことが起こるのだということなんだろうと私は思っています。国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義のはずなので、ところが、それがなくなってしまうと、武力を統制する主体がなくなってしまってああいうことが起こるのだと。

 いずれも識者の見解であり、仙谷官房長官もまたそれに並ぶ見解にすぎず、なにが失言なのかという疑問が出るのは当然だろう。
 しかし、みなさん、間違っているのである。自衛隊は暴力装置ではない。
 まず、識者のみなさんが元にしている社会学の泰斗マックス・ヴェーバーから考えてみよう。
 マックス・ヴェーバーによるとされる「暴力装置」という用語だが、意外にも原典にはそのままの形態で掲載されていることは少ない。「暴力装置」という言葉自体をドイツ語にすれば、"Gewaltapparat"となるが、この言葉は例えば『経済と社会集団』においては、友愛のメンタルな力に対する身体的な力という文脈で使われているが、それが「暴力装置」の典拠されていることはない。
 典拠としては、むしろ直接的な用語の対応はなく、『職業としての政治』において、"Gewaltmonopol des Staates"(国家による暴力独占)が「暴力装置」として理解されてきた。これはどういうことなのか。
 "Gewaltmonopol des Staates"は英語圏では"monopoly on legitimate violence(正統な暴力の独占)"と理解されてきた。残念ながら私には『職業としての政治』をドイツ語で読解する能力はないので、英訳の"Politics as a Vocation"(参照)の該当個所を見てみよう。

Today, however, we have to say that a state is a human community that (successfully) claims the monopoly of the legitimate use of physical force within a given territory.

しかしながら今日において、国家とは、特定領域内で身体的な力の正統使用の独占を成功裏に主張する人間共同体であると言わなければならない。



The state is considered the sole source of the 'right' to use violence.

国家は暴力を正しく使用する唯一の源泉であると考えられる。



It has been successful in seeking to monopolize the legitimate use of physical force as a means of domination within a territory.

領域内の支配手段として、身体的な力の正統に独占することを求めることにおいて成功してきた。


 マックス・ヴェーバーが述べていることは、国家領域に存在する身体的な諸力を独占することが国家なのだということだ。
 敷衍するなら、国家領域に存在する身体的な力("Gewalt")であるものは、警察や軍、前近代的なやくざ、マフィアなど各種存在するが、そのような「暴力("Gewalt")」を独占する国家のありかたが、「暴力装置」だということだ。
 つまり、「暴力装置」というのは、各種の暴力を独占して扱う国家の装置("apparat")という特性を述べている。各種の暴力をあつかう装置("apparat")だから「暴力装置」なのである。タコ焼きを作るのがタコ焼き器("apparat")というのと同じことなのだ。タコ焼き器もまた、コンロ、金型、ひっくり返し用キリ、油引き、粉注ぎと各種の要素をまとめた装置("apparat")なのである。
 で、タコ焼きは食えますよね。でも、タコ焼き器("apparat")は食えない。
 国家は暴力ではなく暴力「装置」("apparat")。もちろん、その文脈でいうなら、自衛隊は「暴力」ではある。そして「支配手段」("a means of domination")でもある。だが、「暴力装置」ではない。
 よって、自衛隊は暴力装置ではない。
 仙谷官房長官は失言したのではなく、お勉強が足りませんでしたね、というだけのことだった。
 もっとも、国会はお勉強を開陳する場ではなく、国民の見る場での議論なのだから、「暴力」といえば常識的な国民はつい大辞泉をひいて、(1)乱暴な力・行為。不当に使う腕力、(2)合法性や正当性を欠いた物理的な強制力、といった解釈をして、自衛隊を暴力というのはなにごとだと思うのはしかたがないことだ。すぐに訂正した仙谷官房長官はお勉強は足りなかったが、常識は足りていた。
 あー、常識でもある「柳腰」の意味はわかってないみたいだけど、仙谷官房長官。


