« [書評]伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代) | トップページ | Panasonicマルチグリラーで魚や肉をこんがり焼いたらうまかった。煙もほとんど出ない »

2010.06.27

[書評]中国に人民元はない(田代秀敏)

 25日付けの日本経済新聞の社説「変わる中国の労働事情 踏まえた戦略を」(参照)で少し気になったことがあった。話題は、中国の労働者問題である。


 ホンダが系列部品工場のストで乗用車の生産停止を一時余儀なくされたのに続き、デンソーの工場のストの影響でトヨタ自動車が生産停止に追い込まれた。
 ブラザー工業や韓国の現代自動車、台湾の奇美電子の工場でもストが起きた。目立つのは賃上げを軸とする待遇改善の要求だ。スト回避のため賃上げに応じた外資も多い。

 中国も国力を増すにつれ労働者意識も自然に向上するだろうということに加えて、日経ではあまり明白には書いていないが外資ということもありあそうだ。その点はAFP「中国労働者の「反乱」、外資系工場に集中する理由とは」(参照)のほうがわかりやすい。ようするに外資なら相手にしてくれるだろうという読みが背景にある。

 一方、国内企業ではなく外資系企業が相手なら中国政府も労働者の支援にまわりやすいことを、労働者側はよく心得ていると指摘するのは、香港に拠点を置く労働権利保護団体、中国労工通報(China Labour Bulletin)のジェフリー・クロソール(Geoffrey Crothall)氏だ。「中国企業のオーナーたちは政府高官とよほど関係が深い。その事実と一連の争議は大きな関係があると思う」
 国内工場の悪質な労働環境については国営メディアでも大きく取り上げられ、社会的混乱への懸念が高まる中、温家宝(Wen Jiabao)首相は今週、出稼ぎ労働者の待遇改善を呼び掛けた。しかしメディアが焦点を当てているのは外資系工場の争議で、中国企業の工場にはなんの問題もないような印象を与えている。
「ストライキは普段、中国では報道されないが、われわれが知らないだけで、中国企業の工場でもたくさんあるはずだ」とクロソール氏は述べている。

 案外国内問題を外資にぶつけているという構図もあるのかもしれない。
cover
中国に人民元はない
 ところで日経社説で気になったのはそこではなく、次の部分だった。中国で労働者が不足しているというような印象を与える。

 待遇改善の要求が高まった原因として、労働市場の構造変化が指摘されている。無尽蔵ともいわれた農村部の余剰労働力が、30年来の産児制限政策の影響もあって急速に減少しているという。
 農民工と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者の賃金は長らく伸び悩んできたが、ようやく買い手市場の時代が終わったようにみえる。

 そうした統計があるのだろうかとまず、疑問に思い。ああ、そういえばと、以前に読んだ「中国に人民元はない(田代秀敏)」(参照)を思い出した。もう一つ、この本を思い出したのは、社説がこう続くことだった。

 「量」だけでなく「質」も変わっている。従来は蓄えができたら故郷に帰る農民工が多かった。現在、若い農民工の大半は出費のかさむ都市部での定住を目指している。「より高い収入を」との思いは切実だ。

 日経の視点では、(1)量として農民工が減っている、(2)質として農民工が都市定住のためにより賃金を求めている、ということだ。
 そうなんだろうか。そうなのかもしれないが、この問題はもっと中国に由来する問題だろうということで先の本を思い出したのだった。「中国に農民の失業はない」としてこう書かれている。

 学生の就職難や失業も大きな問題だ。しかし、農地を捨て都市に流れ込んできた一億人を超える「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者たちの失業は、さらに深刻だと思われる。

 として深刻な状況を描くのだが、

 ところが、中国の統計のどこにも、農民の失業はないのである。

 本書は2007年のものなので、その後の変化もあるかもしれない。日経社説のように農民工の労働力も足りなくなっているのかもしれない。
 本書をなぞると、そもそも農民は農村戸籍上、失業もできないようになっているらしい。ないのはそれだけではない。

