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2010.07.21

カイロプラクティックと米国社会

 余談のような話になるが、カイロプラクティックと米国社会について、ごく一面ではあるものの、補足的に述べておきたい。
 カイロプラクティックは (Chiropractic) は、各種の疾病が椎骨の構造的・機能的な歪みにあるとし、その調整によって治癒を試みる治療法である。1895年に、ダニエル・デビッド・パーマー(Daniel David Palmer)が創始した。彼は、カナダ、トロント近況に生まれ、後、米国に居住した雑貨商で、医学的な背景はない。
 さて、先日のエントリー「オステオパシー(Osteopathy): 極東ブログ」(参照)に、こんなはてなブックマークのコメントが付いていた(参照)。


rhatter せいぜい善意の詐欺師にすぎない「偽医学」者を、正統医学からの「攻撃」の被害者みたいに語る翁の心情にはとても深遠なものがありそうだ。 2010/07/20 ★(naya2chan)

 「翁」というのは若い人から見て年食った私への愛称みたいなもので、私の心情に「とても深遠なものがありそうだ」と察してくださっている。
 コメントはご勝手にどうぞではあるが、当の本人としては、さしたる深遠もない。ネガコメと言われる一種の中傷・罵倒に近いものかもしれないが、もしかすると、アンドリュー・テーラー・スティルを「せいぜい善意の詐欺師にすぎない「偽医学」者」とみなさないことは、よろしくない、ということなのかもしれない。
 そうだとするとエントリーが言葉足らずだったかもしれない。D.O.(Doctor of Osteopathic Medicine)が米国で正規の医師の学位となっている現状、その創始者を「詐欺師」「偽医学」と見る人は米国では少ないのではないかと思う。歴史にはその進展の段階が存在し、現在から振り返り過去が稚拙であったとのみ断罪しがたいことは、正統医学における英雄的治療への評価なども含めた総合性からも理解しやすい。
 連想して思うことがあった。「代替医療のトリック(サイモン・シン、エツァート・エルンスト)」(参照)で、カイロプラクティックの創始者、D.D.パーマーの死について、こう述べていることだ。

 D.D.パーマーが活動できなかったとき、カイロプラクティックを広めたのは息子のバートレット・ジョシュア・パーマーだった。このB.J.パーマー自身、ダヴェンポートではじめて自動車を購入するほどの成功を収めたが、不運にも、一九一三年にパーマー・スクール・オブ・カイロプラクティックで父親の出所祝い行われた際に、祝賀パレードで父親を轢いてしまった。D.D.パーマーはその数週間後に死亡した――公式には、死因は腸チフスとされているが、息子の車に轢かれたケガが直接的な原因で死んだ可能性が高い。実は、これは事故ではなく、父親殺しだったとの見方もある。父と息子とは、カイロプラクティック運動の主導権をめぐって激しく敵対するようになっており、またB.J.パーマーは、父親の家族に対する仕打ちに怒り、つねづね父親と対立していた。

 カイロプラクティックの創始者D.D.パーマーが息子と対立していたというのはそのとおりであり、この文脈の後には息子が子供のとき父からニグレクトされた手記も続く。だが、事実はどうなのだろうか。また父親殺しという見方はどの程度公正だろうか。
 サイモン・シンとエツァート・エルンストの同書の文章からは、自動車で轢いたは意図的で、その背景に「父親殺しだったとの見方もある」としているが、どうなのだろうか。そういう見方もあるのは私も知っているが、この文脈は誘導的な印象を持った。
 この記述に違和感を持ったのは私だけではなかった。ウィキペディアのD.D.パーマーの死についての項目に、同書の見解への言及がある(参照)。
 「との見方もある」というのであれば、D.D.パーマーが息子に轢かれたとする見方を、神話の類ではないかとする見方もある。カイロプラクティック支持者側の意見ではあるのだが参考にはなる(参照)。チャイロは、父D.D.パーマーのことである。

Myth 4. Old Dad Chiro died of auto injuries sustained when B.J. Palmer attempted patricide: This contention is absurd in several respects.

神話4:老父チャイロが自動車事故で死んだのは、B.J.パーマーが父親殺しを試みたからだ。この主張はいくつかの視点でバカげています。

Firstly, we know that Dad Chiro's death certificate indicates typhoid fever as the cause of death (Gielow, 1981); I am unaware that trauma is considered an etiology for this disorder.

第一に、老父チャイロの死亡診断書には死因は腸チフスと示されています (Gielow, 1981)。精神的外傷がこの疾患原因となるという話は聞いたことがありません。

We also know that Joy Loban, DC, executor of DD's estate, voluntarily withdrew a civil suit claiming damages against B.J. Palmer, and that several grand juries repeatedly refused to bring criminal charges against the son.

また、D.D.パーマーの遺言状執行人であるジョイ・ロビンDCが意図的にB.J.パーマーに対する損害賠償の民事訴訟を引っ込めたことや、息子に対する刑事訴訟に持ち込むことを繰り返し拒んだ陪審員がいたことも私たちは知っています。

More importantly, the claim of patricide is absurd on its face. If BJ had desired to murder his father, why do it at the front of a parade with many witnesses?

