菅内閣の経済方針は麻生内閣時代に与謝野馨財務相が主導した「中期プログラム」の劣化版
菅内閣発足の会見を聞いていて、ああ、これは麻生内閣時代与謝野馨財務相が主導した「中期プログラム」の劣化版だと思った。なんでこんなことになってしまったんだろう。
菅内閣は首相失態で崩壊した鳩山前内閣のナンバーツーであったことから、その失態終息が急務であり、また9月に予定される新内閣までの暫定内閣なので、期待を持つとすればきちんと鳩山内閣の尻ぬぐいをしてくださいというくらいしかない(そして菅氏については9月に引退するのもスジだろう)。その第一歩は、今からでも遅くないから、報道のオープン化とか言う人たちが声援して、党向けではない国民向けの鳩山由紀夫氏の辞任会見を開くのがスジではないのか。
だがまあ、世間はすっかり新内閣に浮かれている。菅内閣発足の会見も注目されている。前回支離滅裂な話をしていた菅氏だが、その後落ち着いて少しはまともな話ができるようになったかなと、話を聞いてみて、驚いたというか、なんだこれは。与謝野馨氏の「立ち上がれ日本」に政権交代したのかと耳を疑った。産経新聞首相会見詳報道(参照)より。
また、日本の財政状況がこれまで悪くなった原因が、端的にいえばこの20年間、税金が上げられないから、借金でまかなおうとして、大きな借金を繰り返して、効果の薄い公共事業、例えば100に近い飛行場をつくりながらまともなハブ空港がひとつもない。これに象徴されるような効果の薄い公共事業にお金をつぎ込み、また一方で社会保障の費用がだんだんと高まってきた。これが今の大きな財政赤字の蓄積の構造的な原因であると。私は財政が弱いということは思い切った活動ができないわけでありますから、この財政の立て直しも、まさに経済を成長させるうえでの必須の要件だと考えております。そして社会保障についても、従来は社会保障というと何か負担、負担という形で、経済の成長の足を引っ張るんではないかと、こういう考え方が主流でありました。しかし、そうでしょうか。スウェーデンなどの多くの国では、社会保障を充実させることの中に雇用を見いだし、そして若い人たちも安心して勉強や研究に励むことができる。まさに社会保障の多くの分野は、経済を成長させる分野でもある。こういう観点に立てば、この3つの経済成長と財政と、そして社会保障を一体として、強くしていくという道は、必ず開けるものと考えております。
消費税という言葉は避けられているが、ようするに財政健全化が至上課題であり、そのために増税して、財政が健全化されれば、経済成長と社会保障が実現できるというのだ。大蔵省ケインズ主義というか大蔵省社会主義というくらいの珍妙な話になっている。官僚は大馬鹿(参照)から「官僚こそが政策や課題に長年取り組んできたプロフェッショナル」(参照)に豹変したわけだ。
小泉政権時代のように財政再建よりも、経済成長を目指してプライマリーバランスに焦点をあてるほうがなんぼかマシではないかと思うが、時代がまたぐんと逆行している。
逆行というなら、この逆行は麻生政権でも顕著だった。と、思い返すに、この菅氏の戦略は、麻生内閣時代与謝野馨財務相が主導した「中期プログラム」(参照PDF)の劣化版である。オリジナルはこうだった。
社会保障制度の財源(保険料負担、公費負担及び利用者負担)のうち、公費負担については、現在、その3分の1程度を将来世代へのつけまわし(公債)に依存しながら賄っている。こうした現状を改め、必要な給付に見合った税負担を国民全体に広く薄く求めることを通じて安定財源を確保することにより、堅固で持続可能な「中福祉・中負担」の社会保障制度を構築する。
これに、増税で経済成長といった変な味付けをすると菅氏の経済政策になる。もっとも、「中福祉・中負担」は「最小不幸」(参照)と菅氏は言い換えているが。余談だが、最小不幸というのはサンデル教授が批判する功利主義そのもの(参照)。
税制・歳出の原則も自民党と同じ。こうだった。
経済状況の好転後に実施する税制抜本改革の3原則
原則1.多年度にわたる増減税を法律において一体的に決定し、それぞれの実施時期を明示しつつ、段階的に実行する。
原則2.潜在成長率の発揮が見込まれる段階に達しているかなどを判断基準とし、予期せざる経済変動にも柔軟に対応できる仕組みとする。
原則3.消費税収は、確立・制度化した社会保障の費用に充てることにより、すべて国民に還元し、官の肥大化には使わない。
歳出改革の原則
原則1.税制抜本改革の実現のためには不断の行政改革の推進と無駄排除の徹底の継続を大前提とする。
原則2.経済状況好転までの期間においては、財政規律を維持しつつ、経済情勢を踏まえ、状況に応じて果断な対応を機動的かつ弾力的に行う。
