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2010.09.18

日本単独為替介入の意味

 民主党代表選挙で菅氏が勝利した後、即座に日本単独で為替介入が実施された。仙谷由人官房長官は否定はしたが、どう見ても政治的なものだった。この政治ショーはどういう意味があったのだろうか。
 15日付け日経記事「官房長官、防衛ライン「82円台」言及 代表選「関係なし」 」(参照)より。仙谷官房長官はこう語った。。


 民主党代表選が終了した直後に介入を実施したことに関しては「先だってから『断固たる措置を取る』と財務相は言っていた。あくまでも相場を注視してきたので、代表選との関係はまったくない」と語った。

 「相場を注視」ということの裏付けの意味もあったのだろうか、これにとんでもない失言も伴った。

 仙谷由人官房長官は15日午前の記者会見で、同日に政府・日銀が実施した円売り・ドル買いの市場介入を巡り、「1ドル=82円が防衛ラインになっているのか」との質問に対し「野田佳彦財務相のところでそういうふうにお考えになったと思う」と述べ、事実上認めた。政府高官が為替介入の防衛ラインに言及するのは極めて異例だ

 日経は「極めて異例」と表現を濁しているが、単にとんでもない失言である。ポジションといえばそうだが、ウィリアム・ペセック氏のコラム「円売り介入は「ソロスたち」への招待状、投機シーズン解禁-ペセック」(参照)がわかりやすい。

 単独介入も水準への言及も、あまり賢い動きとは思われない。米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)の協力のない円売り介入は成功しない。世界中のソロスたちに円の高値試しを考え直させるのは協調介入への警戒だけだ。また、政府は何がおころうと決して、防衛ラインの水準をトレーダーに教えてはいけなかった
 この鉄則を破った仙谷由人官房長官に眉をひそめた人は多かった。仙谷氏は財務省は1ドル=82円を攻撃に出るべき水準と考えていると発言したばかりか、政府は介入について米欧の理解を得ようとしているとまで喋ってしまった。
 つまり、FRBとECBが協力していないばかりでなく、米欧当局は介入が必要とも、奏功するとも確信していないということだ。円投機のシーズン解禁だ。

 別の言い方をすると「仙谷氏は本当にばかだ」となるだろうか。いや、それは私の評言ではない。渡辺喜美氏のそれだ。16日付け産経新聞記事「「仙谷氏は本当にばかだ」為替介入で渡辺喜美氏」(参照)より。

 みんなの党の渡辺喜美代表は16日、都内のホテルで開かれた日本商工会議所の総会であいさつし、政府・日銀の為替介入に関連し、仙谷由人官房長官が15日の記者会見で1ドル=82円台が政府の「防衛ライン」と認める発言をしたことに対し、「わたしが投機筋なら『82円までは大丈夫だ』と必ず狙う。本当にばかだ。国家経営をやったことのない人たちに国家経営任せると日本が滅ぶということだ」と批判した。

 「こりゃいい。86円でショート、83円でロング」というわけだ。
 日銀がこの「本当にばかだ」の政府をどのくらい了解していたかだが、読んでいたのではないだろうか。
 為替介入は非不胎化を伴わなければ意味がないのだが、白川総裁はこう考えている。16日付けブルームバーグ記事「介入の非不胎化は日銀のリップサービス-効果は疑問、一段の圧力も」(参照)より。

 実際、白川方明総裁は著書「現代の金融政策」で「不胎化と非不胎化の区別に意味はない」と繰り返し説明している。介入の原資となる円資金は日銀がいったん国庫短期証券(TB)を引き受けて供給するが、政府はその後TBを新たに市中で発行し、日銀が引き受けた分は速やかに償還されるため、日銀の「当座預金に対する影響は中立的であり、介入は自動的に『不胎化介入』となる」という。
 重要なのは、非不胎化かどうかの区別ではなく、日銀が金融緩和を行うかどうかであり、白川総裁もこう述べている。「そもそも『不胎化介入』と『非不胎化介入』を区別する基準自体がはっきりしないため、為替市場介入の『不胎化介入』と『非不胎化介入』を議論することは、金融政策の運営方針の変更を議論することと同義になる」。

 今回の為替介入は、むしろ政局的な意図しかないということでもあった。
 15日付けフィナンシャル・タイムズ社説「A very political intervention(きわめて政治的な為替介入)」(参照)も早々に見抜いていた。

It may have been a victory lap of sorts. One day after the ruling Democratic Party of Japan leadership contest was resolved in prime minister Naoto Kan’s favour, the Japanese government intervened in the currency market to weaken the yen. While the move is a welcome escape from Tokyo’s policy paralysis, its significance is more political than economic.

勝利の歓声が欲しかったのだろう。日本民主党の党内指導者コンテストで菅直人が選出された翌日、日本政府は円安を誘導の為替介入を実施した。日本政府の政治的な脳死状態から脱却する一手としては好ましいものであるが、その意義はといえば、経済的なものというより、政治的なものだった。


 今回の為替介入は、改造内閣のいわば国内向けショーということだった。
 もちろん、これが日銀協調できちんとリフレ政策に結びつけばよいのだが、どうだろうか。フィナンシャル・タイムズはやや曖昧なトーンだが、正論も提言している。

The greatest benefit intervention could bring would be if it signalled that the Bank of Japan was more willing to fight deflation.

