日本を巻き込む米中貿易戦争の開始
中国に人民元切り上げを迫る制裁法案が米国下院で29日(米国時間)可決された。世界大恐慌を深刻化させたスムート・ホーリー法の現代版とも言えるような代物で好ましいものではない。米中貿易戦争の開始とも言えるだろう。当然、日本にも影響は出てくる。
米国下院での採決で賛成が348、反対が79と大差がついたことからもわかるように読みやすく予想された結果でもあった。今後の推移だが、上院で同様の法案が可決された後、上下院で法案を一本化して再度可決し、さらに大統領署名で法律として成立することになる。この間、11月に中間選挙があるため、上院の可決はそれ以降になりそうだ。
実際に上院で成立するか、またオバマ大統領がこれに署名するかが注目されると言いたいところだが、恐らく成立という流れになる。さらにその後、WTO(世界貿易機関)による違反となる可能性もないわけではないが、中国からWTOに提訴するという図は想像しにくい。
オバマ政権のガイトナー米財務長官も16日の米上院銀行委員会で中国人民元について、「人民元安が米国からの生産や雇用の流出を促進している」「人民元の上昇ペースは遅く、上昇幅も限られている」、議会の「いらだちを理解する」(参照)と述べており、政権と議会に認識差はない。意外感もあるが中国寄りに見られるニューヨーク・タイムズもこの意見に与している。18日付け「Mr. Geithner and China」(参照)より。ガイトナー長官の議会証言に対して。
It is good to hear Mr. Geithner speaking out. It was also good to hear Japan this week criticizing China’s currency manipulation. The Obama administration now needs to persuade more countries to speak up. That may be the only way to get China to abandon its victim act and its policy that is doing huge economic damage around the world.ガイトナーの公言が聞けるのは好ましい。今週日本が中国の為替操作を非難したことも好ましいことだ。オバマ政権はより多くの国々が声を上げるよう説得すべきだ。世界全体に経済損失を与えるように犠牲を強いる政策と政策を中国に断念させる唯一の方法であるかもしれない。
日本ではあまりこうした枠組みの報道は見かけなかったように思うが、尖閣諸島をめぐる問題で揉めているとき、中国側としては通貨問題で日本が米国に与したことも腹立たしく思っていて、強硬な対日策には通貨問題での米国に対する指桑罵槐の側面もあった。加えて言えば、ぼかしているが、中国を甘やかせて巨利を上げているドイツについてもニューヨーク・タイムズは非難している。
好意的に見るならオバマ政権はガイトナー長官の証言を通して制裁法案回避に向けたシグナルを中国に出しているとも言える。オバマ大統領はさらに23日、個別会談で温家宝首相に早急な人民元切り上げを求めた。が、はぐらかされた。今後、中間選挙では民主党の敗北が予想され、同党のオバマ大統領の力はさらに弱体するので、政権側からの回避策は途絶えるだろう。
対する中国だが、米国が振り上げた拳を下ろすように、この間に人民元を切り上げて軟化するかだが、これも恐らくないだろう。中国は6月に為替レートの弾力性を高めるとアナウンスしたものの、実際の人民元切り上げは2%と洒落にもならなかった。今後もわずかなポーズが示されるくらいで、実際には貿易戦争に受けて立つということになりそうだ。単純な話、人民元を切り上げれば中国国内雇用にも影響するし、貿易にも影響する。さらに北京政府側に圧力がかかる。特権階級である太子党も看過しない。
対中制裁法案の内容だが、為替操作による通貨安政策で実質的な輸出補助金を出す国があれば、それを米国商務省に審査させ、輸出補助金と認定されれば、相殺関税を課すようにするものだ。現実的には対中国が想定されている。
現状米国は、中国が為替操作を行い二割から四割ほど人民元を安くしていると見ている。このため、米国では350万人の雇用が失われたとも推定されている(参照PDF)。
オバマ大統領が内心ではこの制裁法案を望んでいないように、米側でも反対意見はある。スウェーデン国立銀行賞賞受賞者のロバート・マンデル米コロンビア大学教授もその一人である。27日付けブルームバーグ「マンデル教授:人民元の上昇促す米国の法案、通過すれば「災難」に」(参照)より。
同教授は香港でブルームバーグテレビジョンのインタビューに応じ、「米国民を助けることにはならない」と言明。「米国民の雇用を創出することはない。災難を生むだけだ」と指摘した。
マンデル教授は同法案について、「世界経済やアジアの安定に大きなダメージを与えることになる」とした上で、「国際関係の安定を傷つけることになる。経済の歴史において、法制度によりある1国の通貨が他国の通貨に対し上昇を強いられた例は存在しない」と付け加えた。
また、中国が元の上昇を容認することで米国、もしくは米国の国際収支にプラスとなるとは過去の歴史が示していない指摘した。
とはいえもはやこの潮流を押しとどめることはできないだろう。
私としては、米国も愚かなことをするものだなと思っていたが、私が尊敬するコラムニスト、ローバート・サミュエルソンの27日のコラム「The makings of a trade war with China」(参照)でぞっとするような意見を読んだ。日本語でも公開されている(参照)。
