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2010.09.29

尖閣沖衝突事件、欧米紙の論評

 尖閣沖衝突事件についてフィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストの社説が出揃った。最初がフィナンシャル・タイムズで友好関係の重視しつつも日本が一貫した対中政策を固持するように示唆した。ニューヨーク・タイムズは日本への配慮を示し、米国内向けであろうが、日本への関与の重要性を説いた。ワシントン・ポストはしばらく沈黙を守ったが二紙より踏み込んで、米国の対中戦略が転換期にあるという見解を出した。
 この事件、日本側からは米国を安保の文脈で見がちだが、米側からすると中国との関係はなにより通貨問題で深刻にこじれつつあり、そのほうが重要な課題でもある。別の言い方をすれば、中国も対米の深刻な通貨問題を理解はしているので、指桑罵槐として日本を非難している側面もある。
 最初の言及はフィナンシャル・タイムズの14日付け「Mending fences in Beijing and Tokyo」(参照)であった。冒頭はこの時点の空気を伝えている。


Now that Naoto Kan, just three months into his premiership, has survived a leadership challenge, he can concentrate on running Japan. There’s much to be done. The yen, at Y83 to the dollar, is at 15-year highs, the recovery is flagging, and the government has still not figured out how to support the economy while reining in the fiscal deficit. Mr Kan has at least one more pressing item in his in-tray: deteriorating relations with China.

首相となって三か月ばかり、しかもようやく同党総裁選を乗り切って菅直人が国政運営に乗り出せる。やるべき事は多数ある。日本円は対ドル83円と15年来の高値を付け、回復は弱い。財政赤字を抑制しつつ菅内閣はいまだ経済支援策が見いだせない。しかも菅氏にはもう一つ課題がのし掛かった。中国との関係悪化である。


 この時点ではフィナンシャル・タイムズは問題をまだ大局的に見ていた。難しい問題とは認識されていなかったせいもある。関係悪化については次のように見ていた。

These have got worse for two reasons. First, China’s regional presence is looming larger – and not just for Japan. Sino-Indian relations, too, have become noticeably more fractious. Second, the weak and divided Democratic party has been unable to stick to a consistent line on China – or anything else. Individual ministries have made up policy on the hoof.

悪化には二つの理由がある。第一に対日のみならずこの地域での中国の存在感が増していること。中国とインドの関係もこれに含まれる。中印関係もまたかなりぎくしゃくとしている。二点目には、日本民主党が弱体化・分裂しているために、対中政策と限らず一貫した態度が取れないことだ。民主党の閣僚はそれぞれ自分勝手な政策を取っている。


 中国が外交で失敗を重ねてきたあたりは日本のメディアからはあまり指摘されていないので知らないかたも少なくないだろう。
 より重要な指摘は、日本民主党の内閣がいわば政策面で無秩序状態になっていたということだ。多少勇み足なコメントをすると、今回の事態、日本側からすると、民主党内の分裂状態を見据えたうえで、前原外相が一気に夜討ちをかけたに等しかった。言い方は悪いが、日本をあえて窮地に追い込んで人質とすることで民主党内と米国に脅しをかけ、党内を親米路線に固める狙いがあったのだろう。おそらく仙谷官房長官としては党内理由だけでこれに舵を切ったのではないだろうか。
 この時点のフィナンシャル・タイムズの結語はごく穏当なところにとどまっている。

The best thing Mr Kan can do for Sino-Japan relations is develop a firm, but consistent line – and stick around to implement it.

対中関係で菅氏が取り得る最善策は、堅実で一貫した政策を採り、それを固持することである。


 その一貫した対中政策は、結果としての今回の前原路線とは言い難い。おそらくフィナンシャル・タイムズ側も前原大臣の決断に驚いたのではないか。言うまでもなく、今回の事態に、菅首相はほとんど関わっていないのである。
 ニューヨーク・タイムズは事態の安定を待って25日付け「China, Japan and the Sea」(参照)でこの問題を扱った。

China forced Japan to back down but still did itself no favor. Its bullying behavior will only make its neighbors even more anxious about Beijing’s intentions.

