多剤耐性アシネトバクターによる院内感染
東京都板橋区の帝京大学医学部付属病院で3日、多剤耐性菌による院内感染の発表があった。多剤耐性アシネトバクターによる院内感染で9月1日までに46人が感染し、うち重篤な病気に罹っていた27人の死者があり、さらにその9人が同細菌を死亡原因とする因果関係が否定できないとのことだった。院内感染は病院側の対応でかなり防ぐことが可能であるため、発表では森田茂穂病院長らは謝罪した。
報告では、2月ごろから同細菌が検出され、4月・5月には10人の患者から検出されことから、検体を再調査したところ昨年8月を起点に感染が確認された(参照)。
同日の東京都の会見では、4・5月時点で院内感染を把握しておきながら、報告が9月2日まで遅れたことを問題視していた。東京都福祉保健局の担当者は、「きのう、板橋区保健所に報告するまで何の連絡もなかった。報告が遅れたことはたいへんに遺憾だ」と述べた(参照)。
帝京大学医学部付属病院に違法な情報隠蔽があったのだろうか? 3日付けNHK「“報告の遅れ遺憾”都が厳重指導」(参照)ではこう報道されている。
多剤耐性アシネトバクターについて、東京都は、国の通知に基づいて去年1月、院内感染を把握した場合は速やかに保健所に報告するよう各病院に通知していたということですが、帝京大学附属病院は、東京都が国と合同で先月4日に行った定期的な立ち入り検査の際にもこの件に触れなかったということです。
多剤耐性アシネトバクターの院内感染を意識できた5月の時点で同病院は通知を出し、また8月の立ち入り検査でも言及すべきだったとはいえる。
大手紙社説もこのあたりに病院側の非を定めて正論を吐いている。今日の毎日新聞社説「多剤耐性菌 感染防止の基本怠るな」(参照)を例にするとこのような調子である。
病院の管理がしっかりしていれば、ここまで広がることはなかったはずだ。死亡者も減らせただろう。病院は感染経路の特定を含め、今回の事例を検証すると同時に、日常的な管理体制の不備を洗い出し、改善していくことが欠かせない。院内感染防止対策の専従スタッフが十分かどうかの見直しも必要だ。
正論ではあるが「病院の管理がしっかりしていれば、ここまで広がることはなかったはずだ。死亡者も減らせただろう」との指摘は多剤耐性アシネトバクターに限らない。この細菌の日本での登場や背景なども理解する必要はあるだろう。同社説は簡素にこう触れている。
多剤耐性アシネトバクターは10年ほど前から世界的に増え問題になっている。日本でも昨年、福岡大病院で院内感染が起きたが、この時は海外での感染が発端だったと考えられている。
2008年秋から2009年1月に福岡大病院で多剤耐性アシネトバクターの院内感染が発生し、26人が感染し4人が死亡した。ただし、4人の死因の因果関係は明確ではない。感染経路としては、韓国で手術を受けた患者から菌が検出されたため、同患者から感染が広がった可能性が指摘されている。
国としても多剤耐性アシネトバクターへの対応は、福岡大病院で院内感染を起点としているように2009年以降であり、最近強く意識された新しい問題でもあった。今回の帝京大学医学部付属病院の事例でも、最初に感染が見つかった病棟の医師には多剤耐性の認識はなかった。その意味では、厚生行政全体の問題も多少関連している。
国側では2009年10月21日の第8回院内感染対策中央会議議(参照)で多剤耐性アシネトバクターの問題を主要課題として取り上げている。議事録は興味深いものである。
院内感染に対する報告義務についてはこう言及されている。
○事務局(清) 小林先生、もう議題2に入られていますか。
○小林座長 はい。
○事務局(清) 失礼しました。器材の話は置いておきまして、もう1つの感染拡大の原因になっているのは、報告の遅れです。初期に気づいてはいても、内部で、もぞもぞしているうちに気がついたら広がっているケースが実際に多いです。そして、いま法令上でのこの辺の院内感染に対する報告義務は、もちろん感染症法に則った形での報告義務はあるわけですが、それ未満のものに関しては、そういう重大な院内感染が起こった際には行政機関に相談するよう努められたいという、いまはそういう努力目標みたいな形でしかなくて、明示がされていないということになっています。それを2-2の資料です。
○洪構成員 死亡された方が4名いたということですが、その方たちは検体としてはどこから分離されたのですか。
○山岸研究員 全員痰からです。
○洪構成員 肺炎を併発していたかまでの診断はされていないのでしょうか。
○山岸研究員 我々がカルテの記載から見た感じでは、積極的に肺炎だと思われるものはそれほど確認できませんでした。ただ、感染と清拭は臨床の先生たちがその場でやったものをあとから見ることしかできなかったので、定かではありません。
○小林座長 一緒にご検討いただきたいと思うのですが、資料の1-2ですが、厚労省がこれを踏まえてすぐに通知を出しています。これに関してご説明はありますか。
○事務局(清) これに関しては、そんなに情報が多くない中での話だったので、あまり詳しいことは言えていません。保健所の報告も別添で付けましたが、その段階では、国内で少し変わったものが出たので、こういうものは感染症法の報告義務のないものですから、潜んでいたらよくないということで、まずは世間に向けて声を出したというところです。
そのあとで、何施設からか、うちでも出ましたという連絡が直接きたり、厚生局経由できたりしました。合計で4件くらいあったと思います。
現状では多剤耐性アシネトバクターは感染症法の報告対象には含まれていないため、感染が確認されても報告義務はない。帝京大学医学部付属病院が違法であるとは言えないようだ。むしろ、これだけの規模の院内感染が発覚したということ、また今回明らかになった感染時期から推測しても、他所でも院内感染がすでに発生している可能性はあるだろう。
事後の印象からすると、多剤耐性アシネトバクター感染の認識は明確なようだが、現実には帝京大学医学部付属病院の医師でも当初認識できていなかった。検査は容易なのだろうか?
