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2010.06.16

財務省の仕込みは完了?

 日本では、見た目ほどには政治・外交上の問題は問われない。つまり、国家の安全保障ということは国民に意識されない。理由は、左派はそれを意識しないことが平和だと信仰しているし、右派は鳥居のついた天国のほうを見つめているだけで足下を見つめないからだ。なのにこれらの右派左派の文化戦争のなかで議論は消耗するようにできている。くだらない。それでことが済んでいるのは、差し迫った国家安全保障問題がないからで、差し迫った時には日本はあっけなく崩壊するかもしれない。
 かくして問われるのは、経済ということになるが、端的に言えば、景気をよくしてくれということだ。しかし安倍政権のころから、もっと福祉を巨大にしてくれという声も出てきた。後者の声は、戦後の昭和時代なら、現実が押しつぶしていたものなので、つまりは日本はなんだかんだ余裕が出てきたという結果的な証左とも言えるし、実際的には、自民党つぶしの政治運動のかけ声だったとも言える(高齢者医療の迷走が最たるもの)。政権交代とかで出現した変なものは自民党と変わらない。民主党に向けて福祉の巨大化を求める声は自己撞着に陥ってしまった。
 経済にも実は問題などないのかもしれない。デビッド・ピリング(David Pilling)氏のフィナンシャルタイムズ寄稿「‘Just do it’ is no mantra for Japan」(参照)はまずそれを指摘している。これはgoo(参照)と日経(参照)で翻訳がある。gooを借りる。


多くの問題は言われるほど深刻ではないというのが、理由の一つだ。確かに日本は経済の成熟に伴って厳しい困難を経験してきた。1990年にバブルがはじけて以来、デフレからなかなか脱却できず、安定した名目成長に戻れないでいる。低い失業率や平和憲法、そして比較的均質で平等な社会など、日本の長所とされるものを手放したくないあまり、日本は新しいものへの挑戦を避けてきたのだ。

停滞したまま漂うのは、悪いことばかりでもない。生活水準と社会の一体性を、日本はそれなりに維持してきた。1990年代の実質成長率は計15%で、失業率は4%未満で保たれていた。世界一の実績とは言えないが、言われているような「失われた10年」というほどのものでもなかったのだ。


 そうかもしれない。
 国際的に見ると、そうとしか言えそうにないようにも私も思う。しかし、日本の内部からはあるじりじりとした焦燥感はあり、それを受けてか、こう続く。

日本の問題は言われているほど簡単に解決できるものではないというのが、日本の総理大臣が対策をとらずにきた二つ目の理由だ。

 日本の諸問題はそう簡単には解決できないという議論が続く。

総額ベースで国内総生産(GDP)比200%に近づきつつある日本の公的債務残高は、歳出減と増税を組み合わせて大幅削減しなくてはならない。これは誰もが同意見だ。誰もというのは金融市場以外という意味だが。

 面白い指摘で、金融市場はこれを問題視していない。ただ、問題するかもしれないぞと儲けのチャンスを狙うオオカミ少年・少女が声を上げている。これが怖いのは、最後の声は本当だということだ。

最大の敵はデフレだと、大方の意見は一致している。ただし日銀は別だ。日銀は、緩やかな物価下落は受け容れられるという結論に、明言しないまでも達している。とは言え日銀は実を言えば、量的緩和がよそで流行する前にすでに試しているのだが、ほとんど何の効果もなかったのだ。

