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2010.05.03

マクロバイオティックス

 マクロバイオティックス? 日本ではマクロビオティックと呼ばれる。そのほうが正確なんだろう。創始者の桜沢如一氏はフランス生活の経験もありフランス語も堪能で、初期の信奉者もフランスに多い。おフランス風にジョルジュ・オーサワとも呼ばれていたくらいだから、マクロビオティックもフランス語読みなのではないか。綴りは、Macrobioticで、英語だとMacrobioticsと複数形になる。ちなみに彼の名前「桜沢如一」は正式には「さくらざわ・ゆきかず」と読むのだろうが、自身も「オーサワ」を認めたようだし西洋では「ジョージ」で通したのだから、「おうさわじょいち」でよいのではないか。
 マクロバイオティックスについてはいろいろ語られている。簡単に言えば、独自の食事法である。雑駁に言えば、菜食主義の一種である。いろいろ言いたい人が多い世界でもあり、実践していない人もいろいろ言っている。
 だが、それらの大半は誤解なんだろうと、厳格には半年くらいしか実践していない私自身は思っている。それら、って何んだよということだが、つまりマクロバイオティックスを食事法として理解ちゃうことだ。違うと思う。
 私はけっこう桜沢如一氏の原典を比較的多数読んだが、彼の思想の根幹は食事法でも食餌療法でもないと理解した。彼の主張は、簡素で健康になる食事法を学んだら、日本国民は世界に出て活躍しなさいというものだった。貧しい者でも、この食事法ならカネをかけず健康になり聡明になるのだから、と。食事法は彼の思想のごく基礎論でしかなかった。基礎こそ大切という考えもあるだろうが、逆に世界に羽ばたく日本人が多く育成できればむしろ、桜沢氏の理念にかなうものだった。この食事法の文脈でよく言われる身土不二(現地のものを食べなさい)というのも、日本人が世界各国に飛び出したら日本食材にこだわるなという意味である。
 桜沢自身氏の国際的な活動は戦前からだった。昭和4年(1929年)36歳でフランスに渡り、昭和10年(1935年)に帰国。フランスではフランス語で自著も出している。新渡戸稲造なんかに近い気風の人かもしれない。渡仏ということでは三歳年下の芹沢光治良にも似ている。調べてみると、芹沢がソルボンヌで学んだのは1925年から29年。桜沢がソルボンヌで学んだのはちょうどその後になる。
 帰国後は食事法の食養会活動をし、その縁で昭和13年(1938年)、夫人となる桜沢里真氏と結婚。両者ともに初婚ではなかったようと記憶するが資料は手元にない。如一45歳、里真39歳。晩婚でもあり子供はない。夫人のつてで桜沢は戦中は山梨に疎開していたらしいが、その時代医師法違反やスパイ容疑で逮捕・拘留などもあったらしい。顧みると、桜沢については正確な評伝がないように思う。
 戦後彼は世界政府活動を始め、昭和28年(1953年)には10年間の「世界無線武者旅行」なるものを企て、60歳にしてまた世界に飛び出す。日本人はなんであんな世界の端にへばりついているのだ、といった発言もあったように記憶している。実際70歳になるまで世界を飛び回っていた。まずは、インドやアフリカで飢えや病に苦しむ人を彼の食事法で救おうというのである。
 度肝を抜く人でもあった。自分の食事法でアフリカの諸病が救済できるという信念でガボン、ランバレネのシュバイツァー博士を訪問し、同地に滞在し、人体実験として自ら熱帯性潰瘍にかかり、マクロバイオティックスの食事法で治療した。シュバイツァー博士にその成果を説明したが、もちろんと言うべきだろう、正式な医師でもあった博士は納得するわけもない。私はそのアフリカ記を読んだことがある。壮絶なものだった。いかにして治療したか? 塩をそのままオブラートで飲み込むようなことをやっていた。なぜ? 彼には彼の理論があった。私には理解できない理論だったが。
 死んだのは1966年。念願の「世界精神文化オリンピック」を日本で開催した直後だった。72歳だった。それで長寿と言えるかと疑問の声もある。死因は卒中だと思っていたが、ウィキペディアを見ると心筋梗塞とある。死に至ったのは低タンパク質と塩分過多の食事のせいではないかなと私などは思うが、単に寿命ということかもしれない。マクロバイオティックスは、マクロ(大きな)とバイオ(命)ということでよく長寿と解されるが、桜沢にしてみれば、「大きな人生」であっただろう。実際それを演じて見せたということでは、まさにマクロバイオティックスな人生であった。
 私などは人間70歳まで生きたらいいじゃないかというくらいの考えしかないが、長寿を願ってマクロバイオティックスにいそしむ人にとってこの最期はどうであったか。その疑問をある意味で終息させたのが、里真夫人のその後の活動であった。1899年生まれの彼女が亡くなったのは、1999年。100歳だった。執念のようなものを感じないでもないが、温和で慕われる偉大なるゴッドマザーであり、彼女も自らの人生をもって長寿という意味でのマクロバイオティックスを証明した。もちろん、医学的にも栄養学的にも証明にはならないが。
 マクロバイオティックスが米国で広まったのは、桜沢氏の弟子久司道夫氏の活動による。ジョン・レノンとオノ・ヨーコも久司氏の指導のもとでマクロバイオティックスの菜食をしていた。日本で、私がマクロバイオティックスに関心を持ったころ、指導的な立場にあったのは、里真夫人は別格として、大森英桜氏であった。桜沢如一氏の独自の陰陽理論をさらに精緻に数例術に仕上げていた。姓名判断などもされていたし、景気変動も論じていた(けっこう当たった)。桜沢氏の国際的な側面は久司氏に、陰陽理論の側面は大森氏に分かれたかのようだが、彼らの名声を支えたのはどちらもその独自の治療経験にあったようだ。彼らに命を救われたという経験を持った人々は彼らを支えた。私はそういう経験はないが、菜食が定常的になると、晩年の河口慧海が俗人が生臭く感じられた気持ちも少しわかるようになった。
 じゃあ、なんでマクロバイオティックスなんかやったの? 信じてやっていたんじゃないの? そう誤解されても仕方ないが、私はまったく別の関心だった。キュイジーヌが面白いのである。
 なんとなく菜食を始めたころだが、ヴェジテリアンはどうしてもそれなりの調理技術が必要になる。もちろん、栄養学的な知識も必要だ。率直にいうけど、栄養学的な基礎知識がない人が、マクロバイオティックスを鵜呑みにしてしまうのは場合によっては危険かと思う。よく言われるのがヴェジテリアンはビタミンB12不足になりがちだというのがある。B12は腸内細菌が合成できるが、消化器官の弱っているヴェジタリアンや幼児で不足が起きると貧血を含め深刻な問題を起こすことがある。B12は海草類から取れるが、海草から摂取できるB12については健康維持に十分かどうかは確立されていないので(参照)、サプリメントなどを併用したほうがよいだろう。

