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2010.11.20

自衛隊ではなく国家が暴力装置だから国民は安心して暮らせる

 わかりやすく書いたつもりだったのだが、昨日のエントリー「自衛隊は暴力装置ではない。タコ焼きがタコ焼き器ではないのと同じ」(参照)はあまり理解されていないようだった。これがわからないと、近代国家の意味やシビリアンコントロールの意味が理解できないことになる。それじゃ困るなと思うので、もう少し補足しておこう。
 社会学的なものの考え方は慣れていない人には難しいのかもしれない。典型的な無理解として、例えば、いただいたはてなブックマークコメントにこんなのがあった(参照)。


hokusyu あたまがわるい, 暴力 詭弁w。存在自体が暴力であるという言い方は可能だが、ふつうはある力の行使のことを暴力というのであり、その暴力(乱暴な力)をふるうApparat(組織体/装置)が自衛隊や警察ってことで、日常言語でも普通に理解できる
2010/11/19 54 clicks 18

 「存在が暴力」というのは文学なんでどうでもいいし、「ある力の行使のことを暴力という」のも週刊誌的な単純さでいいのだけど、そこからとんちんかんな話になっている。
 日常言語でも普通に理解すると自民党や産経新聞が早とちりしたように「その暴力(乱暴な力)」となるのはしかたがない。だけど、国家が暴力装置であるという文脈での「暴力」というのはドイツ語の"Gewalt"(ゲバルト)の定訳語であり、「国家権力」を"Staatsgewalt"と呼ぶように基本は権力とその実体的な行使の意味があり、「乱暴な力」ということではない。
 加えて、このコメントの無理解でもあるのだが、「その暴力(乱暴な力)をふるうApparat(組織体/装置)が自衛隊や警察」というのはシンプルな間違いだ。"Apparat"にちゃんと「組織体/装置」と補助しているのにどうしてその意味がわからないのだろうか不思議なくらいだ。
 "Apparat"はラテン語に起源をもつ言葉なので、英語にも"apparatus"にもあり、基本的な意味は継承されているから、欧米人にはわかりやすい。平易なロングマンを見るとこう解説されている。

1 [uncountable] the set of tools and machines that you use for a particular scientific, medical, or technical purpose [= equipment]:
(特定の科学や医療または技術用途に利用される一式の道具や機械)
2 [countable] the way in which a lot of people are organized to work together to do a job or control a company or country [= machinery]:
(仕事をしたり企業や国家コントロールするために、多数の人びとが共同で作業できるように組織化される手法)

 バラバラであったものが特定の目的のために統合(独占)されるということが"apparatus"ということだ。
 タコ焼き器の例で言えば、タコ焼きをひっくり返すのに先の尖ったキリ(千枚通し)を使うけど、あれが人を刺す凶器ではないのは、タコ焼き器という"apparatus"に統合されているからだ。
 同じように、自衛隊というのは「暴力(Gewalt)」だけど国家という暴力装置に統合されているから安全に管理されているし、正当に使用されるから市民は安心できるということなのだ。
 逆に言えば、国家というものが領域内のすべての「暴力(Gewalt)」を回収し正当に行使しする「暴力装置」でなかった近代以前では、社会のなかに統合されていない各種の暴力(Gewalt)が溢れていた。
 日本人だとやくざの抗争とか想像するといいかもしれない。あるいはドラえもんのジャイアンが複数いる学級を想像してもいいかもしれない。諸暴力が溢れた状態では、人は諸暴力の関係とりこまれ、いつも不安な状態に置かれる。しかもその暴力は正当に行使されない。ジャイアンにいつ理不尽に殴られるかわからないし、ジャイアンAとジャイアンBの双方に不安定に隷属しなければならなくなる。
 これは困った。暴力が社会に溢れていてはいけない。だから国家を暴力装置として独占的に回収し配置できるようにしよう。これが近代国家なのである。
 仙谷官房長官の言うように「自衛隊が暴力装置」だったら、逆に大変なことになる。国家が諸暴力に晒されてしまうことになる。「すわっ大変」と思うのも不思議ではない。というか、どうやら仙谷官房長官はそれをご懸念されているのかもしれない。だが、その不安を解くのが国家という暴力装置なのだ。
 だからこそ、自衛隊は暴力装置ではない、ということを理解することが重要になる。
 こんな話は社会学では基本中の基本なので、どの辞書でも載っていることだが、と手元にないので困ったなと思ってググったら、きちんと辞書にあたったかたがいらっしゃったので引用すると(参照)。

暴力装置 暴力を発動するため、諸機関が配置されていること。最高に組織化された政治権力である国家権力が、軍隊・警察・刑務所などを配置している状態などに用いる。現代ではこの装置が巨大化し、独走する危険性がある。

