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2010.07.06

さらばペリカン便クロニクル

 2008年4月25日、福田康夫内閣時代、日本郵政グループの郵便事業会社と日本通運(日通)は、両者の宅配便事業を新会社に移管し統合することに合意した。日本郵政の「ゆうパック」と日通の「ペリカン便」が新会社の下、一つのサービスとなるはずであった。この時点で統合が予定されていたのは、2009年4月である。新会社は後のJPエクスプレス(JPEX)である。
 JPエクスプレスという名称はそれ以前からあった。旧日本郵政公社が全日空が2006年2月に設立した空輸貨物会社「ANA&JPエクスプレス」である。この会社は、2009年8月8日に全日空へ譲渡することで解消の方針が打ち出され、2010年7月1日、ANAの子会社であるAir Japanに統合され、JPエクスプレスを冠した名称も消えた。

 2008年6月2日、郵便事業会社と日通が共同出資し「JPエクスプレス」が設立された。

 2008年9月24日、麻生内閣成立。鳩山邦夫氏が総務相となる。鳩山総務相は、JPエクスプレスによる宅配便事業の統合で、過疎地への宅配サービス切り捨てが懸念されるとして、郵便事業会社に2009年度事業計画の再考を求めた。これにより事実上、日本通運のペリカン便がJPエクスプレスとなり、ゆうパックと併存することとなった。

 2009年6月12日、日本郵政の西川善文社長の続投人事をめぐって、退任を要求する鳩山邦夫氏が総務相辞任(事実上の更迭)し、佐藤勉氏が後任となった。

 2009年7月29日、JPエクスプレスは、過疎地の集配業務を郵便事業会社委託する際の手数料を見直しを含め、事業計画変更認可を総務省に申請。この時点でJPエクスプレスによる統合は、衆院選挙後の10月1日に予定されていた。
 当時の統合議論では、統合時の混乱・配達遅延は何があっても避けよと号令され、繁忙期であるお中元、お歳暮のある7月と12月時点の統合を避けるが議論の前提だったとのこと(参照)。

 2009年7月30日、ひと月またふた月置きに開催されていた郵政民営化委員会の第58回が開催され、以降翌年2010年7月6日に至るまで開催されない状態が続く(参照)。
 なお、2009年9月成立の民主党政権下では、郵政民営化委員会担当の郵政民営化推進室の職員がすべて異動させられ、事務局は空っぽ状態とのこと(参照)。

 2009年8月11日、佐藤総務相はJPエクスプレスによる統合延期を日本郵政の西川善文社長に要請。10月実施の予定を延期する理由について佐藤総務相は「準備が間に合うのか危惧している。業務に混乱や支障があれば、郵便事業会社は利用者の信頼を著しく失墜させる」と述べた。

 2009年9月8日、佐藤総務相は「日程に無理がある。現段階で認可の判断を下せない」として統合を認めない方針を表明。

 2009年9月16日、政権交代で鳩山内閣出現。

 2009年9月30日、郵便事業会社は日通の持ち株を引き取り、JPエクスプレスの完全子会社化を検討開始。

 2009年10月23日、日通はJPエクスプレスの発行済み株式の20%を郵便事業会社に売却。出資比率は日通が14%、郵便事業会社が86%。これに合わせたかのように、ペリカン便マークが消え、JPエクスプレス宅配便という名前も聞かれるようになった。統合が進まず、JPエクスプレスの赤字が続いた。

 2009年11月27日、亀井静香郵政改革担当相が任命した日本郵政の斎藤次郎社長(もと大蔵省官僚)は、JPエクスプレス完全子会社化や会社の清算を含め事業を年内をめどに再検討するとした。

 2009年12月1日、ゆうちょ銀行の井沢吉幸社長、郵便事業会社の鍋倉真一社長、郵便局会社の永富晶社長の3人が就任記者会見を行い、JPエクスプレスについては2009年内に存続を決めるとした。

