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2010.08.28

[書評]お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!(加納明弘、加納建太)

 太平洋戦争が1945年に終わり、二、三年後、ベビーブームと呼ばれるが、新しい日本人が多く生まれた。その子供たちが青春を迎えた1960年代後半は、日本の歴史においても特異な時代となった。戦後のリアルな貧困は体験しているものの、戦争を知らずに育った多数の若者たちは、その時代、親の世代や、因習と米国に盲従する日本というシステムに反抗した。

cover
お前の1960年代を、
死ぬ前にしゃべっとけ!
加納明弘、加納建太
 戦後世代の反抗。そう概括することはたやすい。現在からあの時代を記録のような大著にまとめることも、簡単とは言えないまでも、難しい作業とは言い難い。難しいのは、あの時代に生きて、その反抗の総括をその後の人生において成し遂げること。「お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!(加納明弘、加納建太)」(参照)は、その見事な達成だった。
 昨今のネット時代では、1957年生まれの私なども爺扱いされ、団塊世代とごっちゃにされることがあるが、私はポスト全共闘世代で、それなりにインテリ青年志向でもあったので、上の世代である全共闘世代をいかに否定するかが精神的な課題だった。自分なりに戦後世代の反抗というものの意味づけに格闘した。
 私は二つの戦略を採った。一つは、私の父の世代、つまり全共闘世代より上の世代を知ること。歴史を戦争によって分断するのではなく、連続した近代史として見ること。それを通して、GHQが残した神話を戦前・戦後のリアル体験を持つ世代の視点から相対化することだった。私は父世代の体験を拾い集めながら、吉本隆明と山本七平に傾倒した。
 もう一つは、直に全共闘世代から聞くことだった。1984年にパソコン通信を始めたころ、その縁で全共闘世代のかたとの知己を得た。親身にしていただき、いろいろ伺った。長いお付き合いで、全共闘世代の内側から見えるものがわかったように思えた。この本もそうした関心の延長から読み始めた。
 この本は、広義の団塊世代、そして全共闘世代としてみればその中心位置にいた親父(オヤジ)と息子との対話である。背景は、長い副題のとおりでもある。

肺がんで死にかけている団塊元東大全共闘頑固親父を団塊ジュニア・ハゲタカファンド勤務の息子がとことん聞き倒す!

 帯にはこうある。

親父、1965年東京大学入学後、東大駒場で三派全学連系の活動家となる。1968年1月、佐世保エンプラ寄港反対闘争で、1968年3月、王子野戦病院反対闘争で逮捕・起訴される。その後、ノンセクトとして駒場共闘会議のリーダーとなり、東大全共闘に参加。1969年6月、東京大学中退。1960年代後半。二十歳そこそこだった親父は何を見て、何を読み、何を考えていたのか。親父とサシで話したこと、ある

 父・加納明弘氏は1946生まれ、息子・加納建太氏は1974年生まれ。団塊世代と団塊チルドレンである。仮にその中間を取ると1960年になるが、それだと日本の風景を変えた東京オリンピックの記憶はなく、東大安田講堂事件の意味合いもわからない。それがわかる最後の世代が、1957年生まれの私である。
 この本には、内側から見るあの時代について、きちんと答えるものがあった。それ以上に、「親父」である加納明弘氏という人にも圧倒された。何者だろう? この恐るべき知性は? と驚いた。
 学術書の類を書く頭のいい人の話をいくら聞いても頭がすっきりするとはいかないことが多いが、本当に頭のいい人の話を聞いているときは、脳がきーんと活性化してくる。この本は、読みながら、そのピーク感覚が続いた。加納明弘氏の話を、対談本としてだが、聞きながら、脳の中がキーンとしてくるのが感じられた。とことん考え詰める知性がここにある。こんな人が市井に隠れていたものだろうか? 実際には本書でも語られているが、氏には高野孟氏との共著もある。が、いわゆる思想の世界で表立っていた人ではないようだ。
 その整然とした語りのなかには、ポスト全共闘世代としてようやく到達した思想の地点というものもきちんと包括されていた。特に、その戦後史的な、世界史的な展望は見事なものだった。新左翼の本来の課題である、体制左翼的なるものを完全に思想的に解体する孤独な営為の結実があった。
 しかし、それは息子さんにうまく伝わってはいかない。世代ギャップ以上のものがそこここにある。私なども、小さく呆然とした。

