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2010.06.19

[書評]クラウド誕生 セールスフォース・ドットコム物語(マーク・ベニオフ、カーリー・アドラー)

 自分の人生の時間に歴史の暴風が通り過ぎることがある。しかし幸か不幸か巻き込まれもせず私は取り残される。そのことを確認するために静かに本を読む。心を静めるために。セールスフォース・ドットコムとマーク・ベニオ氏の物語「クラウド誕生」(参照)を私はそう読み始めた。しかし、心揺すぶられる物語だった。

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クラウド誕生
セールスフォース・ドットコム物語
マーク・ベニオフ
カーリー・アドラー
 1964年9月生まれのマーク・ベニオ氏は、34歳の1999年3月、サンフランシスコの、ベッドが1つしかついていない賃貸アパートの1室でセールスフォース・ドットコム(Salseforce.com)を起業した。社員は3人のエンジニア。事務机もない。トランプ台と折りたたみ椅子で間に合わせた。窓からは美しいベイブリッジが見えた。壁には、ダライラマとアインシュタインの白黒写真を貼った。"Think Different(違う考え方をせよ)"と小さく隅に書かれているアップルのポスターである。
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 ベニオフは、ソフトウエア産業の未来に業界とは違う考えかたを持っていた。ソフトウエア禁止(NO SOFTWARE)、そう考えた。マイクロソフトのようにソフトエアを開発しパッケージに入れて売り、バージョンアップごとにカネを取る、そんなソフトウエアをやめにしよう。まだ世界にはないクラウド・コンピューティングのビジネスを思い描いた。10年後、彼の企業は年間1000億円近い売上げを出すまでに成長する。
 ベニオフ氏の父は婦人服チェーンを経営していた。祖父は弁護士事務所を経営する傍ら、サンフランシスコ・ベイエリアの高速鉄道BARTを設立した。子供の頃からそういう父と祖父を見てきたベニオフ氏は、起業家になることを幼い頃から夢見ていた。本書には書かれていないが、名前から察するにユダヤ人であろう。共著ジャーナリストのアドラー氏もまた。
 少年時代、祖父の家の近くの家電店で初期のパソコンとして有名なTRS-80に触れることが楽しかったとある。店舗名は書かれていないが、同時代を生きた私はタンディ・ラジオシャックだと知っている。
 ベニオフ氏は15歳で、ゲーム志向の強いパソコンAtari800用のゲームソフトを作り、販売することにした。BGM作曲は祖母に頼んだ。少年ながらリバティ・ソフトウエアという名の企業を起こした。16歳で月1500ドルの収入を得て、車を買い、大学の授業料にも充てた。大学では寮生活をしながら、リバティ・ソフトウエア社を続けていた。
 1984年の夏、アップルのアルバイトでプログラムをしつつ、スティーブ・ジョッブズ氏の謦咳に触れるものの、翌年、光は消えた。アップルの消沈した変化から企業におけるリーダーシップの重要性をベニオフ氏は知った。いかにビジネスをするか。大学の教授からは、本格的な起業をするにもまず現実のビジネス経験をしておくとよいとアドバイスされた。
 勤めたのは社員200人ほどのオラクル。今度はラリー・エリソン氏の指導を受ける。10年間オラクルに勤めた後、半年にわたる人生の休暇を取り、ハワイやインドを旅して、それから心に決めたセールスフォース・ドットコムを立ち上げた。
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Behind the Cloud:
The Untold Story of
How Salesforce.com Went
from Idea to Billion-Dollar Company
and Revolutionized an Industry
Marc Benioff, Carlye Adler
 オリジナルのタイトル「Behind the Cloud」(参照)には、詩人ジョン・ミルトンに由来とするされることわざ"Every cloud has a silver lining(すべて雲は銀色の裏地を持っている)" が潜んでいる。クラウドの困難さの裏の希望が語られている。
 その後のビジネスには失敗や危機もあったが乗り越え、急速な成長も遂げた。詳細が本書で詳しく描かれている。ここまでビジネスの要諦を明かしてもよいものかというくらい、率直に語られている。読みながら、私は、セールスフォース・ドットコムではないが、そういえば、米国企業の、あの会社もこの会社もなぜああいう戦略を採っていたのかと思いだし得心した。現代のビジネスというのはこうしてやるものか。セールスフォース・ドットコムが日本に乗り出す戦略も興味深い。

 本書は一章を充てて、社会貢献活動が語られている。こうした話は、体のいい美談で終わることが多いものだ。儲けたお金を慈善的な活動に回すことや、社員の社会貢献ボランティア活動を会社業務に組み込んだりすることは今や他の企業でも見られる。だが、ここでもベニオフ氏の情熱を知る。世の中を変えたいという子供だちの希望が大人を動かすのだという。ベニオフ氏自身が少年時代から起業した経験を持っているからだろう。高校生を対象に起業するための特別な教育プログラムも実施し、こう語る。


 このプログラムを主催するのは本当に楽しいし、若者のエネルギーが事務所を活気づけさせてくれるのも気に入っている。しかし、一方で私たちはこのプログラムに真剣に取り組んでいるし、生徒にも本当に会社を経営するような気持ちで参加してもらっている。生徒たちには指導者として、当社の社員を割り当てている。社員は仕事上のネットワークや社会でのネットワークを作るのを手伝ったり、学校の宿題や大学入試を手伝ったりしている。指導者から期待されると、生徒もそれに応えようとする。彼らはこのプログラムからビジネススキルや技術スキルを学ぶだけでなく、大きな自信をつけて帰るのである。

 そういうことが日本でも起きないだろうか。いや、そういうことを起こそうとすることが、これからの日本の起業家の役割なのだ。
 本書は一見すると成功物語であり、ビジネス啓蒙書を装っている。しかし、そんなちゃちな本ではない。未来の起業家がどうあるべきかという課題を一人一人の魂に突きつけてくる書籍である。

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コメント

×タンディ・ジオシャック
○タンディ・ラジオシャック
typoです。なつかしいですね…

投稿: みけ | 2010.06.19 09:14

みけさん、ご指摘ありがとうございます。入力した気でいました。修正しました。

投稿: finalvent | 2010.06.19 09:17

セールスフォースの社会貢献部は、日本人女性の方がご活躍されているかと思います。
http://www.melma.com/backnumber_15681_278548/

投稿: fearon | 2010.06.19 12:51

正直に言えば次の箇所でちょっとしらけた。すばらしいことだとは思うんだけど。
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「私は会社の立ち上げにあたり、オラクルで稼いだ給料と、テクノロジー企業への投資から得た収益から、600万ドルを注ぎ込んだ。」(p.269)
「このようにして、1999年から2002年にかけて5回の資金調達を行い、合計で6500万ドルを集めることができた。」(p.272)

投稿: 774 | 2010.07.11 22:58

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