尖閣ビデオの流出者の証言にはだまし絵のような印象がある
昨日尖閣ビデオの流出者として名乗り出た第五管区海上保安本部(神戸)の海上保安官(43、男性)だが、その後の経緯が奇っ怪だ。まるでだまし絵でも見ているような印象がある。
当初神戸海域の船上で名乗り出たという報道があった際は、多くの国民がこれで問題の解明に向かうのではないかと思っただろう。限定された令状によってグーグルから押収したIPアドレスも同じく神戸のマンガ喫茶を指定しているようでもあり、神戸を基点として職にあたる同保安官がユーチューブ投稿者ではないかと見られた。
しかし現状、同保安官が語る情報には現実の流出を裏付ける情報はなく、マンガ喫茶の監視ビデオからでは本人特定は難しそうだ。かくして逮捕も可能にはなっていない。そもそも逮捕できるのかすら危ぶまれる状況に変化しつつある。
そうしたなか、彼の住む官舎が家宅捜索された。日本は法治国家なので、家宅捜索に当たっては捜索差押許可状(ガザ状)が出されているはずだし、それなりの理路もあるのだろう。いや、「仙谷」政権のあまりに異常な政治が日々続くことで平時の日本社会の感覚が麻痺しているのではないか。ふとわれに返れば、一体どんな根拠でガサ状なんか出てくるのか理解に苦しむ。
証拠隠蔽の恐れがあるというなら犯罪容疑が固まってからのことになる。今回はそうではない。証拠収集のためなのだろう。だが犯罪の疑念はそこまで成熟していたのだろうか。
同保安官は「映像は自分のUSBメモリーに保存し、漫画喫茶に持ち込んだ」(参照)と供述していることから、USBメモリーというブツを探そうということかもしれない。彼の自宅のパソコンに該当映像のデータが保存されているか保存された形跡がないかを調べるべくパソコンの押収をする(参照)ということもあるだろう。
そこまでできるものなのだろうか。疑問が膨らむ。小沢疑惑では「推定無罪」という言葉が奇妙な意味づけで流布されたが(本来は検察の司法上の手法)、広義に言えないこともない。だが今回の例では、逮捕すら至っていないのだから広義にも「推定無罪」以前の状態だ。罪を告白したら罪になるという前近代ではないのだから、ただの無罪である。
しかもこれが麻薬取引や殺人事件に関係しているなど解明が急がれる場合なら理解できないでもない。差し迫るテロに関係しているというのでも、いわば非常事態として国民の理解は得られるだろう。今回の事例でそう考える人はいるだろうか。いないだろう。
素人推測なのだが、家宅捜索には実質的にこの名乗り出た保安官の同意のようなものがあっただろうし、そもそも名乗り出たわりにビデオ映像の入手経路について堅く口を閉ざしていることからも、そうやすやすと家宅捜索で足が付くとも思えない。そのことがわからない検察でもないだろう。なのになぜ家宅捜査に至ったのだろうか。
そもそもこの海上保安官は"犯人"なんだろうか。
義憤をもって「仙谷」政権が国家機密としたビデオを流出させたというなら、その仕事を国民にわかりやすく完遂させそうなものだが、実際には巧妙に逮捕を避けているとしか見えない。その意図はなんだろうか。
逆にそれこそが意図なのではないか。というのは、この名乗り出によって、該当ビデオが複数の管区でも閲覧可能であった可能性が強まった経緯がある。もちろん、それ以外にも該当ビデオが機密扱いではなかった疑念はあった。11日付け毎日新聞「尖閣映像流出:ビデオは複数の管区でも閲覧可能と判明」(参照)より。
捜査関係者によると、映像は衝突事件が発生した9月、11管から海上保安庁本庁を経て、5管を含む複数の管区に渡っていたという。保安官は読売テレビの取材に「ほぼすべての海上保安官が見られる状況にあった」と話したとされるが、全管区には行き渡っていなかった模様だ。
ただしこの報道はまだ「仙谷」政権によって認可されてはいないようだ。
また流出ビデオはそもそも機密でもなく研修用に編集されたものでもあるらしい。7日付けNHK「映像は“研修用” 複数コピー」(参照)より。
調査に対し、石垣海上保安部の職員は「問題の映像は、もともと内部の研修用などに編集したものを検察庁に提出した」と話していることが新たにわかりました。海上保安庁は、映像に入っていた「企画・制作PL63巡視船よなくに」という字幕は、捜査資料としては不自然で、書き加えられた疑いもあるとみて調べていましたが、職員が研修用として映像の節目にこの字幕を入れていたということです。さらにこの編集された映像は、検察庁に提出された以外にも、同じものが複数本コピーされていたことがわかりました。
この情報については、馬淵澄夫国土交通相は8日の衆院予算委員会で否定している。だが、尖閣ビデオの編集者はすでに明らかになっていることと整合しているのだろうか。6日付けNHK「海保職員“映像 自分が編集”」(参照)より。
関係者によりますと、これまでの調査に対して、石垣海上保安部の職員が「自分が編集して検察庁に渡した映像だと思う」と話していることが、新たにわかりました。この映像は、石垣海上保安部で事件発生当初にパソコンを使って編集されて、検察庁に提出した十数本の映像のうちの1本で、今回流出したものと同じおよそ44分間の長さだったということです。こうしたことから、海上保安庁と検察当局は、この映像が流出したと断定しました。
