民主党の公務員法改正案では、強行採決したことが問題ではなく、何を強行採決したかが問題
普天間飛行場撤去問題や口蹄疫問題などの大騒ぎが民主党にとって、各種法案強行採決のための煙幕であるとまでは思わないが、12日の国家公務員法改正案可決は、あまりにどさくさまぎれというか、火事場泥棒とでもいった印象は持った。自民党甘利明前行政改革担当相を懲罰委員会にかける民主党からの動議の元となる事件も起きた(参照)。なにが起きてもしかたがないかもしれないとも思っていたが、ツイッターなどを見ていると民主党の強行採決を批判する自民党が滑稽だという意見もあった。
よくあるジミンガー話(民主党の困難や問題を自民党に帰す論法)といったところだろうが、問題は内容なのである。ただし単純な話なのでブログのネタにしづらい。だが、これからしばらく、民主党の強行採決が続くだろうから、記録がてらに書いておこう。
今回の国家公務員法改正案には二つの主眼点がある。
一つは、総理大臣指揮下に内閣人事局を新設し、幹部公務員人事を「政治主導」で一元化にすることだ。ところがこの「政治主導」だが、お手本となったかに見える英国の制度とは異なっている。英国では、幹部公務員は人事院などの組織が公募者から中立的に選考し、首相がその認可を行う。首相には拒否権はあるが、日本民主党が強行採決した今回の法案のような、大臣による幹部公務員の任命権はない。
逆に言えば、今回強行採決された法案では、大臣がどのように幹部公務員を選ぶかという点で、幹部公務員の専門性は機構的に評価されないようになっている。むしろ専門性が求められるべき幹部公務員が、党派政治のなかに吸着されるやすい脆弱性を持つ。それこそを民主党は「政治主導」と呼んでいるのかもしれないが。
弊害は単純に予想できる。すでに例示的な事態も起きている。赤松農相は口蹄疫のアウトブレイクに対して「健康な家畜を殺すのはどうなのか。人の財産権を侵すことは慎重に考えないといけない」(参照)と述べてしまった。海外がこの発言を聞いて日本にどのような印象を持つかを想定できる専門家が大臣の周囲にすでにいないためであろう。
二つ目の主眼点に移る。こちらのほうが強行採決にまつわる問題を引き起こしていたようだ。それは、事実上の天下り斡旋を行う、自民党政権による「官民人材交流センター」の廃止である。
天下りをなくすならよいことではないかと短絡的に考えている人もいるかもしれないが、法の施行前に矛盾が露呈している。それどころか、強行採決と平行して法の矛盾が進行するという冗談のような事態になっている。
話は単純である。便秘と同じ原理だ。天下り斡旋が禁止されるために、退職しない中高年の公務員が大腸内の便のように貯まる。出ない。公務員を雇うカネには限界があるから、そのしわ寄せは、新規採用の削減となる。次年度は半減されることとなった。中高年が若者の雇用機会を奪っている。
それでも「政治主導」で押し通すというなら老人向け政権として首尾一貫していると言えるが、このあたりで民主党お馴染みのドタバタが始まる。民主党政権は一枚板ではない。産経新聞「閣内から異論噴出… 公務員採用半減の閣議決定見送り」(参照)は各大臣の声をこう拾っている。
菅直人副総理・財務相は14日の記者会見で、「財務省としては基本的な方向は了解している」としながらも、「国税(庁)の徴税人員(数)を急激に下げると、税収にマイナスの影響を与える」と述べた。
千葉景子法相も「法務省は人で成り立っている。治安、入管(入国管理局)もあるので、数字だけで簡単にいかない」と不快感を表明。さらに「人がいないからといって、まさか刑務所を開放してしまうわけにはいかない」と述べた。
川端達夫文部科学相は「各省の実情に合わせた折衝、調整がされていると伺っている」と述べ、省庁横断的な一律の削減を行うべきではないとの考えを示した。
自分たちが強行採決した国家公務員法改正案の毒がすでに全身に回ってのたうち回っているかのようだ。
結局、どうなるのか? 先延ばしになる。読売新聞「国家公務員採用抑制、3省反発で閣議決定見送り」(参照)より。
政府は、14日午前の閣議で目指していた一般職国家公務員の2011年度新規採用数の決定を見送った。
09年度の採用実績と比べて「おおむね半減」を目指すとした新規採用抑制目標に基づき、総務省が各省庁に採用職種別の抑制を求めているが、一部の省が反発して調整がつかなかったためだ。18日に改めて閣議決定することを目指す。
