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2010.10.25

米国金融緩和がもたらすヌルい戦争

 米国連邦準備制度理事会(FRB)は11月2日から3日にかけて開催する米連邦公開市場委員会(FOMC)で追加の金融緩和を決定すると見られている。注目されるのはそれが非伝統的手段であることだ。日本でも一部識者が長年希求してきた本格的なリフレ政策である。FRBがリフレ政策に成功すれば、日本の失われた10年、15年は、それを頑冥に拒んだ日銀の失策だったということにもなるだろう。
 バーナンキFRB議長は15日、ボストン地区連銀主催の講演で追加的な金融緩和の必要性を示した。日経新聞に掲載された要旨(参照)では、まず健全な経済活動ではマイルドなインフレが求められるとしている。


 米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーは一般的に、長期的にみてややプラスのインフレ率がFRBの使命と最も整合的だと考えてきた。
 FOMCメンバーが示す景気・物価見通しによれば、同メンバーが(最大限の雇用促進と物価安定という)使命を果たすのに適切だと判断しているインフレ率は2%程度か、それをやや下回る水準だと考えていることがわかる。
 ところが最近の指標によれば基調となるインフレ率は約1%で、適切な水準と比べて低すぎる。経済情勢を踏まえると、短期の実質金利は高すぎることになる。デフレのリスクは望ましい状況よりも高い。
 最近のインフレの鈍化、使われていない経済資源の状況、インフレ期待の落ち着きを踏まえれば、基調となるインフレ率はしばらく適切な水準より低い状態が続くと考えるのが妥当だ。

 FRBが手を打たなければ米国のインフレ率は低水準の推移が見込まれる。つまり、デフレが懸念される。そこで2%程度のマイルドなインフレに追加の金融緩和で誘導しようというのだ。
 現在の米国はほぼゼロ金利である。その状況下で、FRBに課せられている雇用拡大と物価安定という二つの目的の達成のために、さらなる追加政策を決断することになる。

FOMCの目的を達成するには、他の条件が変わらないなら一段の行動が必要な状況とみられる。ただ、金利はゼロ%以下にはできないため、低インフレ下の金融政策は制限される。政策金利がゼロであっても追加政策は可能だが、コストを計算しながら判断しなければならない。

 追加の金融緩和政策は非伝統的手法になる。

 非伝統的な政策手法を使うことに伴う不透明さなど、低インフレ環境での金融政策や市場との対話には多くの困難が伴う。これらの困難にもかかわらず、FRBは雇用拡大と物価安定という2つの目標の実現に取り組み続ける。景気回復や物価の適正な水準への上昇に必要であるなら、追加的な金融緩和を実施する用意もある。FOMCは追加策を検討する際、非伝統的な政策による損失やリスクを当然考慮するし、決定するかどうかは今後の経済・金融に関する情報次第となる。

 非伝統的手法は具体的には、国債など長期証券をFRBが買い取ることである。すでにFRBは紙幣を刷って1兆ドルもの不動産担保証券を購入している。今回はさらにその量的緩和(quantitative easing)の第2弾になるので、QE2と呼ばれる。
 国債など債券が買われることで価格が上がり、金利は下がる。滞っていた資金は、その比較で金利が上がるほうの投資に流れ始め、生産が拡大し、雇用も増える。そういう絵がまずある。もう一つの絵は後でふれる。
 元内閣参事官で嘉悦大高橋洋一教授はFRBの動向を肯定し、彼我の差を嘆いている(参照)。

 こうしてみると、日米の中央銀行の差が歴然としている。日銀の目的は基本的には物価安定だけだ。それに、白川総裁がインフレ目標を先取りしたとか豪語している今の運営では、物価見通しは1%(生鮮食品を除く総合)のはずだが、8月でマイナス1%だ。マイナスになってから18カ月、1%を割ってから21カ月。その間、発動されるべき量的緩和は行われなかった。

 FRBのリフレ政策は成功するだろうか。
 日本に対してはリフレ政策の英断を日銀に求めていたフィナンシャルタイムズだがFRBのQE2については懐疑的である。15日付け社説「The new threat to the global economy」(参照)ではこう懸念していた。

How effective more QE would be is questionable: long-term interest rates in the US are already extremely low. With US assets offering low returns and the financial system in weak health, much of the new money will find its way to high-yielding emerging markets. There will be little additional benefit to the US economy.

追加の量的緩和が効果的かについては疑問符が付く。米国長期金利はすでに極めて低く、資産の低収益と金融システムの不健全性からすれば、新規マネーの多くは高収益の新興市場に向かうだろう。米国経済に対するメリットはわずかしかないだろう。


 だが、フィナンシャルタイムズとしてはQE2が失敗するとまでは見ていない。

The good news for countries such as the US and Britain is that a monetary tsunami makes the prospect of a global double-dip recession more remote. The bad news for emerging markets is that the next major threat to the global economy could originate in their own back yards.