この編集者は研修用として作成したかについて知っているはずで、その確認次第によっては、馬淵澄夫国土交通相はその場しのぎの出鱈目を言っていた可能性がある。私の印象では、そちらに傾く。そうであれば、すでに馬淵氏は閣僚として失格だろう。
いずれにしても、今回同保安官の名乗り出によって、海上保安庁で同ビデオが機密扱いではなく、公然と閲覧されていた可能性は高まる。それどころか、今回の家宅捜索は彼の住む官舎だけではなく、その職場にも及ぶ(参照)。
ここで少し想像してみる。
同保安官の名乗り出の目的は、"犯人"であることの証明ではなく、海上保安庁の実態の暴露ではないだろうかと考えてみる。彼は現場の状況を知っていた。これならこの場の誰でも流出可能だと思っていたところ実際に流出した。であれば、そこで自分が"犯人"だと名乗りでたら、この実態が暴露されるだろう。実際に自分がやっていないのだから足が付くはずもない……。
しかも今回の捜査は職場にも及ぶ。職場の捜索からもし尖閣ビデオが出てくれるか、職場で閲覧可能な状態であることが暴露されれば彼の"勝利"だろうし、それを誘導するための大芝居だったシナリオの可能性は高まる。
とはいえこの想像はあまり支持されないだろう。実際に流出させた"犯人"は存在するはずだし、彼がもっとも疑わしいからだ。
だがやはりすんなりとはいかない。告白と同時に奇妙な事実も出てきた。読売テレビの山川友基記者が同保安官の名乗り出以前になんども接触しており、その接触の契機は、sengoku38と名乗る者に会いたいかという読売テレビへの誘いかけだったらしい。この部分についてはネットソースがなく、昨晩の日本テレビで見た記憶によるのだが、その話ではこの誘いかけは別の人物であったように思えた。
この事件に関わっている別の人物がいるのかもしれない。ユーチューブという新しいメディアが関わることで匿名性についていかにも技術的な文脈で語られもした。しかし、IPが割れても古典的なチームワークによる煙幕があれば真相はわかりづらくなる。
山川記者との総計数時間にわたる対話でも流出経路については語られなかったそうだ。昨日は一日かけて事情聴取してもそこだけは口を割らなかった。
産経新聞社説「海上保安官聴取 流出事件の本質見誤るな」(参照)は今回の名乗り出を覚悟の行動と見たいようだ。
事前に接触した読売テレビは取材記者の証言として、海上保安官が「映像はもともと国民が知るべきものであり、国民全体の倫理に反するのであれば、甘んじて罰を受ける」などと語ったと報じた。事実なら、海上保安官は守秘義務違反を覚悟していたことになる。一方で皮肉にも、流出により国民の「知る権利」に応えたという重要な側面も見落とせない。
だがその覚悟は読売テレビ記者の伝聞であり、覚悟であるならその一切が当人の口から語れてもよさそうなものだがそうでもない。本人から語られているのは、「悪いこととは思っておらず、犯罪には当たらない。本来、隠すべき映像ではない」というくらいらしい(参照)。
この状態がもうしばらく続くか、あるいは職場から尖閣ビデオかその存在の痕跡が出てくるなら、話の様相は随分と変わる。この騒動が見せる絵は、向こうを向いた淑女ではなく大顔の老女の横顔であるかもしれない。
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コメント
>この部分についてはネットソースがなく
読売の記事では本人から直接接触があったような書き方なのですが、
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100924-728653/news/20101110-OYT1T00972.htm
毎日・朝日などだと仲介者の存在がほのめかされています。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101111k0000m040089000c.html
http://www.asahi.com/national/update/1110/OSK201011100083.html
実際にはこの仲介者も本人自身だったのかなとも思えなくもないですが、あいまいですね。
投稿: yetanother | 2010.11.11 19:45
これですかhttp://www.geocities.jp/meto178/illusionline_girl_or_old.html
投稿: | 2010.11.11 20:44
>映像は自分のUSBメモリーに保存し、漫画喫茶に持ち込んだ
私物なので窃盗罪が成立せず
>映像を引き出した場所については「船内のパソコン」や「海保内のパソコン」を挙げるなど、あいまいな説明をしている
住居侵入罪の成立も防いでる
意図的ならすごいですね
投稿: | 2010.11.11 22:11
なんとももやもやする気持ちはわかりますけど、実際には誰かが書いた陰謀というのではなく、政府首脳が迷走しすぎるので、振り回された手足が訳のわからない踊りを踊っているといったとこじゃないでしょうか。
ただ、私も妄想するに、これは権力の移行過程での混乱なのかもと思います。国民主権から官僚主権への。
過去も官僚が好き勝手やってきたようにもいわれてますが、基本的には「国民の声」に従っていたと思います。もちろん、声の大きな国民は、近視眼的で利己的な族議員や利権団体であることが往々にしてあったわけですけど。
