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2010.08.10

南シナ海領有権問題に関わる中国と米国

 南シナ海の領有権問題で米中間に一つ目立った動きがあった。問題の根は深く展望もないが、今年に入ってからの背景と概要にふれておこう。
 目立った動きは、7月23日、ハノイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)におけるクリントン米国務長官の発言とその反響である。発言の全文は米政府サイト"Comments by Secretary Clinton in Hanoi, Vietnam"(参照)にある。
 要点は、同日付けAP"Clinton claims US interest in resolving territorial disputes in South China Sea disputes"(参照)が強調するように、この地域の領有権問題を解くことが米国の国益であると断じたことだ。南シナ海は米国の問題であると関与を鮮明にした。クリントン発言から抜粋するとこのあたり。


I’d like to briefly outline our perspective on this issue. The United States, like every nation, has a national interest in freedom of navigation, open access to Asia’s maritime commons, and respect for international law in the South China Sea.

南シナ海の領有権問題について米国の考え方の概要を述べたいと思います。米国にとって、他のどの国々とも同様に、航行の自由、アジア公海がすべての国に開かれていること、そして東シナ海における国際法の遵守の三点は、国益をなしています。



The United States supports a collaborative diplomatic process by all claimants for resolving the various territorial disputes without coercion. We oppose the use or threat of force by any claimant.

米国は、多様な領有権問題の解決に向けて、強制なく関係国が協調外交を展開することを支援します。米国は、関係国がどの国であっても、軍事的脅威の行使に反対します。


 これだけでも中国に対する米国側からの非難であることは明白であり、この海域を実質的に支配しようとする中国に明確に対立したとも言えるが、APによれば、中国からその場での抗弁はなかった。

China's Foreign Ministry had no immediate comment on Clinton's remarks but U.S. officials present at the meeting said Chinese Foreign Minister Yang Jiechi repeated Beijing's long-standing position that the disputes should not be "internationalized."

中国外務省はクリントン発言に即時のコメントを返すことはなかったが、会議に出席している米国高官によれば、楊潔箎中国外相は、南シナ海の領有権問題をけして国際問題化してはならないことが中国政府の長期的見解であると繰り返し主張したとのことだ。


 中国政府はクリントン発言に怒ったのか。そう見られている。その上で事後南シナ海で展開した中国軍事演習にもふれつつ、4日付けフィナンシャル・タイムズ「Spat over Spratlys」(参照)は簡素に指摘している。

Trouble is brewing in the South China Sea. Beijing has just conducted a massive show of force, sending three naval fleets to participate in war games – televised in case anyone wasn’t watching.

南シナ海で問題が醸されつつある。中国政府は、三艦隊を南シナ海に派遣して軍事演習を行い、盛大に軍事力を見せつけたばかりだ。見落とす人がないように、テレビで放映したほどだった。

This may not have been a direct response to US secretary of state Hillary Clinton, who made remarks about the South China Sea that angered Beijing. But they are a potent reminder of China’s growing capacity – and willingness – to project strength regionally.

この軍事演習は、南シナ海についての発言で中国政府を怒らせたクリントン米国務長官への直接的な返答ではなかったのかもしれない。それでも、この軍事演習は中国の拡大しつつある軍事力を強く留意させるものであり、同時にこの海域に軍事力を投入する意思を示すものでもあった。


 中国の軍事演習については日本国内でも報道はあった。7月31日付け読売新聞「南シナ海で中国海軍演習、米・ASEANけん制」(参照)がその例である。

中国やマレーシアなど6か国・地域が領有権を主張する南沙(スプラトリー)諸島などを抱える南シナ海で、中国の胡錦濤政権が7月下旬、海軍による大規模な実弾演習を行うなど軍事力を誇示した。
 先の東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)で南シナ海問題に結束して対処する方針を打ち出したASEANや、関与姿勢を強めている米国をけん制する狙いがあるとみられる。

 こうした応答は実に中国らしくわかりやすいともいえる。この手のコミュニケーションに慣れている米国も同じ次元できちんと応対している。共同「米空母がベトナム沖合に 南シナ海、中国を刺激」(参照)より。