18日にどのような調整を閣議決定するのか、ちょっとした見ものであるが、郵政問題の迷走時のように大臣間のバトルは非公開となるかもしれない。
いずれにせよ、強行採決された民主党の国家公務員法改正案は、前政権自民党案を廃したいがために注力されているだけで、法案としてはよく練られていない。だから、施行前からこのような珍事が起きている。
しかも、このどさくさのプロセスにはさらに滑稽な二転三転があったようだ。私自身が法案の改訂プロセスを詳しく確認しているわけではないが、岸博幸氏の指摘では次のような経緯もあったようだ。「欺瞞だらけの公務員制度改革 民主党にもはや脱官僚を唱える資格なし」(参照)より。
そして、ここで注意していただきたいのは、政治主導の幹部人事の実現に不可欠な降格人事を実質上不可能にしている第78条の2という条文です。この条文は、一年前に自民党政権が提出して廃案となった国家公務員法改正法案の条文とまったく同じなのです。
かつ、そのときの国会審議で、当時野党だった民主党はこの条文を徹底的に批判しています。2月の衆議院予算委員会では当時の行革調査会長であった松本剛明氏が、そして3月の参議院内閣委員会では現官房副長官の松井孝治氏が「この規定では降格人事はほとんど出来ない」と強く批判しているのです。
指摘が本当なら、ジミンガーのまったく逆になる。構図としては、最悪の事態にもつれ込んだ普天間飛行場撤去問題も同じだ。
民主党はなぜこの強行採決法案に、便秘のような構造があると気がつかないのだろうか。いや、そうではない。時論公論「公務員改革 道筋は見えたか」(参照)で、影山日出夫解説員は、民主党なりの対処論を三点にまとめている。
- 天下りをしないで定年まで役所に残る官僚のために、「高位専門スタッフ」という新たなポストを作ること
- 独立行政法人や公益法人の役員や研究職などで出向する公務員の数を増やすこと
- 退職金を上積みすることを条件に、希望退職を募ること
しかし機能しそうにはない。
まず二点目の「独立行政法人や公益法人の役員や研究職などで出向する公務員の数を増やすこと」だが、独立行政法人や公益法人を増やすのは誰が見ても、事業仕分けと矛盾している。しかもこれらの機関の公募はなくなる。民間人の就労機会をここでも奪っている。
一点目の「高位専門スタッフ」だが、年収1400万円程度とも言われているが、給与の問題が明確になっていない。
三点目の希望退職はこれもようするに、どれだけカネの積み上げか問題になる。迷惑料みたいなものだ。
要するにこれらの問題は、カネの問題なのだ。公務員に与えるべきカネどう工面するかという問題に帰結する。なのに、そこが論じられないまま強行採決された。
本来なら民主党のマニフェストどおり、「地方分権推進に伴う地方移管、国家公務員の手当・退職金などの水準、定員の見直しなどにより、国家公務員の総人件費を2割削減する」(参照)とし、国家公務員の総人件費5.3兆円のうち1.1兆円を削減するはずであった。ダメだった。
カネの問題をどうすべきか。その方向性が強行採決で議論を封じられ、国民からは見えなくなった。
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コメント
このエントリーは、露悪的なまでに民主党政権のでたらめさ、めちゃくちゃさを指摘してくれておりますね。(笑)
政治の素人集団の内閣とでも言おうか、どうしようか。
この失政の影響が目に見えて表れるのが、おそらく4、5年後というところで。
投稿: enneagram | 2010.05.16 06:39
便秘の例えの部分。比喩として正しくないのでは?
政治任用される者は、専門性よりも政治性が重要で、
その時の政治課題に打ち込む者だから、それは問題に
ならないでしょ。それで、用済みになれば、元には
戻さない。そうやって「排便」するシステムでしょ。
逆に、政治任用されない者こそが、専門性を蓄えたまま残る。
専門性には一貫性と連続性が重要なのだから、政治とは
切り離して温存しておく必要があるのだから結構なこと。
権限には責任が伴う。しかしそれは至極政治的なものだ。
有能さにも二種類ある。野心的な「優秀さ」は、政治家にでも
なって、責任を背負った立場でもってふるって貰えばいい。
本来の公務員の専門性とは、政治的中立であるはずで、
非権限的なシンクタンク(政治に対する助言者)であれば
良いのだから、政治判断を官僚に頼り、また失政の責任を
官僚に背負わせるような昨今の風潮よりは、より相応しい
とは言えませんか?