 2009年12月4日、郵便事業会社によるJPエクスプレスの完全子会社化で「ゆうパック」と「ペリカン便」の両ブランドを消し、新ブランドに統合する予定と、一度は、なった。

 2009年12月25日、郵便事業会社はJPエクスプレス精算を決定。結局、宅配ブランドは統合されないことになる。
 この時点で、2010年7月1日には、ゆうパックのみが存続し、ペリカン便は消えて、日通の宅配便事業を吸収することとなった。さらばペリカン便、黙って消えていくのか。そうはいかない。
 郵便事業会社は、日本通運からJPエクスプレスに出向している1200人を含め、5300人の従業員を引き受け、肥大した。
 7月1日という期日については、郵政関係者から、参院選後の郵政改革法案の行方が不透明なため、選挙前に前倒ししたとの声もある(参照)。また、7月を節目と考えるのは人事異動で新事務年度を迎える公務員ぐらいのものとの声も(参照)。

 2010年6月中旬、ゆうパックと旧ペリカン便の統合に伴う業務マニュアルがようやく現場に届く。現場からは「訓練も1回だけ。わずか2週間で習得するのは無理。押し切った経営陣が現場に責任を転嫁するのはおかしい」との声(参照)。

 2010年7月1日、郵便事業会社は、ゆうパックJPエクスプレスのペリカン便を吸収し、取り扱い店舗を現在の約5万店から約11万店に倍増し、集荷の翌日午前中に配達する地域を広げ、新たな顧客の取り込みを目指すと発表(参照)。
 他方現場では、「荷物の受領書などを発行する支店内の新システムは、7月1日の新サービス開始まで動かず、触れることもなかった」との声(参照)。
 大混乱の火ぶたが切られる(参照)。

 2010年7月2日、鍋倉真一社長(もと郵政省官僚)は「土日の対応で正常化できる」と判断(参照)。過去のこの時期のゆうパックとペリカン便の量を加算した想定の上の判断だったのだろうか。

 2010年7月3日、郵便事業会社は、遅配の全容が把握できていないことを理由に遅れの事実やその規模を公表しいない状態が続く。
 世間沸騰をよそに、日本郵便幹部の談、「1日2日の遅れはよくある。今回は数が多いが、1日ぐらい遅れても大丈夫と思った。甘いのかもしれないが、土日できれいにすればほとんど影響ない、と思っていた」(参照)。

 2010年7月5日、chihhi1105さんに黴びた佐藤錦が届く(参照)。ただし、これは遅滞によるものではなかったとのこと。土日に届けるはずが不在で持ち帰り、郵便事業会社保冷指定(0~5℃)で保存したら黴びた模様(参照)。

 2010年7月6日、原口一博総務相は、郵便事業会社の鍋倉真一社長に対し報告を今月末までに求める書面を手渡し、郵便業務への影響などについて説明を聞いたうえで、業務改善命令などの行政処分が必要かどうかを判断するとのこと(参照)。
 業務改善命令を出せば、原口一博総務相は、郵政民営化法78条2項によりほぼ一年間停止していた郵政民営化委員会の開催を迫られることになり、その会議内容も公開される。

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コメント

事務局は空っぽ状態のとこと>>事務局は空っぽ状態とのこと

投稿: kumonopanya | 2010.07.07 02:11

kumonopanyaさん、ご指摘ありがとうございます。他と併せて修正しました。

投稿: finalvent | 2010.07.07 07:25

物の流れは"一応"沈静化したように見えても、お金の流れがどうなるのやら?

コレクトとかちゃんと代金回収されてそれが荷物送る人に届けられるのか、そういう情報が流れるまともなシステムが作られているかどうか、そして問題が発生したとき"誰"が悪いとされるやら・・・。
これが民主党の求めるジャパンクオリティーなんですね。
よく分かりました。

投稿: kurukuru | 2010.07.08 17:50

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