 農民が排除されているのは、失業統計だけではない。農民には、年金がない。医療保険がない。最低賃金の保証もない。


 中国で農民は職業ではなく、階級であり身分である。

 そういうことなのだが、これには本書で書かれていない別側面がないわけでもない。農村籍では事実上、農地と住居は保証されている。
 しかし、全体の傾向は変わらない。

 都市民と農民との経済格差は拡大するばかりである。その結果として、一億人以上の農民が農地を捨てて都市に流れ込んでいる。だが、農民は都市で社会保障を受けることができないし、その子供たちは義務教育の小中学校にさえ通えない。


 近い将来、そうした子供たちが長じて労働市場に参入しようとしたときには、様々な障壁に直面し、社会そのものに深い恨みと憎しみとを持つのではないかと危惧される。

 本書は2007年でそれから3年の予言というには射程が短か過ぎるようにも思えるが、この問題は2007年以前からもあるという意味では、「社会そのものに深い恨みと憎しみとを持つ」という現象が顕在化したのではないか。冒頭日経社説でひっかかったのはそこだった。
 別の言い方をすると、不足する労働力というのは農民工をベースに見るなら、統計もなく議論のしょうもない問題ではないか。また、「都市部での定住を目指している」というのは、この階級差を前提にしてみたとき、賃金格差の不満という以上のものがあることはわかる。どれほど賃金があっても農民は都市民にはなれない、という問題。
 いや、なる方法もあるというか、なる方向性もある。8日付け人民網「農民工、点数に応じ都市戸籍取得可能に 広東」(参照)より。

 広東省政府は7日、「農民工(出稼ぎ労働者)積分制都市入籍業務の展開に関する指導意見(試行)」を発布した。今年から2012年まで、同省は省内に戸籍を有する農民工および共に連れ添った親族の約180万人について、点数に基づいた積分制により都市戸籍取得を促す。
 新たに発布された農民工都市入籍積分制は、積分指標が全省統一指標と各市が独自に定めた指標の両者からなり、各指標に対して一定の値が与えられる。原則上、60点を満たした農民工は都市戸籍取得が申請可能となる。
 「今回の規定は社会政策上、突出した学歴と技能を同様に重んじ、農民工の文化・技能の学習を奨励するもの」。広東省人力資源・社会保障庁の林王平・副庁長によると積分指標について、社会貢献経歴がある場合は加点され、違法犯罪があった場合は減点対象となり、農民工の積極的な社会貢献を奨励する。

 ところでこうした話を聞いて私が思うのは、簡単にいえば、ああ、賄賂が必要なんだろうなということである。
 つまり、なのでカネだよな、ということでもある。
 そんな公私混同でよいのだろうか。
 というあたりで、本書にある「中国に公私混同はない」という議論がためになる。この説明が爽快なほど。中国では公私は歴然と区別され混同しようもなく、そもそも公の物を私物化するのが「能力」ということ。
 本書は、他にも中国のないない話が続く。
 タイトルにもなっている「中国に人民元はない」は歴史背景もあって面白い。実は、親中派というお花畑な人はさておき、ある程度現代中国に関心をもつ人なら本書のネタの大半は既知だろうと思うが、ところどころ、へぇと思う。

 それでは「人民幣」が中国の通貨なのかというと、そうではない。
 「人民幣」が最初に発行されたのは一九四八年一二月一日である。その翌年の一九四九年一〇月に中華人民共和国が成立した。だから、人民幣は中華人民共和国よりも古い。したがって、人民幣が中華人民共和国の通過であるはずはない。

 人民幣を発行している中華人民銀行は共産党が設立したものであるとして、だから共産党の通貨だとする。
 歴史の経緯としては面白いが詭弁くさいかなと思っていると、追い打ちがくる。共産党の通貨は、穀物や肉など物財本位制度として国民党の通貨を打ち負かしたのだという経緯が語られる。ああ、なるほどね、である。
 この話の締めはこう。

 だから、中国共産党にとって、物価と対ドル為替レートの安定は国是ならぬ党是なのである。

 ここは、ああ、なるほどねとはちょっと言い難いが、なかなか日本や米国から見えてこない視点だ。
 そうえばAFPの記事では、労働問題を抱えているのは外資だけではないだろうとしているが、「中国に企業はない」を読むと、ちょっと視点が変わる。
 企業内の指揮系が確立されないかに見える中国企業で、企業統治はどうなっているのか?