日銀がデフレ撲滅の意思を持ったというサインであるなら為替介入も大きなメリットがあるだろう。

Though the central bank does the finance ministry’s bidding in the currency market, it resists pressure for domestic monetary policy to be more forceful.

日銀は財務省の入札を実施するが、国内金融政策を強化するる圧力には抵抗している。

Prolonged non-sterilised intervention would bring much-needed inflationary pressure – presumably not the goal.

非不胎化を伴う介入の継続は、インフレが目標ではないにせよ、インフレ圧力に必要となるだろう。

But if it is the only way to reinflate Japan, we should take what we can get.

日本がインフレによって再成長する手段がこれしかないというなら、世界もそれで満足すべきだろう。


 フィナンシャル・タイムズの英語自体はそれほど難しいわけではないが、言い回しの含みが難しい。為替介入に続く日銀の非不胎化は継続されなければ効果はないだろうが、日銀の動向としてそれはないだろうという含みがある。どこかで限界が想定されているということだろう。
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日本経済のウソ
高橋洋一
 非不胎化介入が継続されれば、日本経済のデフレ脱却の好ましいマイルドインフレにはなるのはフィナンシャル・タイムズも理解している。そして、それしか日本のデフレ脱却に手段がないなら、しかたない受け入れようというのだ。これはむしろ世界に向けて日本を擁護しているのだが、反面、本当にそれしかできないのだろうかとも疑念を持っている。
 どうなるのか。恐らく、日銀が長期に協調し非不胎化を伴う為替介入は続かないだろう。日銀は変わらないだろう。現在では「日本経済のウソ(高橋洋一)」(参照)に説明されているが、非不胎化介入には日限の買いオペが必要とされる。が、「日銀ルール」がそれを阻むことになる。
 ところで話が前後するが、なぜフィナンシャル・タイムズが日本の為替介入を援護するのかといえば、日本の介入は他国から好まれないことを知っているからだ。まあ、世界の常識の部類ではあるが。

Nor should Tokyo expect a sympathetic hearing in foreign capitals.

日本政府は他国通貨との協調を期待すべきではない。

Countries praying that trade will compensate for sickly domestic demand will not take kindly to Japan’s export-snatching manoeuvres.

ふるわない国内需要を貿易で補おうとしている国々にしてみれば、貿易利益をかすめとる日本の施策に好感を示すことはない。

In Washington, where the China-bashing season has now opened with congressional hearings on Beijing’s currency peg, the Japanese move will sour the mood further.

米国政府にしても、固定通貨制の中国叩きが議会で開始されているなか、日本のこうした施策は嫌悪感を招く。

Determined optimists may at least hope Tokyo will have steeled determination to deal with global imbalances at the G20 summit in Seoul.

好転に固執している人たちは、ソウル開催のG20で世界経済不均衡に日本が断固対処すると期待しているかもしれない。


 円安となれば日本経済が他国の輸出メリットを奪うことになるので、他国に好まれるわけはない。途上国にとっても欧州にとってもそうだろうし、米国議会にとってもそうだろう。フィナンシャル・タイムズの表現は曖昧だが、そうした米議会の動向に懸念を持っていた。
 この点はどうなったか。それが今回の為替介入の一番の要点であり、いらだつ米議会に対してオバマ政権側がどう反応するかという点が注視されていた。
 結果は、ガイトナー財務長官や財務省・FRB関係者は日本について沈黙を守った。オバマ政権は今回の日本の介入を黙認したと見てよい。その背景は、当然ながら、中国のほうが日本よりはるかに手に負えない問題となっているからだ。
 この先まで解説すると、またまたへんなとばっちりが来そうでうんざりするが、米国は対中国戦略に日本が同調するようにというメッセージを出しているのである。日本の財務省もそれを読んでいる。
 ただし、日銀はどうかわからないし、民主党の中枢側が理解しているかについても今回の失態を見る限り、みんなの党のように「本当にばかだ」と言うのでなければ、不明だとしか言えない。まあ、G20の様子を待ってみよう。

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コメント

自国(自前)通貨が安くなることを世界中が歓迎しているというのは、通貨管理そのものが国家や経済圏にとって大きなコスト負担になっているということなのでは?

また、昔みたいに民間に信用管理を任せて通貨発行権を許諾すべきときが来ているのではないかしら。未来学者のジョン・ネイスビッツも中央銀行の各国一元通貨管理は時代遅れだといっているし。

中央銀行も、これからの時代は、分割民営化(笑)?

投稿: enneagram | 2010.09.18 15:41

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 今回の日銀の為替介入に関する解説がやっと極東ブログから聞こえてきました(参照)。やっと、というのは、他のメディアからもいろいろと聞こえてきている中、アメリカ議会の日銀批判が前半に多く、これが何を意味... [続きを読む]

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