親父 (前略)加藤登紀子っていう歌手がいるでしょう。
息子 えっ知らん。
親父 東大出たシャンソン歌手だよ。
息子 知らない。
親父 加藤登紀子知らないのかよ。
息子 世代が違うんで。
親父 世代じゃなくて、国籍が違うやつと話しているような気がしてきた。

 結果的に言うのなら、息子の聞き取り・合いの手は、ボケを演じながらも聡明な聞き役となっている。意図的ではないのかもしれないが、アポロ陰謀説などは吹き出しそうになった。が、それもまさに団塊世代チルドレンなら考えそうな発想や知識をきれいになぞっていることで、若い世代の人にも本書のよい入り口になっている。

息子 月着陸の証拠が、全部消されて無くなっているとかっていう噂なんだけど、あの映像はひょっとしてすごい特撮をしたのか?
親父 月着陸は嘘じゃないかっていうのは、ネトオタのヨタ話だよ。
(略)
息子 今それ解析されたらなんか特撮がばれちゃうのかな、わかんないけど。
親父 そんなことはないと思うけどね。
息子 安っちい映画だったら。
親父 それはない、おまえはネトオタ話に弱すぎだよ。

 こうしたすれ違いは大したことではないと言えば大したことではない。重要なことは、時代認識の総体に関わる、第二次世界大戦と冷戦の認識だ。
 核兵器などなくなれば平和になるという若い人らしい平板な発想がきちんと潰されていくあたりは、ぞくっとする。説明は、独ソ戦から説かれる。誰がヨーロッパをナチスから解放したか?

息子 ソ連は、雪で守られているあまりドイツと戦争に参加しなかった?
親父 違う、違う、そうじゃない。ソ連軍は連合軍側では一番死者を出したんだよ。独ソ戦は第二次世界大戦のハイライトだよ。ナチスを軍事的に打倒したのはソ連だから。この点について、日本人の多くの認識が世界の常識と違うんだよ。ちゃんとした歴史教育を受けていないんだよ。ナチを倒したのは、
息子フランスじゃないんだ。
(略)
息子 イギリスでもないんだ。
(略)
親父 (略)このナチ打倒の功績によって、戦後の世界政治のシステムが、米ソ二極システムになった。そこを理解しないと、20世紀の歴史がわかったことにならない。
(略)
ソ連軍は対ドイツ戦に動員した大兵力をそのまま中央ヨーロッパの戦線の駐留させたから、ソ連がその気になりさえすれば、西ドイツ、フランス、ギリシャ、イタリアまでもが、ソ連圏になっている可能性は非常に高かった。それだけ米英とソ連の間の軍事バランスはソ連優位だった。だから、冷戦が始まった1940年代後半にアメリカが核兵器を持っていなければ、ソ連が一気にイギリスを除く西欧を衛星国にしていた可能性はあったんだよ。そこで核兵器の話に戻るけどね、スターリンがなぜ西進の決断ができなかったかっていったら、やっぱりアメリカの核兵器が恐かったからだよ。


息子 アメリカが日本に核兵器を落とした。しかし、アメリカの核兵器はヨーロッパの平和維持に役立ったというわけ? その睨みが?
親父 それを平和というか安定というかはともかくとして、少なくともソ連軍の西進を抑止することに核兵器が貢献したと、アメリカもロシアも西ヨーロッパ諸国も考えている。(後略)

 冷戦の解説の話は、公平に言えば、一つの独自の史観とも言えるが、引用部分以外も包括的にかつ完結にまとまっていて、それだけでも本書の価値を高めている。
 さらに、ソ連というものの歴史的な出現をフランス革命から説き起こして、近代史の全貌も語られる。本人も「大風呂敷」と述べているが、その鳥瞰図のなかで1960年代後半の全共闘世代の経験がきちんと位置づけられていく。
 いや、位置づけというのではない。歴史的説明を装った知的な弁明ではないからだ。内ゲバという実体験の深化に伴う、背景的な考察として、近代理性というものの鳥瞰図が要請されていく。一言で言えば、理性が負け、欲望と自由が勝ったとされるが、その理性のなかに、日本という社会主義的なシステムも描き出されていく。歴史というもののなかに投げ出されたリアルな人間が、その全的な関与において感受したものを通して、歴史の意味が説き明かされていく。そのプロセスにはため息が漏れる。
 内ゲバ体験とその背景の力学については、類書でも語られるが、この本では民青の描き方が興味深い。対談の貴重な価値にもなっている。余談めくが、NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」は穏便で受け身の主婦の昭和史のように見られがちだが、あそこで描かれた工員や女工の背景には民青の物語も潜んでいる。
 こうして全共闘世代の青春の意味がその後の人生のなかに問われて、では結局なんだったのか? 息子に語る、一種の自己満足のようなものだったのか。
 まったく違う。戦後日本がまったく新しい市民というものを形成した一つの勝利と呼べるものだろう。この対談こそが、日本に本格的な市民というものが生まれたということの証左でもある。
 市民としての思索を辞めてしまうことが、冗談を込めて「脳死」として語られる。

