日本病化する米国、日銀化する米連銀、白川さん化するバーナンキさん
オバマ政権の内政が微妙なところに来ている。人気についてはすでにいろいろ報道されているが芳しくない。13日付けロイター「米国民の約6割、オバマ大統領を信頼せず=世論調査」(参照)では、タイトルからもわかるように、米国民の6割がオバマ大統領を信頼していないとのこと。不支持の理由は同報道にもあるように、住宅問題や雇用低迷があるが、後者がとりわけ重要になる。
フィナンシャル・タイムズ記事「Obama faces growing credibility crisis(オバマ大統領を襲う指導力の危機)」(参照・邦訳参照)はさらにきびしい。オバマ大統領の支持率は40%台の維持さえ危ぶまれるような水準にあるとしている。メキシコ湾の原油流出問題も悪い印象を与えているのだろう。が、これはどうやら封鎖したようだし、また、オバマ大統領がリベラル過ぎる・社会主義者だ、といったイデオロギーに還元してしまう短絡的な解釈も一部ではあるが、それはたいした話ではない。オバマ大統領の命運は、経済・雇用にあることを同フィナンシャル・タイムズ記事は示している。
オバマ大統領の私的なアドバイザーを務める人々も、内々には同じくらい否定的な見方をしている。ある人物曰く、オバマ大統領の指導力に対する米国民の不信感は、実体経済の状況に対する不満よりずっと大きな要素だという。米国経済は総額7870億ドルに上る昨年の景気刺激策が途絶え始めるに従い、回復ペースが鈍りつつある。
匿名を希望するこのアドバイザーは、米国民にはオバマ氏の考えが分からないのだと言う。その好例が、昨年、医療制度改革法案にパブリックオプション(公的保険制度)を盛り込むことに熱意を欠いた支持しか示さなかったことや、現在、失業保険の給付を延長し、州政府が教職員の雇用を守れるようにする上院の法案にも同様に熱意を欠く支持しか示していないことだ。
そうしたなか、オバマ大統領にはグッドニュースに見える動向もある。15日、米国で金融規制改革法案が成立した。産経新聞記事「米金融規制改革法案が成立へ 上院が可決」(参照)では、「オバマ大統領にとっては内政上の大きな勝利となった」と伝えている。日本から見るとオバマ大統領人気が上向きそうでもある。
だが、これはすでに下院では可決していたし、今回の上院でも賛成60票、反対39票ということで、それほどオバマ大統領の政治指導力による勝利というほどでもない。
対して、問題の雇用低迷に関連するが、長期失業者に対する失業保険給付延長法案のほうはどうか。こちらもすでに下院では、賛成270票、反対153票で可決していて、上院でも同じような道を辿りそうにも見える。が、そこがよくわからない状態だ。
同法は、6月初旬に給付が止まった100万人以上失業者への支給を再開するというもの(再開されれば中断期間も支払われる)で、急がれているとも言える。1日付けロイター「米下院、長期失業者への失業保険給付延長法案を可決」(参照)では不透明な状況を伝えている。
ただ上院では、過去最大まで膨らんだ財政赤字への懸念から、たびたび延長法案が阻止されており、上院での同法案の行方は不透明な情勢。次回も7月中旬まで同法案が取り上げられることはない見通し。
議論は7日付けウォールストリート・ジャーナル「失業保険の延長、求職意欲の阻害要因となり得るか」(参照)がわかりやすい。
現在米議会は、期限の終了した失業保険の期間延長をめぐって紛糾しており、先の議論は依然重要な問題となっている。上院では、オバマ大統領が支持する失業保険の期間延長法案を盛り込んだ広範な法案が否決されているが、下院では、赤字拡大の危惧(きぐ)をめぐって多少議論はあったものの、期間延長法案は可決されている。下院は先週、さらに内容を絞り込んだ法案を承認したが、上院での審議は独立記念日に伴う1週間の休会後まで持ち越されている。
議会の動向に加え、エコノミストや経済学者の意見が割れている。
失業保険制度が失業の長期化や全体的な失業率の上昇にどの程度関係しているかについては、エコノミストの間で長年議論されてきた。給付期間の延長は、一部失業者の求職意欲や手に入る仕事に対する就業意欲を阻害しているとの意見が大半だ。だが、その影響の大きさについては、とりわけ職が枯渇している現状では、見方が分かれている。
15日付けロイターではこの問題に関連し、米経済諮問委員会のローマー委員長の見解を伝えている。「米雇用創出へ一段の経済支援策が必要=ローマーCEA委員長」(参照)より。
米経済諮問委員会(CEA)のローマー委員長は14日、雇用を創出し、高止まりしている失業率を引き下げるために、米経済に対するさらなる支援策が必要との考えを示した。
同委員長は議会上下両院の合同経済委員会の公聴会向けの証言原稿で「追加支援がなくても経済成長は続くが、回復ペースは失業率を急低下させるために必要な水準を下回る状態が続く公算が大きい」との見方を示した。
2008年終盤から2009年初旬にかけてリセッション(景気後退)が最も深刻だった時期と比べて、米労働市場は「劇的に改善した」としながらも、9.5%と高止まりしている失業率を引き下げるために、まだすべきことは多いと指摘した。
その上で、失業保険の期間を延長することは、回復のペースを加速させるために議会ができる「最も基本的な」措置だとし、議会に関連法案を可決するよう求めた。
