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2010.05.27

北朝鮮によるソウル急襲シナリオ

 韓国哨戒艦沈没事件を巡って、北朝鮮国防委員会報道官は、制裁が実施されれば、即時に全面戦争を含む各種の強硬措置で応じると20日アナウンスしたこともあり(参照)、いろいろ危機も取り沙汰されている。だが、実際には北朝鮮は意外なほど冷静な対応を取っている。
 北朝鮮祖国平和統一委員会はそれを示唆している。実質的な北朝鮮側からの応答は、南北関係の全面閉鎖、南北不可侵合意の全面破棄、南北協力事業の全面撤廃というくらいで、開城工業団地閉鎖への明確な言及はない。現実、開城工業団地と往来する南北間の陸路通行は26日時点でも開放されている(参照)。開城工業団地を人質にはとらないというメッセージである。仔細に見れば、北朝鮮側が戦争を避けようとしているシグナルが読み取れる。であれば、金正日総書記訪中もその流れであったと見てよいかもしれない。
 日本の鳩山首相はといえば、普天間問題という大失態のカムフラージュのためか「この国はこの国の人々で守るという、すべての国にとって当たり前の発想が今の日本にはない」(参照)とますます明後日の方向に息巻いているが、米中側としては事態がすでにもつれ込み過ぎているのでまずは静観というところだろう。
 概ねそれほど緊張した事態ではないと見てもよいのだが、二点気になることがないわけではない。一点目は、セプテンバーイレブンのような不測の事態だ。不測の事態というのだが予想もできないので、対応といってもナンセンスのようだが、同種の衝撃規模の事態が発生したときに日本国の対応はどうだろうか、という懸念はある。急に東アジアの現実に日本国民が目覚めましたというのでは無理を起こしかねない。二点目は、それでも北朝鮮からの急襲シナリオはありそうだということだ。
 話は実は今回の事態とは直接関係がない。が、関連して注視されるようにはなってきている。4月27日中央日報「金正日、「対南作戦計画」を変更」(参照)がわかりやすい。


 北朝鮮軍が韓国に対する作戦計画を変えたものと把握されている。
 軍関係者は26日、「北朝鮮軍が全面戦争を想定した従来の‘5-7戦争計画’を‘制約的占領後に交渉’方式に変えたものと判断している」とし「韓米軍の発展した武器に対処するための措置と見ている」と述べた。
 北朝鮮軍が1980年代に樹立した「5-7戦争計画」は、開戦初期に長距離射程砲などを浴びせた後、機械化部隊を前面に出して5-7日間で韓国全域を掌握する計画だ。
 この関係者は「北朝鮮軍の新しい計画は、開戦初期にソウルと首都圏に戦闘力を集中的に投入して占領するというものだ」とし「まず首都圏を占領した後、状況によって南にさらに進撃するか、その状態で交渉に入る方式」と説明した。韓国の経済力が集中しているソウルと首都圏を占領すれば、有利な条件下で交渉が可能ということだ。

 同記事でも指摘があるが、イラク戦争で示された米国の圧倒的な戦力と北朝鮮の国力低下から、北朝鮮は80年代に策定した軍事シナリオを放棄せざるをえなくなっている。つまり、朝鮮戦争のような半島全体に及ぶ軍事活動は北朝鮮はすでに無理。そこで新時代の戦略として、ソウル占領作戦が出てきたようだ。ソウルを国際社会に向けて人質に取る作戦だ。
 韓国軍側の現状理解はこうだ。

 軍関係者は「北朝鮮軍は南北間の通常戦力の差を克服するために前方部隊を改編した」とし「後方駐屯機械化軍団を機械化師団で編成した後、休戦ラインを担っている前方の4個軍団に1個師団ずつ前進配置したと把握している」と伝えた。
 また韓国の後方かく乱のために4個前方軍団に特殊部隊の軽歩兵師団を1個ずつ設置した。前方師団の軽歩兵大隊は連隊級に拡大改編した。軍当局は、これら軽歩兵部隊が韓国の前方部隊のすぐ後方に侵入し、かく乱作戦を行う、と見ている。北朝鮮は軽歩兵部隊の前方配置のほか、ミサイル・生化学武器などの非対称戦力を強化してきた。

