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2010.06.26

[書評]伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代)

 日本銀行白川方明総裁に経済学を教えた浜田宏一先生が、かつてのその教え子である白川氏を叱るとまでは言えないまでも、奇異な日銀流理論から経済学の基本に立ち返るように諭すという趣向の対談本があると聞いて興味を持ち、以前にアマゾンに予約しておいた書籍「伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代)」(参照)が今日届いて、早速読んだ。

cover
伝説の教授に学べ!
本当の経済学がわかる本
浜田宏一,若田部昌澄,勝間和代
 浜田宏一氏は現在も米国の経済学者の精鋭に伍してイェール大学経済学部で教鞭をとり続けている現役の最前線の経済学者であって、過去の追憶や老いの繰り言を語る人ではない。
 冒頭には、「白川方明・日本銀行総裁への公開書簡」が添えられており、日本国民が日銀の間違った金融政策によって苦しむことに経済学者として黙ってはいられないという、学者らしい義憤がしかし礼儀正しく書かれている。学者という存在はこういうものであったはずだと襟を正す思いがする。

拝啓
 金融界の頂上に立つ白川総裁にこのような率直なお手紙を書くのは、礼に反することではないかと恐れます。
 しかし、総裁の政策決定の与える日本経済への影響の大きさ、しかも、それによって国民がこうむる失業等の苦しみなどを考えると、いま申し上げておくことが経済学者としての責務と考えましたので、あえて筆をとった次第です。


 研究所長の任期を終えて帰米に際して、日本銀行へ挨拶にうかがったときも、(貴兄は海外出張中でしたが)硬い表情に見えた役員もいたなかで、速水総裁だけは本当に親身になって話していただきました。決して、論敵がいなくなってうれしいという表情ではありませんでした。
 そのときに湧いた疑問は、「なぜ、このようなすばらしいお人柄と、『ゼロ金利解除』を強引に行うような円高志向の政策観が共存できるのか」ということでした。いま起こっている疑問は、「貴兄のように明晰きわまりない頭脳が、どうして『日銀流理論』と呼ばれる理論に帰依してしまったのだろう」ということです。

 日銀に普通の経済学に立ち返ってもらいたい。少なくとも、かつては理解していたワルラス法則についてくらい、もう一度きちんと白川氏に理解し直してほしいというような、いかにも教師であったことの責務も感じられる。
 本書は対談を書き起こした語り口で説かれていて親しみやすい。若い学生に長く教えてきた浜田宏一氏の語りはやさしく、経済史学者若田部昌澄氏の気配り的な解説と、経済評論家勝間和代氏の話題をかみ砕くような適時のまとめも、全体として読みやすいものにしていた。
 対談で展開されている日銀への提言内容は、基本的にリフレ派と言われる人たちの考えをきちんとなぞったもので、その意味では、こうした議論に慣れている人にはあまり新味は感じられないかもしれない。以前のエントリで触れた「[書評]この金融政策が日本経済を救う(高橋洋一): 極東ブログ」(参照)の該当書を浜田氏も対談中で称賛していたが、むしろ金融政策的な側面は高橋洋一氏の書籍のほうがわかりやすい面もあるだろう。
 対談は10時間に渡ったとのことで、内容はテーマ別に7つの章に分けられている。日銀提言的な話は、冒頭公開書簡に続く、「第1章 デフレって何だろう」「第2章 こうすればデフレは止められる」「第3章 なぜインフレターゲットが必要なのか」と「第6章 デフレ脱却後、日本経済はこうなる」「終章 これが「本当の経済学」だ!」にまとまっている。
 中間の「第4章 「伝説の教授」はこうして経済学を学んだ」は浜田氏の昔話や一時代前の経済学や経済学者についての話で、おそらく経済学を好む人にとっては大半の逸話は知っているかもしれないが、意外に思う話などもここあるだろう。私としては、浜田氏の小宮隆太郎氏への印象が、予想外というものではないが、興味深いものだった。
 「第5章 歴史に学ぶ「反デフレ」の闘い──大不況・昭和恐慌の教訓」の話は、NHKブック「平成大停滞と昭和恐慌~プラクティカル経済学入門(田中秀臣、安達誠司)」(参照)で読んで知っていたので意外感はなかった。経済史学者としての若田部氏の思い入れとも重なるところだろう。
 個人的に多少意外な感じがしたのは、浜田氏がインフレターゲッティング論に転じたのは近年のこととしている点だった。氏の先生にあたるトービン氏はインフレターゲッティングを否定していたという逸話には浜田氏独特の思い入れもあるだろう。
 もう一点、ああそうかと思ったのは、エントリ「[書評]世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之): 極東ブログ」(参照)の該当書の著者でもある飯田氏によるリフレ政策強弱による三分類について、もっとも弱いタイプのリフレ政策である日銀法の改正とインフレターゲッティングが、実はもっと実施しにくいという若田部氏の指摘だった。
 加えて、この部分の政策論評価において本書の話の流れでは浜田氏も賛成しているのだが、実際のリフレ政策においては、日銀の魔窟的な性格に知的な関心を持ちつつも、日銀ガバナンス論より、民間債権の買い上げを含む金融緩和や為替介入を重視している点に、いわゆる議論的な議論を超える部分への微妙な思いが感じられた。
 対談は、菅首相誕生前の4月に行われたらしく、特に勝間氏の発言の端などにはその時点での財務相としての菅氏への期待も諸処に見られる。だが、現状の菅首相の経済観はかなり後退している。
 民主党には結果的に批判的にならざるえない私としては理の当然といった主張に満ちているのだが、例えば次のような浜田氏の発言を、民主党の人たちはどう受け止めるだろうか。