この問題のもう一つの焦点は、米国連邦準備制度理事会(FRB)にある。つまり、バーナンキ議長への期待と批判である。端的に言えば、米国は日本病に罹りつつあるのだから、リフレ政策をせよということになる。
これを鮮明にしたのがスウェーデン国立銀行賞を受賞した経済学者クルーグマン氏でニューヨークタイムズのコラム「The Feckless Fed」(参照)の主張が鮮明だ。かなり辛辣にバーナンキ議長を批判している。この問題は日本にも関連していることから、有志訳「クルーグマン「無能な連銀」 - left over junk」(参照)などもある。
Back in 2002, a professor turned Federal Reserve official by the name of Ben Bernanke gave a widely quoted speech titled “Deflation: Making Sure ‘It’ Doesn’t Happen Here.”2002年のことになるが、教授から転じて連邦準備制度理事となったベン・バーナンキなるものが、「デフレ:それを米国で起こさないようにする」と題した講演を行い、この講演は広く引用されることにもなったものだった。
Like other economists, myself included, Mr. Bernanke was deeply disturbed by Japan’s stubborn, seemingly incurable deflation, which in turn was “associated with years of painfully slow growth, rising joblessness, and apparently intractable financial problems.”
他のエコノミスト同様、私もバーナンキ氏同様、日本でおきた、強固で救いようもなさそうなデフレに深い懸念を抱いていた。日本型デフレの帰結は、痛みを伴う低成長、失業率増加、難治性を示す経済問題となるものだ。
This sort of thing wasn’t supposed to happen to an advanced nation with sophisticated policy makers. Could something similar happen to the United States?
賢い政策立案者のいる先進国なら、この手の状況には陥らないと見られていた。米国で同じようなことが起こりうるだろうか?
この問題は日本の問題といった側面もある。「日本みたいなばかなまねはしないでくれバーナンキ議長」とクルーグマン氏は訴えている。
Whatever is going on, the Fed needs to rethink its priorities, fast. Mr. Bernanke’s “it” isn’t a hypothetical possibility, it’s on the verge of happening. And the Fed should be doing all it can to stop it.現状がなんであれ、連銀は至急、優先順位を再考する必要がある。バーナンキ氏の「それ(デフレ)」は、仮定上の可能性ではなく、勃発寸前にある。そして、連銀はその阻止になんでもすべきである。
クルーグマン氏の舌鋒は「Trending Toward Deflation」(参照)ではさらに厳しく、"Domo arigato, Bernanke-san."とまで述べている。これは、日本の2ちゃんねるなどにある、「本当にありがとうございました」(参照)と似た意味合いである。おかげさまで、米国も日本型デフレになりそうです、と。
問題は、なぜあれほど優れたバーナンキ氏がリフレ政策の手を打たないのかということでもある。バーナンキ氏は、日銀のようにデフレになることが理解できないのだろうか。あるいはあらまほしき先達、白川先生になってしまったのだろうか。
政治的な背景によるものだという見方がニューズウィーク所属ダニエル・グロフ氏「Does Anyone Care About Unemployment Anymore?」(参照)にあり興味深い。
But so far? Nothing. And the question is why.これまでの経緯はというとなにもない。疑問はなぜということだ。
First, there’s the matter of the uncertain trumpet at the Fed. When I wrote last week that Federal Reserve Chairman Ben Bernanke didn’t seem particularly bummed about high unemployment, a reader asked what I expected him to do. At the very least, he could have lent moral support to the need for further stimulus—if only out of self-interest.
