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2010.10.10

国連報告書によるルワンダ現政府軍による虐殺(ジェノサイド)

 国内報道がないわけではないが、これもブログのエントリーとして拾っておいたほうがよいだろう。ルワンダ現政府軍が1996年から1997にかけて隣国ザイールに避難したフツ人を虐殺したと、1日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が報告書を出した件である。
 日本語では「虐殺」という一語で議論されがちだが、英語ではテーマによって、atrocity(アトロシティ)、massacre(マサカー)、genocide(ジェノサイド)と分けられ日本ほどの混乱はない。アトロシティは非人道的な虐殺で主に戦闘・戦争による残虐行為、マサカーは流血・殺害の事態性である。この2つの単語は見方によって使い分けられることもある。南京大虐殺は、"Nanking atrocities"とも"Nanking massacre"と呼ばれる。天安門事件は、その流血の惨事の面では、"Tiananmen massacre"と呼ばれるが、"Tiananmen atrocities"と呼ばれることは少ない。
 これに対して、ジェノサイドは特定の民族を狙った殺害で、近代的には政府が関与した組織的な虐殺が問われる。ジェノサイドは局面においては、マサカーでもあるが、その本質ではない。
 この区別は日本人には難しいようだ。映画「ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)」(参照)が公開されたおり、映画の元になった出来事を指して、これを遠いアフリカの出来事として観ても意味がなく日本人なら関東大震災の朝鮮人虐殺事件を想起すべきだと評した映画評論家がいたが、流血の惨事を強調したあの映画なのでそうした印象を与えてしまうのはしかたがない。だが、ルワンダ虐殺(Rwandan genocide)の本質は、ジェノサイドにあり、ジェノサイドとしての構図をきちんと理解することが重要になる(参照)。
 もっとも朝鮮人虐殺事件も日本政府が関与したジェノサイドであるという意見もあるだろうが、大川常吉・横浜市鶴見警察署長が職務として朝鮮人を保護していた事例もあり、概ね国家権力による特定民族を組織的に虐殺したジェノサイドとは区別されるものだろう。
 また、マサカーもジェノサイドも人を殺すという点では同じだから同じように扱ってよいという、いえば絶対平和主義とでもいうような宗教的な見地からの意見もあるかもしれないが、それでは現在の国際社会が、なかんずくオバマ大統領が、ジェノサイドに対する厳しい態度を取る理由も曖昧になってしまう。宗教的な信念と国際社会の規範は分けて考えるべきだろう。
 20世紀後半の世界最大のジェノサイドといえば、ルワンダ虐殺(Rwandan genocide)であり、こうした事件を二度と起こさないようにと国際社会は誓ったかに見えたが、21世紀に入るやダルフールでジェノサイドは発生した。ここでもスーダン政府軍の空爆などでその地の民族が組織的に虐殺された。
 映画「ホテル・ルワンダ」を教訓として、日本人も虐殺を止めようになるべきだというのは、あの個別の局面としては正しいかもしれないが、ジェノサイドで向き合うことになるのは政府軍や組織的な武装勢力なのである。市民が虐殺を食い止めようと正規の軍隊や武装勢力に個別に抵抗することは、虐殺をさらに深刻なものするのは火を見るよりも明らかである。
 ルワンダ虐殺の政府軍関与や組織性は事件当初から明らかではあったが、残念ながら芸術的な映画によって、そうした側面の誤解も一部に広がったこともあったかもしれない。
 1994年でジェノサイドは終了したかに見えたが、1996年から1997年にかけて、ルワンダ隣国ザイール頭部(現コンゴ民主共和国領内)に避難していた多数のフツ人の女性や子どもに対し、ルワンダ政府軍が虐殺を行っていた。今回の国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は報告書はこの件について、ジェノサイドの「疑いがある」と報告した。だが、断定は避けている。
 報告書が国際社会に大きな波紋を投げかけたのは、1994年のジェノサイドを収拾したはずの、現在に続く新政府が報復のようなジェノサイドに関与していた可能性を明らかにしたことにある。
 つまり、現在のルワンダの大統領であり、虐殺後のルワンダを再建したと評価の高いカガメ(Paul Kagame)大統領だが、彼が当時副大統領として事実上統率していた政府軍に対して、ジェノサイドが問われるようになった。カガメ大統領自身も、スーダンのバシル大統領のように国際的な犯罪者に問われかねない。
 報告書はジェノサイドの断定については、国際司法裁判所が決めることだとしているが、ルワンダ政府は公表以前にこの報告書の草案を察知し、発表すれば、ダルフールに同国から派遣している国連平和維持活動(PKO)部隊を撤退させると脅しをかけた。国連はそれに屈することなく発表に至った。
 発表後もこの報告書について、国連の背景に国連の失態を糊塗するといった非難もある。また、現ルワンダ政権への反発を正当化し、政情を不安定化させるといった非難もある。後者については当然とも言える非難だろう。
 どうしたらよいのか。当然ながら、大変な難問である。
 だが大筋としては、事実をより明らかにし、ジェノサイドの罪責を明確にするしかないだろう。この問題を論じた3日付けフィナンシャル・タイムズ社説「Justice in Congo」(参照)も、その方向性を打ち出していた。


Having used the most severe of language to describe these crimes, there is now an onus on the UN to pursue justice for the victims, ensuring that, through legal process, what happened and why is established more precisely. If, as Rwanda and others fingered in the report contend, the allegations are malicious and false, it can only be in their interests to co-operate.

この犯罪を極めて厳格に表現してしまったからには、国連には、何が発生し何が残ったかをより正確に司法手続きによって、犠牲者へ正義として追究する責務がある。もし、ルワンダ政府や報告書に記載された関連組織が反駁するように、この申し立てに悪意が潜んでいるというなら、その視点からのみでも、追究に向けて協力することができる。


 読み方の難しい英文で、おそらく、このような報告書を現時点で出すことの是非に対する疑念も潜んでいる。しかし、報告書を出してしまった以上、正義は正義として追究されなければならないとしている。
 主権ある国家を崩壊させる懸念を侵してまで、正義を追究する必要があるのだろうか。少なくとも、ジェノサイドはその必要性を問いかける大きな問題である。

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コメント

アフリカで、世論形成が可能な民度に達している国は、現在いったいいくつくらいあるのだろう。

投稿: enneagram | 2010.10.11 08:20

ジェノサイドは、虐殺と訳すより
民族浄化と訳した方が飲み込みやすいね。

ソマリア内戦、アメリカPKO、そしてこのルワンダの
"act of genocide"

日米の民主党の違い、という話もできるなw

投稿: 通りすがり | 2010.10.13 03:37

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 今回の摘発に関して、「ブログとして取り上げておきたい」という意向の元にエントリーが公開されました(参照)。人権問題としてジェノサイドが21世紀に持ち越されるとも思いたくない問題ですが、現実問題のよう... [続きを読む]

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