浜田 普通は経済成長するから、再配分もできる。それが常識ですよね。
 デフレ放任政策がとられている現状を前提とすると、社会的弱者のための温かい政治を行うことが期待されますが、それを最も非効率にやろうとしているのがいまの民主党政権です。お金持ちの子弟を含めて高校の授業料を全員に無償にしようとしているのが、その一例です。民主党にはミクロ経済学も学んでもらわなければなりません。
 分配の平等性を実現するには、全体のパイも大きくしなければなりません。国民からパイを奪うようなデフレ放任の金融政策が行われているなかで、分配の公正を求めるのは無理があります。デフレは地方自治体の財政バランスにも悪影響を与え、住民に対する福祉活動も制約します。

 菅首相はデフレを放任しないと明言しつつ、財政再建も行うとしているのだが、その二つを繋ぐのが消費税の増税である。増税による正しい投資によって経済成長がなされ、財政再建が可能になるという不思議な経済学である。そうではなく、まず、金融政策が問われるのだという浜田氏の主張は、日銀を超えて首相にも届けばよいと願わずにはいられない。

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コメント

インフレ・ターゲットというけれど、今度、インフレを制御できなくなったらどうするのだろう。安易ではないかなあ。

不況の時代は、インフラ整備の時代と位置づけて、好況時代に荒廃したインフラを再生・充実させる時期と捉えるのでよいと思うのだけれど。

景気循環をなくすなんてことは、たぶん、不可能なことだろうと思います。

投稿: enneagram | 2010.06.27 07:31

増税減税は公と民の支出の割合を変更するだけ。増税=不況は思い込み・洗脳の一種です。漢字の配列で記憶しているからパターン思考になっている。今のような状況では、公民の割合を公に振る方が安定する。
インタゲは紙上の空論。円安政策は今やれるような状況ではない。韓国のような国は罰しないと世界全体が酷い目にあう。

投稿: PK | 2010.06.27 09:42

韓国企業が日本企業より発展著しいという話に、何か背後に仕掛けがあるのだろうと思っていましたが。韓国は、インフレ・ターゲットを設定して通貨安にしていたのですか。気づきませんでした。

PKさんのご指摘はいつもながらお見事だと思います。

投稿: enneagram | 2010.06.27 11:48

はじめまして、この件に関してはこちらを参考にされてから、判断されてはいかがでしょうか?

http://blog.m.livedoor.jp/ikeda_nobuo/c?id=51440103

投稿: よちよっちん | 2010.06.28 12:43

この記事のコメント欄、凄いことになってますね・・・。思い込み経済学の爆発というよりは、論理的に考えられない人が発言垂れ流す場、ってとこですか。インタゲが「紙上の空論」なのに、韓国はそれをやってるんでしょ?空論じゃないじゃない。(仮に、万が一)「増税=不況」が思い込みだったとしても、多くの国民がそう思い込んでちゃ、消費も冷え込む。なんでわかんないのかな。

投稿: アンドレイ | 2010.06.30 12:41

インフレ・ターゲットでインフレを抑制出来ないか?と疑問をもたれてる方もいますが、世界中のインタゲ導入国の実績を見れば心配しすぎだと思います。
日本より供給能力が低くて、高騰の危険性がより高いのに大過なく制御しているのですよ? 日本は供給能力が高すぎるくらいです。高インフレの危険性は他国より余程低い。
何より今はデフレなのですから、高インフレの心配は早すぎる。万一インフレが過ぎても、そこは引き締めに定評のある日銀、颯爽と鎮静化するでしょう。

インタゲ導入は、今の日銀が実施しているデフレターゲットと言える価格目標をCCPI2~4%に少し上向きさせろというだけです。
他国より制約が少なくて経済条件も有利な日銀がこれを実行できないなら、日銀スタッフは無能と断定できます。白河はFRBバーナンキの倍の俸給を貰っているのに。彼等を解雇して、米国なり韓国なりアルゼンチンなりから中銀スタッフを招いた方がましです。

投稿: sio | 2010.07.10 10:44

もし日銀がインフレターゲット政策のみでインフレ転換するのが難しいというなら、政府と政策を協調すればよい。
インフレが持続するまで大規模な財政出動を継続し、財源の国債は日銀が引き受ける、消費税増税などのデフレ圧力となる政策は行わない、等である。
デフレ期待の根付いた日本では、ポリシーミックスは必須だろう。

投稿: sio | 2010.07.10 12:56

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