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2010.10.19

習近平氏が中央軍事委員会副主席に任命。背景に見えるドタバタ

 中国共産党第17期中央委員会第5総会で、現副主席の習近平氏が中央軍事委員会副主席に任命された。手順からすれば胡錦濤国家主席の後継者として2012年に国家主席となると見られる。少し感想を書いておこう。
 重要な点は今回の人事は出来レースのようなもので、習近平氏が軍事委副主席に就任すること自体にはなんら違和感がないことだ。
 なのに、日本側がこの時期、運悪く民主党トンデモ政府ということはあるにせよ、尖閣諸島で不用意に日本と軋轢を起こしたり、毎年吉例の柳条湖事件記念とはいえピントのずれた反日デモを起こしたりするなど、反日騒ぎといえば中国国内のお家の事情の内紛という、妙にわかりやすいデモンストレーションをしてくれた。なるほど中国では内紛があるわけか、よくわかった。とはいえ、その内紛の構造は多少わかりづらい。
 シンプルに考えれば、習近平氏の人事に関連があるだろう。出来レースなのだから、おそらく、今回の人事を遅延する勢力と推進する勢力の軋轢があったと見るのが一番自然だろう。
 すると共青団対上海閥・太子党、つまり、胡錦濤系の共産党エリート軍と利権階級の対立いう構図が浮かびがちだが、習近平氏自身がべたな太子党とはいえその構図の極だとは思えない。というのは、習近平氏自身の権力性は、芸能人の嫁さんに依るところ大なポピュリズムでありながら奇妙なほど各方面の顔や言葉を立てる調停的なものであり、胡錦濤氏のようにそれなりに地味に欠点を潜めることにある。習近平氏が胡錦濤政権に反目しているわけでもないのは、来日の由来の背景にもあるだろう。
 むしろ胡錦濤政権側と習近平氏自身が、今回の任命遅延をある程度合意するような背景があったのではないだろうか。そこで、習近平を担いで利権を主張する側の勢力が焦って動き出したのではないか。
 この習近平氏を担ごうとする勢力の当面の敵対先は、漠然と胡錦濤政権というより、明確に温家宝首相だろう。この点についても中国はわかりやすいメッセージを出していた。
 中国人は人を見るから傀儡を普通を相手にしないものだが、そこを折ってまでして温家宝首相は菅首相のお膳立てで会談し、律儀に日本との関係改善をしていた。しかし、そのさなか、わざわざ地方指導者が5中総会に出席して行政が手薄な時期を狙い、しかも内陸など軍閥のお膝元で、「琉球回収・沖縄解放」とかチベットの悲劇を連想させる反日デモを利権軍閥が起こしてくれたのは、温家宝の顔に泥をぬりますよということだった。おまえらの時代は終わりだぜということでもある。
 こうしたわかりやすいメッセージ以外に、報道から窺える情報では多維新聞網によるものが興味深かかった。日本では16日付けサーチナ「習近平氏の軍事委副主席見送りか、「先軍政治」の放棄?内部抗争が激化?―中国」(参照)が伝えていた。


 習近平国家副主席が15日に開幕した中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、軍の要職・中央軍事委員会副主席に選出され、ポスト胡錦涛氏の道を歩むのかどうかが最大の焦点となっている。しかし、党内部の情報では、習氏が軍事委員会副主席の就任の可能性はないという。多維新聞網が伝えた。

 表題とこの冒頭だけ読むと、習近平失脚かと誤解しやすいが、そうではない。

 中国共産党の後継者選びに関する慣例などによれば、習氏が中央軍事委員会副主席の就任は確実視されている。しかし、共産党上層部の人士によると、習氏の副主席就任は5中全会では見送られることが決まった。しかし、後継者としての地位は揺るがないという。
 今回の就任見送りは、党指導部内で政治改革が始まったためで、習氏は2012年の第18回中国共産党大会(十八大)で胡氏から総書記のポストを引き継ぐと同時に、中央軍事委員会主席に直接就任し、これまでのような「過渡期」を設けない見通しだ。

 わかりづらいが、最重要点は習近平氏が「後継者としての地位は揺るがない」ということだ。しかし、対立的に読まれうる推測もあった。

 このような見方に対し、政治アナリストの1人は「中国共産党はソ連崩壊の轍を踏まないよう政治改革には一貫して慎重。最も微妙な後継者体制から政治改革を始めたとすれば、極めて異例のこと。習氏の副主席就任が見送られるとすれば、共産党内部の抗争が激しく5中全会までに妥協できなったことを示す」と話している。
 このアナリストによると、最近、温家宝首相が、政治改革の必要性を頻繁に公言していることは、政治改革の加速に向けた共産党最高指導部のシグナル。次期指導者の習氏にとって、政治改革が最重要の任務になることを示すとみられる。