 この指摘が興味深い。まあ、問題は日銀だろう。だが、日銀としてみたら、やるだけやってダメだったということではあるというのだ。ただし、ピリング氏はインタゲはやってないなとは指摘している(" Apart from an inflation target, all have been tried.")。
 この先、消費税増税は経済を低迷させる危険がある、小泉改革はそれほど実際的には進展してない、日本人は高福祉低負担という矛盾した要求をしている、軍事の米国依存は反米感情と保護依存で矛盾している、といった話になる。どれもそのとおり。
 これに対して、同じくフィナンシャルタイムズだがマーティン・ウルフ(Martin Wolf)氏は寄稿「What we can learn from Japan’s decades of trouble」(参照)は、リフレという言葉は使ってないが、リフレで経済問題解決、特に、公的債務問題は一気に解決の議論を展開している。gooに翻訳がある(参照)。
 4つの案を載せている。(1)「国債の平均残存期間を現在の5.2年から少なくとも15年に延長する」、(2)「インフレ創出の方法を知っている中央銀行総裁を雇うのだ。たとえばアルゼンチン人の。中央銀行総裁たるもの誰しもそれなりにその気になれば、インフレを作り出せるはずだ」、つまり、この2つはジョーク。
 その先はこう。

第三に、インフレが実際に3%に達したとする。そうすれば日本の国債の利率は5%に上がる。ほかの条件が同じなら、残る公的債務の市場価値は40%下落するはずだ。ここで日本政府は残る債務をこの時点の市場価格で買い直し、公的債務の額面総額をGDP比40%減らすのだ。さらに、インフレ状態の経済環境で日本人は、自分たちが抱える巨額の現金預金の実勢価値がどんどん目減りしていくことに気づく。なので日本人は貯金する代わりに実物資産や消費財を買うようになり、ついに経済は旺盛に拡大するようになるというわけだ。

第四に、こういう状態になって初めて政府は増税と支出削減を実施し、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の小幅な黒字化を実現する。政府の借り入れ額は借金の借り換え分だけで充分で、債務比率は安定すると仮定する。どの程度のプライマリーバランス黒字が必要かは、実質金利と経済成長率との関係性で決まることになる。


 このあたりは、リフレ論者と同じ。マイルドインフレが達成できれば「日本は公的債務をGDP比でほぼ半減できるし、同時に経済の正常化も実現できる」となる。
 さて、この(3)、(4)は経済学的に見て正しいのだが、ウルフ氏がこう語るとこき、どういう意味があるのだろう。

実にシンプルだ。政府はすでに罠をしかけた。あとは綱を引くだけだ。

(It is simple, really. The government has baited the trap. Now all it needs to do is spring it.)


 結論からいうと、ウルフ氏の議論はネタなのかもしれない。
 (3)(4)のリフレ派的な議論は、経済学的には正しいのかもしれないが、それを実現する方法論としては、(1)と(2)のようにジョークになっている。まじめな議論とも思えない。
 にもかかわらず、政府はこのトラップを仕込み済みだというのだ。あとはこの引き金を引くだけでよい、と。
 どういうことか?
 当然、(1)(2)のジョークのようなことが起きるということだ。そのままでなくてもよいかもしれない。国会で裸踊りでもやっくれそうなド阿呆を国家の頂点に据えるとか、経済のわからない人を財務大臣に据えるとか、ド阿呆すぎて使えなかったらちょっと薄めたのに交換してみるとか。
 いずれにせよ、政治主導にしてそこに阿呆を据え付ければうまく行く、というか、それが仕込み済みということなのだろうか。
 まあ、陰謀論と見るよりは、全体としてはジョークと見るほうがよいだろう。
 それでも、残る手段としてのインタゲの成功は、責任を問われる仕事を嫌う日銀が飲むとも思えないし、財務省の積年の夢である消費税増税を阻むことになるので、もうしばらくは現状のまま両者がんばるんじゃないか。

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コメント

>「政権交代とかで出現した変なもの」
>「日本の問題は言われているほど簡単に解決できるものではない」


まあ、日本の場合、解決努力をするより、先送りにすることで重大問題を解決できてきた経緯がありますから。(例:戦後日本の農村の生産性の低さ、日本の流通業の生産性の低さ。ピーター・ドラッカー「明日を支配するもの」の付章を参照)

インフレも永久には続かないし、デフレも永久には続かない。そう思っておいたほうが無難ではないでしょうか。下手な手出しをするよりも。

投稿: enneagram | 2010.06.17 08:30

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