朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」報道の捏造疑惑
東大医科学研究所付属病院で2008年、同研究所が開発したペプチドワクチンの臨床試験で消化管出血の事例があり、この件について報道した10月15日の朝日新聞記事およびその翌日の関連社説が医療関係者から批判の声が上がっていた。専門的な問題でもあり、一般人には評価が難しいところもあると思いつつ注視してきたが、ここに来て、報道自体に捏造の疑惑が起きてきた。もしそうであるなら、ジャーナリズムにとって重大な問題になる。
該当の朝日新聞報道だが15日付朝刊1面と39面に掲載された。ネットでは一部「東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず」(参照)で読むことができる。
2010年10月15日3時1分
東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院に知らせていなかったことがわかった。医科研病院は消化管出血の恐れのある患者を被験者から外したが、他施設の被験者は知らされていなかった。
このペプチドは医薬品としては未承認で、医科研病院での臨床試験は主に安全性を確かめるためのものだった。こうした臨床試験では、被験者の安全や人権保護のため、予想されるリスクの十分な説明が必要だ。他施設の研究者は「患者に知らせるべき情報だ」と指摘している。
朝日新聞報道の枠組みとしては、重篤な副作用のある未承認薬を使いながら、その情報を臨床試験の患者に隠蔽したというものだ。
人権の蹂躙ではないかということで、その主張は翌日の社説「東大医科研―研究者の良心が問われる」に明示されている。
新しい薬や治療法が効くのかどうか。その有効性や安全性について人の体を使って確かめるのが臨床試験だ。
研究者は試験に参加する被験者に対し、予想されるリスクを十分に説明しなければいけない。被験者が自らの判断で研究や実験的な治療に参加、不参加を決められるようにするためだ。
それが医学研究の大前提であることは、世界医師会の倫理規範「ヘルシンキ宣言」でもうたわれている。ナチス・ドイツによる人体実験の反省からまとめられたものだ。
東京大学医科学研究所が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、そうした被験者の安全や人権を脅かしかねない問題が明らかになった。
医科研付属病院で被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研は同種のペプチドを提供している他の大学病院には知らせていなかったのだ。
修辞がおどろおどろしく、あたかも「ナチス・ドイツによる人体実験の反省」がなされていないといった印象を与える。
批判を受けた東京大学医科学研究所は報道のあった15日に記者会見を開催し、報道の問題点を指摘した(参照)。文書としては20日付けになるが、「朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事について」(参照)で論点を読むことができる。
しかしながら、この記事には、多数の誤りが見られる。まず、この消化管出血は、すい臓がんの進行によるものと判断されており、適切な治療を受けて消化管出血は治癒している。また、附属病院で実施された臨床試験は、単施設で実施したものであり、他の大学病院等の臨床研究とは、ワクチンの種類、投与回数が異なっている。さらに、最も基本的な、ワクチン開発者の名称が異なっている。より詳しくは、『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』をご覧いただきたい。
詳細は『臨床試験中のがん治療ワクチン」に関する記事について(患者様へのご説明)』(参照PDF)で読むことができる。東京大学医科学研究所の説明は妥当であるように思われる。
医療ガバナンス学会「 327 朝日新聞「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日)に見られる事実の歪曲について」(参照)では朝日新聞に即して論点がまとめられていてわかりやすい。
私の理解では、今回の出血は末期のすい臓がんの場合には自然に起こりうることと、また情報の開示については前提となる「通常ではありえない重大な副作用があった」の認識が異なることがある。
朝日新聞報道ではさらに医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授への名誉を傷つける内容も含まれているが、その件ついては、内憂外患「朝日新聞 東大医科研がんワクチン事件報道を考える」(参照)が詳しいので参照していただきたい。
私が当初この記事と社説を見たおりは、医療を知らない妙に素人臭い話だという印象をもち詳細がわかならいので困惑した。関連情報がネットにあがるので追いかけてみると、これはとんだ朝日新聞の勇み足ではないかとも思えた。そこで、朝日新聞に誤解や名誉を傷つけることがあれば、それを了解した時点で明記すればよいだろうと思っていた。
だがここに来て、当の朝日新聞報道そのものが捏造ではないかという疑念が起きてきた。情報は、「医療報道を考える臨床医の会のホームページ」(参照)に依存するので、この会の信頼性についても問われなければならないが、とりあえず公開された内容を読むと、朝日新聞に捏造の疑念が浮かぶ。
重要なのは、Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」(参照PDF)である。連名者の名前からカタリではないだろうと信憑性を覚えるのだが、ネットの公開はここだけのようなので疑念は残る。
(捏造と考えられる重大な事実について)
記事には、『記者が今年7月、複数のがんを対象にペプチドの臨床試験を行っているある大学病院の関係者に、有害事象の情報が詳細に記された医科研病院の計画書を示した。さらに医科研病院でも消化管出血があったことを伝えると、医科研側に情報提供を求めたこともあっただけに、この関係者は戸惑いを隠せなかった。「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか。」』とあります。
我々は東大医科学研究所ヒトゲノム解析センターとの共同研究として臨床研究を実施している研究者、関係者であり、我々の中にしかこの「関係者」は存在し得ないはずです。しかし、我々の中で認知しうるかぎりの範囲の施設内関係者に調査した結果、我々の施設の中には、直接取材は受けたが、朝日新聞記事内容に該当するような応答をした「関係者」は存在しませんでした。
我々の臨床研究ネットワーク施設の中で、出河編集委員、野呂論説委員から直接の対面取材に唯一、応じた施設は7月9日に取材を受けた大阪大学のみでした。しかし、この大阪大学の関係者と、出河編集委員、野呂論説委員との取材の中では、記事に書かれている発言が全く述べられていないことを確認いたしました。したがって、われわれの中に、「関係者」とされる人物は存在しえず、我々の調査からは、10 月15 日朝刊社会面記事は極めて「捏造」の可能性が高いと判断せざるを得ません。朝日新聞の取材過程の適切性についての検証と、記事の根拠となった事実関係の真相究明を求めると同時に、記事となった「関係者」が本当に存在するのか、我々は大いに疑問を持っており、その根拠の提示を求めるものであります。
これが真実であれば、朝日新聞の報道は捏造ということになる。朝日新聞珊瑚記事捏造事件(参照)もひどい話ではあったが、今回は医療の、しかも人命が関わる問題であり、捏造であればあまりに重大な事態になる。
私の率直な印象だが、そんなことがあるのだろうかという疑念のほうが強く、「医療報道を考える臨床医の会」とやらに私がだまされているのではないかという思いすらある。もしそうであれば、後にそのことを追記して明記したい。
そうした疑念はあるにせよ、もしそれが真実であれば日本のジャーナリズム史上に残る大問題となりうるので、看過しがたく思った。
Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」の入手経路について
Captivation Network 臨床共同研究施設者連名による「抗議文」の入手経路について、医療報道を考える臨床医の会から回答を得(参照)、同サイトの会見動画で同「抗議文」が朗読を確認しました。「抗議文」が偽作ではないと判断します。同時に、この「抗議文」に対する朝日新聞社の応答を強く期待したいところです。
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