中国は日本に退歩を強制したが中国側で得たものはなにもない。中国の乱暴な行動は中国政府に対する隣国の不安を増強するだけになる。

There are also questions about Tokyo’s motives. Japanese coast guard officers often board Chinese fishing vessels found in waters claimed by Tokyo to send a message and then send them on their way without incident.

日本政府の意向にも疑問がある。日本の海上保安庁の巡視船は領海内の中国漁船に警告を伝えた後、事件とせず追い払うのが通例だった。

The collision this time seems more serious, largely because Chinese warships are also increasingly crossing into Japanese waters.

今回の衝突がより深刻なのは、中国海軍の日本領海侵犯が増えているためだ。

The scars in China over Japan’s long and brutal occupation have not healed. But the two countries have tried to work together to rein in North Korea’s nuclear program. The United States, which has a strong alliance with Tokyo, also is rightly eager to encourage China to become a more responsible regional player.

長期にわたる日本の乱暴な占領の傷から中国は癒えていないが、この二国は北朝鮮の核開発に協調して取り組もうとしてきた。日本政府と強固な同盟関係を持つ米国も、中国に対してこの地域の関係者として責任ある行動を取るよう積極的に直言している。

The Obama administration has offered to “facilitate” talks that would ensure freedom of navigation and encourage all states to settle their claims peacefully. That won’t solve the territorial disputes, but it should make confrontations less likely. The time to act is now.

オバマ政権は公海の自由と関係国の領土問題を安定させるための対話を提案してきた。対話によって領土問題が解決できなくとも、対立を低減させる。対話を即座に開始すべきだ。


 南シナ海に東シナ海を含めた領土問題で、オバマ政権が対話会合を呼びかけているというのは、意外とこの間、日本からの報道からは見えないのではないだろうか。
 日本の従来のいわゆるリベラルな視点からすれば、対話による平和がもっとも好ましいだろうが、主導権が米国にあると見られ、米国による新支配のように受け止められているからかもしれない。
 いずれにせよ、ASEAN(東南アジア諸国連合)は今後、こうした方向に進まざるを得ないが、中国の現状としてはなかなか応じることは難しいだろう。繰り返すが、現状の日本からすると日米安保条約が強調されるが、重要性ははそれ以前のルール作りのほうに存在している。
 ワシントン・ポストは、米国を含めた対中問題の構図から27日になって「Rising power」(参照)を出した。ニクソン時代からの対中戦略から説き起こされ、それが転換点にあるという含みを強調している。どのような新事態なのか。

But in recent weeks, China's behavior has reminded the world that it remains an authoritarian state with national and territorial grievances -- and its own ideas about the political and military uses to which its economic might should be put.

この数週間の中国の行動で、国家間の領土問題に威圧的に挑む国家と、威圧力維持に政治と軍事にカネをつぎ込む発想が、いまだ存在するのだと世界中が思い知らされた。



Bluntly demanding that Japan release a Chinese fishing boat captain who had collided with Japanese patrol boats in waters both countries claim, Beijing turned a minor dispute into a geopolitical shoving match, complete with officially tolerated nationalist demonstrations in major Chinese cities.

領海を主張しあう海域で日本の巡視船に衝突してきた中国漁船の船長を釈放せよと中国がぶしつけに要求したことで、中国政府はこの些細な争いを地政学的な対立問題に変え、その仕上げに中国主要都市でナショナリズムのデモを認可した。


 文脈はこの先さらに中国が日本にかけた圧力にも言及している。
 ワシントン・ポストの論調は、いったいどこの産経新聞かというトーンも感じられるが、重要なのは、中国政府が些細な問題を地政学的な問題に変質させたというのが米国の認識であることだ。いわば、今回の事態がニクソン時代からの対中観の転換点になるという含みがある。
 米国側からすると、問題は対日なり日米同盟という文脈だけではない。

Japan announced Friday that it would let the captain go; now China demands an apology besides. Meanwhile, it also continues to question U.S. efforts to impose sanctions against Iran -- and pushes to build a nuclear reactor in Pakistan, a possible violation of international nonproliferation law.