AP通信によると、米海軍横須賀基地配備の米原子力空母ジョージ・ワシントンが8日、ベトナム中部ダナン沖合の南シナ海に到着した。南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)、西沙(同パラセル)両諸島の領有権をめぐってベトナムと対立する中国を強く刺激しそうだ。

 正確には、空母ジョージ・ワシントンの訪問は、米国とベトナムの国交正常化15年祝賀の一環とされたものだが、この状況では対抗的な意味合いが色濃くなっている。
 米中間のやりとりで日本として注意したいことは、空母ジョージ・ワシントンの母港が横須賀であることと、南シナ海を巡る中国とベトナムの領有権対立から(この対立で中国とベトナムは二度死者を出す紛争を起こしている)、かつての仇敵ベトナムと米国が軍事を含めた親密な関係に移行しつつあることの二点だろう。
 問題に戻る。中国側からは、南シナ海の領有権問題を米中間の争点としてしまったことはどのように意識されているのだろうか。
 これまで平和的台頭を演じ来た中国としては、外交上の失態とする見方もあるかもしれない。しかし、6月5日、シンガポールで開催された第9回アジア安全保障会議でロバート・ゲーツ国務長官が、簡素ではあるが、ARFにおけるクリントン米国務長官の発言と同等の発言(参照)をすでにしていて、中国も注視していた。今回のクリントン発言も中国にとって寝耳に水ということはなく、むしろ中国にとっては予想された米国の対応であっただろう。
 このシンガポール会議については、日本側からは出席した岡本行夫氏による「外交評論家・岡本行夫 日米同盟を弱めるな」(参照)もいろいろと興味深いので簡単に引用しておこう。

 アジア太平洋地域の専門家が地域の安全保障について議論する会議がシンガポールであった。会議で日本は退潮国家、後退国家として言及された。私は強く反論したが、どこまで届いたか。日本への懸念の多くは、「ザ・フテンマ」が象徴する日米安保体制の運用ぶりに向けられた。
 アジアでは、海洋国家群とも呼べるひとつの輪郭ができつつあるようだ。日本、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、シンガポール、インドネシア、豪州…。これらの国々や、地域(台湾)の最大の懸念は、中国海軍活動の活発化だ。特に南シナ海。中国海洋戦略への警戒感は、あからさまに表明された。
 海洋国家群にとっては、日米安保体制はアジア太平洋地域の公共財だ。日米連携が海洋における中国のカウンターバランスになる。それなのに日本は日米関係を弱めて地域の安定を危うくしようとしている。何人もがそう言った。

 南シナ海を巡る今後の中国の動向はどうなるだろうか。
 重要なのは、今年に入ってから中国が南シナ海を「中核的利益(core interest)」とみなしてきた点だ。ただし、この表明がどの程度公式なものであるかについては評価が難しい。話題となったのは、4月23日付けニューヨーク・タイムズ記事「Chinese Military Seeks to Extend Its Naval Power」(参照)である。これによると表明は3月のことだったようだ。

China is also pressing the United States to heed its claims in the region.

中国はまた米国に対して領有権問題での主張を慎むように圧力をかけている。

In March, Chinese officials told two visiting senior Obama administration officials, Jeffrey A. Bader and James B. Steinberg, that China would not tolerate any interference in the South China Sea, now part of China’s “core interest” of sovereignty, said an American official involved in China policy.

3月のことだが、訪問してきたオバマ政権高官である、ジェフリー・A・ベイダーとジェイムズ・B・スタインバーグに対して、中国は、今や中国主権の中核的利益となっている南シナ海においていかなる干渉も断固として受け入れないと、中国当局者は語った。

It was the first time the Chinese labeled the South China Sea a core interest, on par with Taiwan and Tibet, the official said.

