スウェーデン総選挙に見る社会民主主義政党の凋落
スウェーデン総選挙についての日本の報道を見ていて、ピントがずれているということはないのだが、同国が「社会民主主義のメッカ(Mecca of social democracy)」(参照)とも呼ばれる点も考慮し、少し補足したほうがいいかなという感じがするので簡単にふれておこう。
どういう選挙であったかという説明もかねて、20日付け朝日新聞「スウェーデン総選挙、中道右派政権続投 右翼政党も議席」(参照)から見ていこう。
【ストックホルム=橋本聡】スウェーデン総選挙(比例代表制、定数349)は19日投開票され、フレドリック・ラインフェルト首相(45)の中道右派4党連合が計172議席を占めて勝利した。一方、「反移民」を唱える右翼政党が初めて国政に進出し、20議席を得た。イスラムへの「不寛容」の波が北欧にも及んでいることが浮き彫りになった。
ラインフェルト首相は20日、2006年に発足した中道右派政権の続投を宣言した。だが過半数に3議席足りず、政権が「不安定な状態」になることを認めた。
選挙後の勢力は同ページの図(参照)がわかりやすいが、移民に比較的寛容だった中道的な4政党の集まりである与党連合が3議席差で過半数を取ることができなかった。つまり、今後スウェーデンは移民に寛容な政策が採りづらくなった。
朝日新聞記事では、「反移民」を唱える右翼政党である「民主党」が20議席を取ったとあるが、これは与党連合を阻止するための動向であり、一気にこれだけの議席を取った点が注目された。スウェーデン国民で移民排除を求める人の声が選挙結果に反映したことで、右派政党がキャスティング・ヴォートを取りかねない状況になってしまった。
このスウェーデン民主党がどういう政党であるかというと、同記事ではこう説明されている。引用が長くなるが、読まれるとわかるだろうが、日本社会に示唆するものを含んでいる。
スウェーデン民主党は1988年に結成された。治安の悪化や、移民に対する福祉コストを疑問視する空気の広がりを追い風に、地方議会から勢力をのばしてきた。
ジミー・オーケソン党首(31)は「わが国の移民政策は失敗だった」と、イスラムへの反感を隠さない。黒いブルカ姿のイスラム女性が福祉手当をもらいに殺到する場面を演出した選挙CMを作り、差別的だとして民放テレビ局に放映を断られると、同党のウェブサイトで流した。支持者の大学生ミケル・シェランデルさん(21)は「スウェーデン社会にとけ込まない移民は減らすべきだ」という。
背景には8%台の失業率や、とりわけ深刻な若者の就職難がある。世論分析の専門家マルコス・ウベル氏は「社会の底辺の欲求不満が、移民を生けにえにする形でふきだした」とみる。
欧米では今回の選挙が注目されたが、背景には、欧州での右派政党の台頭がある。
欧州では移民排斥を唱える右翼政党が勢いを増している。オランダでは6月の総選挙で第3党に急伸し、3カ月たっても新政権発足が滞る要因になっている。デンマーク、ノルウェー、オーストリアなどでも国政レベルで影響力をもつ。
「国政レベルで影響力をもつ」がやや曖昧だが、右派政党の台頭により穏健な与党が過半数を維持でなくなった国としてはすでにオランダとベルギーがあり、今回スウェーデンがこれに続くことになった。
朝日新聞記事では「デンマーク、ノルウェー、オーストリア」とあるが、これに、すでに極右政党が政権入りを果たしているイタリアを筆頭に、オーストリア、ブルガリア、ハンガリー、ラトビア、スロバキアも同じ傾向にある。
フランス・サルコジ政権によるロマ不法移民追放も、表面的にはつい右派的な傾向であるかのようにも見られるが、むしろこうした欧州各国の政局の状況からすると、国民戦線の台頭に先行してその芽を摘む動向と見たほうがよいかもしれない。
さらに広義に見るなら米国に置けるティーパーティの台頭もこうした傾向にあると言えるかもしれない。共和党的な動向と見られてきたティーパーティもすでに共和党と軌を一にしているわけではない。
今回のスウェーデン総選挙について、朝日新聞とは観点を変え、高福祉政策の蹉跌に焦点を置いている報道もある。一例は、20日付け産経新聞記事「スウェーデン総選挙 中道右派の連立与党が勝利」(参照)である。
【ストックホルム=木村正人】スウェーデン総選挙(定数349、比例代表制)の投開票が19日行われ、中道右派・穏健党のラインフェルト首相(45)率いる4党連合が172議席を獲得、同首相は20日未明、「政権を継続する」と勝利宣言を行った。過半数には3議席届かず、野党の緑の党と政策協議に入る。高福祉高負担を実現してきた中道左派・社会民主労働党の退潮がくっきりした。
20日付け日経新聞記事「スウェーデン議会選挙、与党の中道右派が勝利」(参照)も似た視点である。
【ウィーン=岐部秀光】19日投票の任期満了に伴うスウェーデン議会(定数349、一院制)選挙はラインフェルト首相(45)率いる穏健党などの中道右派与党連合が勝利し、同首相の続投が決まった。減税や国営企業民営化などに取り組む見通しで「高福祉・高負担」で知られる経済モデルの修正が進みそうだ。
高福祉高負担を目指す政党の退潮と再編成は、現在の英国の政局でもキャメロン政権による高福祉リストラが中心的な話題となっている。
おそらく日本の現民主党政権も終了後には同種の傾向が出てくるか、存外に現民主党が変質せざるをえなくなるだろう。スウェーデンの「民主党」を思えば、「民主党」という名のまま右派政党化しても国際的にはそれほど違和感はない。
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コメント
「社会民主主義は、原理的に存立不可能である」とは、ハイエクの主張だったと思いますが、ヨーロッパ全体が社会民主主義を放棄する方向に向かいそうですか。
日本では、民主党が変質するでしょうね。民主党のトップたちだって、もっと規制緩和して、資源化できるものをどんどん資源化していかないと、経済停滞がひどくなって、国家破綻するのはわかっているはず。
自民党でも、民主党でも、「小泉内閣」が、たぶん、再来すると思いますよ。
投稿: enneagram | 2010.09.23 15:03
キャスティング”ボード”かと思ってたら「vote」な「ボート」だったんですな。
それにしても、たしかに「郷に入れば郷に従え」というのは移民受け入れ先はどこでもそう思うもんでしょう。イスラムに限らず、アメリカでのチャイナタウンとかコリアタウンにたいするアレルギーもあるようだし。ローマ帝国の思想が欧米に(まぁアメリカのソースは欧州だし)広く染み渡っているわけで。
日本もそうは思う人はわりと多いだろうなと思ってます。
こういう話もありますし
小田嶋隆の ア・ピース・オブ・警句「バーベキューという名の格差」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100922/216342/
イスラム人も、意外と愛国心てないんですかね。
投稿: とおりすがりの。 | 2010.09.24 12:52