 不可能な戦略ではないだろう。不安を招きたいわけではないが、開城工業団地がトロイの木馬である懸念も払拭しがたい。
 問題はこのシナリオの文脈に韓国哨戒艦沈没事件を置くとどうかということだが、そこが難しい。

 軍当局は、北朝鮮が韓米連合軍の上陸を防ぎ、韓国の海軍力に打撃を加えるために、先端魚雷および機雷戦力を補強したのも、その一環と判断している。

 それは少し無理な読みという印象もある。
 しかし、欧米報道でもあるグローバルポストも、中央日報経由でこのシナリオを国際的に吹いている。「North Korea: the drumbeats of war」(参照)より。

The new plan, it says, has added light infantry divisions at the front line to increase the speed with which the North could achieve a fait accompli by taking Seoul.

新シナリオによると、北朝鮮がソウル奪取の既成事実確立ができるように、急襲用の小規模歩兵師団を加えているとのことだ。

The JoongAng Ilbo article noted that South Korean military officials think North Korea has acquired late-model torpedoes from Iran, in exchange for submarines, and plans to use them to prevent a U.S.-South Korean landing behind the front lines.

中央日報記事では、北朝鮮は潜水艦との交換でイランから最新型魚雷をすでに獲得しているという韓国軍部の着想を記している。この魚雷によって、前線背後からの米韓上陸を防ごうとするものだ。


 こう書かれると仁川上陸(参照)の阻止だろうかという連想が浮かぶが、いずれにせよ、朝鮮戦争に関わった西側の懸念ポイントをグローバルポストは表現しているようだ。

 グローバルポストの視点といえば、事態のアウトラインについて「The Cleanest Race: How North Koreans See Themselves and Why It Matters」(参照)の著者マイヤーズを引いてこう描いている。


“The assumption prevails that the worst Pyongyang would ever do is sell nuclear material or expertise to more dangerous forces in the Middle East,” Myers writes. “All the while the military-first regime has been invoking kamikaze slogans last used by imperial Japan in the Pacific War.”

マイヤーズの書籍によると、「北朝鮮がやりかねない最悪の行動は核物質や核兵器情報をより危険な中近東に売ることだという推測が広がっているが、並行して、この軍事最優先体制は、カミカゼ・スローガンを続けている。それは、前回、大日本帝国が太平洋戦争でしていたスローガンである。


cover
The Cleanest Race:
How North Koreans See Themselves
and Why It Matters:
B.R. Myers
 欧米からは、北朝鮮、その汚れなき民族がやっているのは、日本と同じだということだ。いうまでもなくその含みは、オバマ大統領も選挙中に強調していたように、米側から卑劣に見えた真珠湾攻撃への恐怖である。
 戦後の日本人の私からすれば、なるほど北朝鮮とは戦前の日本のようだとも思う。だが、北朝鮮は戦前の日本よりずっと賢いのではないかとも思う。大きな違いは、日本の戦時下の苦難が数年であったのに対して、北朝鮮の市民の苦難はそれより遙かに長いことだろう。

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コメント

>中近東に売ることだという過程が広がっているが、

過程⇒仮定でしょう。

投稿: 佐藤秀 | 2010.05.27 14:39

戦前の日本だって、蒋介石の海軍の艦隊に、本土に艦砲射撃を受けたり、国民党の陸軍に、重慶から上海・済南あたりまで前線を推し戻されたりする経験をしていれば、もっと賢く立ち回っていたと思います。蒋介石の国民党軍が弱すぎたのです。北朝鮮は、ピョンヤンを攻略された経験を持っています。中国軍のおかげで失地回復できたのです。戦前の日本と現在の北朝鮮では、痛い目にあい方がぜんぜん違います。

それから、北朝鮮の国民は、隷属民ではあっても、近代的な市民ではありません。我慢させられるのに、いやもおうもないのです。それだけのことです。

日本と北朝鮮は、どこをどうしても、一緒には出来ません。

投稿: enneagram | 2010.05.27 14:44

あの大戦のときに噴出したメンタリティーの、今の北朝鮮が後継者だ、というのは賛成しますが、あれは日本のダークサイドでしょう。そういう暗黒面は誰にでもどこにでもあります。そういう面の情緒ばかりが育ったのは不幸なことでしょう。

日本の戦前といっても、けっして恥ずかしくないレベルの立憲民主政治で動いていた時代もあることは、財産として忘れるべきではないと思いますが。

投稿: KU | 2010.05.28 07:59

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