親父 (略)やっぱり脳死のフリをしないと、サラリーマンや組織人やってられないいう側面はあるわけだからね。だけど、脳死のフリをしているとしばしば本当に脳死しちゃうわけだよ。そういうやつがたくさんいると思うよ。
息子 かろうじて逃げてきたのがTさんであるのか、親父はかなり変わった形で逃げてきた。
親父 T君なんかは、かろうじて脳死から逃げきったと思う。我々の世代が脳死から逃げるためには、やっぱり大変なエネルギーが必要だったんだよ。

 「脳死」は現代日本そのものでもある。なぜか。

親父(略)異議申し立てをすれば叩き潰されるんだから、異議を申し立てしてもしょうがないっていう諦めになる。いわゆる政治的無気力感であり、政治的無関心になるわけだよね。その上に、昨夜いったような異議申し立て者の末裔が引き起こした幾つかの芳しくない事件が重なって、無力感はますます深くなり、やがて異議申し立てする奴が日本社会からほんとどいなくなっていった。キミが対談の冒頭で言ったように、暴動を起こす元気もなくなっていったわけだよ。で、何が起こった? 異議申し立てされない権力っていうのは必ず腐敗するんだよ。

 ポスト全共闘世代の私からすれば、ああ、また言ってら、という印象もある。
 むしろ、全共闘世代は異議申し立てゲームをやりつづけて、ついにリアルを浸蝕して、現在のお馬鹿な政府まで作り上げてしまった。ネットでは異議申し立ての正義や社会主義的な正義の名を借りて、記号的に形成された異端者を屠り上げる快感のゲームが繰り広げられる。現代は、異議申し立て幻想の倒錯の時代であると私は思う。
 それでも、全共闘世代、いやそれを包み込む戦後の最初の世代としての団塊世代が、市民とその原理を、社会や国家の基盤に据えたこことに私は疑いを持たない。人が一人一人起立して自己の意見を語り、場合には異議申し立てで軋轢を生んでも、友人に語り、配偶者に語り、息子に語り、娘に語る、そういう市民社会が、戦後の日本人の経験化から生まれつつあることは、どのような両義性をもっていたとしても、まず肯定されなければならない。その点で、この本の終章と後書きは、ユーモラスでありながら力強いものだった。
 本書はネットに公開された内容を書籍化したものということだ。探してみると、「Eastedge1946」(参照)にある。異同はあるらしいが、ざっと見たところでは書籍版と同じ内容のようだ。

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コメント

いま、「正論」で歴史的仮名遣ひでがんばっている人の中に、長谷川三千子先生や小堀桂一郎先生や遠藤浩一先生の水準ではなく、福田恒存(旧漢字でかけないのがつらい)の水準の思想家が三人いたら、無くなっていたのは、「諸君!」ではなく、「世界」だっただろうと思います。

安岡正篤の西洋哲学の知識の中心が通俗化ヘーゲルではなく、チョムスキーだったら、安岡易学は処世術に堕してはいなかったことでしょう。基本的に修辞法だけで文法のない言語である漢文とはいったいどういう言語であるか、安岡氏は深く問い詰めていただろうと思います。

吉本隆明は、なぜ丸山眞男や山本七平のように江戸時代を深く問題にしなかったのか不思議です。表面を流れる川である仏教は少し解説したけれど、地下水脈をなしていた江戸儒学には新発見をもたらさなかった。一方日本語論には熱心だった。

サルトルみたいに、自分で自分の新聞配りをするほど熱意ある重要思想家は戦後日本にはまずいなかった。思想家も出版体制の中で飼いならされていたのでしょう。その後裔がカン・サンジュン(漢字で書けないのが申し訳ない)先生あたりかなと思っています。

