« 欧米は緊縮財政から大きな社会へ。日本は大きな亡霊へ。 | トップページ | 「大きな社会」に向けた緒戦にキャメロン英首相は勝った »

2010.10.27

クルーグマンの予言:緊縮財政の英国は日本型停滞に陥るだろう

 ニューヨークタイムズのコラムニストでもあるクルーグマンが、緊縮財政に取り組む英国はいずれ日本型停滞に陥るだろうと不吉な予言をしていた。政局的には米国中間選挙が迫るなか、「大きな政府」に望みを繋ぐリベラル派の焦りの表明の一形式でもあるが、英国経済についてはクルーグマンの予想は経済学的にも妥当とも言える。日本も自民党が勘違いして愚かな緊縮財政に向かおうとしている文脈では、こうした動向に対してそれなりに考えさせらるものがある。
 クルーグマンのコラムは21日付け「British Fashion Victims」(参照)だが、プレスデモクラットに転載された同一内容の「KRUGMAN: Britain falls victim to fading fad」(参照)のほうが、改題とリサ・ベンソンのイラストからリベラル派特有のズレ具合が感じられて興味深い。

 イラストではUKと刻印された大鉈を持つ猫背のひ弱な英国キャメロン首相に対して、米国オバマ大統領が小さなハサミを手にして「僕たちだって自国予算を刈り込んでいるよ」と軽薄にふんぞり返っている。
 注記にもあるが元絵はワシントンポストにあったもので、財政右派に近いワシントンポストとしては、赤字財政に取り組まないオバマ大統領の愚かさを狙った図柄だが、プレスデモクラットがクルーグマンのコラムに付した意図は、英国の不吉な緊縮財政への非難であったのであったのだろう。それってズレてるってば。
 クルーグマンの当のコラムだが、欧州を中心とした緊縮財政の動向への批判から英国の緊縮財政の批判に移っている。しかしこの論理は仔細に読むと論旨がズレていて少し変だし、そのズレた部分に微妙な問題が隠れている。
 こう切り出される。


In the spring of 2010, fiscal austerity became fashionable. I use the term advisedly: The sudden consensus among Very Serious People that everyone must balance budgets now now now wasn’t based on any kind of careful analysis. It was more like a fad, something everyone professed to believe because that was what the in crowd was saying.

2010年の春、緊縮財政が人気のトレンドとなった。私はこれをを注意深く考えたい。物事を真摯に捉える人たちが、突然、今すぐにでも財政バランスを取るべきだと突然合意したのだ。だが、きちんと分析してみればそれには根拠がない。ちょっとしたブームといった類のものである。多数が唱和しているから信じるのだと言うくらいのことでしかない。

And it’s a fad that has been fading lately, as evidence has accumulated that the lessons of the past remain relevant, that trying to balance budgets in the face of high unemployment and falling inflation is still a really bad idea.

しかもそのブームも近年色あせてきている。過去の研究成果を見ても、高失業率とインフレ下降時に予算バランスを取ろうとすることが間違っているのは、十分に証拠も積み上がっているからだ。


 経済学的にはそうだと言えるだろう。
 経済学者スティグリッツも19日付けガーディアンへの寄稿「To choose austerity is to bet it all on the confidence fairy」(参照)で同種のことを述べている。興味深いのはスティグリッツ寄稿の"the confidence fairy(信頼魔法の妖精)"の話をクルーグマンが受けている点だ。クルーグマンのコラムに戻る。

Most notably, the confidence fairy has been exposed as a myth. There have been widespread claims that deficit-cutting actually reduces unemployment because it reassures consumers and businesses; but multiple studies of historical record, including one by the International Monetary Fund, have shown that this claim has no basis in reality.

顕著なのは、信頼魔法の妖精はただの神話でしかないことがもう歴然としていることだ。この物語では、財政赤字を削減すると、消費者や事業家が信頼し現実に失業が低減するといのだ。しかし、国際通貨基金(IMF)の研究を含め、各種の歴史経済学研究から、この物語に現実的な根拠がないことが判明している。


 「信頼魔法の妖精」の出典は私にはよくわからないが、スティグリッツが最初に言い出したというより、その元にはクルーグマンの7月1日の有名なコラム「Myths of Austerity」(参照)がある。
 いずれにせよ、経済学的には高失業率とインフレ下降時に緊縮財政を取るのは間違いだということをクルーグマンは強調したい。それはわかる。だがそれは一般論でもある。今回のコラムではこの一般論から個別の英国の緊縮財政に話題がやや無理筋で結合していく。

No widespread fad ever passes, however, without leaving some fashion victims in its wake. In this case, the victims are the people of Britain, who have the misfortune to be ruled by a government that took office at the height of the austerity fad and won’t admit that it was wrong.