 「暴力を発動するため」というのがやや物騒な印象があるが、体当たりしていくる外国船に対処したり、犯罪者を取り締まったりするという力の正当行使として暴力を発動ということである。重要なのは、「最高に組織化された政治権力である国家権力が、軍隊・警察・刑務所などを配置している状態」が暴力装置と定義されていることだ。「装置」というとなにか組織体を連想しがちだが、このように状態を指していると考えるほうがわかりやすい。
 繰り返すが、国家権力が軍隊・警察・刑務所などの各種の暴力(Gewalt)を掌握し、国家の目的から正当にそれを配置している状態が暴力装置ということなのである。そして、その掌握と配置には国家による暴力の独占が先行する。
 国家が暴力装置だということを理解しないと、シビリアンコントロールも理解できない。どうもわかっていない人がいるので、うざいけどこれも補足しよう。
 国家が暴力装置として暴力を独占・回収・配置しても、その国家が市民に暴力を向けてくる北朝鮮のような国家だったら大変なことになる。ではどうするか? 近代社会が出した答えは、市民が国家=政府となればいいじゃないかということだ。市民が政府となり、その暴力を正当に管理すればよい。だから、市民=シビリアンが、軍という大きな暴力をコントロールする。
 ではどのように管理するかというと、これは朝鮮戦争における軍の将軍マッカーサーと政府側大統領のトルーマンとの関係を見るとわかるが(参照)、政府は軍の目的と人事権を掌握する。軍としてはその目的をどのように遂行するかについては責任が委託されている。
 だから政府にとって重要なのは、軍の内部でどのような戦略を立てるかということではなく、軍に目的を与えその達成を評価して人事を行うことなのである。
 軍の内部に政府を打倒するといった明確な目的があれば、それ自体が政府の目的に反するという意味でシビリアンコントロールに反するが、そうでなければ、政府は与えた目的の達成で軍を評価することがシビリアンコントロールなのである。
 自衛隊が暴力装置だったら、政府がこの暴力を独占していないということなので、シビリアンコントロールはそもそもできない。だから、これはとても大切なこと。
 とはいえ、ではその政府がそもそも信頼できるのか? そんな巨大な暴力を独占する政府は危険ではないか、そんな疑問もあるだろう。
 だから憲法がある。憲法というのは、政府の暴力(Gewalt)をルールによって規制するということだ。この規制が正当性を担保する。
 さらにいえば、暴力装置として暴力を独占した政府から最終的に市民を守るための契約が憲法なのであるし、そう認識できなければ、そもそも憲法を理解していないことになる。また、この契約を守らせるために可能なかぎり国家の権力を分散しバランスさせる仕組みが、民主制度という政治制度なのだ。

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「社会」カテゴリの記事

コメント

前回の投稿は「白馬非馬」のパロディだとばかり思っていましたが、それは別にしても流石にこれは苦しいですね。
国家が「暴力装置」であるというのは分かりますが、それは、現に強制力の行使機関である警察や軍隊が「暴力装置」ではないという説の根拠にはなりませんね。
警察や軍隊という強制力の行使機関すなわち「暴力装置」を内包する国家もまた「暴力装置」というだけのことですね。
これ以外は、全部妥当かつ常識的だと思いますね。

投稿: じじ | 2010.11.20 10:26

>自衛隊が暴力装置だったら、政府がこの暴力を独占していないということなので

Staatsgewalt⇒国家権力、Gewaltapparat⇒権力維持機構、具体化すれば自衛隊もその機構の一つですね。政府と自衛隊は分離できないですよ。だって自衛隊の最高司令官は内閣総理大臣ですから。
ちなみに「暴力装置」という言葉はオリジナルから変容して独自のニュアンスで日本語として使われているから原典あたっても意味がないというか。

投稿: 佐藤秀 | 2010.11.20 10:34

徴税権とか治安維持とかは?

投稿: | 2010.11.20 11:25

これで納得。権力自体が暴力を行使するのであって、刑務官が囚人に自発的に暴力を行使するのではないということ。言われてみれば当たり前。

それで、国家が暴力装置だから、国家が法治国家であることが望ましいわけだけれど、ゆがんだ儒教国家の日本は、菅直人首相の仲間である法律家の弁理士でさえ、私的権力と法律上の経営者としての遵守事項の区別がつかない人たちがいる。たぶん、そういう弁理士は多いと思う。

君主の徳を当てにしすぎると、役人の賄賂が横行するのが儒教国家の常態。そもそも儒教は、強烈なオカルトが背景で、君子が超能力者でないと、儒教国家は本来のまとまり方ができないことになっている。

