驚いた。鳩山首相にはまだまだ驚かされることがあるに違いない、動顛するなよ、と気を張っていたというか、逆に脱力し切って連休だし食い物ものことでも考えつつ見守っていたのだが、すごいことになった。瞼を閉じたのではないのに視界に鉄板のブラインドがずんと落ちてきて、日本の未来なんにも見えない状況に陥った。我ながら修行が足りない。
何に驚いたか。普天間飛行場撤去問題を自民党案の修正に戻しますごめんなさい、ではない。そんなことは、昨年の政権交代選挙の一か月前に「民主党の沖縄問題の取り組みは自民党同様の失敗に終わるだろう: 極東ブログ」(参照)に予想していたことだ。沖縄県外移設をまともに探ぐってないツケでやっぱりダメでしたが徳之島に一部名目上の移設はしますから許してね、でもない。その手の論法は、「オバマ米大統領が民主党鳩山首相にガッカリしたのがよくわかった: 極東ブログ」(参照)でわかっていた。驚いたことは、この人、国家安全保障がまるでわかっていないのだということだ。こういう人を日本国民は日本国の長に就けちゃっただんだということだ。
今朝の大手紙社説では日経だけがその片鱗に気がついていた。「首相は在日米軍の役割を明確に説け」(参照)より。
やはりそうだったのか、と思わざるを得ない。就任当初、米海兵隊が沖縄に必ずしもいなければならないとは思っていなかった。鳩山由紀夫首相はそう認めたのである。
首相は就任して以来、初めて、沖縄県に入り、米軍普天間基地の移設への協力を要請した。その後の記者団への発言である。
普天間をめぐる8カ月近くの迷走を招いたのは、この問題を軽く扱った首相の認識の甘さだ。沖縄の米海兵隊が何のためにいるのか。回り道をしてようやく、そんな基本的なことに気づいたとすれば、お粗末というほかない。
民主党小沢幹事長も民主党が政権与党になる前に日本に在日米軍は要らない、在日米軍ではない第七艦隊だけでよいとぶち上げたことがあるし、連立与党の社民党の党是は言うまでもない。が、民主党が政権与党となり、日米同盟を担う主体となっても、鳩山さんの頭の中は安易な常時駐留なき安保のままだったのだ。常時駐留なき安保にどれだけの日本の負担が必要かとか考えたこともない人には、どうしようもないファンタジーであることがわからない。
日経新聞社説も、鳩山首相「就任当初」として、きちんと限定して描いているが、昨日の鳩山首相の言動の経緯をみると、就任当初でその認識が終わっていたとはとうて思えない。しまった。私は鳩山さんを甘く見ていた。
昨年12月の会見を私は鵜呑みにしていた。2009年12月16日付け朝日新聞「常時駐留なき安保は「封印」 鳩山首相」(
参照)より。
鳩山由紀夫首相は16日、在日米軍の整理・縮小をめざした「常時駐留なき安保」について、「かつてそういう思いを持っていた。総理という立場になった中、その考え方は今、封印しないといけない」と語った。首相官邸で記者団の質問に語った。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設をめぐる対応と持論とは無関係と強調したかったとみられる。
やられた。封印を真に受けてしまっていた。ここまでの沖縄問題迷走の経緯を顧みると、「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設をめぐる対応と持論とは無関係」どころではなかったのだ。記事はこう続く。
一方、首相は「日本の将来、相当長期的な50年100年という中で、他国の軍隊が居続けることが果たして適当かどうかということは当然ある」とも述べ、問題意識は持ち続けていることも明らかにした。
その問題意識とやらのままで普天間飛行場撤去問題を考えていたから、ここまで迷走できたのだ。つまり、「常時駐留なき安保」論を軸にこの問題を鳩山首相は考えていたとみると、この間の迷走が理解しやすい。そうだったのか。なんで本人から率先して沖縄県外移設に手を染めないのかとやや疑問に思っていたが、最初からその気はなく、国内移転は念頭になかったのだ。
昨日は鳩山首相自身が考えの浅薄さを認めた。朝日新聞「「公約は選挙の時の党の考え方」4日の鳩山首相」(
参照)より。
――抑止力、日米同盟の重要性を話したが、それは去年の時点ではそのような認識が浅かったと言うことか。県民への十分な説明になっているか。