トレンドというものは影響を受けた人を犠牲にせずに過ぎ去ることはないものだ。今回の犠牲者は英国国民である。彼らは運悪く、緊縮財政トレンドの渦中で緊縮財政は間違いであると認識できっこない政権に左右されることになる。


 クルーグマンの舌鋒は英国キャメロン政権が、財政危機の恐怖によって人びとを支配しているという絵までこの先に描いていくのだが、過激というより毎度毎度のクルーグマンだなという愉快な芸風である。
 かくしてクルーグマンは緊縮財政の英国は日本型停滞に陥るだろうと予言する。

But the best guess is that Britain in 2011 will look like Britain in 1931, or the United States in 1937, or Japan in 1997. That is, premature fiscal austerity will lead to a renewed economic slump. As always, those who refuse to learn from the past are doomed to repeat it.

しかし良い予想を立てても2011年の英国は、1931年の英国のようになるだろう。あるいは、1937年の米国か、はたまた1997年の日本か。つまり、性急な緊縮財政は経済停滞に至るということだ。よく言われているように、過去から学ばない者は同じ過ちを繰り返す。


 英国も来年からは日本の過去の過ちを辿ることになるだろうというのだ。いい言われようだね。
 経済学的に見れば、しかしクルーグマンの指摘は正しく、国民所得に対する債務比率や財政赤字の中での低金利からして、英国に早急の緊縮財政は必要はないだろう。
 つまり、このまま突っ走って緊縮財政をするなら、英国は日本型の錯誤の経済ということにはなる懸念はある。いやむしろ英国の現下の状況は、現在日本の自民党がごり押ししているような財政バランスへの悪夢を実現してしまったかのようにも見える。
 しかし問題はどうやら経済ではなさそうだ。
 クルーグマンは否定的な文脈で政治を取り上げているが、実際に英国が直面しているのはまさに新しい政治の課題である。

Why is the British government doing this? The real reason has a lot to do with ideology: The Tories are using the deficit as an excuse to downsize the welfare state. But the official rationale is that there is no alternative.

英国政府がこんなことをしているのなぜか? 本当の理由は政治理念にある。保守派は財政赤字を福祉国家の縮小の言い訳にしているのだ。それ以外には公的な理由になりそうなものがないからである。


 問題は政治だ、おバカさん("It's the policy, stupid")。
 財政危機による緊縮財政でもなく、経済再発展のための緊縮財政でもない。この経済危機を機会に、国家を縮小しようというが、英国が今経験しつつあることだ。
 もっと言うなら、日本の停滞は官僚の失態でありながら微妙に官僚支配と整合的だった。これに対して、現在の英国は福祉国家から新しい、大きな社会をベースとした社会に転換することを目指している。クルーグマンは自身の政治理念で目をふさいでいるが、新しい問題が提起されているのである。
 この問題は米国社会の知識層に微妙な陰影を落としている。すでにクルーグマンの怒りを見てきたように米国のリベラル派は英国の動向が気に入らない。23日付けニューヨークタイムズ社説「Britain’s Austerity Overdose」(参照)はその典型である。

There is a time and a place for aggressive deficit reduction. Now is not the time, especially not in Britain. The deep spending cuts announced by Prime Minister David Cameron’s government will hobble public services, strain poor families’ budgets and weaken Britain’s influence abroad. They could suffocate a feeble recovery.

性急な財政赤字削減にはそれに適した時期と状況がある。現在はその時ではない。特に英国ではそうではないのだ。デイビッド・キャメロン首相が公言する大幅な歳出削減は公共サービスを躓かせ、英国の対外外交力を低下させるだろう。弱い足度の景気回復を窒息させるかもしれない。

Mr. Cameron and his team appear to be driven solely by Conservative Party articles of faith.

キャメロン氏と彼を支える人びとは、単に保守派の信仰で突き動かされているだけのようだ。



Unfortunately, Britain’s leaders chose posture over sound economics.