第2次大戦後の通商体制は相互利益の原則に基づいており、完璧でないとはいえ、その原則は守られてきた。だが中国は、自国のニーズに合わせた通商体制を望んでいる。共産党の権力維持に必要な雇用を支える巨大な輸出市場、石油や食材、その他の重要な原材料の供給源の独占、テクノロジーでの優位性というニーズだ。諸外国の経済の成否は、中国の国益への貢献度によって決まる。
いま対立しているのは、世界秩序に関する2つの考え方だ。旧来の秩序を作り上げ、守ってきたアメリカは、おぞましい選択に直面している。中国の野望に抵抗して、誰もが敗者となる貿易戦争を始めるリスクをとるか、あるいは何も手を打たず、中国に新たな通商体制を構築させるのか。
前者は危険を伴う。だが、後者は世界を破滅させるかもしれない。The post-World War II trading system was built on the principle of mutual advantage, and that principle -- though often compromised -- has endured. China wants a trading system subordinated to its needs: ample export markets to support the jobs necessary to keep the Communist Party in power; captive sources for oil, foodstuffs and other essential raw materials; and technological superiority. Other countries win or lose depending on how well they serve China's interests.
The collision is between two concepts of the world order. As the old order's main architect and guardian, the United States faces a dreadful choice: resist Chinese ambitions and risk a trade war in which everyone loses; or do nothing and let China remake the trading system. The first would be dangerous; the second, potentially disastrous.
道は二つしかないという。(1)誰もが敗者となりうる貿易戦争を始めるか、(2)中国流の世界経済秩序設立を認めるか。
二番目は「世界を破滅させるかもしれない」と訳されているが、原文では、"potentially disastrous"であり、「破滅」と読むまでもないようにも見える。
ただし日本は戦後、米国の「旧来の秩序」である公海の自由を基盤に自由交易の上に成立してきた国であり、二番目の選択はそれがなくなるということからすると、米国にとっては"potentially disastrous"であっても、日本にとっては"eventually destruction"になりかねない。
米国はその原油輸入の状況を見てもわかるように南米と一体化したブロック経済圏が取れないことはないし、大西洋側の欧州・アフリカとの連繋も可能だが、日本にはそうしたチョイスはない。
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コメント
The Obama administration now needs to persuade more countries to speak up.
この部分が訳し間違っているような。
「オバマ政権は、もっと多くの国が(中国に対して)声を上げるよう説得すべきだ。」
かと。
(このコメントは表示しなくていいです)。
投稿: akira | 2010.10.01 05:23
日本は核武装を持つべきだ。
主な核武装論者 (Wikipedia)
伊藤貫(国際政治・米国金融アナリスト)
中川八洋(筑波大学名誉教授 歴史人類学専攻)
副島隆彦(常葉学園大学 教育学部特任教授)
中西輝政(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)
志方俊之(帝京大学教授。元陸将。元陸上自衛隊北部方面総監)
福田和也(慶應義塾大学教授、文芸評論家)
平松茂雄(「沖縄と共に『自立国家日本』を再建する草の根ネットワーク」専任講師、国家基本問題研究所評議員)
西部邁(秀明大学学頭)
兵頭二十八(軍学者)
小林よしのり(漫画家)
橋下徹(弁護士、大阪府知事)
勝谷誠彦(コラムニスト)
西村眞悟(政治家)
田母神俊雄(軍事評論家)
石原慎太郎(作家、東京都知事)
櫻井よしこ(評論家、ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長)
元谷外志雄(アパグループ代表)
和田秀樹(精神科医)
星野秋史(星秋リコネサンス代表
投稿: ほり | 2010.10.05 23:42
今回『日本を巻き込む米中貿易戦争の開始』のブログをWEBRONZAテーマページにリンクさせていただきました。
不都合な場合、WEBRONZA@asahi.comにご連絡ください。
宜しくお願い致します。
投稿: WEBRONZA編集部 | 2010.10.15 18:21