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2010.08.04

フリジア帽はミトラ教の帽子

 自由の女神、マリアンヌ、コロンビアとなんとなく続く散漫な余談。

   ※   ※   ※

 ダン・ブラウン「ロスト・シンボル」(参照)の影響だろうと思うが、前二回のエントリについて、フリーメーソンや陰謀論の話をしたいのではないかと期待(懸念?)されているむきもありそうだが、私はその手の話にはあまり関心がない。
 ニューヨークの自由の女神がフランスのフリーメーソンから寄贈されたというのは史実のようだが(参照)、そのこと自体に歴史的な意味があるとも思えない。たまたまニューヨークの名物になったというだけで、そうでなければ東京大仏(参照)みたいなものになっていたかもしれない。
 この機に「石の扉―フリーメーソンで読み解く世界 (新潮文庫)(加治将)」(参照)もざっと読み直したが、龍馬伝とのからみは話題になるかもしれないが、西洋のフリーメーソンの歴史についてはほとんど記されていないなと思った。これも古い本になってしまったが、「フリーメイソン (講談社現代新書)(吉村正和)」(参照)も今見返すと妙にバランスの悪さを感じた。関連してフランス革命関連の本も見回してみたが、あまり参考にならなかった。

   ※   ※   ※

 昨日のエントリのコメント欄で、ノートルダム寺院のマリアンヌ神についてアテネ神と似ているのではないかという指摘をいただいたが、似ているのは古代的に武装する女神という原形くらいだろう。アテネ神の継承であればどこかにミネルバの梟のようなシンボルが配されているはずなので、マリアンヌ神とは直接の関係はなさそうだ。
 どちらかというとアテネ神に近いのは、その甲冑姿からして、マリアンヌやコロンビアの英国の版である国家女神、ブリタニアのだろう。見ればわかる。


プリマスのブリタニア

 とはいえ、引き連れているのはライオンだし、なにより手にしている槍が海神ポセイドンのトライデントなのでブリタニア神であることが明確にわかる。(ところでIEのレイアウトエンジンはなぜトライデントなんだろうか。また、マリアンヌの槍は実は聖槍ではないのか?)
 ブリタニアはマリアンヌの原形だろうか? 歴史的にはブリタニアのほうが若干古いように見えるが関連はなさそうだ。
 時代考証の目安としては、彼女をたたえる"Rule, Britannia!"(参照・YouTube)があるが、この作詞をジェームズ・トムソンがしたのは1740年代ごろらしい。


Rule, Britannia! Britannia, rule the waves:
Britons never never never shall be slaves.

 ブリタニア神はそのまま英国における女王崇拝に結びついていく。興味深いことに、国歌である"God Save the Queen"も"Rule, Britannia!"と同時期のものである。
 なぜ18世紀半ばのこの時期にブリタニア神が登場するのか、当然、"Kingdom of Great Britain"の成立が1707年だったというのはあるだろう。いずれにしても、英国はフランスとは異なり、国民的女神は革命の機動力ではなく、その対外的な結果、つまり"never shall be slaves"ではあったようだ。このあたりに、マリアンヌ神とは異なる英国的な自由の概念はあるだろう。
 話をブリタニア神とアテネ神の原点に戻すと、国家を女神が守るという考えはアテネ神などギリシア神によく見られる都市守護神の類型で、アテネ神の場合アテネに限定されなかったようだ。ただし、都市守護神はその後、キリスト教の守護聖人になっていく。
 近代国家というものは、従来絶対主義として見られた社団国家的な守護聖人に対立する形で古代的な国家守護神を作り出したのだろうか。気になるのは、日本でもアマテラス神が女王的に描かれる時期も同質の時代にあることだ。

   ※   ※   ※

 フリジア帽(Phrygian cap)の起源は、名前のとおりフリギア(Phrygia)、つまり現在のトルコである古代アナトリアの内陸の王国に由来する。ギリシア神話のミダス王(Midas)がフリギア人だったと言われる。
 他に、トルコといえば、トロイ戦争となる、トロイ王子パリスとスパルタ王妃ヘレンの禁じられた恋の物語だが、このパリスが西洋の美術史ではフリジア帽を被っている。典型的なのが、1788年のジャック=ルイ・ダヴィッドによる「パリスとヘレン」(参照)である。


パリスとヘレン

 考証として、1788年の作品をもってくると、まさにマリアンヌ神にフリジア帽を被せた時期と同じなので、むしろ、この絵はその当時のフランスの状況を語ってしまうとも言える。
 特に、このフリジア帽が赤いのはまさに当時のフランスを物語っているだろう。おそらく、自由=理性というのは、こうした不倫=自由な恋愛、を意味してもいたのだろう。というか、どうも、西洋における理性というのは恋愛感情を指しているのではないだろうか。普通に考えれば恋愛感情は狂気に近く理性の対極のようだが、この時代の理性は、神の秩序としての結婚から、性欲を解放する動因だったのでないか。

