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2010.10.02

アザデガン物語 必死だったな石油公団

 まことに大きな利権集団が、閉花期を迎えようとしていた。
 エッフェル塔が完成しパリ万国博覧会が開催された1889年(明治22年)4月9日、後に「アラビア太郎」と異名を取ることになる山下太郎が生まれた。場所は秋田県、今の横手市である。
 地元の祖母の元で育てられ、10歳を過ぎてから東京の実母の家に送られ、青年期に北海道に渡り、札幌農学校(現北海道大学)に学ぶ。卒業後、各種のビジネスに手を染め、失敗を重ねながらも満州でビジネスを拡大した。第二次世界大戦後は石油資源の確保に尽力し、1957年、ペルシャ湾海底採掘権をサウジアラビアおよびクウェートの両国から獲得した。40年間の契約だった。これを契機に1958年、アラビア石油を創立した。
 アラビア石油は、1960年から採油を開始した。石油が日本の高度成長を支える姿にアラビア太郎は満足しつつ、1967年、波乱の一生を終えた。同年、アラビヤン焼きそばが発売された。
 アラビア石油は順調に発展し、石油危機の時代を経て安定した通商産業省の天下り先にまで成長した。しかし振り返れば早いものだ。期限の40年はやってきた。
 2000年、アラビア石油はサウジアラビアからの採掘権を失い、2003年クウェートからも失った。予定されたことではあったが通商産業省は焦った。焦りに輪をかけたのは、同じく天下り先だった石油公団で1998年に1兆円を超す不良資産が発覚してまったことだった。
 なんとか通産省の天下り先を盤石なものにするためも日の丸油田を確保せねばならぬ。
 そこで推定埋蔵量は最大で260億バレルという巨大油田、イラン南西部アザデガン油田に通産省はすがりついた。
 イランにチャネルを持つ商社トーメンから話を開き、2000年10月、イランのハタミ大統領の、イラン首脳としては42年ぶりの来日で、森喜朗首相が音頭を取り、30億ドルの経済支援の見返りとして同油田開発の合意にこぎ着けた。
 開発主体は、国際石油開発、石油資源開発、およびトーメンによる連合体である。トーメンもこの時期経営再建で活路を探していた。国際石油開発は石油公団50%の出資、石油資源開発は石油公団66%の出資。つまり2社の正体は石油公団であり、端的にいえば通産省の安定した天下り先である。
 翌2001年平沼赳夫・元経済産業相がイランを訪問し、ハタミ統領と会談し、開発の早期契約を促した。前途は着実に開けたかに見えたが、同年6月、イランの核開発疑惑を理由に、この開発まかりならぬと、米国ブッシュ政権から横槍が入った。もっとも突然降って湧いた話ではなく、米国は1996年に「イラン・リビア制裁法」を制定しており、ハタミ大統領来日前に警告は日本に通知されていた。
 幸いと言ってよいのかわからないが、日本がイラク戦争で米国率いる有志連合に加わることのバーターでこの問題はしばらく沈静した。また、2002年、小泉政権下で石油公団は廃止の方向が定まった。民間企業の資源開発への出融資に2兆円以上を投じたものの、失敗で2003年度末、約1兆3000億円の損失を出していた。
 実際に廃止されたのは、2005年4月1日。もっとも、日の丸油田への資金提供は代わりに発足する「石油天然ガス・金属鉱物資源機構」に引き継がれたので、天下り構造にはさして影響なし。
 しばらく静かだった米国だが、2003年に圧力再開。こりゃ本気だなと思ったトヨタはトーメンの大株主の立場から、トーメンをアザデガン油田開発から撤退させた。
 それでも石油公団側はくじけず、2004年2月、イランと開発に合意に達し、テヘランで調印された。米国の横槍に挫けずおめでとうと言いたいところだが、ちょっと待て。「鳩山、小沢、気合だ!」の民主党中山義活議員の当時の話を聞いてみよう。2004年3月31日・経済産業委員会(参照)より。


アザデガンの問題は、この油の質はガソリンにできる、それから二千億出すのはこうして、こうやって出すんだけれども必ずこうやって回収ができる、イランとの交渉はここまで進んでいる、絶対うまくいく、そういう事細かに説明が全然ないじゃないですか。質問した方がかえって気の毒だったですよ、あれ。
 大事な問題なんですから、もうちょっと、日本の戦略としてしっかりこのアザデガンの問題は答えてもらいたいんですね。なぜ、まず、十二年半ぐらいの契約なのか、これで果たして利益が出るんですか。それから、バイバック方式で利益が出るんですか。それから、重質油のこの油で果たしてガソリンがどんどんできるんですか。この辺について、まずしっかり答えてくださいよ。全然答弁がなってないんですよ。