 結局、企業の内部に形成された中国共産党員のグループである「党組」つまり党組織が、企業の経営を実質的に統括することになる。
 外国企業と合弁している中国企業はもちろん、日本やアメリカの外国企業の中国法人にも、たいてい、党組織が形成されている。党組織がなかったら、山猫ストライキは頻発するし、通知も徹底しない。

 まあ、そういうことなんだろう。(どうでもいけど、「山猫ストライキ(wildcat strike)」なんて懐かしい言葉。)
 ところで、中国ってほんとどうなるんだろうと本書を読んで中国のことが心配になる人がいたら、ご安心を。民主党政権で日本もそうなるから、気にならなくなるよ。

|

« [書評]伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代) | トップページ | Panasonicマルチグリラーで魚や肉をこんがり焼いたらうまかった。煙もほとんど出ない »

「書評」カテゴリの記事

コメント

中国の農民戸籍と都市戸籍の差別は、清朝の時代からで、農村の余剰人口を都市が受け入れられない事態は、200年以上前からの常態です。おそらく乾隆帝の時代には明らかになっていたのではないでしょうか。

中国も、まず、工業生産が向上して、工業都市圏が農村の若年人口を工場労働力に加えて飲食業や清掃業などのサービス業労働力として大量吸収できて、農村での農業生産性が農業経営の現代化によって飛躍的に向上し、都市圏の知識労働者たちに対して、金融や情報通信や知的財産権などの知識サービス労働部門の仕事を与えられれば、現状をある程度ずつは改善できると思います。しかし、中国は、現状北京・上海間の高速旅客鉄道さえない状況で、行政担当者・経営者・知識労働者の生産性は、おそらくこういった交通インフラの問題を改善しない限り飛躍的には向上できません。

民主党政権で日本も中国のようになるというご意見ですが、時速130キロで走行するつくばエクスプレスも開通して5年経過しますし、近日時速160キロで走行する成田スカイアクセスも開業します。知識労働者の生産性を向上させる肝心な交通インフラについては、日本は早目早目に手を打っているので、民主党政権でも、中国ほどの惨状(とはいっても、文化大革命のころよりははるかにましなんだけど)には至らないであろうと思料します。

投稿: enneagram | 2010.06.27 12:12

賃金を上げないと人が集まらないので、
少なくとも一部の都市で人手不足なのは間違いない
と思います。
だだ、
土地買上げで補償金を貰った人達が、数年後には
持ち金を使い果たすであろう事。
景気刺激策による内陸での臨時雇用が7000万人
と言われる事。
を考えると、一時的な人手不足である可能性は十分
にあると思います。

ガギは、今内陸で建設中のインフラが今後雇用の役に
たつか?だと思います。

投稿: えな | 2010.06.27 19:44

中国は人民元をどこまで切り上げられるのか?

貿易黒字に依存した中国経済、中国製品は安価という名札をはずしても、世界のマーケットで売れるのか?

アメリカに次ぐ経済大国が、自国の通貨レートを固定している(2005年ぐらいからほとんど上がってない)のは変なことです、
資本主義の市場に参加しているわけですから、通貨価値も市場が決めるのが普通です、日本なんて 1$=95円前後で苦しんでいるわけですから、

ユニクロの生産工場が中国にあるのは、材料や製品の輸送費を加えても中国で生産したほうが製品価格が安価になる人民元レートがあるから、

中国国民だって、世界と比較して安い賃金で働くことに不満があるはずです、
できれば、ユニクロが赤字になるくらい、人民元を切り上げてほしいです、

ジーパンが千円以下じゃなくてもいい、だって長くはけるジーパンは、やっぱり五千円以上のものだし、ジーパンってそういうものだもん、ですよね、、。

投稿: 佐伯 | 2010.06.28 11:41

民主党政権って続きますか?