自民政治の結果として、公務員とは、その専門性から
「政治」の主導権を持って国家運営をしてきたことが
今の「常識」になっているけれど、憲法的にも制度論的
にもその前提になっているものこそが、異常なのでは
ないのですか?
いつまで日本の政治は、政治家は、官僚の「サイコロ」を
演じ続けるべきなのでしょうか? サイコロ…つまり、
官僚の準備したA案B案C案を、ただ選ぶだけの役割
としての「政治責任」を。
投稿: M | 2010.05.16 10:07
次の政権が廃止することを信じたい。
投稿: っs | 2010.05.16 21:08
お馬鹿さんなので、よくわからんのですが
この話を読む限り誰が得をするのか?公務員ですかね?
民主党にとって利点というものが見えにくいのです・・・
でも強行採決するってことは党にとって必要だからでしょうね、急ぐ必要があるようには思えないですけど
投稿: | 2010.05.16 23:39
国家公務員は定年までいちゃダメなんですか
定年60歳、年金は65歳からの時代、天下りなしの早期退職を促したところで一体誰が席を外すんでしょうか。
国家公務員にも家族はいるでしょうに。
要するに高官の天下りは必要。
ただ天下り先の待遇が問題なのでは。
よくいわれる週に何日か出勤して月収50万超えとかの意味不明な待遇をやめればいい。
天下り先で、現職と同等、もしくは、やや高いくらいにとどめれば、それほど世論の紛糾はないのではないでしょうか。
投稿: WAG | 2010.05.17 05:58
天下りが無くなるに越したことはありませんが、無くした場合に定年まで働く公務員を責めるというのもお門違いです。希望退職を募るといった措置は最終手段であるべきです。
問題なのはやはり無茶な改正の内容そのもの、国民に対する体裁のために無駄を削(ったことにす)ることにこだわりすぎていることでしょう。また体裁までしか要求せず、見通しの甘いマニフェストを受け入れた国民にも非があると言えます。
普通選挙制度存続のため、国民が政治に対して日常的に関心を持てるよう、教育やマスコミのあり方を考えなければならない時点に来ていると思います。
投稿: 6 | 2010.05.17 15:18
誤字修正しました。ご指摘ありがとうございました。
投稿: finalvent | 2010.05.17 18:59
三宅雪子議員の自演ばかりがピックアップされ肝心の強行採決された内容が一切報道されておらず、公務員法改正案の内容に疑問を持っていたので、参考になりました。
民主党は即座に解散し、小沢一郎・鳩山由紀夫・三宅雪子は議員辞職、先の総選挙にて民主党に投票した有権者から投票権を暫く剥奪すべきだと思います。
投稿: ぬま | 2010.05.19 06:12
質問があります。この法案に国籍条項がないというのは本当ですか?
投稿: hide | 2010.05.19 14:39
ネットサーフィンでたどり着きました。
はじめまして。
退職金を上積みすることを条件に、希望退職を募ること
> しかし機能しそうにはない。
> まず二点目の「独立行政法人や公益法人の役員や
>研究職などで出向する公務員の数を増やすこと」
>だが、独立行政法人や公益法人を増やすのは誰が
>見ても、事業仕分けと矛盾している。しかも
>これらの機関の公募はなくなる。
>民間人の就労機会をここでも奪っている。
ここについてですが、事業仕分けに関する記者会見に
おいて、枝野大臣は「公益法人、独立行政法人への
天下りは原則禁止」「専門性が必要で、元官僚の
能力が必要だというなら、むしろ国の所管に戻すのが
自然なあり方」という趣旨の発言をしています。
何がいいたいかというと、上記②の解決案は、
もともと天下りによって占められていた独法、公益
法人のポストを、出向(身分は公務員)という
形をとり、いわば人事院の“鎖”付の人間で
置き換える、という機能を持つと思うのです。
元々公募されるポストでもありませんし、
総じて見れば特に民業の圧迫にもならないだろうと
思ってます。
コメントで既出ですが、出向後の待遇はおそらく
天下りで働く場合の待遇よりは縛られたものに
なるんじゃないかと。
不要な法人を潰してでも、高齢公務員の排出を
吸収できることが前提となりますが。
投稿: さわだ | 2010.05.28 22:47