   ※   ※   ※

 ギリシアにとって異教のパリス王子がフリジア帽を被っているのだが、この異教はなにかと言えば、ミトラ教である。太陽神ミトラ神像もフリジア帽を被っている。


ミトラ神像

 ミトラ教は古代ローマに入り、紀元前1世紀より5世紀にかけて興隆した。実際のところ、ローマ経由のキリスト教というのはミトラ教との習合であろう。


ミトラ神レリーフ、2-3世紀

 ローマ、ミトラ、フリジア帽といえばサトゥルヌス祭が連想される。土星に配される神であるサトゥルヌス神の祭だが(だから土曜日がSaturday)、この祭のシンボルがフリジア帽であった。祭での意味づけは、ローマにおける元来の意味、つまり、奴隷からの解放であった。
 これだけでは、ミトラ教とは関係ないようだが、実は、サトゥルヌス祭は、太陽暦で基点となる冬至の祭りソル・インウィクトゥス(Sol Invictus)(参照)に接続する。これはアレキサンダー遠征でローマに入ってきたミトラ教の祭である。さらにこれが、クリスマスに変化する。奇妙な符号なのだが、サンタクロースが被っている赤い帽子は、実はフリジア帽なのである。(サンタクロースの聖ニコラスは今のトルコの出身でもある。)
 サトゥルヌス祭のフリジア帽はミトラ教の祭祀の名残であろうか?
 サトゥルヌス祭でミトラ神が意識されていたということはないだろう。だが、パリス王子についてのアイコニックな伝承からすれば、異教の信仰がまったく意識されないこともなかったのではないか。
 西洋キリスト教はギリシア・ローマを経てミトラ教を含み込むことで、その内部に、反キリスト教的な要素のダイナミズムを保持し、そのダイナミズムが近代におけるキリスト教支配への反抗として飛び出したのが、異教的シンボルとしてのフリジア帽だったのではないだろうか。

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コメント

> ところでIEのレイアウトエンジンはなぜトライデントなんだろうか
Netscape Navigator のロゴが操舵輪だったからですかね。
http://www.guidebookgallery.org/pics/splashes/netscape/2.0.png

投稿: naruse | 2010.08.04 11:38

秘密結社の歴史なら、西欧の歴史より中国の秘密結社のほうがダイナミックです。道教系の秘密結社が、現実に、元朝や清朝を打ち倒してしまうのですから。中国共産党も、道教系の秘密結社の活動の仕方をずいぶん見習っているはずです。チベットの封殺が徹底しているのも、自らの秘密結社の歴史が深刻だからだと思います。

キリスト教は、ネオプラトニズムとケルトの神秘主義とずいぶん妥協しているはずです。近代のギリシャ文化のルネサンスとロマン主義は、キリスト教内部のネオプラトニズムとケルト神秘主義の反動でしょう。

日本も、導入したのが、ビルマみたいに、上座部仏教(日本なら対応するのは律宗か)だったら、江戸時代に国学が興隆できなかったと思います。出発点からヒンドゥー教と習合した密教が天台真言両宗派を通して入り込んだがゆえに、道教も日本の山岳信仰も仏教が取り込めるようになったはずです。それが江戸時代になって反動が起こるのだけれど、反動の出発点を作った契沖が真言宗の僧侶であったことは、決して偶然ではなかったと思います。

ヨーロッパ人も日本人も、いまでも、季節祭を中心に祝っているわけですから、根本の野蛮人時代の記憶を放棄しているわけではありません。

投稿: enneagram | 2010.08.04 12:47

アテネ神の継承であればどこかにミネルバの梟のようなシンボルが配されているはずなので、マリアンヌ神とは直接の関係はなさそうだ。
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ここの論証は不足だと思う。前に書いた文章に"Libertas"と マリアンヌ神を述べたが、アテネ、ミネルバ、Libertasの間にある微妙な関係は捕らえなかった。

実はギリシャ時代からローマにかけて、同じ女神は複数の名前をもつことは少ないとはいえない、または場合によって、同じ女神のある側面を強調するため、イメージを構成する要素もかわる。

たとえば、ミネルバとアテネは同一キャラだが、知恵や平和を強調する場合には、武器を持たず知恵の木にしたに立つ姿に書かれています。国家の守護神を強調する場合には、このような武具を持つ姿としての表現が普通だ、さらに、戦闘の面を強調する場合に、翼を加える例もある。そして中世を通して女神の認識は混雑になって、それそれの女神を一つに化して、または一つの女神を複数のイメージを作ったことがよくあった。その中で一番特徴的な女神は常にミネルバとアテネだった。曖昧にいえば、女神といえば、その外見はミネルバとアテネだ。

その故で、ここの"Libertas"は実はフリジア帽という要素を加えたミネルバとアテネです。そして、一番最初のイメージにはフリジア帽は槍の先端にかけている様子だった。ローマ時代のLiberta神より、アテネ風に近いです。

そして、このイメージはフランスの中でどんどん変容しにいく、今の姿に進化した。その変化にはもう一つの理由は、革命は古い制度に対する反発が激しいので、古い制度にかかわるシンプルを替える行動があった。この故でフリジア帽は槍から頭に移した、民衆の解放と自由のシンプルに変わった。

革命政府はこの変化を利用して、この民衆によって発明されたシンプルを神聖化にし、 the festival of reaonなどの儀式を通して、このマリアンヌのカルトを作った。

投稿: 李某人 | 2015.01.09 01:22

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» 七支刀って剣? その3 ― 七芒星の埋め込み [JRF の私見:雑記]
七支刀(または六叉鉾)にたまたま関心を持ち、いくつか記事を書いた(その1、その2)。そこでは六叉鉾は実用的なものだったのではという方向を示唆したが、その後、世界的なシンボルとして「六叉」の槍状のものがあることを知り、今度は(主に王権の)シンボルとしての意味に関心を向けた記事も書いてみることにした。また、7 でありかつ 6 であるというテーマに神秘的なものを感じ、それについて絵というか図を創作してみ... [続きを読む]

受信: 2010.12.27 21:52

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