小沢グループが、抜けるって言えばジエンドですよ、
それに、国民はそんなにバカじゃない、

民主党の参院選のマニフェストは「〇〇を実現します。」のオンパレードです、
普天間基地の県外移設じゃないですけど、実現するプロセス、スキームがまったく書かれていません、
マニフェスト、公約じゃなくて努力目標、そんな気がします、

国民は騙されるでしょうか?

投稿: 佐伯 | 2010.06.28 13:21

わからないな~
「ところで、中国ってほんとどうなるんだろうと本書を読んで中国のことが心配になる人がいたら、ご安心を。民主党政権で日本もそうなるから、気にならなくなるよ。」
についての疑問を書いたつもりなんですけど、

後、中国の体制、13億人をどう統治するのか、
民主化を進めるにしても、13億人の民主主義国家は未知な世界ですからね、体制が脆弱なまま経済が拡大しているのは、危うい、そう思います。

投稿: 佐伯 | 2010.06.28 21:42

中国の現在の問題は、格差などの個々の案件以前に、体制をどうするのかということです、そういったことのトラブルが人権問題(ダライラマを悪者にするなど)や言論統制(Google問題など)として、世界から非難されています、

なんせ、13億人ですから、世界で 6人に 1人が中国人という割引です、

統治するにしても前例がありません、参考にする国が無い、未知な領域ということです、

カタチとしては、オリンピックそして万博と、高度経済成長期の日本と同じ道を歩んでいるように見えますけど、
中身がまったく違う気がします、

市場を解放した中国、後戻りはできません、どうするのでしょうか?

投稿: 佐伯 | 2010.06.29 05:07

拝啓、管理人様

民主党の売国政策推進に怒りを通り越し呆れ果てております。


重複宣伝、ご容赦下さい。

http://taiyou.bandoutadanobu.com/

外国人犯罪捜査の観点から、なし崩しの外国人受入
に警鐘を鳴らしていた、
警視庁元通訳捜査官 坂東忠信氏サイト「 外国人犯罪の増加から分かる事 」
更新中です。

坂東氏の新刊 日本が中国の自治区になる

産経新聞出版は
お陰様で近所の本屋で売り切れでありました。
m(_ _)m乱文にて 敬具

投稿: (^o^)風顛老人爺 | 2010.07.04 07:00

上で交通インフラがどうとか言っている人が居るけど。現在日本を上回る勢いで高速鉄道、都市交通が建設されてますよ。あと管理人さんが親中派というお花畑な人なんて言ってるけど、そんな人いるのかな?反中的だったり、一歩引いてシニカルに見ている人は沢山知ってるけども。

投稿: mzr | 2010.07.18 00:12

農民というより農奴でしょ

投稿: kk75 | 2011.04.09 20:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]中国に人民元はない(田代秀敏):

» 極東ブログ「中国に人民元はない(田代秀敏)」:目糞は笑う日はもうない [godmotherの料理レシピ日記]
 今日の極東ブログは、かなり手が込んでいると見た。面白い。 タイトルは「中国には人民元はない(田代秀敏)」(極東ブログ)だが書評とは違う風味。では何か?と読み進めると、ところで、中国ってほんとどうなる... [続きを読む]

受信: 2010.06.27 14:33

» 人民元「弾力性を高める」 [金融起業家河合圭のオフショア投資ブログ]
中国人民銀行(中央銀行)が「中国人民元の弾力性を高める」という生命を発表した。明らかに米国の圧力を考慮しての配慮だが、2005年の人民元切り上げの時のように、ハッキリ何%上げ... [続きを読む]

受信: 2010.07.14 11:32

« [書評]伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代) | トップページ | Panasonicマルチグリラーで魚や肉をこんがり焼いたらうまかった。煙もほとんど出ない »