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2010.10.26

欧米は緊縮財政から大きな社会へ。日本は大きな亡霊へ。

 欧州が緊縮財政に向かっている。政府が国民に大盤振る舞いをしたツケが払わされる時期になったのだとも言えるが、反面、米国ではさらなる金融緩和が予定されている。もっとマネーを市場に供給しようというのだ。一見、逆の方向にも見える。しかし、もしかすると米国は最後のあがきをしているだけで、いずれ欧州を追うようになるのかもしれない。
 まさか。バーナンキ連邦準備制度理事会(FRB)議長のように優れた頭脳を中央銀行に持つ米国がそんな失態に陥るわけはない。そう私は思っていた。今でも八割方そう思っているのだが、コラムニスト、ロバート・サミュエルソンの12日のコラム「The Age of Austerity」(参照)の指摘は少し驚きだった(同コラムは日本版ニューズウィーク10・27号に抄も訳がある)。


We have entered the Age of Austerity. It's already arrived in Europe and is destined for the United States.

私たちは緊縮財政の時代にいる。欧州ではすでにその時代に達し、米国もそうなる宿命にある。

Governments throughout Europe are cutting social spending and raising taxes—or contemplating doing so. The welfare state and the bond market have collided, and the welfare state is in retreat.

欧州全土の政府は社会費を切り詰め、増税しているか、あるいはその検討に入った。福祉国家と債券市場は衝突し、福祉国家が退くことになった。


 不吉な話にも聞こえるが、サミュエルソンの真意は緊縮財政の薦めではない。それは議論の余地のある問題ではなく、避けがたいとしている。問題は、むしろ急速な緊縮財政がもたらしうる危機への懸念のほうである。

Even rich countries find the costs too high, but the sudden austerity could perversely trigger a new financial crisis.

富裕国ですら社会支出が膨れすぎると反省しているが、緊縮財政を性急に取ることは逆に新たなる財政危機の引き金を引くことになりかねない。


 緊縮財政は避けがたいが早急な対応は危険だというのだ。
 ここで現下の世界経済の見解に微妙なスペクトルが生じる。例えば、有名な投資家であるジョージ・ソロスは緊縮財政の危機を直接的に表明している。5日付けロイター「ユーロ圏「デフレスパイラル」はドイツの緊縮財政策が原因=ソロス氏」(参照)より。

ソロス氏はコロンビア大学で講演し、欧州や米国にとって、財政引き締めではなく追加的な財政刺激策を講じることが危機から脱する方法だと指摘、「ドイツのような債権国が赤字を削減することは、1930年代の大恐慌から学んだことと完全に矛盾している。ドイツは欧州を長期的なスタグネーション、あるいはそれ以上に悪い状況に追い込んだ責任がある」と述べた。

 欧州連合(EU)ファンロンパイ大統領はすぐに反応した。6日付け「EU大統領:財政緊縮で回復はむしろ強まる-ソロス氏と対照的な見解」(参照)より。

 ファンロンパイ大統領は6日、ブリュッセルで財界首脳らを前にスピーチし、「EUの景気回復には差があるが、それは一部加盟国の改革プログラムが原因だ」と発言。「デフレにつながるような政策は一時的で、一段の経済成長の下地になっている」と述べた。

 EUとしては緊縮財政により景気回復がむしろ強まるという立場にある。
 一見すると緊縮財政と金融緩和の二派があるように見えるが、ソロス氏の見解は、あくまで債権国の赤字削減への警戒であり、すぐに連想されるように日本もまた世界の債権国でもあるから同様のことは言えるだろう。
 難しいの米国である。巨額の赤字を抱えていてなぜ緊縮財政に進まないのか。それはこれから起きることなのか。
 ここで私はブログの世界にありがちなネタを思いつく。そして、それが案外あり得ないことではないのではないかと自らトラップしてしまった。言おう。米国の金融緩和は実は偽装された緊縮財政なのではないか?
 いやいくらなんでもひどいネタだというなら、遅延策ではないだろうか。現下、米国の中間選挙を控え、その台風の目となるティーパーティについてNHKでもとんちんかんに報道されているが、これはアンチ・オバマ政権やキリスト教右派なる無知蒙昧な人びとの反動というより、基本線では政府が巨大化することで同時にふくれあがる税に対する反感であり、だからこそ茶税に対抗したボストン・ティーパーティ事件にちなんでいるのである。
 社会民主主義的な素性のある欧州の場合、政府の側が率先して緊縮財政に向かうが、米国の場合は草の根の大衆の側が政府を小さくするための緊縮財政への動向をすでにもって動き出したということではないか。
 であれば、米国では、その動向が極端に振れないように、小出しの、あまり効果がなさそうな金融緩和が目論まれているのではないか。なんというのか、日銀の知恵とでも言うものかもしれないが。いやそこまで言ったら冗談が過ぎるな。
 サミュエルソンのコラムに戻るとそこに微妙な調和はある。

The ultimate hope is to buy time. Effective deficit cuts, it's argued, will spur economic growth by reassuring bond markets that debt levels are sustainable and justifying lower interest rates.

