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2010.10.04

ゲーム理論で考えよう:J国とC国がある海域の漁業資源を争う事例

 J国とC国がある海域の漁業資源を争っているとしよう。両国、漁船を繰り出し、トロール網でごっそり魚を捕りたい。
 海域にJ国とC国の漁船がやってきて、向かい合う。J国いわく「この海域の魚はオレが捕る」。するとC国は「いや、オレのほうだ」と答える。
 言い争っているだけなら、争いにはならない。が、魚も捕れない。

武力衝突の場合
 争いにするためには武力が必要だ。
 両国とも争うと決めたとしよう。
 J国もC国も漁船の後ろに武力をもった船を従えてくる。
 勝つことが優先されるなら、武力衝突となる。
 ところがそのためには、武力を用意する費用もかかるし、そもそも武力衝突になれば船に体当たりされたりとかで被害が出る。
 魚を得る利益と武力衝突がもたらす損失を比べてみると、あれれ? 損失が大きい。両国ともにけっこうな損ではないか、となりがちだ。
 武力行使の戦略を強攻策として「タカ派戦略」と呼ぶ。
 両国がタカ派戦略を採ると、両国ともに大きめな損失が出る。

平和に分かち合う場合
 武力衝突はやめよう。平和で行こうじゃないか。
 かくして争わず、魚を同程度捕って、よしとする。
 温和な行き方なので「ハト派戦略」と呼ぶ。
 両国がハト派戦略を採ると、両国ともにそこそこに利益が出る。
 その利益を仮に基本の1としよう。
 両国ともに1ずつの利益になる。

平和のルール破りで儲ける場合
 待てよ、相手がハト派戦略を採るとき、こっちがタカ派戦略を採れば、相手は弱いのだから楽勝じゃないか。利益も多いぞ。
 C国がタカ派でJ国がハト派なら、タカ派C国の利益は基本より多いから仮に2としよう。ハト派J国の利益はというと、なし。だから0になる。
 でも、逆もある。J国がタカ派でC国がハト派。その場合も、2対0になる。
 タカ派が有利のようだけど、両国ともにタカ派なら両方、損になるのだった。その損を双方、-2としよう。
 どうやらこの問題、漁場争いを繰り返すならハト派とタカ派を一定の比率で混ぜるのがよさそうだ。どういう比率がよいのだろう?

問題を整理してみよう
 場合分けして整理してみよう。
 両方タカ派なら両方、-2。両方、損する。
 両方ハト派なら、両方、1。そこそこの利益だ。
 自分がタカ派で相手がハト派なら、2対0。楽勝の儲けだが、いつもうまくいくわけじゃない。
 これを表(マトリックス)するとこうなる。マスに並んだ数字の左がC国、右がJ国のそれぞれの利得だ。こういう表を利得表と呼ぶ。

混合戦略が重要になる
 この問題、何回か繰り返した場合、タカ派戦略とハト派戦略をどう混ぜ合わせたらよいか、ということが問われる。
 仮に、C国が常にタカ派戦略を採るとする。J国はタカ戦略で損、ハト派戦略で利益なし。双方が利益を得るという点からは打つ手なし。お話にならない。J国はハト派戦略が取れない。
 では、C国が1/2の確率でタカ・ハト戦略を分けるとするとどうか。対するJ国が常にタカ派戦略であれば、-2と2で利得は0、つまり利益なし。ではJ国が常にハト派戦略であれば、0と1で回数で割れば利得は1/2。つまり、両国がハト派戦略を採るより利得は少ない。頭悪いぞ、両国という話になる。
 どういう比率がよいのだろうか。

少しだけ数学
 C国がタカ派になる確率をpとする、するとハト派になる確率はそれ以外なので、(1-p)になる。例えば、タカ派確率が1/4なら、ハト派確率は3/4。
 同様に、J国がタカ派になる確率をqとする、するとハト派になる確率はそれ以外なので、(1-q)になる。
 C国の利得は、J国のタカ(q)・ハト(1-q)確率によっても変わる。確率が利得にどう反映するかは、利得表を眺めてみるとわかる。