また高官によれば、この事態は、中国は初めて南シナ海を、台湾およびチベットと同様に中核的利益としたとのことだ。


 関連報道がニューヨーク・タイムズの飛ばしでないことは、高官名が明記されていることからもわかるし、8月4日付けフィナンシャル・タイムズ記事「America must find a new China strategy」(参照)でも相当の受け止められかたをしていることでもわかる。
 また、中国主権による中核的利益の意味合いについても、台湾とチベットが例に挙げられたとことで明瞭になったともいえる。だが、そこまで血なまぐさいことをやる決心を中国政府が断固として持っているのかは米国とは図りかねることでもあった。
 このフィナンシャル・タイムズ記事に前段の話がある。オバマ政権のこれまでの対応を考える上で参考になる。

The Obama administration at first thought the best approach was to co-opt China into the order, since it was believed to share core US interests.

オバマ政権は当初、中国を国際秩序に取り込むことが最善の政策であると考えていた。それなら米国の中核的利益とも共有できるはずだ。

To their surprise, the overtures may have served as a catalyst to bring about the very outcome they were intended to prevent.

驚いたことに、その序曲は、彼らが避けたいと思っていた結果をもたらす触媒として作用していたかもしれない。

Sensing that the financial crisis had accelerated its own rise, Beijing adopted a more assertive and unilateral foreign policy.

金融危機が急速に深まるとわかるや、中国政府は明確に片務的な外交政策を採用した。


 おそらく4月の時点で、米国は中国の外交政策への強い疑念と危機感を持つようになっており、それが南シナ海領有問題に結びついていた。
 このような背景からシンガポール会議でのゲーツ発言は、中国による南シナ海の中核的利益化に応答したものであり、ARFにおけるクリントン発言はその明確化であった。
 中国はなぜ強行に南シナ海を支配しようとするのだろうか。公海として開きつつ、アジア諸国と友好を保つことがなぜできないのだろうか。
 要点は3つあると私は考えている。(1)中東・アフリカからのシーレーンの確保、(2)海洋資源の確保、(3)海南島原潜基地からの海路の確保である。
 原潜基地については、2008年のエントリ「中台緩和にフィナンシャルタイムズが望むとした2つのこと: 極東ブログ」(参照)でも触れたが、中国は海南島の海軍基地を強化し、原潜基地化する予定である。
 また、1日付け毎日新聞「中国:空母の港か 開発急ぐ--海南島」(参照)が伝えるように、中国初空母の基地もここに出来る予定だ。

中国南部・海南島。五つ星ホテルが並び、家族連れが透き通った波と戯れるこのリゾート地は、「中国の空母の母港になる」(カナダの軍事専門誌)といわれる。島南部・三亜市の亜竜湾には「軍事禁区」と書かれた鉄柵があり、その先は中国海軍敷地。軍港開発が急ピッチで進められている。

 Googleマップで見るとそれらしいものがあることがわかる(参照)。
 広域の地図を見ても明らかだが、海南島に海軍の拠点基地を置くなら、南シナ海(South China Sea)を支配するというのも理解できないことではない。そして考えてみれば、中国には他に海軍基地の候補地もないだろう。


海南島と南シナ海(South China Sea)

 南シナ海の南沙諸島については、中国が9個、ベトナムが29個、フィリピンが8個、マレーシアが3個の島の領有を主張している。最大の太平島を実効支配しているのは台湾である。

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コメント

中国は、南シナ海を制圧して、貧困国や発展途上国を支配下にして、何をもくろんでいるのでしょう。全東南アジアのミャンマー化か?まさか。


民主党政権や李明博政権が何を希望しようと、今後、アメリカは強行に日米韓三国同盟を強化しようとすると思います。BRICsに手を組まれたら、アメリカ一国だけでは、経済的に今後中国とインドに対して徹底的に優位に立てないからです。

現在、高集積度の半導体回路を製造する技術を自前で開発できる国家は、世界で日米韓だけです。そういう意味で、日米韓三国同盟は、アメリカの情報戦略とエネルギー戦略、ついでに食料戦略上、きわめて有効なのです。

投稿: enneagram | 2010.08.10 13:25

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  クリントン発言の何が問題かと問うことで見えてくるものは何かと、漠然と思っていたが、どうもそういうことではないらしい。「問題の根は深く展望もない」と始まっているが、相当量の情報が詰まっている(参照)... [続きを読む]

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