○切替構成員 そうすると、普通の病院の検査室でも、一定の定義をきちんと持っておられて、検査技師が、ある病院でアシネトバクター・バウマニが出て、うちで分離されたということが言える状況になっているのでしょうか。
○筒井担当官 結果のところに書いていますが、我々のサーベイランスの参加医療機関のほとんどにおいて、アシネトバクター属の分離が見られています。ただ、同定に関しては難しい面もあるので、属としては同定できているところはほとんどだと思います。
○切替構成員 多剤耐性緑膿菌の場合は、かなり細かく検査技師が、「このような基準で検査した場合に多剤耐性緑膿菌ですよ」と言えるのですが、いまの現状で、病院の検査室で、多剤耐性アシネトバクターはこうだということが言える状況になっているのかを知りたかったのです。
○小林座長 一山先生、荒川先生からはございますか。
○一山構成員 それぞれの感受性同定はまず間違いないと思います。その定義が、多剤耐性として院内感染対策上、警鐘を鳴らすべきという認識が、この基準をそれぞれ持っているかというと、それは難しいと思います。
臨床で、これも耐性だなと。例えばカルバペネムとか、こういうのは厄介だと遭遇したら思うでしょうけれども、それが、検査室から直ちに感染対策の警鐘を鳴らす基準として浸透しているかは不明だということだと思います。
○小林座長 それは保菌状態か、感染症が多剤耐性菌で起こっているかを含めての意味ですか。
○一山構成員 含めてというよりも、検査室から見た場合、これは多剤耐性のアシネトバクターだという条件。それぞれの感受性検査は同定も問題ないのでしょうけれども。
○小林座長 現場の判断が必要だということですね。
○荒川構成員 いくつかの病院から、アシネトバクターで多剤耐性のものが見つかったという相談はあります。どのような基準でその病院が多剤耐性と判定しているかは、多少ぶれがありますけれども、一般的には緑膿菌と同じように、カルバペネム系とアミノグリコシドとフルオロキノロン系に、耐性を獲得したものが出た場合は、多剤耐性と理解しています。
ただ、2剤耐性とか、カルバペネム耐性のアシネトバクターということでも、それは単剤耐性とかありますので、病院によっては、そういうものが出た場合にも相談があって、解析をしてほしいという依頼はかなりの数が来ています。
○切替構成員 私が質問した意図は、私たちも環境調査をしたことがあるのですが、ほかのいろいろな環境菌が分離株から出てきます。特にアシネトバクターをターゲットとした場合に、よほど工夫しないと、いろいろな菌が混じっている環境からアシネトバクター・バウマニを分離するのは、かなり難しいのではないかという危惧がありました。
結論として、滅菌したバイトブロックから出た理由は、バイトブロックにはたまたまほかの菌がいなくて、アシネトバクターだけが選択的に残っていたので出たのではないか。つまり、本当の環境中のソースがどこかについて、少し疑問を感じたので質問しました。
議論は専門的だが、昨年秋ごろの状況では、多剤耐性アシネトバクターの検出はそう簡単なものだったとは言えないようだ。
アイロニカルな修辞もあり、今回の事例に当てはまるものではないが示唆的な指摘が「麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか(岩田健太郎)」(参照)にある。
新聞などで「○○大学病院で耐性菌」「○○病院でMRSAの可能性」などと報じられ、耐性菌を出した病院を悪者扱いする風潮があります。まるで耐性菌の出た病院がひじょうに不適切な医療をやっていると言わんばかりです。が、それはまったく的外れの指摘です。そういった病院は、細菌を培養して調べているから耐性菌が出ていることがわかるのであり、じつはまっとうな病院なのです。
多くの病院では、耐性菌の有無を調べてすらいません。むしろ、最悪なのは「うちは耐性菌はまったくありません」という病院です。
一生懸命医療に取り組んでいれば、かならず耐性菌は出てきます。出ないとすれば、その医療機関がまともな医療を行っていないか、もしくは調べていないかのどちらかです。もし警察が、「この国には犯罪者は一人もいない」と言ったとしたら、その警察は全然機能していないということでしょう。それと同じです。
おそらく調べれば、「超高齢者」のように多剤耐性アシネトバクターの院内感染は見つかるだろうし、今後も事例は増えるだろう。その対応としてまず重要なことは、残念ながら現状ではごく基本的な院内感染削減の知見でしかないように思える。
![]() 麻疹が流行する国で 新型インフルエンザは防げるのか 岩田健太郎 |
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