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コメント

さすが弁当爺
わかりやすい

投稿: ごんた | 2010.11.19 16:48

さりとて1個の完結したシステムである軍隊を表現するのに「装置」というのは極めて適当ではないかと思うのですが。ウェーバーはともかく。

後、"Gewalt"を「身体的力」と訳すと、暴力という言葉の持つときめきが無いですね。

投稿: bando_alpha | 2010.11.19 17:23

自衛隊が行使するのが暴力であり、自衛隊は政府の命令により暴力を行使するのですから、タコ焼き屋は政府であり、自衛隊はタコ焼き器じゃないでしょうか。そして、巧いか拙いか知りませんが、行使される暴力がタコ焼きという最終生産物です。国家は様々なたこ焼き器を集めたメタタコ焼き器=暴力装置の束であり、個々のたこ焼き器を操作する政府(政治家と官僚)がタコ焼き屋ちゃいますか?

投稿: skullsberry | 2010.11.19 17:56

physical force のphysicalは「身体的」ではなく「物理的」「物質的」でしょう。軍隊は「装置」ですよ。軍隊自体が暴力なのではなく、暴力を武力として発揮する装置です。「暴力」という訳語は、抑制しないとおおごとになるというニュアンスを古典的に生かしている良い訳だと思います。昔の日本人は漢語の素養が深かったですから。

投稿: | 2010.11.19 18:14

公孫竜ですね。楽しませていただきました。
ただ政治学上基本的かつ重要な「暴力装置」という概念を、茶化して誤解をまねくようなエントリーは感心しませんね。

投稿: じじ | 2010.11.19 18:59

仙石さんがついこの言葉をいっちゃった背景にはお勉強不足ともう一つ
暴力装置という言葉の日常語と定訳語のニュアンスの違いを理解しながらあえて暴力という強い語感を
思想の流布に利用しようとしてきた俗っぽい左翼さんたちの影響があるとおもいました

投稿: hal | 2010.11.19 19:26

"physical"は「身体的」なんですか?「物理的」と訳した方がしっくりくるような気が。。。

投稿: Y | 2010.11.19 20:07

(´・∀・`)ヘー

投稿: sorarisu0088 | 2010.11.19 20:51

軍隊は暴力装置であるが自衛隊は軍隊ではない、よって自衛隊は暴力装置ではないというのがとりあえず憲法九条にもとづく国会の議論では正解になる、というだけの話ではないでしょうか?

投稿: voleur | 2010.11.19 20:54

forceも力と訳しがちですが、細かく書けば「正当性は問わない強要・強制」です。単に力という意味合いに近い言葉を捜すならpowerが妥当です。

physical forceを暴力と訳した人は、確かに原語のニュアンスをよく汲んでいると言えましょう。

投稿: | 2010.11.19 21:24

大変申し訳ないのですが、すごく頭の悪そうな文章ですねぇ。

自衛隊とは、まぁ、要するに軍隊とは、いざというときに暴力を使わずして、では何を使う組織なのでしょうか。
外交的配慮ですか?
反撃を命じられたが、我々自衛隊は、暴力装置ではないため、外交的配慮によって逃走しますってか?

あぁ、そういえば、自衛隊の重要任務には災害復興もありましたねぇ。
自衛隊は、暴力装置ではないので、どんな場合でも災害復興に専念しますってか?
暴力を“合法的に”行使する事を本質とする、そして、それ以外、本来業務のない国家機関は、国家の暴力機関であり暴力装置ではないでしょうか?
警察の業務も、逮捕という強制力、すなわち、暴力を合法的に行使するためになされていますね?警察による逮捕という暴力行為は、現行犯など特別な場合を除いては、司法裁判官の令状なしには行えませんね?それは、暴力を合法化するための必要欠くべかざる手続きだからではないでしょうか?
逮捕とは他人の身体の拘束である限り、辞書的な(日常語的な)意味においても紛れもない暴力ですよね。
結局、あなたは、何が言いたいのか、さっぱり分からないのです。というか、知ったかぶりの詭弁を殊更弄しようとする意図が読む側にはしっくりと伝わって来ない。