 C国がタカ派であるときの利得は、J国がタカ(q)なら、-2q、J国がハト(1-q)なら、 2(1-q)になる。係数となる利得は上の赤い矢印の対応だ。
 すると、C国がタカ派であるときの利得はその合算だから、 -2q + 2(1-q)である。
 同様に、C国がハト派であれば、その利得は、0q + 1(1-q) である(下の赤い矢印)。
 ここでJ国の立場に立ってみると、C国がタカ派時の利得とハト派時の利得が同じになるようにタカ派の確率 q が決まれば、最適な戦略となる。
 そこでこの式を等号で結びつけると、

  -2q + 2(1-q) = 0q + 1(1-q)

 あとは中学一年生の数学なので、そのまま解くと、q = 1/3 となる。
 J国がタカ派を採る確率は、1/3。つまり、3回に1回タカ派となり2回はハト派になるのが最適な戦略となる。
 C国について計算するとこの利得表では同じく、1/3になる。式の対応は緑の矢印。

混合戦略はナッシュ均衡に至る
 この例では、両者ともにこれ以上のベストの戦略はないという戦略配分が出てきて、そこで戦略は固定化する。
 飽和すると言ってもよいし、均衡すると言ってもよい。ゲーム理論では、この仕組みを数学的に説き明かしたジョン・ナッシュjrにちなんでナッシュ均衡と呼んでている。
 双方が強攻策に出ると両者に損害が出て、両者が争いを避けるとそこそこの利益が出るが、出し抜けば利益が多くでるという状況では、利益を求めるなら、強攻策一辺倒でもまた和平策一辺倒でもなく、硬軟の戦略を適当な配分で混ぜるほうがよい。

もうちょっとゲーム理論を知ると面白い

cover
もっとも美しい数学
ゲーム理論 (文春文庫)
トム・ジーグフリード
 以上はごく基本のゲーム理論。タカハトゲームと呼ばれているものだ。二国間の争いなら、タカハトゲームのほかにチキンゲームや最後通牒ゲームといったゲームから見ることもできる。
 現代のゲーム理論から各種の科学がどのように見えるかをSFチックに説き明かした「もっとも美しい数学 ゲーム理論 (トム・ジーグフリード:文春文庫)」(参照)にも掲載されている例だ。
 同書なら古典的なタカハトゲームの先も語られていて面白い。

 とはいえ、どう見てもこれでは単純化しすぎで、鳥の場合ですら、取り得る行動戦略は、鷹と鳩の二つだけとは限らない。しかし、基本的な発想はこれでおわかりいただけたことと思う。そこで、もっとややこしい状況になったときに、ゲーム理論を使ってどう説明できるのか見ていこう。

 タカハトゲームにもう一つの要素が加わる。見物人だ。争いごとがあるとついやって来ては見ている一群の存在である。争いや炎上の観察が趣味ではない。ではなぜ。

 というわけで、賢い鳥たちは、いつの日か戦わなければならない日が来ることを承知のうえで、自分の競争相手になりそうな鳥が戦っている様子を観察することになる。観察者(あるいは生物用語で「盗聴者[イーヴズドロッパー]」は、自分が戦う番になったときに、それまで敵を観察してきた結果に応じて、鷹になるか鳩になるかを選ぶことができるのである。

 最適戦略に至るまでの経緯を短縮する効果があるのだろう。では、その結果、争いは減るだろうか。逆らしい。エスカレートする。双方がタカを振る舞うようになる。なぜ? 見物人がいるからだ。未来の戦いのために、自分が強者であることを見せつけるという要素が出てくる。

人間の社会行動や文明にもゲーム理論が適応できる
 もちろん、人間の文明にも最新のゲーム理論が当てはまる。


結局のところ人間は、文明化という段階まで進んでおり、すべてがジャングルの掟に支配されているわけではない。しかも実際には、ゲーム理論を使うと、このような文明化された状態が生まれる経過を説明することができる。ある種を構成しているものにとって、協力やコミュニケーションが安定した戦略となるような状況が、どのように生まれるかを、説明できるのである。ゲーム理論を使わずに、人間の協力的な社会行動を理解することは難しい。