より重要なのは、父親殺しという主張がばかげているのは当たり前だということです。もし、BJが父を殺したいなら、なぜそれを多くの目撃者のいるパレード前面で実行するのでしょう。

Lastly, Dr. Carl Cleveland Jr.'s grandmother, Sylva L. Ashworth, DC, a 1910 graduate of the PSC, related to Carl that she had been there on that fateful day in August 1913, had witnessed the events, and recalls that DD was not struck by BJ's car, rather, that the founder had stumbled and that she had helped him to his feet.

最後に、カール・クレブランドJr医師の祖母であり、1910年PSC卒業生シルビア・L・アシュワースは、カールに対して、彼女はあの運命の日に立ち会い事件を目撃したと述べています。その記憶では、DDは車にぶつかったのではなく、この創始者は転んだとのことです。彼女は彼の足を補助しました。

So why has this myth persisted so durably? Perhaps because BJ gave the profession so many other reasons to dislike him, and some of us cannot resist finding homicide credible? Yet logic and the available facts really do not support the perpetuation of this myth.

ですから、なぜこの神話がしつこく主張されるのでしょう? たぶん、BJがしてきたことが理由で嫌われ、こいつなら殺人だってありえると思う人もいたのでしょう。しかし、その話の筋立てと、入手できる事実は、この神話が存続することを支持しません。


 この理屈でサイモン・シンとエツァート・エルンストが引いた「父親殺しだったとの見方もある」という見方が完全に覆せるわけでもない。
 だが、同書の描写と「との見方もある」の文脈はあまり公平とは言い難いように思う。特に、代替療法の批判者が公平でないと見なされるなら、その批判も割引きされて読まれてしまう懸念もある。カイロプラクティックには、首への施術など危険と見られる施術もあり、この危険を的確に指摘した同書には、より全体的に公平な記述が求められるだろう。
 もう一点、先のコメントには、「正統医学からの「攻撃」の被害者みたいに語る翁の心情」とあり、オステオパシーが正統医学からの攻撃の被害者とするのが不服のような印象も受ける。
 もしかすると、正統医学は他の医学を攻撃しないし、他の医学が被害者のように扱われるのはよくないという主張かもしれない。
 この点については、オステオパシーよりカイロプラクティックのほうが興味深い歴史がある。話は「代替医療のトリック(サイモン・シン、エツァート・エルンスト)」もあるが、正統医学からカイロプラクティックへの攻撃は、示唆深い裁判結果に終わっている。

 米国医師会は一致協力して、カイロプラクティックという職業を撲滅しようと反撃を続けた。ところが一九七六年に、医師会の運動は突如として裏目に出た。

 米国医師会が、患者の治療という市場を独占したがっていると独禁法で訴えられたのだった。現代日本人からすると非常識な訴訟のようだが、裁判は十年以上続き、一九八七年に結審した。同書はこう伝えている。

 裁判の証拠によれば、被告側はカイロプラクティック教育機関の評判を落とそうと、しばしば秘密裏に積極的行動をとり、カイロプラクティックの有効性に関する科学的根拠を隠蔽し、カイロプラクターの患者に対する保険プログラムを低く設定し、カイロプラクティックの有効性に関する政府の審判をくつがえし、カイロプラクティックという職業の信用を落とし、弱体化させるために膨大な偽情報を流すという行為に手を染め、この国の保健医療における医師の独占を保持するために、それ以外の無数の行動をとった。

 かくして米国医師会はカイロプラクティックに裁判で負けた。米国医師会は最高裁に上告したが、一九九〇年に棄却された。
 司法に従い、米国医師会は路線の変更を迫られた。米国医師会は会員に対して、カイロプラクターと共同作業しないようにという規定ができなくなった。
 現状、米国全州でカイロプラクティックが認可されている。保険についてもこの裁判の文脈からもわかるように、米国ではカイロプラクティックに保険が適用できる。なお、日本では、カイロプラクティックについては厚労省から「医業類似行為に対する取り扱いについて」として危険な手技の禁止が通知されているものの、法的な整備はされていない。保険もきかない。
 米国のカイロプラクティックはこうした経緯でその後、どう変化したか? 善意の詐欺師や「偽医学」の蔓延となっただろうか。
 現実には、概ね、創始者親子時代の珍妙とも思える主張は減り、正統医学にも配慮しつつ、市民社会に適合していく道を辿っていると見てよさそうだ。米国だと医療の規制緩和・市場原理が医療そのものを、より市民社会に適合させてしまう傾向がある。

参考
「代替医療のトリック(サイモン・シン、エツァート・エルンスト)」(参照
「人はなぜ治るのか(アンドルー・ワイル)」(参照
「アメリカ医師会がガイドする代替療法の医学的証拠―民間療法を正しく判断する手引き(米国医師会)」(参照

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コメント

ここ数日間の極東ブログ、堪能いたしました。感謝。

投稿: richmond | 2010.07.21 23:19

骨格のゆがみが疾病を引き起こすって、なんかありそうな話ですね。

東洋医学では、五臓六腑のほうを大切にしますが。あとは、経絡ですか。

外胚葉、中胚葉的なのが西洋医学、内胚葉的なのが東洋医学なのでしょうか。

太陽神経叢は、はたして、大脳のように、意識や無意識をつかさどっているのか?

投稿: enneagram | 2010.07.22 08:25

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 うーむ。やはり厚労省で認められていないと、いろいろと難しいのだと思った。第一に、「医業類似行為」としての扱いになってしまう上、当然医師会も認めないので、日本人の一般認識としてのカイロプラクティックは... [続きを読む]

受信: 2010.07.21 14:55

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