それが民主政権になって政治主導ということがいわれ、事業仕分けということになりました。ここで伝えられた「国民の声」というのは、タレント議員であり、業界団体ですらないコンサルや金融屋といった素人であり、その背後の財務省であったわけです。
これまでも各省庁は財務省とやりあってきましたが、強い「国民の声」を持っていたのは各省庁のほうだったので、それなりに押しが利きました。しかし、今回は「国民の声」は完全に財務省につきました。官僚もそれなりに自分の仕事に思い入れがあるでしょうから(関連業界からの圧力も)内心穏やかではなかったと思いますが、「国民の声」を以って政治主導で責任を取るといわれれば、抵抗のしようがありません。
ところが。いざ実行という段になると民主党は責任を投げ出しました。仕分けで廃止が決まったものでも、止めたときに問題が起これば、それは説明不足な官僚が悪いですよ、というわけです。これは結局、明確に示された民意に反しても官僚の責任で動けということであり、国民から官僚に主権をぶん投げた形です。(もちろん、自民党もどこまで結果責任を取ったかというと大いに疑問ですが、自らの権威を守るためにも、露骨に責任を否定したりしなかった)そして今回ついに外交まで検察に投げつけました。
ここで、主権を押し付けられた公務員の気持ちを考えると、これは喜べるものではないと思うのです。基本的に騎士は主に尽くして名誉を求めるものですから、王様志向とは違います。まあ、なかには王様志向な人もいますが、そんなタモさんや阿久根市長を見て、大抵は、ああはなりたくない、と思うでしょう。
そこで、官僚主権にするんじゃないという官僚側の反発やら、騎士の名誉への評価を求める気持ちやらが、屈折した感じに事件を形作っているのではと思うわけです(そこらへんで単純に5.15とか思えない所以)。
民主党が権力という大黒柱を手にしたのはよいけど、責任を取ってそれを支えるというポーズをまるでとらないので(もともと幻想の大黒柱といえばそれまでかもしれませんが)その上に乗っているすべてが気持ち悪くふわふわしているように感じられます。
これが国が壊れるということでしょうか……
投稿: ash | 2010.11.11 22:16
確かに本件に関しては、情報が断片的に伝わってきて、それを総合して整理することがなかなかやっかいなのと、読売テレビの件のようにソースが信用できるのかどうか(現状)はなはだ怪しいというところがあります。
そのうえで、貴エントリは、動機や背後関係(入手経路)が未解明なことから、まだ全体の絵柄が見えていないのかもしれない、と仰っているものと受け止めました。
それはそれとして、本件では色々な論点があるかとは思いますが、法的に有罪か無罪か、動機に正義はあるか否かということはひとまずおいて、その行為の面だけを見て、正しいのか、悪なのか、ご意見を承れればと思います。
武陽隠士は極東ブログを応援しています。
投稿: 武陽隠士 | 2010.11.11 22:24
何れにしたって庁内資料のユーチューブへのアップ自体は公務員として許されるものでは
ないのだろうから、粛々と処罰する方向で良いと思うのですがね。
そもそもあのビデオには興味本位以外の価値など無いにも関わらず、伝える側や見る側も
変に賭け金を上げてしまって、機密がどうとか、秘密保持がどうとか、発端の出来事から
遠く離れた議論で盛り上がり、何の話だったっけ状態に陥っているような気がするなぁ。
投稿: たびびと | 2010.11.11 22:44
2.26事件を連想する向きが居るが、私はどちらかというと甘粕大尉を連想しますね。さてこの人物の処遇・事件の処置は難しいですねぇ。
投稿: ト | 2010.11.12 06:34
動画の削除は自宅だったということだから、IPが割れてるんだったら、自宅のIPも出てきてるはず。Youtubeへのアップはこのかたで間違いないんじゃないですか。ただ、ほんとうにIPが割れてるかどうかといえばそれっきりですが。
投稿: cyberbob:-) | 2010.11.12 08:19
> 本人から語られているのは、
> 「悪いこととは思っておらず、
> 犯罪には当たらない。
> 本来、隠すべき映像ではない」
上記についてですが、当人がこのセリフを
そのまま語ったのではなく、あくまで
そういった趣旨の事を言ったというだけ
のようです。マスコミのフィルターを通って
報道されている可能性もあるわけですし、
この名乗り出た方の意思(?)や意図が分かる
のは当分先なのかもしれません。
個人的には、他に隠匿されているのではないか
とされる事実の解明の方が重要な気もします。
投稿: 名無し | 2010.11.12 09:35
http://www.asahi.com/national/update/1113/TKY201011130380.html
『メモリーから映像を取り込んだとされる自宅のパソコンにも映像は残っておらず、ユーチューブから投稿動画を削除した跡も今のところ確認されていない』ようですね。IPが割れてないみたいです。Googleが捜査に応じたかどうかすらわからなくなってきました。
投稿: Cyberbob:-) | 2010.11.14 07:55
保安官の発言からは誠実な人柄が感じられる。もういいだろう、くだらん、そっとしてやれ!
投稿: tiro | 2010.11.16 16:32