米国や英国のような国々にとっては、マネーの津波で国際的不景気の二番底の懸念が回避されることは良い知らせだ。反面、新興市場にとっては、その陰で世界経済への次の脅威の生じることとして悪い知らせとなる。


 明確には書かれていないが、ロシアやアルゼンチンのような危機が生じると見ているようだ。
 QE2へのまとまった懐疑論としては、スタンフォード大学マイロン・ショール名誉教授の指摘、「ショールズ氏、QE2の効果を疑問視(Guest Contribution: Myron Scholes on Whether QE2 Will Work)」(参照)・(参照)がある。
 ショール教授による疑問は6点も挙げられており、懐疑論一網打尽の趣もあるが、これらをバーナンキFRB議長が理解していないわけでもない。結局のところ、勇気を持って出たとこ勝負でやってみるしかないということだろう。それを踏まえて20日付けワシントン・ポスト社説「Ben Bernanke hopes his risky plan will perk up the economy」(参照)が期待と懸念を述べていた。

It's worth remembering that Mr. Bernanke, like many others, hoped that one round of quantitative easing, plus fiscal stimulus, would be enough to turn the economy around. He now says that the Fed will "proceed with some caution" toward QE2. Given the uncertainties, that's a promise we hope he'll keep.

バーナンキ氏は、他の人もそうであるが、量的緩和の一巡に財政刺激を加えることで、経済が立て直せると期待したのだということは、記憶しておくべ価値のあることだ。氏は目下、FRBはQE2を警戒しつつ進展させると述べているが、その約束を守ることを我々は期待しよう。


 卑近に言うなら、権限があるのだから勇気を持ってやるならやってみろ、その結果は覚えておくぞということだ。
 実際のところFRBは、「警戒しつつ進展」ということで、今日のロイター「FRBの追加資産買い入れ、段階的な追加を検討=地区連銀幹部」(参照)が伝えるように段階的に行われるだろうし、そのことが市場とのコミュニケーションでもあるだろう。

米セントルイス地区連銀のリサーチディレクター、クリストファー・ウォルター氏は22日、連邦準備理事会(FRB)が検討している追加的な資産買い入れ規模について、当初は5000億ドルから開始し、その後、最大で2500億ドルずつ拡大していく可能性があると明らかにした。

 さすがはFRBと言いたいところだが、もう20年に以上にも渡って私がフォローしつづけたコラムニスト、ロバート・サミュエルソンは、総合して見れば、否定的なコメントを述べていたのがやや意外でもあった。
 サミュエルソンは、日本でも人気の高いクルーグマン教授と、カーネギー・メロン大学のメルツァー教授の大局的な見解をバランスしつつ、「The Fed’s Identity Crisis」(参照)でこう述べている。

Economists seem split into two camps. Some, like Paul Krugman, the New York Times columnist, believe the economy is so weak that the government should do almost anything (bigger deficits, more cheap credit) that might help slightly; and others, like Meltzer, fear that expedient measures now will lead to bigger problems later. Between them, there’s an unstated common assumption that there are no instant cures for the economy’s lethargy. The real Fed, it turns out, is much less powerful than the mythologized Fed.

経済学者も二派に割れている。ニューヨークタイムズのコラムニスト、ポール・クルーグマンらによれば、経済が弱体化しているのだから、政府はわずかでも効果がありそうなことはなんでも(財政赤字拡大でも信用低下でも)やるべきだというのがある。反面、メルツァーらによれば、急場しのぎの手法は後により大きな問題を残すと懸念している。この二派の間には、経済停滞に即効性のある対策はないという暗黙の前提がある。本当のFRBは、正体を現したのだが、神話化されているほどには力をもっていないのである。


 QE2のへの賛否はあるにせよ、FRBには現実の不況とデフレ経済への失墜に対して強い力を持ち得ないし、その無力さが暴露されるプロセスにあるというのだ。言われてみればそんな気もする。
 そう懸念するもう一つ理由がある。QE2が描く絵は、一国経済における中央銀行の非伝統的手法の可否ではなく、リアルな米中経済戦争の文脈にあるのだろうということだ。先のショール教授の6番目の理由がそこを突いている。

(6)ドル安は米国の投資を刺激し、国内の景気回復に定着の猶予を与える。ドルが他通貨に対して下落すれば、量的緩和は遅かれ早かれ中国を初めとする他国に行動を強いるかもしれない。これがカギになる可能性がある。ここで量的緩和が行動を引き起こす。われわれには、政策、資本や交換性の制限で抑え込まれている通貨を再調整するための行動が必要だ。量的緩和は(いずれにせよ制定されるべきだったが政策の抵抗を受けていた)新たな協定や新たな均衡を近く強いる可能性がある。国際社会のためには行動は早いほうが良さそうだ。中国や同国の雇用、輸出産業にとっては厳しいかもしれない。しかし、制裁よりはましだ。米議会は次の悪役が欲しくてたまらないのではないか。ブッシュ前大統領とウォール街はいささか古くなった。

 中国が人民元を上げないなら米国がドルを下げるということだ。以前のエントリー「日本を巻き込む米中貿易戦争の開始: 極東ブログ」(参照)で述べたが、貿易戦争をするくらいなら通貨戦争のほうがマシだろうということだ。
 米ソの冷戦はまさに冷たい戦争だった。米中間の通貨戦争は、それに比べればヌルい戦争になる。そしてそのヌルさに比して日本は経済的には米国にも中国に付くことはなく、ヌルい風呂のなかにとどまるのだろう。

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コメント

ぬるくても戦争はもう勘弁・・・
もう10年以上闘ってるんだから

投稿: maple | 2010.10.25 21:25

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