 同書、「もっとも美しい数学 ゲーム理論」の単行本は2008年に出ていたが、先月9日に文庫本が出た。ありがちな文庫化というと、そうではない。わけあって、単行本の原稿と文庫本の原稿を全ページに渡って比較してみたが、ほぼ全ページに渡って翻訳が改善されており、読みやすくなっている(単行本に誤訳があるというわけではない)。ここまで手を加えるのかと驚いた。しかも、見出しも増えて段落の意味がとりやすい。
 あと、文庫本には素っ気ないけどちょっと意外な解説が付いている。

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コメント

ゲーム理論って名前しか知らなかったけど、このエントリの印象からすると、ある種の最適化問題をグラフ理論的な手法で解決する理論なのかな。想像していたより面白そうではある。応用範囲も広そうだし。

投稿: ピンちゃん | 2010.10.04 19:00

結論:不条理な物言いでも無理矢理権利を主張するのがお得

投稿: | 2010.10.04 22:50

別のブログでfinalventさんが紹介していた本を買いにジュンク堂に行った時、偶々この本を手に取り解説を見て驚きました。おもわず買ってしまいましたよ。

投稿: yunker | 2010.10.04 23:30

それ以前に、C国が尖閣諸島に執着する理由って漁業権でしたっけ。
もしC国が、武力衝突コスト以上の別の利益があると認識していたとしたら、結論はどうなるでしょうか。

投稿: Cyhyraeth | 2010.10.05 00:48

表の中の確率は1-p,1-qです。

投稿: | 2010.10.05 08:39

こういう国際条約がある場合、こういう国力差がある場合、というように、2国間の拘束条件をいろいろ変更して、いろいろシミュレーションをしてもらえると、もっと面白かったと思います。

投稿: enneagram | 2010.10.05 08:46

表中の誤記、訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

投稿: finalvent | 2010.10.05 08:49

 ゲーム理論とはいうけど、要するに『囚人のジレンマ』のことでしょう。
 そして、この場合の最善の対応は、「しっぺ返し」(TIT FOR TAT 「やられたらやり返す」とも訳される)であることも、自明のことですね。つまり、『自分からは決して裏切らないが、相手が裏切ったら即座に裏切り返す。相手が“改心”して協調したら、すぐに自分も協調する。相手が“改心”せずに裏切り続けたら、自分も裏切り続ける、というものだ。要するに、初回に協調する以外は、直前にとった相手の行動をそっくりそのままお返しするという、まことに単純明快なものである』となるわけで、相手の(無法な)強硬行為に対しては、適切な強硬姿勢で臨むことが正解となります。相手が強硬な態度を崩さない場合、“冷戦”に至るわけですが、これも“平和”の一形態でしょう。
 領土問題にゲーム理論を使うのが適切かどうかは分かりませんが、いくつかの条件設定を含め、再考する必要があるのでは?と思うのですが。

投稿: m | 2010.10.05 09:50

完全制圧した場合にはプレミアが有る(制海権と鉱物資源)、
とした場合にはどういう計算になるんでしょうね

投稿: k | 2010.10.05 12:50

ハトにもいろんな種類があるからなー.

投稿: KI | 2010.10.05 14:29

ナッシュ均衡について、自分が基本的な部分で分からない部分があります。

>ここでJ国の立場に立ってみると、C国がタカ派時の利得とハト派時の利得が同じになるようにタカ派の確率 q が決まれば、最適な戦略となる。

J国にとってこれが最適の戦略になるというのは、どのような理由からでしょうか。J国が自らのタカ派の確率 qを1/3とした場合、C国がどのような戦略をとろうと、C国の利得は変化しません。しかし、C国は自らのタカ派の確率 p によって、J国の利得を左右することはできます。

J国がqを1/3とした条件下では、C国が常にタカ派を選択すると(p=1)、J国の利得は最少になります。C国が常にタカ派である場合、J国の利得は-2qなので、J国の利得は-2/3ですよね。一方でC国の利得は、q=1/3の条件下では、常に2/3です。

J国の利得は-2/3、C国の利得は2/3というのでは、この状態はJ国にとって最適な戦略ではないはずです。恐らく、自分の理解がどこか間違っているのだと思いますが、それが分かりません。

投稿: ひねもす | 2010.10.06 18:47

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