非核原則が実質的に終わる時代へ
日本ではベタ記事あつかいだったように思うが、ニュージーランド首都ウェリントンで4日、同国キー首相とクリントン米国務長官が会談し、外交・軍事での戦略的な関係強化を目指すウェリントン宣言に署名した。これによって1985年のアンザス危機以降解消されていた軍事同盟の再構築が目指されることになった。
非核原則を掲げていたニュージーランドの方向性が実質的に変換すると同時に、この動向は日本の非核原則にも影響を与えることになると思われる。自民党時代にはそれなりに堅持されてきた非核原則が民主党政権下で実質的には終わる時代へと進むだろう。
今回の宣言は直接アンザス(太平洋安全保障条約, ANZUS:Australia, New Zealand, United States Security Treaty)への復帰を明言したものではないが、内容はそれを示唆していると見てよいだろう。4日付けニュージーランドメディア3news「NZ, US sign Wellington Declaration」(参照)によると、太平洋での問題を協議すること、大臣級定期会合を持つこと、年次軍事会談を持つことが含まれている。さらに、同ニュースにもあるように、両国間の軍事訓練も含まれることになる。このことによって従来世界一平和な国(参照PDF)がさらに一位を超えてゼロ位までアップするかもしれない。
アンザスは、正式名を見るとわかるように米国、豪州、ニュージーランド間で1951年に締結された軍事同盟の条約だった。アンザス危機が発生したのは、1984年非核原則を掲げるニュージーランド労働党(デヴィッド・ロンギ首相)が政権につき、同国に寄港する船舶に核保有検査を義務づけたことがきっかけだった。
米国は当時から戦略上、軍船の核兵器保有を明示しないことが原則であったが、新政権の方式により米軍船のニュージーランド入港が不可能になった。事件としては米軍船USSブキャナンの入港拒否がある。この対応に怒った米国はニュージーランドの防衛義務を停止するに至った。また貿易面でも関係が悪化した。インフレは進み失業率は悪化し、国は疲弊した。
もっともアンザス危機でニュージーランドは、豪州との同盟関係まで断ち切られたわけでもなく、また大英帝国名残りのコモンウェルスの連繋はそれなりに維持されていた。まったくの孤立ということではなかった。小国ならでは利点が生かせたとも言えるし、最後の線は残せるという確信があるからこそ、非核原則を貫いて米国との軍事同盟解消に向かうことができたと言えないこともない。なにより、ニュージーランドの場合は近隣に軍事的な威嚇を行う国がないことも安寧した志向を促していたのだろう。非現実的な逃避を必要とするまでの心理的な切迫感も無かった。その後、ソ連やリビアも本当にニュージーランドが無防備に近いものなのかこの海域まで船を出してみることもあったが、あまりの遠方ゆえその程度で終わった。
ニュージーランドと同様の非核原則を持つ日本が、自民党政権時代ニュージーランドのような事態に至らなかった理由については、原則適用の曖昧さがあったと見てよいだろう。仮にアンザス危機のような事態を日本が引き起こせば、日米安保条約は解消または空文化し、日本施政権下域への同条約の適用も解消されることになっただろう。そのことのもたらす含意が民主党政権の交代によってようやく見えてきつつある。
政権交代後の民主党政権以降では不明確ながらも、日本の非核原則の歴史的経緯の明確化に合わせ何らかの再検討を求めているようもであり、それがうまく機能しなければ日本版のアンザス危機が起きる可能性もある。このことは昨年ゲイツ国防長官訪日時にすでに議論されていた。関連記事はジャパンタイムス「A good time to remember the ANZUS alliance's fate」(参照)で読むことができる。
今回のニュージーランドの方向転換だが、突然の事とはいえない。日本では海上給油すら否定されたアフガニスタン戦争だがニュージーランドは兵も出しているし、アンザス復帰も長く議論されてきていた。が、大きな転機となったのは、2008年のニュージーランド総選挙で、非核原則を立てた与党労働党から1999年以来9年ぶりに国民党に政権交代したことだ。英国や豪州などの政局の動向を見ても、労働党的な政権がより世界情勢の変化に合わせて現実的な政権に変化する傾向がある。かなり遅れた日本でもようやく近隣の危機状況や世界の現実に合わせた政権に今後は移行するようになるかもしれない。
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コメント
北朝鮮で何か起こりそうな気配だし、中国でも少数民族の独立運動や民主化運動は盛んになりそうだし、ベトナムだって一党独裁を続けられるかわからないし、極東ロシアだって、モスクワに対して大幅な自治権拡大を求める動きも出てくるかもしれないし、日本も軍事的に激動の時代に備えておくべきでしょうね。
共産圏が崩壊するとしたら、東アジアは、東ヨーロッパのEU化ほどすんなりことが運ぶとは思えない。
投稿: enneagram | 2010.11.05 13:32