原則3.経済状況好転後においては、社会保障の安定財源確保を図る中、厳格な財政規律を確保していく。
菅氏の経済政策指針と変わらない。
しいていえば、菅氏の経済政策が「中期プログラム」劣化版の面目躍如たるところは、自民党「中期プログラム」ではそれなりに景気回復ができた後の増税なのに、菅氏では成長つまり景気回復のための増税という変な議論になっていることだ。菅氏は、デフレで増税どころか、デフレ克服に増税、と言うのだ。橋本内閣と同じ末路になるには期間が短いのが幸いかもしれないが。
民主党がここまで自民党劣化したのは、なんのことはない。民主党マニフェストが財政的に崩壊してしまったのに、マニフェストのほうを変更せずに財政のほうを変えようとしているからこんなスジ違いの話になってしまっただけのことだ。
結局、この内閣、劣化版自民党というより、若干色合いを変えた「立ち上がれ日本」と同じものになってしまった。こんなのが民主党なんですか、と疑問に思うが、民主党のマニフェストの失態でどたばたしているのだから、まさに民主党らしいということでもあるのか。
追記
その後の所信表明について。
11日付け朝日新聞「超党派の「財政健全化検討会議」設置、野党が拒否姿勢」(参照)より。
一方、たちあがれ日本の与謝野馨共同代表は「よく書けた所信表明だった。各党が話し合える素地はできたと思う」と述べた。
11日付け中国新聞「官僚の作文―野党 財政健全化協議に否定的」(参照)より。
自民党の谷垣禎一総裁は「官僚が書いた印象。経済財政政策については、悪く言えば、自民党時代のものと変わらない」と指摘。
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コメント
マニフェストなんていっても、はなっから履行できない空手形をきっていたのだから、約束が守れるかどうかなんて知ったことではなく、結果オーライにするために一番いいと現時点で判断されたのが「たちあがれ日本」のまねなのでしょう。
民主党に深い考えはたぶんありません。樽床さんにしたって、いってたことは、「私たちはうそつきでした。でも、もう、うそはつきません。今度約束するときは、財布の中身と相談して約束することにします。」といって、選挙公約を変えよう、と主張していたようなものです。
わが国の民主党というのは、議会政治、政党政治の基礎というのが、まったくわかっていない集団なのです。
投稿: enneagram | 2010.06.09 13:26
鳩山よりマシだし、麻生内閣より良くなる可能性もある
投稿: PK | 2010.06.09 15:07
社会保障のために増税→安心社会で経済も上向き
という論理は慶応の権丈教授が10年以上?前から言っていて、峰崎さんあたりが首相に紹介したはずです。
財務省で財政の現場を見て、増税は喫緊の課題であると悟り、そのための論理を探した結果だったのでしょう。以下は麻生政権時の権丈氏の見立てです。
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare191.pdf
勿凝学問191「首相の3年後の消費税増税発言を野党が批判すればするほど面白くなる――将来の負担増路線という陣地を先に与党にとられた野党の運命」
投稿: ボブ | 2010.06.09 15:41
はじめまして。いつも勉強させてもらっています。
管さんの経済方針には、ブレーンといわれている小野善康教授の考えが強く影響しているのではないでしょうか。
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920020&sid=ayctueSbZz3M
この記事の中で小野教授は、不景気だと人々はお金を使わなくなるから、政府が代わりに事業を行い、内需の源泉となる雇用を創出して好循環を作り出すべきだというような主張をされています。
増税と財政再建が経済成長につながるという菅さんの論理はここからきているのではないでしょうか。
もし本当に小野教授の影響が強いならば、記事で主張しているように、増税するのは消費税ではなく所得税かもしれません。
私は経済に関してはリフレ派の主張に説得力を感じていますので、小野理論に全面的に納得することはできませんが、記事を読んで円安肯定だとわかったので、そこは安心しました。
投稿: prelude | 2010.06.09 17:43
さすがに増税はないわ~。特別会計や公務員の給与見直しでなく、民間人に負担を求めてくるなら民主党シンパやめるし、小沢自由党以来のシンパだった自分も反省する。
投稿: sonesayaharu | 2010.06.09 19:01