残念なことに、英国指導者は健全な経済よりも立ち位置を優先している。


 プレスデモクラットやクルーグマンが英国理解に微妙なズレを示したように、ニューヨークタイムズもここで奇妙な勘違いを示している。「保守派」というとき、それは中間選挙を控える米国のそれとは微妙に違うのである。
 この違いは保守派に近いワシントンポストの24日付け社説「The English patient」(参照)からも、その違和感を通して読み取れる。

REASONABLE ECONOMISTS can differ about whether the United Kingdom's austerity plan is too austere, too soon. Certainly, an immediate retrenchment of this magnitude would not make sense for the United States, nor is it necessary:

まともな経済学者ですら、英国の緊縮財政計画はやり過ぎではないか、性急過ぎるのではないかという点で意見を異にする。当然ながら、これほどの規模の早急な削減は米国には意味をなさないし、その必要すらない。

The United States, with a global reserve currency, is in a stronger and more independent economic position than is the United Kingdom.

米国は世界に保有される通貨をもつ国家として、英国より強くより独立した経済位置にある。


 米国保守派としては、まず英国と米国とは経済の状況が違うし、他国の状況については判断を保留している。だが、その動向は注視している。

But the plan unveiled last week by Britain's coalition government offers a useful and, in many ways, impressive example of what a serious approach to deficit-cutting entails -- and will eventually require from U.S. policymakers.

しかし、英国の連合政府が先週明らかにした削減計画は、有益であり、幾多の点で、財政赤字削減に真摯に取り組むこととの意義深い一例である。そして、最終的には米国の政治家にも求められるものだ。


 英国と米国とは異なるとはいえ、財政赤字削減に取り組む覚悟への政治的な賛同感が米国保守層にある。加えて、大きな政府の問題についても斬新な取り組みとも見られている。

Almost unthinkable from both parties here, the plan tackles some -- although far from all -- entitlement spending.

米国民主党と共和党両党にとって、検討すらしがたいのは、この削減案が部分的にではあるが、社会保障給付金制度の削減に取り組んでいる点だ。


 政治的な課題はそこにある。つまり、大きな社会をいかに実現するかという課題について、米国の思慮深い保守派は理解しつつ、かつそれが米国では実現がほぼ不可能であることを苦く認識している。
 同社説では、軍事同盟国でもある英国の軍事削減への懸念も強く表明されている。
 私は思うのだが、米国保守派は、理念としては英国が率先しつつあるとしても、米国が現実的に世界通貨と公海の自由の最後の守護神であるための軍事力から手を引くわけにはいかないという、ある意味で錯誤の苦悩があるのだろう。
 日本はといえば、国民国家としては英国に近い政治的な道を取ることも可能であるかのように見えるし、そうした道を取るしかない岐路に立たされるかもしれない。それでも、英国のような軍事力がない手前、世界通貨ドルと公海の自由の点で米国を支えるしかなく、それが結局のところ「大きな社会」の理念の選択をも曖昧にするだろう。
 この問題は、医療制度における英米日の差にも反映している。機会があれば別のエントリーを起こしたい。


|

« 欧米は緊縮財政から大きな社会へ。日本は大きな亡霊へ。 | トップページ | 「大きな社会」に向けた緒戦にキャメロン英首相は勝った »

「経済」カテゴリの記事

コメント

×自民党→○民主党 でしょうか?

投稿: Idyll | 2010.10.28 06:50

日本は停滞しているんでしょうかね。蛹の状態なんじゃないですか。

主役の新旧交代が起きていて、社会秩序は混乱していると思います。でも、陳腐化したものが市場から退場したり、縮小均衡を図ったりしている、それだけのことだろうと思っています。

投稿: enneagram | 2010.10.28 08:44

>日本の停滞は官僚の失態でありながら微妙に官僚支配と整合的だった。

私は日本の停滞は大半が国民の選択の結果だと思っています。何しろ緊縮財政大好きですから。「借金」で日本が破綻すると思ってる国民がどれだけ多いか。
もちろん財務省が財政破綻を煽った結果でもあるのですが、それに納得してる国民も多いわけです。
後インフレ恐い恐い病の日銀にも責任がありますね。
これも高齢者(資産家であろうと年金生活者であろうと)の意向に沿っているわけです。

投稿: mikura | 2010.10.29 13:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クルーグマンの予言:緊縮財政の英国は日本型停滞に陥るだろう:

» 極東ブログ「クルーグマンの予言:緊縮財政の英国は日本型停滞に陥るだろう」について [godmotherの料理レシピ日記]
 一昨日の極東ブログの「欧米は緊縮財政から大きな社会へ。日本は大きな亡霊へ。」(参照)を受けて、その文脈を読むべく、イギリスの目指している「大きな社会」への道とアメリカの目指す社会について考えました(... [続きを読む]

受信: 2010.10.28 10:24

« 欧米は緊縮財政から大きな社会へ。日本は大きな亡霊へ。 | トップページ | 「大きな社会」に向けた緒戦にキャメロン英首相は勝った »