今でもそのはずだけれど、明治以前は、京都御所に土足で入れるのは、比叡山の大アジャリだけだったそうです。明治以前の日本は、「健全な儒教国家」として本質的なところは、骨がらみオカルトに依存して統治されていたようです。

投稿: enneagram | 2010.11.20 12:49

>仙谷官房長官の言うように「自衛隊が暴力装置」だったら、

暴力装置という言葉の典拠にこだわるなら問題の発端となった仙石氏の発言も正確に引用されるとよろしいのではないか

国立国会図書館の国会会議録検索システムからはまだ検索できる状態になっていないようだが、新聞報道によれば該当する発言は「暴力装置でもある自衛隊、ある種の軍事組織だから特段の政治的な中立性が確保されなければならない」というようなものであり、私が当たった限りでは仙石氏の発言の引用として「自衛隊が暴力装置」と書いた記事は見当たらない

投稿: | 2010.11.20 13:01

このエントリーと全然関係ないけれど、ユーミンの「DAWN PURPLE」の評論の記事を書いたのだけれど、みんな見に来てくれないんですよ。

先生は、分析の少ない感想文みたいなユーミンのエントリーを書いても読む人がひどくたくさん集まってくれていいですね。私の場合は、音楽的な側面に切り込んでもだめです。

まあ、私の場合は、共感を抑えて、アーティストに距離を置きすぎて、きわどい、人が嫌がる話をあまりにしすぎるのかもしれませんね。

ところで最近、「野ぐそ」氏はどうしているだろう。

投稿: enneagram | 2010.11.20 13:22

だから、軍隊や警察と刑務所っていうのは職業としての政治だと全く別個のものなんだよ。辞書の引用にも暴力を発動するため、諸機関って書いてあるじゃない。さらに、「現代ではこの装置が巨大化し、独走する危険がある」って書いてあるわけだから、暴力装置が国家なら、国家=政府=暴力装置って図式になるんだが?ご自身でそのあたりに矛盾は感じなかったの?

投稿: | 2010.11.20 13:25

なんと、「暴力装置」という言葉がそういう意味だとは今まで知らなかった。
「暴力」を行使する「装置」と単純に読んでそう理解していて、今回の発言の話題を聞いても「いや、自衛隊と警察は暴力装置でしょ。ひょっとして『暴力装置』って言葉聞いたことないの?」と普通に思った。
いやー、人に向かって話す前に知れてよかった。勉強になりました。感謝。

投稿: | 2010.11.20 19:04

 お久し。ぶりぶり。

 たこ焼き屋よりも普通に会社等上意下達の形式で説明した方が分かり易いんじゃないですか?

 あと、自衛隊等実力「行使」組織と政府等実力行使「命令」組織とあった場合に一般的には行使組織の方に主体的な意識があるものと見做す(けど、それはお門違い)から、安易にそれに迎合しちゃったのが仙谷発言で、だから(なに責任放棄してんだよ? って意味で)アウトってのが仙谷批判の本質でしょう。

 理由はどうあれ国民感情がどうあれ上位者になった者が「そのデータを出すんじゃない」と政治決断をした以上は幾ら嫌でも「やるな馬鹿」が筋なのに、やっちゃったものは仕方ないで「自衛隊は暴力装置」のように実行主体が自衛隊に在るかのように擦り付けてることが問題。

 (自衛隊に対して)やるなっつってんのにやりゃあがったあの馬鹿、と言ってしまったんでは統率力の無さが問われる(そして、それ自体が仙谷政権のマイナス要因)なんだけど、単純にそこだけ回避しようとして意思決定主体から丸投げしたかのような「暴力装置」発言をやらかすから、どうにもならなくなる。

 産経新聞が間抜けなのはそこで安易に実行主体である所の自衛隊&隊員擁護に走ったから。安易な攘夷論で盛り上がるのが馬鹿なのは仙谷的責任回避論にまんまと乗るから。民主主義のルール的に話をするなら「理由はどうあれ下位者としての分限を弁えない自衛隊員が先ず馬鹿」から来て、その上で馬鹿相手に責任擦り付ける仙谷の図々しさはどうなってんの? を批判する。

 そうしないと民主主義的では無いんだけど、どう捻じ曲がったかその筋で話をしようとする世論が無いなら「そらもう世論それ自体が馬鹿だから日本に民主主義なんか根付きません。相撲形式でいいんでないですか?」って言わざるを得ないのが馬鹿さ加減の行き着く先…みたいなもんでないかと。

 下位者が任務放棄したからって上位者が任務放棄をしていい訳ないでしょうに。それでいいなら内閣辞めちゃいなよ? って話でね。下位者に対する安易な責任の擦り付けはその時点で上位者不適格って大原則からコロッと健忘してるから、仙谷は駄目なんだってこと。ですよ。