日本が漁船船長を釈放しても中国は謝罪を求めている。この間も中国は米国の対イラン制裁を疑問視している。加えて、中国はパキスタンに向けて、国際的な核拡散条約に違反している可能性のある原子炉建築を支援している。

And, of course, it shows no sign of permitting its undervalued currency to rise substantially, despite overtures from President Obama, including directly to Prime Minister Wen Jiabao last week, and from an increasing number of its trading partners whose economies also suffer from China's stance.

言うまでもないが、中国は、低く抑えられた中国通貨を切り上る兆候をまったく示していない。オバマ大統領が先週温家宝首相に直接提案しても、貿易国が提案しているにもかかわらずである。中国通貨政策で困窮している貿易国は増えている。


 米国政府では、数多くの対中問題の象徴的な出来事として、今回の事件が受け止められていると見てよいだろう。
 日本については、その延長で日米同盟強化の再確認となった。なお、日本では尖閣諸島域が安保対象になるという言質は報道されていないという変な情報も飛び交っていたが、ワシントン・ポスト社説はその明確な否定ともなっている。

The recent clash with Japan was probably an opportunistic test of the new Japanese leadership and of the strength of the U.S.-Japan security alliance.

中国が日本と軋轢を起こしたのは、日本の新政権と日米同盟の強固さを試してみたかったからだろう。

Fortunately, the Obama administration, after some initial mixed signals, voiced support for the alliance. Japan, South Korea and other U.S. allies in the region have appeared to rediscover the wisdom of U.S. ties in light of China's behavior. Washington must stand by them firmly.

幸い、オバマ政権は、当初混乱した外交メッセージを出してしまったものの、同盟国支援の声明を出した。日本、韓国、その他のこの地域の米国同盟国は、米国による賢明なる同盟が中国行動を明瞭にすることを再認識できたようだ。米国政府は同盟国と堅実にあるべきだろ。


 今回の事態で、日米同盟を含め、この地域の米国の同盟国の絆を確認する機会となったというのだが、ワシントン・ポストとしては、オバマ大統領の事実上の外交失敗がこうした事態を招いたという批判の含みがある。
 私の素朴な感想を言えば、麻生政権ならこんなものものしい事態を引き起こす必要もなく、日本主導でアジア諸国と連繋し、日米関係ももう少し緩やかなものに安定させたのではないかと悔やまれる。従属性の高まる日米関係もまた政権交代の、やや意外かもしれない結果でもあった。


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コメント

>麻生政権なら

そうなんですよね。
あの方、お家芸+元五輪選手で、外交だけは上手だった。服の着こなしだけでなくね。

しかし、国内有権者という庶民の感情は、全く理解できない殿様だった。特捜警察に歌と旗の強制では、皆、嫌がりますって。

投稿: | 2010.09.29 11:22

閣僚全員が靖国神社参拝を年中無休で自粛している内閣に対してだってこういう仕打ちをするのが中国なんだから、気にしないで、天皇陛下も首相も、靖国神社に参拝(親拝)して大丈夫なんじゃなあい。してもしなくてもたぶん中国の出方は同じ。そのうち、中国と韓国が大喧嘩をして、両方とも日本に味方になるように頼んできますよ、このままなら。(大笑)

投稿: enneagram | 2010.09.29 12:33

>長期にわたる日本の乱暴な占領の傷から中国は癒えていない

大新聞もやっぱりお花畑だなぁ

投稿: みかん | 2010.09.29 13:46

>しかし、国内有権者という庶民の感情は、全く理解できない殿様だった。特捜警察に歌と旗の強制では、皆、嫌がりますって。

それで取替えたのが鳩山由紀夫だったんだから、まったく笑えんよ

投稿: | 2010.09.29 15:47

本筋とは関係ありませんが、

``... but still did itself no favor.''

「中国自身は未だ(日本に対して)なんの好意も示していない」

``But the two countries have tried to work together...''

「二国は協力して...に取り組もうとしてきた」

ではないでしょうか?

