生物多様性条約第10回会議が成功裏に終了、それとフーディアはどうなったか
国連の生物多様性条約・第10回会議(COP10)が終わった。最終の追い上げ報道からすると案外いけるかもしれないとも思ったが、実際にABS(Access and Benefit Sharing:遺伝子資源へのアクセスと利益配分)議定書ができたらしいと知ると、それはそれで驚きの感もある。どういう交渉があったか知らないが、たいしたものだ。議定書はこれからはNAGOYAと呼ばれることになり、KYOTOに並ぶだろう。
生態系保全目標の通称「愛知ターゲット」の採択については実効性についてはどうかと疑問に思うが、どちらかというときれい事でまとまりやすい。これに対してABSのは実利が関わってくるだけに厳しいものがあるだろうと見ていた。もっとも南米などの参加国ではすでに国内法でABSを整備しているので、それらを空言としないためになんらかの国際的な基盤は必要になる。それなりのご事情もあっただろう。
実際にどのようにまとまったかだが、今日付けの毎日新聞「COP10:国内法整備着手へ 環境相、議定書早期批准で」(参照)ではこう伝えていた。
議定書は、遺伝資源を利用する企業は提供国から事前の同意を得て、医薬品開発などで得られた利益をバランスよく配分すると規定。利用国に対し、遺伝資源を不正に入手していないか監視機関を設けてチェックするよう求めた。その際、提供国政府が発行する証明書を確認する。どういった体制で監視するかは利用国に判断をゆだねているが、監視機関を1カ所以上設ける。さらに、各国が情報を共有できるよう、条約事務局に情報とりまとめ機関(クリアリングハウス)が設置される。
議定書は50カ国が批准して90日後に発効する。松本環境相は「さまざまな問題を整理し、すみやかに対応しなければならない」と述べ、議定書の早期批准と国内法の制定を急ぐ考えを示した。
記事はわかりやすくまとめている。「バイオパイラシー」といった言い回しはないが規制のイメージも浮かびやすい。しかし私はこの問題の難所は、記事には言及がないが、特許にあるのではないかと思っていた。そのあたりはどうなのか。調べてみると3月の時点で経団連から「生物多様性条約における「遺伝資源へのアクセスと利益配分」に対する基本的な考え方」(参照)という文書があり、面白かった。「合意すべきでない事項」で特許の問題が列記されている。内情には複雑なものもありそうだが、基本的には「特許出願明細書への遺伝資源の出所開示」への脅威があるのだろう。
現在日本ではレアアースが中国の文脈でいかにも寝耳に水といった風情で話題になっているが、今回のCOP10のABS規制も類似の形態で今後中国が関わってくる。漢方薬の原料など想起すれば日本人なら誰もそうだろうなと思い当たるだろうが、日本の遺伝子資源利用のかなりが中国によっているからだ。しかも日本の特許に相当する中国の専利法は昨年10月から第三次改定され、これに遺伝資源の出所開示が含まれている。問題はそれが実際上どの程度のものなのかということだが、中国としては自国の利益に使えるものならなんでも使う主義なので今回のCOP10のABSはその水準を暗黙に示すのではないか。
別の言い方をすればそのあたりの度合いナゴヤにおいてどのくらい玉虫色になっているのかというのが知りたいところだがマスコミ報道などからはわからない。いずれ識者の論説を待つしかないだろう。
ということでぼんやりしていると、そういえばフーディアはどうなったかと思い出した。もう何年も前になるが問われて調べたことがあった。
フーディア(Hoodia)は一見するとサボテンに見える。が、サボテンではないらしい。いくつか種類がある。
注目されているのはフーディア・ゴードニー(Hoodia gordonii)と呼ばれる種類だ。南アフリカからナミビアに自生する。花は美しいと言えないでもないが、臭いは腐った肉と言われている。その臭いに誘われたハエで受粉するらしい。嗅ぎたいとは思えない。
この植物の成分に食欲を抑える天然の物質がある。当然、肥満解消の薬剤に利用できるのではないかということで話題になった。これに大手製剤社ファイザーも絡んだことから、欧米では大きな話題になったことがある。
話題のもう一端は、狩猟の際に飢えをしのぐためにこの植物をサン人が利用してきた経緯があり、いわばサン人の知恵とも言えるものだった。まさに今回のCOP10にも関連する問題が潜んでいる。
ちなみにサン人は以前は蔑称としてだろうが、ブッシュマンとも呼ばれていた。私の年代なら懐かしのニカウさんを思い出すだろう。「ミラクル・ワールド・ブッシュマン(The Gods Must Be Crazy)」という1981年の映画があった。現在からするとアフリカ人への差別に受け取られかねないが、個々にはしんみりとするシーンもあり、ニカウさんの人間性にある敬意も抱くようになるものだった。見たことがない人がいたらお薦めしたが、メディアとしては販売されていないようだ。
食欲を抑制するフーディア・ゴードニーだが、その医薬品研究が始まったのは南アフリカの科学工業研究所だった。1977年に有効物質がP57として分離され、特許が取得された。特許はその後、英国の製薬会社ファイトファーム(Phytopharm)に委託され、さらにファイトファームは2002年大手製剤社ファイザーと共同でこの物質の研究を開始した。ファイザーとしてはP57をモデルに食欲抑制剤を開発したかったらしい。が、合成は難しく、また未知の副作用が潜む可能性(参照)があることから断念してしまった。
P57の権利を戻したファイトファームは2004年、次にユニリーバ(Unilever)に貸与し、機能性の食品開発を狙った。が、2008年これも巨額の損失を出して断念に至った(参照)。理由は食品として期待される機能性や安全性の問題であったようだ。
その後のP57の動向はよくわからない。期待が高く欧米メディアで取り上げられたことから、P57とは別に自然形態のフーディア・ゴードニーの健康食品が販売されているようだが、品質には問題が多いようだ(参照)。
というところで、うかつだったのだが、もしかして日本でも販売されているのかと気がついて「フーディア・ゴードニー」でべたに検索してみると日本でも各種販売されているようだった。すごいな。効果があるのだろうか。
ナゴヤの視点に戻ると、サン人への利益還元はどうなっているかが気になる。まずは、P57を分離した南アの科学工業研究所とサン人の関係になるのかとも思われる。サン人側は弁護士ロジャー・チャネルズ(Roger Chennells)氏を立て原住民としての利益を主張しているようだが(参照)、具体的な利益還元についてはよくわからない。
ユニリバーの製品開発が成功していたらサン人への還元は比較的シンプルであっただろうが、ファイザーの場合はP57自体を使うのではないから製薬に成功しても微妙なところだっただろう。現在販売されている各種フーディア・ゴードニーの健康食品については、サン人側との権利がどのようになっているかは、ざっと見わたしたところではやはりよくわからなかった。粗悪品が多いとすればそれ以前の問題なのではないかと推測される。
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