私は物知りですよと、自慢したいだけなのでしょうか?しかし、どうもそれだけではないようで、まぁ、読んで時間を無駄にした感は否めません。
心理的な靴下掻痒感が残るばかりなのです。
辛辣な言い方をしてしまい、申し訳ありません。

投稿: にいのり | 2010.11.19 21:37

よくわからない。
「暴力装置」とはマックスウェーバーによる定義づけのみが正しいとされる言葉であり、なおかつその学術用語の解釈を大方の識者は間違えているということでしょうか。池田blogさんも石破さんもお勉強が足りてないと。

投稿: Cee7 | 2010.11.19 22:31

>左翼さんたちの影響があると

という事、なんじゃないですか。

そのものの言葉自体は「暴力装置」でいいだろうし軍隊をその言葉で指すのも間違ってはいない。
きちんと理解している諸氏が(ある意味先読みして)「間違ってないじゃん」と言うのも間違いじゃない。

ただ、言ったご本人は60年代的発想で何気なしに使っちゃったんでしょ。石破さんの発言のそれとは理解度が違う。軍隊を「民衆に暴力を振るう」組織くらいにしか思ってない。それが透けて見えるから嫌がられてる。

投稿: ふむふむ | 2010.11.19 23:34

部品も装置です。

たこ焼き機はたこ焼きが組み合わさって出来ているのではありません。

部品である個々の装置が組み合わさって大きな装置になっているのです。

自衛隊も警察もそれ自体が個々に暴力装置であり、大きな国家装置の部品であるわけです。

よって、大きな装置の構成部位だかrといって、それが装置ではないとするのは間違った会社っくだとおもいます。

おおや、池田、石波、そのほか多くのそれを常識と捕らえている経済学者ら全員を勉強不足の間違いとして、自分の解釈が正しいとするには論理が不足していると感じます。

投稿: メロン | 2010.11.20 00:00

ウェーバー研究や権力の構造性研究に造詣が深い日本人が少ないと言うのもあるのだろうけど、政治学者からも自衛隊は武力装置で問題はないという意見が出てくることに、政治学者の端くれとして泣きたくなります。
権力や暴力や武力は、わざわざ影響の関係性をを細かく観察するために「力」という1つの集約的概念から性質ごとに細分化させたものなのに、日本では全てイコールで結びたがる人が多いから、自衛隊は暴力装置で問題ないとする阿呆な主張が専門家からも出てきちゃうんでしょうね。そういう発想は、武力さえ抑えれば暴力は排除可能であるという主張しか生み出さず、様々な暴力の存在を覆い隠してしまうだけでしかないのに。

投稿: くれふ | 2010.11.20 00:14

せんごくさんは産経嫌ってるわりに産経のすきそうなフレーズを撒き餌するんだよな~

投稿: 書く機械 | 2010.11.20 01:00

>暴力という言葉の持つときめき
>2010.11.19 17:23

>暴力という強い語感を思想の流布に利用しようとしてきた俗っぽい左翼さんたち
>2010.11.19 19:26

キモはそこやね。
いつ何のはずみで武装を振りかざし野蛮な恐ろしい暴力集団と化すか知れない
自衛隊とか警察とか。

それとたたかうおれたち(わらい)

この倒錯した陶酔が、Mウェーバーの訳者に始まり仙谷由人に至るまで、
脈々と継がれているんだよ。

投稿: 通りすがり | 2010.11.20 02:43

Skullsberyy氏および2010-11-19 18:14の意見に賛同。

Specifically, at the present time, the right to use physical force is ascribed to other institutions or to individuals only to the extent to which the state permits it
を、ヤクザや軍隊、警察自体をforceの訳語とするとおかしくなる。ここだと個人(individual)もphysical forceを行使しうる主体として認識されてるわけじゃん。

軍隊だとさ、戦闘機とか、砲弾とかのmaterialを、パイロットや、参謀とか、国防省職員とかのstaffが個人的に保持してないってところが国家の暴力装置としてのキモになってる、ってことじゃないの?たとえば、戦車には乗員が乗って、隊長が出す命令にのっとって砲弾を撃つことで、軍隊という暴力装置によってforceが行使されてるってことだと思うんだけど。