投稿: odakin | 2010.09.29 17:02

odakinさん、ご指摘ありがとうございます。後者のほうは誤訳で訂正しました。"favor"は「見返り」と読みました。

投稿: finalvent | 2010.09.29 18:35

前原さんの独断ですか。内閣内もばらばらなんですかね。
まあでも今回はこれでよかったんじゃないかなと個人的には思うのですが。

"But in recent weeks, ... its economic might should be put. "ですが
"ideas"は政治と軍事の"use"に関する考え方なのでは?それと、後段での"should be"は「だろう」なのではないかという気もします。あとgrievance=不満のニュアンスが抜けてるようなので、
「この数週間の中国の行動は、中国が依然、国家間の領土問題で不満あらば威圧的にでる国家であること、そしてその、政治と軍事(そこには中国のカネがつぎ込まれているであろう)の行使に対する考え方、を世界中に思い出させた。」
とかどうでしょう

"Japan, South Korea and other U.S. allies ..."の文ですが
"in light of ~"は"considering ~"なので 「中国の行動を通して米国との同盟という知恵を再発見できたようだ」と訳したほうがいいのでは?

"Washington must stand by them firmly."は「米国政府は同盟国をしっかり援助すべきだ」とかどうでしょうか

投稿: | 2010.09.29 21:51

>閣僚全員が靖国神社参拝を年中無休で自粛している内閣に対してだってこういう仕打ちをするのが中国なんだから、

これ、自分のブログに書こうかと思っていたら、先に書かれてしまいましたね。

投稿: ピンちゃん | 2010.09.29 21:59

「中国側で得たものはなにもない」だと、中国が何かを得たかどうか、という文章に見えちゃうかな、と思いました。finalventさんの訳文でも主語が中国だし。
仰りたいのは
「中国側が与えたものはなにもない」
「中国側からの見返りは何もない」
という意味ですよね?
最初の訳文を最大限残すと
「日本が中国側から得たものはなにもない」
とかでしょうか。

ま枝葉末節ですが。

投稿: odakin | 2010.09.29 22:04

麻生政権は、中国を振り回していたからね。
麻生が本当に利口だったかは分からないが、麻生政権は能力のある人間が能力を使える政権だった。
それは麻生が民間企業の社長だったという経歴から来ているのだろう。
トップは常に明るく。彼は最後まで明るく振舞い社長らしく立派だった。
麻生政権が続き、通貨の問題で、アジア諸国で協調して対ドル引き上げができ、消費税増税への歩みが始まっていたら最高だった。
結局、日本国民自らが撒いた不幸だ。多くはバカ左翼とバカマスコミの責任ではあるけれども
しかし、菅政権の雇用第一は正解だ。内政だけやっていればいいんだ。円安介入もはやく止めろ

投稿: PK | 2010.09.29 22:29

麻生元総理が現職の衆議院議員であるという視点がほぼないのには驚きました。
野党となった自民党の追求姿勢も一貫せず、この国の政治家に外交がないということがよくわかる事件だっただけに、与党批判で終わったこのエントリも意外性十分でしたよ。

投稿: | 2010.09.30 03:08

訳のご指摘ありがとうございます。ご指摘部分、納得しました。提案の訳をそのままいただいていもよいのですが、自分なりにこなそうとすると、なかなか日本語としてうまくいきません。原文もあり、コメントもいただきましたので、これはこのままにしておきます(これでよいと思っているわけではありませんが)。

投稿: finalvent | 2010.09.30 08:34

>日本円は対ドル83円と15年来の安値を付け、
安値???

>The yen, at Y83 to the dollar, is at 15-year highs,
ちゃんとhighsって書いてくれてるのに・・・

投稿: A | 2010.09.30 09:26

自由と繁栄の弧とか価値観外交とか、麻生外相以来のビジョンが曲折と混乱の末に亡霊のように蘇ってきた感じですかね。とはいえ、ブッシュ政権における融和的な中国政策の中で、あのようなビジョンを提示しようとしたところに、安倍・麻生政権の困難があったと思います。しかし、それらがともかくも日本が主体的に提示したものであったのに対し、今の菅政権のそれは日米関係のゴタゴタと日中対立のあとに反省し、徹底的にアメリカに媚びる形で出てきているのも気になります。とはいえ、今回の事件は、長い目で見ると二大政党がともに対中幻想を捨て、対米傾斜で歩調を合わせることになる、歴史的な出来事として記憶されるかもしれません。

投稿: 茅野 | 2010.10.02 00:42

中国とのすべての国交は即刻やめるべき

投稿: 青木 | 2010.10.23 08:53

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受信: 2010.09.29 12:59

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