 答弁が得られたかというとリンク先を見てもわかるが、なかった。
 問題点を簡単に言えば、(1)バイバック方式で12年半の契約で利益が出るのか?、(2)アザデガンの油質でガソリンになるのか?、ということである。
 バイバック方式というのは、油田開発に投下した費用に所定の利幅を上乗せした生産物で受け取る方式である。12年後には開発設備は無料でイランに渡すことになるのでイランとしてメリットが高い。別の言い方をすると、石油の安定供給というより、石油開発設備を売り込むビジネスに変わっていたということだ。もっと簡単な言い方をすると、それって当初の話と違ってないかということになる。
 その他にも問題はあった。アザデガン油田地域はイラン・イラク戦争時の地雷が多数埋められている。油層もよくわかっていない。掘っちゃって大丈夫なのか。
 それでも進めアザデガンではあった。2006年4月、国際石油開発は帝国石油と経営統合し、石油資源開発もこれに出資した。いや、道は険しく、終わりの始まりでもあったのだろう。
 同年10月、日本が持っていた同油田の権益が75%から10%台に下がった。多くはイラン国営石油公社に譲渡した。日本に原油輸入の道は残るものの、油田開発の主導権は事実上喪失した。
 米国のイラン制裁に日本が屈したのだと見る向きもあるが、地雷撤去作業も進まず、またイランの治安も改善されたとは言い難く、しかたがないという類のものだし、悔やむなら元々なんでこんなところに突っ込んじゃったんだ在りし日の石油公団という話だ。
 そして、2010年9月30日。終わった。
 国際石油開発帝石と経済産業省が撤退を決断した。理由は、米国のイラン制裁が強まり、このままだと国際石油開発帝石が米国の制裁対象に加わるかもしれないことを恐れたというのだ。
 しかし経緯を見てればわかるように、米国に悪役を買わせて引導を渡したというだけの話でしかない。騒がれていた10月1日時点での制裁リストにも掲載されていない(参照)。普通に考えてもそこまで日本に圧力をかける状況でもない。
 報道を見ていると、なぜか毎日新聞と産経新聞が「悔しいのぉ」「米国様には勝てんのぉ」と言った論調が目立つ。30日付け毎日新聞「イラン・アザデガン油田開発:経産省など、撤退 米制裁姿勢を考慮」(参照)より。

 国際石油開発帝石(INPEX)と経済産業省が、イランのアザデガン油田開発からの撤退を決めたことが30日、明らかになった。イランの核開発疑惑をめぐり、米国政府が対イラン制裁姿勢を強める中、このまま開発を継続すればINPEX自体も米国の制裁対象に加えられる恐れがあると判断した。同油田は日本が保有する有数の自主開発油田で、撤退決断は今後の資源エネルギー政策に大きな影響を与えそうだ。

 いやそんな影響はないってば。
 産経新聞「翻弄される経済の生命線 イラン油田撤退」(参照)より。

 国際社会が核不拡散のためイラン制裁を一層強化する中、日本だけが石油のために独自路線を取るわけにもいかなかった。米国は沖縄県・尖閣諸島付近の漁船衝突事件で「日本政府の立場を全面的に支持する」と表明し、対中外交で日本に貸しを作ったばかりでもあった。

cover
世界を動かす石油戦略
 「石油のために」とかいうけど、米国が支持する自由な世界市場のルールが守られていたら石油というのはたんなるコモディティー(一般商品)でしかない。どっちが大事なのかは島国日本なら考えればわかりそうなものだ。
 かくして「アザデガン物語 必死だったな石油公団」は、終わった。

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コメント

突然現れたアラビヤン焼きそばワロタ。

投稿: とし | 2010.10.03 16:31

17世紀には、ヨーロッパには、胡椒のために命をかける船乗りはいなくなってました。

20世紀には、アメリカの商人は、西アフリカに黒人奴隷を拉致しに行かなくなっていました。

21世紀中には、石油本位制の経済体制はたぶん終わるだろうと思います。

投稿: enneagram | 2010.10.04 11:44

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