投稿: | 2010.11.20 04:08

「自衛隊」の言葉が持つ意味が「たこ焼き」なのか「たこ焼き機+たこ焼き」なのかで話が変わるでしょ
日本語である限り国が守ってくれると言うのと、自衛隊が守ってくれると言うのと意味は違わないと思うが。

投稿: | 2010.11.20 05:22

はじめまして。
ドイツで某大学に通っている者です。
といっても社会学専攻ではないのですが。。

Gewaltのニュアンスが少し違うように感じたので、ドイツのWikiにて調べてみました。
http://de.wikipedia.org/wiki/Staatsgewalt

Wikiによれば、Staatsgewaltには二つの意味があるそうです。
1、一つは単に誰かを支配するという意味のHerrschafts-Macht(統治権力)。
私はGewalt=暴力、Macht=権力という形で理解していたのですが、
この場合のGewaltはMachtと置き換えることができ、
よりニュートラルな意味を持つようですね。
ここまでならfinalventさんの書かれた通りだと思います。
2、これに対し、Gewaltmonopol des StaatesにおけるStaatsgewaltは、
Ausübung von unmittelbarem physischem Zwang(物理的直接強制の行使)ということだそうです。
これにはJohan Galtungという、ノルウェーの社会学者が定義した「構造的暴力」も適応しうるそうです。
こうなると社会学上でのGewaltのニュアンスは大きく変わってきますね。
「構造的暴力」には、差別や経済格差も含まれますし、
この場合のGewaltは、正当性を欠いた暴力という、ネガティブな意味合いが強いということになります。

Staatsgewaltにおける「暴力的な」ニュアンスは、
社会学上でこそより強調されるのではないでしょうか。

投稿: SEE | 2010.11.20 12:18

 自衛隊が暴力をふるったら、その暴力を何と呼べばいいのでしょうか? たこ焼きですか? 

投稿: ぽぽ | 2010.11.20 16:02

装置がつくか否かに関わらず、「暴力」である、ということには変わりがない…なら、正確性は欠くとも失言にはあたらない、ということですね。

投稿: bo | 2010.11.20 17:38

正直あなたがここまで根に持つぐだぐだタイプの
陰湿おじさんだとは思いもしうませんでした。
推敲してまとめられるブログと違い、一言一言で
反射性が試される場所ではボロが出てしまうんですね。

投稿: アジャ | 2010.11.20 19:33

相変わらず、ずれてますね…

「暴力」といえば常識的な国民はつい大辞泉をひいて、(1)乱暴な力・行為。不当に使う腕力、(2)合法性や正当性を欠いた物理的な強制力、といった解釈をして、自衛隊を暴力というのはなにごとだと思うのはしかたがないことだ。


結論として、撤回するのは正しいのですか?

投稿: ruqu | 2010.12.13 19:26

ガラスの靴ですね。

(用語の)翻訳が正しいとは言えず解釈に揺らぎが出る可能性があるって主張ですね。

都市伝説かもしれませんがガラスの靴は誤訳で毛皮の靴だったと聞きました。
シンデレラが慌てて落としていった靴の片方って位置付けは誤訳によって変わる事はないです。
印象が変わるだけですね。

手当たり次第にガラスの靴って言ってる人を見つけては、
「ちげーよ毛皮の靴だよ」って言ってるのと変わらないです。
誤訳説の是非を語る場でなければ、
「誤訳した奴に言ってくれよ」ですね。

投稿: ななしさん | 2011.08.19 15:10

暴れる力、と書いて「暴力」
暴発とも書きますな;
つまり本来、御し難い抑え切れない「力」
いったん発動してしまえばどうなるか判らない「力」
外敵だけでなく自らにも降りかかる「力」
軍事クーデター、戒厳令、、、
そのマガマガしさに自戒を込めて、
「暴力」という言葉を使いたいのだと思う;

投稿: | 2015.06.15 17:48

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