投稿: 野ぐそ | 2010.11.20 21:16

finalventさんが言いたいことはとりあえず理解できてると思うのだけど、なぜか隔靴掻痒感が残る。私は社会学なんて全くわからないから、感じたまま書くけれど、ウエーバー先生は「国家が暴力を独占する」と書いたのでしょ? 前後の文脈は知らないけど。

それが今や「軍隊は国家の暴力装置」ってんで、暴力とは何事かと小さな騒動になった。全然違う話を、なんだか分からないまま議論しているように思いますぞ。

ウエーバー先生の考えが正しいかどうかは置いといて、finalventさんは、国家=暴力装置なんだよと主張している。これは、ウエーバー先生のもともとの表現をそのまま解釈したもので、その意味で齟齬は感じられない。

つまり、私が疑問なのは「軍隊は国家の暴力装置」と最初に言ったのは誰なの。レーニンだろうと思うけど、それだと話は随分違ってくる。

投稿: ピンちゃん | 2010.11.21 00:51

市民=シビリアンが議会、軍=王権

市民=議会>軍
じゃ

投稿: | 2010.11.21 00:59

僕は前回のエントリでよく分かった、と思ったので
これに補足をつけなきゃならない時代になったとは大変ですなぁ。
やっぱ物事を考える時には原語にあたらないといけないって
ことですな

投稿: みかん | 2010.11.21 01:21

はてぶが2分間憎悪状態ですね.
インテリ気取り素人の「知的でリアリストな俺カコイイ!」に冷や水を浴びせるとこうなっちゃうのか.めんどくさい人たちだ.

投稿: | 2010.11.21 03:42

 なんかすいませんね。海保の話と自衛隊とごちゃ混ぜになってるから訳分からんですね。ルーピー鳩山くらいまでは政治も見たけど空気菅になってから全くどうでもいいんで、弁当爺さんの記事もどうでもよく眺めてどうでもよく思ってどうでもよく書いたら無茶苦茶になりましたわ。

 そのくらいどうでもいいんですけど、どーでもよく書いたら駄目ですね。どうもすいませんでした。

 今の民主党に見るべき所が全くないんで見てなかったら案の定まったく見えませんでしたということで。

投稿: 野ぐそ | 2010.11.21 07:51

「野ぐそ」さん、おひさしぶり。元気そうで。

よそでは「渡辺裕」さんにしているの?

できれば「野ぐそ」はやめて「渡辺裕」さんに統一したほうがいいよ。「野ぐそ」は運が落ちるから。

投稿: enneagram | 2010.11.21 08:40

国民皆兵にでもなればこの意味がよくわかるんじゃないですか?

投稿: | 2010.11.21 09:16

「暴力装置の部分も暴力措置である」という見方に感情的に拘る理由として、「資本主義を支えてのうのうと生きる日帝本国人は我々革命派に何をされても文句は言えない」式の革命無罪発想もあるんじゃないかと思いました。

それはそれとして、自衛隊はともかく警察は国家からの委任的授権のもとで独立的判断により暴力を行使する暴力装置としての性格が強いように思います。オイルショック時の買いだめを消防法により制裁するとかです。そもそも国会というシビリアンの元締めが、命令機関ではなく陳情機関としてもっぱら機能しており、法規制の強化は警察がイニシアティブをとって行われますし、要らない法規制はヘアヌードのように独断で規制緩和したり、あるいはソープやパチンコのように事実上の許認可権を行使したりします。

投稿: noob (2010.11.21 03:42) | 2010.11.21 10:50

あのう~
「暴力装置」って、一般名詞じゃなくて、なんたらという左翼系の知識人が使った特有の言葉で、当時はよく使ったとどっかで言ってましたけど。

でもって仙石長官も「暴力装置」を「実力装置」て言い換えたけど、結局同じ意味でしょう。要は実行力(直接は武器を指す)で国家を覆す力を持っている組織の意味。finalventさんは自衛隊が国家の統制の下にある時のことしか考えていないようだけれど、いつも統制下にあるとは限らないのです、それがクーデターです、ビルマでは今もそれが続いていますね。だから「暴力装置」などといった表現になるのですよ。国家への暴力をはたらきうる組織という意味合いでしょうか。あなたは全然わかっていませんね。

finalventさんもう少し勉強した方がいいですよ。

投稿: 巣鴨なおこ | 2010.11.27 02:15

ぐだぐだ長い上にわかりにくいなぁ
まとめろ、何が言いたいんだおのれは

投稿: | 2013.07.22 15:11

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