投稿: enneagram | 2010.08.28 16:14

>>人が一人一人起立して自己の意見を語り、場合には異議申し立てで軋轢を生んでも、友人に語り、配偶者に語り、息子に語り、娘に語る、そういう市民社会が、戦後の日本人の経験化から生まれつつあることは、どのような両義性をもっていたとしても、まず肯定されなければならない。

インタビュー 稲川淳二 第1話 ~考える・感じる・想像する。 古来より日本は感性が満ちあふれた国なのだ。~
稲川:「すぐ答えを求めるの。それはさ、ホラーみたいに襲われたいわけ。単純にわかりやすく、ワーってびっくりしたいだけなの。考えて不思議さの怖さを知ることを知らないまま生きて来たんだろうね。すぐに答えを出したがる。それはさ本当の日本人じゃないよ。日本人はね、待つことを知っている。怖さの気配を感じる。無意識ながらにね。なにか来てる、ちょっと待て、なにかいる……ほらそこにいる! 来る来る来る、来てる……という感覚がある。それが彼女にはない。彼女だけじゃないな。たぶん今の若者はそういう待つという感覚を持っていないと思うよ。なんでもすぐに白黒つけたがるでしょう」
http://bit.ly/9SMFsaの下の方です。
“日本的感性”が怪談文化にだけ向けられているのなら無問題ですが、政治や同化強要に向けられると問題。
あるいは「自粛を要請する」という矛盾した言葉等に込められている圧力/恐怖とか。

投稿: てんてけ | 2010.08.28 17:10

息子がバカすぎる?
わざと知らない振りしてるの?

投稿: | 2010.08.28 20:46

バカというか
一般人の認識を代弁してるんだろう。

投稿: | 2010.08.29 01:46

よく考えて、自分なりに誠実に社会認識をしようとしてきた方だなというのが感想です。
学生と社会人、それぞれの時代における知見が相互浸潤していて、それが時折、自己弁護に働いてしまっている点は、微笑ましく感じられました。

投稿: | 2010.08.30 16:23

親父さんのような考えをする人は、いわゆる全共闘シンパにはごく普通に見られましたが、バリケードの内側にはあまり居なかったと思います。

当時、私が知っている範囲では、別荘行き覚悟でデモに向かう活動家たちの原動力はベトナム反戦と、核による冷戦反対だったと思います。この二つは、正義のためより何より、将来の自分たちの命にかかわるかもしれない恐怖感があったからです。だから「あまりにもおばかさん」な抗議活動も人の心を打ったのです。

反戦活動はどんな形のものであれその輝きを失わなかったのに対し、エスタブリッシュメントへの反抗は、そこらじゅうでパロディとしか思えないバリケード騒ぎが起きたため、あっという間に支持を失いました(それでも支持し続けたのが全共闘シンパ)。医学部問題にしろ、地震研問題にしろ、大学の旧弊の典型のような問題ではありますが、それに反抗するストが長期化し、大学解体を掲げるようになると、結局、初期の大義はどこかに飛んで、ただの暴動と変わらなくなります。革命運動家にとっては、暴動こそ本来の目的なのでしょうからそれで良いのでしょうが、エスタブリッシュメントへの異議申し立てが目的なら、それは本末転倒と言うべきです。

全共闘運動の負の遺産は、問題提起することばかりに熱中して、問題解決を軽視する人を大量生産したことだと思います。当時の状況分析には鋭い親父さんですが、還暦を過ぎた今になっても、それには気づいていないようです。そのような感覚が必要な分野を経験しなかったからかもしれません。

投稿: アクシオン | 2010.08.31 00:24

市井の陰に居て、これだけの知性が語れるって、日本も捨てたもんじゃないな、って思いました。
1946生まれ、筆者は菅さんと同世代?

投稿: さぶ | 2010.08.31 16:33

1960年生まれですが、まったく同感です。
この親父さまの知性に私もぶっとびましたが、聞き手の息子のキャラクターがなかなかのものです。読み手に、世代の差、というか今の時代が失っているものを感じさせる見事な質問です(わざとではないかもしれませんが)。

昨日ブログのほうでこの対談を読ませていただいたばかりなのですが、私と同じ部分に反応されているので、ついコメントさせていただきました。

投稿: 渡辺 | 2010.08.31 17:56

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 この本に非常に興味を持った(参照)。書評を読み終えて、早く読みたいという衝動に駆られた理由はほぼ同じだと思った。 昨今のネット時代では、1957年生まれの私なども爺扱いされ、団塊世代とごっちゃにされ... [続きを読む]

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