究極の希望は時間を稼ぐことだ。効果的な赤字削減なら、議論されているように、負債レベルが維持可能で低金利も正当化できると債券市場を確信させることで、経済成長を促進することになる。


 それって日銀、とか思わずどん引きそうになるがそうではない。

That's also the theory of new British Prime Minister David Cameron, who has proposed shrinking government spending by a sixth by 2015.

これは英国の新首相デイビット・キャメロンの理論である。彼は2015年までに政府支出の六分の一を縮小すると提言してきた。


 英国の新たな動向である。
 英国のキャメロン首相の動きは速い。菅首相の行政が歩行速度だとすると、キャメロン首相の速度は加速モードのサイボーグ009くらいある。すでに高額所得者を児童手当の対象から外した。意外にも英国国民はキャメロン首相を概ね好意的に見ている。これからじわじわと中間層をしめあげていくのに。なぜか。
 簡単に言えば、福祉を国家が担うのではなく、社会が担うように「大きな社会」を構築しようという合意が取れつつある。
 「大きな社会」というと、どこかの浮かれた社会学者がとびつきそうなネタだが、実際には、大きな社会とは社会資本支出の個人負担が大きくなるわけだから、社会への入会金がつり上がるのと同じである。現下の欧州の移民排斥は、従来のような異民族差別というより、大きな社会に向かう同一のプロセスと見た方がよい(入会金を払わないかたお断り、と)。
 かく、他山の石をまったり鑑賞しつつ日本はどうなるのか。
 私は日本は企業や公務員・公務員的な系列といったものが「大きな社会」のような「大きなメンバーシップ」を形成していたと思う。しかしこれは今後じわじわと解体され、なのに欧州風の大きな社会も築けず、米国風の自立と連帯もなく、人びとは細分化するだろう。
 そして細分化された人びとの正義を吸収する形で、大きな政府が希求されてしまうのではないかと懸念している。ネットで見られる正義によるヒステリックなバッシングはその前兆ではないだろうか。その点において右派左派もまった同構造でもある。
 そもそも日本の場合、「大きなメンバーシップ」を実質支えていた政府資産が巨額すぎた。だからここまで赤字が可能になっている面があった。よく日本の財政を家計に例えて年収の何倍もの借金というが、この奇妙な疑似家計は莫大なストックをもっているからのことだった。
 この国家資産は、これまでは微妙に日本国民のメンバーシップをも担保していた。だから、国民はこの国家を信頼していたのだろう。困ったことがあれば、そしてそれが正義なら、国が補償すると確信しているし、正義があればそれが実現できると夢見ている。その正義の夢だけがしだいに大きな亡霊のように存在するようになるだろう。政府資産が潤沢にあるかぎり、この亡霊は維持できるだろう。


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コメント

これから特別会計も仕分けするのだから、日本も明らかな緊縮財政ですよ。亡霊退治はすでに始まっていると思います。まあ、自民党政権のままでは手をつけられなかったこともいろいろ光が当たるのですから、政権交代も全部悪いことだらけでもないんでしょう。

投稿: enneagram | 2010.10.26 15:08

>これは米国の新首相デイビット・キャメロンの理論である。彼は2015年までに清酒支出を六分の一にまで縮小すると提言してきた。

(誤)清酒→(正)政府

ではないでしょうか。

投稿: つかみ男 | 2010.10.26 15:25

つかみ男さん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。(イギリスではあまり清酒は好まれないでしょうし。)

投稿: finalvent | 2010.10.26 15:28

> 彼は2015年までに政府支出を六分の一にまで縮小すると提言してきた。

六分の一縮小する=六分の五にまで縮小する

じゃないでしょうか。

投稿: nanasi | 2010.10.26 19:50

nanasiさん、ご指導、ありがとうございました。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.10.26 20:54

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 タイトルの「欧米は緊縮材財政から大きな社会へ」(参照)で、まずコケました。「大きな社会」とか、欧州にはその動きはあったとしても、米国に関してはそのような観点で考えたこともなかったです。私の頭はもっぱ... [続きを読む]

受信: 2010.10.27 07:38

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