第一に、連銀の声がよくわからない。先週私がバーナンキ連銀議長は高い失業率に気を沈ませているふうではないと書いたおり、では私が彼に何を望むのかと問うた読者がいた。最低限でも、自分の都合でないなら、道義的にも、さらなる経済刺激支援をすべきだろう。
But the two branches of government responsible for initiating and implementing fiscal policy haven’t acted with a sense of urgency, either. And politics clearly has a lot to do with it.しかし、経済政策を開始し実施する責任を負った政府両派は、緊急事態の認識もなくなにもしてない。明らかに政治が多く関連している。
グロフ氏はバーナンキ氏の背景に二大政党の政治の問題を見ている。共和党にも民主党にも都合のよい政策ではないということなのだろう。
政治だけではないのかもしれない。そうグロフ氏は見ている部分もある。バーナンキ氏の考えというよりオバマ政権側の対応としてだが、現時点では失業に手を打たないとしているのかもしれない。
And perhaps high unemployment is something we’ll have to live with, given the way the economy has recovered from recent recessions.もしかすると、高い失業率というのは、近年の景気後退から経済が回復するまで、我慢すべきものかもしれない。
もしそれが正しいなら、雇用の衰退を起こす日本病は、回復不可能な沈みゆく道だったということになる。
日銀というのは、平家物語の平知盛が没落していく平家を看取るように、日本の終わりをじっと見つめる悲劇のヒーローなのかもしれない。本当にありがとうございました。
| 固定リンク
「経済」カテゴリの記事
- IMF的に見た日本の経済の課題と労働政策提言で思ったこと(2016.01.19)
- 政府から聞こえてくる、10%消費税増税を巡る奇妙な不調和(2013.10.08)
- 悩んだけど、もう少し書いておこう。たぶん、私の発言はそれほど届かないだろうと思うし(2013.10.05)
- 消費税増税。来年の花見は、お通夜状態になるか(2013.10.01)
- 消費税増税と税の楔(tax wedge)について(2013.08.07)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
アメリカでもサービス業の起業家精神が滞って、新規なサービス業の正規雇用を生み出せなくなっているのですか。
農業と水産業の生産性、製造業の生産性、ITの生産性、いずれも、世界中で向上しているはずです。何が問題なのだろう。先進国の富が、世界中に広く薄くもたらされるようになったことか?すると、先進国の経済不振の原因は、BRICS?
さてどうだか。
投稿: enneagram | 2010.07.16 12:30
問題は何故バーナンキがリフレ策をとらないか?
効果がないからですよ。
リフレで問題が解決するなら絶対にバーナンキはリフレをやるはずです。
リフレは全く効果がないか、または行き過ぎたインフレになるかのどちらかですよ。
投稿: よちよっちん | 2010.07.17 06:27
そもそも論として、あの偉大なバーナンキがリフレ政策をとらないのは、その政策自体に問題があるからだっていう結論にはならないのですか?
いきなり政治的問題が考えられるって方向に向くのは読んでいて違和感があるのですが。
何故クルーグマン>バーナンキの図式で捉えているのか気になるのですが・・・。
投稿: あんちゃん | 2010.07.18 08:47
勘違いしてるアホが居るな。
バーナンキが量的緩和政策やってないわけじゃない。
あと、アメリカはまだインフレ率がマイナスになってない。
要するに、速度が上がらないからアクセル全開に踏めと言ってるのがクルーグマン。
アクセルこれ以上踏むのにビビってきたのがバーナンキ
失速してるのにブレーキ踏んでるのが日銀
http://blog.nikkei-cnbc.co.jp/anchor/wp-content/uploads/2010/07/mane1.jpg
投稿: eternalwind | 2010.07.22 21:11