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マクロビオティック料理
 久司氏の系統のキュジーヌはおしゃれだった。説明すると長くなりそうなので省くがセヴンスデー・アドヴェンティスト、日本では三育の系統の食事とかぶるものが多い。いかにも米国風のヴェジテリアン料理もできる。
 日本では食養会の系統を持つ食品なども面白かった。日本は戦前・戦中、発酵食品の製造を簡素化したのだが、この系統の人たちは古い製法を守っていて味噌や醤油はなるほどということが多かった。梅干しもきちんと作っていた。食材には、ひろすけ童話を思わせる栃の実とかもあった。美味しかった。さらにマクロバイオティックスの日本的な展開には伝統的な精進料理の系統の料理技法も含まれていることもある。こうした系統からだけ見ると、マクロバイオティックスは和食の伝統を生かした料理とか、日本古来の食の知恵とかに誤解されがちだ。
 マクロバイオティックスのキュジーヌの点でもっとも独自なのが、里真夫人によるものだった。そして、おそらく最も桜沢氏の考えに近いオーソドックスなものでもあるだろう。彼ら夫妻が戦後世界各国を巡ったその地の庶民の食材や調理が反映しているのである。まさにグローバル料理である。その集大成ともいえるのが桜沢里真著「マクロビオティック料理」(参照)である。簡素に記載され、写真も白黒で少なく現代の視点から見るとたわいないかもしれない。初版は1971年に出た。桜沢如一氏が死んで5年という時代を感じさせる。明治天皇の御製も引用されているが特段に天皇主義者ということではない。時代というだけのことだ。

 この度の新食養料理は故桜沢とともに欧州に十四、五年、その間米国を四、五回訪問して研究したのですが、その国々での産物や、それぞれの嗜好等を考えて作ったものであって、主として、私のつたない創作料理であって食養的に作ったものばかりです。

 マクロバイオティックスの言うところの病人向けには適さない料理もあるとこのことだが、実際にレシピを見てみると、ヴェジテリアンのようにも思われるマクロバイオティックスだが魚料理も含まれている。
 マクロバイオティックスの料理の調理人にはある種独自の達人のような人がいて、その料理の味わいには精神的な畏れのようなものを感させる何かがある。幸いにして、そんなものに出会うことはほとんどない。そういうものに出会うことがなければ、マクロバイオティックスって変わった考えの人たちの作った料理で過ぎてしまうものだろう。

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コメント

桜沢如一氏のエントリーを書いてくださってありがとうございました。彼は、アレクシス・カレルの「人間・この未知なるもの」も翻訳しているので、本当のところは、まともな自然科学に明るい側面も持っていたことだろうと思います。

こんど、できれば、ウィルヘルム・ライヒについても私見を発表してください。「セクシャル・リボリューション」やオルゴン・エネルギーよりも、「ファシズムの大衆心理」やエルンスト・パレル名義で発表された「階級意識とは何か」のような堅い作品のほうが、本来のライヒの良心が表現されていると思います。わたしは、ウィルヘルム・ライヒの「きけ小人たちよ!」や「キリストの殺害」を大学時代に読んでひどく感銘を受けた者です。

投稿: enneagram | 2010.05.03 10:30

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