 これもまた読みが難しいのは、習氏の相対的な失墜を意味しているわけではない点だ。
 習氏の副主席就任見送り説には、それなりの前兆もあった。5中全会の詳細を決める共産党政治局会議に習氏は参加せず、わざとそれを目立たせるように上海万博をロシアのメドベージェフ大統領と見学していたりした。副主席就任が当然話題となるはずの段取り時点でご当人が欠席というのは不自然だった。
 私なりに合理的にまとめると、中国内部の抗争に対処するため、温家宝首相主導で共青団的な政治改革を優先することから習氏の人事を見送るという背景があったのだろう。
 もう少し言えば、習近平氏を看板に立てる利権勢力を当面沈静化させるために、習氏の象徴性(次期国家主席)を抑え込もうとしていたのではないか。同時にそれには現政権のレイムダック化を抑制する意味もある。さらに言えば、この点では、胡錦濤・温家宝氏と習近平氏自身は一体的なラインで動いており、むしろ、ごたごたした背景は、温家宝対利権集団にあったのではないかと私は思う。
 一度は軍事委副主席就任遅延を飲んだだろう習氏にしても、利権的な圧力は掛かっているだろう。実際のところ習氏がその利権代表のようにべたに振る舞うわけもないだろうが、今後はいろいろ微妙なパフォーマンスは求められる。
 今回の件では失地にある温氏も非常に難しい舵取りが迫られる。すでに弱音も聞こえる。10日付けワシントン・ポスト「Mr. Wen confesses」(参照)はそこを読み違えている。

Specifically, Premier Wen Jiabao announced in Brussels last week, the Communist leaders in Beijing fear their own people. He didn't put it quite that way, of course.

とりわけ温家宝首相は先週ブリュッセルで、中国共産党主導者は自国民を恐れているのだと公言した。もっともそう直接的に言ったわけではない。

But Mr. Wen did say that "if we increase the yuan by 20-40 percent as some people are calling for, many of our factories will shut down, and society will be in turmoil." And that, he added, would be "a disaster for China and the world."

しかし温氏は「中国が他国の要請どおり20パーセントから40パーセントも人民元を引き上げるなら、中国の工場は閉鎖され、社会は混乱に陥り、それは中国と世界の災厄となるだろう」と述べた。


 ワシントン・ポストはこれにきちんと反論しているが、残念ながら、真実は温氏の側にある。
 温氏を今回窮地に追い込んだ利権集団は同時に、中国労働者と社会の利権の上澄みでもあり、上澄みから必死な攻撃に出ただけだが、下部のもまた同じく必死な状況にある。表面的な対立の構造を超えて見るなら、対立を生み出した状況は同じだ。つまり、利権軍閥も胡錦濤政権も同じ経済問題からくる社会破綻の危機の縁にある。
 なんとか中国という体制を維持してもらうには、それを理解している温氏に声援を送るくらいではすまない。届きもしない反中デモにまったりと構え、柳腰外交で日中友好を推進するよりも、日銀に高い円を支えてもらい日本人がじっとデフレに耐えるほうが、仙谷長官の言う「属国化は今に始まった話じゃない」日本にふさわしい。
 米国はそうはいかない。すでに相対的にドルを下げて実質人民元をじわじわと上げる。これは米国内経済上の要請よりも、じりじりと中国を軸とした世界の経済構造を変化させるという意味がある。ゆっくりとではあるが中国社会を締め上げるように変革を迫ることになる。
 誰もがつらい時代ということだし、その先にさしあたって希望があるわけでもない。しいて言えば、単発のコメディーはあるだろう。米国からあふれた金は新興国に流れてその国にバブルをもたらす。すると、その国にはきちんと中国人がいて勘違いなパフォーマンスをしてくれる。

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コメント

習近平さんは、小沢一郎さんとは仲がいいんですか?

日本人にとって肝心なのはそこらあたりだと思います。

投稿: enneagram | 2010.10.21 08:37

「すると、その国にはきちんと中国人がいて勘違いなパフォーマンスをしてくれる。」これは言えるかもね。バハッ

あなたは、小説家になりなはいね。屹度成功するかも!深田次郎。謹呈。

投稿: たまたまころりん | 2010.10.22 02:27

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