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2010.08.06

[映画]トロイ

 パリスとヘレンといえば、そうだブラッド・ピットがアキレスを演じていた2004年のハリウッド映画「トロイ」(参照)を見ようと思って見逃していたことを思い出し、見た。160分もあった。どうせといってはなんだけど、大人の紙芝居なのだから、もう少し短くてもよかったのではないかなとも思ったが、ブルーレイのディレクターズ・カット版(参照)だと196分あるらしい。元の話は日本でいったら大河ドラマみたいなものだから、そのくらあってもいいだろう。イリアス(参照)では、トロイ戦争はこんな短期間の戦争ではない。

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 トロイ戦争の始まりだが、ギリシア神話「キュプリア」では、主神ゼウスは戦争によって地上にあふれる人間を減らそうとテミス女神と図ったことだ。まず諍いのきっけかを作る。それには、不和と争いをもたらすエリス女神をパーティのメンツから外して怒らせることだった。エリス神は「一番の美女にこれあげるわよ」と黄金の林檎を神々のパーティに投げつけた。じゃあ、私が私が私がと殺到した三女神が、ヘラ、アテネ、アフロディテであった。ゼウスはその判定をトロイアの王子パリスに委ねた。これがパリスの審判。
 三女神はそれぞれパリスを籠絡するために供応品を示す。権力のヘラは世界の支配力を、軍神アテネは戦闘能力を、美神アフロディテは美女を、ということで、パリスは美女を選んだ。それがスパルタ王メネラオスの嫁ヘレンであった。かくしてパリス王子は人妻ヘレンをかっさらってトロイに連れてくる。寝取られメネラオスは怒り、兄アガメムノンと、嫁返せとしてトロイに戦争を仕掛ける。
 かくしてトロイ戦争の火蓋が切られるということで、「イリアス」の世界になる。ギリシア神話ではこの戦は、ヘラとアテネ女神と海神ポセイドンによるギリシア・チームに、対するアフロディテ女神と太陽神アポロンによるトロイ・チームによる神々の戦いなのだが、映画「トロイ」では、実質的な神々は登場せず、アポロン神殿と、それとちょっこっとポセイドンの名前が出てくるだけ。世界の仕組みとしては、現代人が神を思うように神は無形の信仰であり、よって奇跡的な事態も発生しない。つまり、神々を除去したギリシア神話が歴史っぽく見えるという、不思議な設定になっている。また、戦闘をコテコテ描くわりには、戦争は悲惨であり愛あふれる女は平和を求めているというというありがちの米国観が出てくる。ご愛敬。
 トロイ側では、王のプリアモスとその息子兄弟、兄ヘクトル王子とパリス王子、スパルタ側では戦士としてアキレスが登場する。アポロンの加護を持つヘクトルとアキレスの戦いで、ヘクトルが死ぬところで「イリアス」は終わるのだが、映画ではその後のトロイの木馬の故事とトロイ滅亡で王族が逃げ延びる話が描かれ、渦中、アキレスはパリスの矢に当たって射殺される。アキレス腱が弱点であった。

 この手の作品は期待してみるというのも野暮なものだし、ブラピのアキレスというのも最初は違和感があったが、見ているとブラピっていい人なんだなが滲んでくるところがあって、それはそれでよかった。絶世の美女ヘレンのダイアン・クルーガーはというと、あー、これかぁ、ちょっとついてけんわとも思ったが、見てると慣れてくる。これも美女かもとかつい思ってしまう。余談だけど、この手の造作の人、間近で見たことがあるが、ひく。
 イリアスの主人公ともいえるヘクトルのエリック・バナも、うーん、イメージ違うなと思うけど、見ていくと好演でした。トロイの王、プリアモスのピーター・オトゥールはありがちにさすがでしたね。彼のおかげでギリシアなるものがうまく表現されていた。この二人の演技でもってる映画と言ってもいいのかもしれない。パリスのオーランド・ブルームのへたれ加減もよかった。当然だが、フリジア帽は被っていない。ついでにいうと、トロイのアポロン神はミトラ神の習合で、ヘクトルはミトラを表現している面もあるのだろう。
 この作品でイリアスからいちばん逸れているとも言えるというか作品的な登場人物であるブリセイスのローズ・バーンはまあよかったが、ごく個人的な好みの問題。アンドロマケのサフロン・バロウズは良妻賢母的に描いているのかもしれないけど、背景知識を持っていると微妙にエロい感じがするのであった。
 アガメムノンは、ああ、あれだ罪作りなアガメムノンのマスク(参照)から配役が決まったのだろう。なので寝取られ男メネラオスもそれに似ている。
 日本で公開当時、塩野七生がこんなんじゃダメみたいなネタを文藝春秋に書いていたが、実際に見てみると、丁寧にイリアスの故事を追っているように思えた。考古学的な知見もそれなりに活かされている。ヘクトルとアキレスの立ち回りは現代的な味付けはあるにせよ、古典的な知見も含まれているように思え、面白かった。ヒッタイトの名前も一度だけ出てきた。
 一つの物語として見るなら、トロイ王族逃避のエンディングは不可解に見えるかもしれないが、これはローマ帝国起源の神話「アエネイス」につながるところなので、欧米的には外せないのだろう。
 娯楽映画ではあり、暴力と性が多少出てくるが、レベル的には高校生くらいであり、この映画を高校の世界史の時間に見せ、先生がいろいろ背景説明をしてあげるとよいのではないかと思った。

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コメント

ヘレンはダイアン・クルーガーでござる。

投稿: | 2010.08.06 22:54

ご指摘ありがとうございます。誤記、修正しました。

投稿: finalvent | 2010.08.07 06:42

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