「あの、私は海兵隊というものの存在が、果たして直接的な抑止力にどこまでなっているのかということに関して、その当時、海兵隊の存在というもの、そのものを取り上げれば、必ずしも、抑止力として沖縄に、存在しなければならない理由にはならないと思っていました。ただ、このことを学べば学ぶにつけて、やはりパッケージとして、すなわち海兵隊のみならず、沖縄に存在している米軍の存在全体の中での海兵隊の役割というものを考えたときに、それがすべて連携をしていると。その中での、抑止力というものが維持できるんだという思いに至ったところでございます。それを浅かったと言われれば、あるいはその通りかも知れませんが、海兵隊に対する、その存在のトータルとしての連携の中での重要性というものを考えたときに、すべてを外に、県外、あるいは国外に出すという結論には、私の中でならなかったと言うことであります」
こんな浅薄な人をまがりなにも大国日本の長に就けるべきではなかったなとは思うが、それでもここで考えを改めるならしかたないだろうとも思った。つまり、このくらいまでは鳩山さんがやりそうなことだとは思った。そしてそういう考えもきちんと順序立てて展開していくならわからないでもない。私の視界がブラックアウトしたのはこの先だ。
読売新聞以外のソースでは確認できないので飛ばしなのかもしれないが、読売新聞記事「首相、沖縄負担軽減で米の理解度疑問視?発言」(
参照)がそれだ。
鳩山首相は沖縄県宜野湾市で開いた4日の住民との対話集会で、沖縄の基地負担の軽減について、「オバマ大統領として、あるいは米国がどこまで理解しているか、まだ判断がつかない」と発言した。
「『沖縄の負担を軽減させるために協力してもらいたい』と(米側に)言ってきた」と強調した後に飛び出した。米側の沖縄に対する取り組みに疑念を呈したとも受け取られかねず、今後波紋を呼ぶ可能性がある。
この人、気は確かか。
自民党案の劣化修正版の辺野古移設案を持ち出したのは、米側との打診なりで行けそうだという判断の上で沖縄県民に飲んでもらうとしたわけではないようだ。鳩山さんの、またしても勝手な思い込みの「トラスト・ミー(僕を信じてよ)」を今度は沖縄県民に相手やってのけただけなのだ。相手のことは何も考えていない。
しかも国家安全保障に関わる問題を、妄想と言ってもよいのではないか、個人的な思いで突っ走っている。こうした国家指導者の言動が国家安全保障にどういう帰結をもたらすかということが、この人の頭の中にはまるでない。ブラックアウト。
端的に言うが、鳩山首相のごめんなさい案でもだめなのはもう明白である。米側は同盟国日本を慮ってそれなりの体裁は整えてくれるかもしれない。つまり、名目上の徳之島移転のパフォーマンスくらいはしてくれるかもしれない。が、実質的に徳之島案はダメだというメッセージはすでに出ている。
辺野古移設案はどうかというと、これも米側が飲む可能性はゼロではないが、きちんと地元を説得し環境アセスメントを地味に重ねてきた自民党案に比べると、その点では愚劣きわまる代物だ。鳩山案と見られる、米軍キャンプ・シュワブ沖合の浅瀬に杭を打つ桟橋方式(QIP方式)で滑走路を造る「浅瀬案」だが、これは環境を配慮したかのように鳩山首相は吹きまくっているが、環境を配慮するというなら、埋め立て案と比較し、以前廃案にされた経緯や運用面での再評価をするはずだが、それがない。
ないのは当然で、QIPが出てきたのは、これなら沖縄県知事の認可を必要としないからだ。民主党田村耕太郎議員がぽろりと本音を漏らしているが(
参照・YouTube)「最初から聞くから間違いだった」という脅しがきくからである。杭打ち桟橋方式で行くということは、国が沖縄県に頭ごなしで、戦前の日本のようにやりますよという宣言なのだ。多少なりからくりが読める沖縄県民がどう思うかは言うまでもない。
この問題は仲井真沖縄知事の立場に立つとさらに明瞭になる。仲井真知事は当初は自民党案の辺野古移設に基本的に賛成の立場でいた。前提は、島袋吉和前名護市長もこれまでの経緯を踏まえ条件付きではあるが辺野古移設を認めていたと見られるからだ。だから、仲井真知事は名護市長選挙前に「名護市が受け入れてを表明している間にきちっと移設した方が現実的だということで私は県内移設やむなしという考えだ」(
参照)という見解を出していた。
辺野古移設反対派が名護市長となれば、いくら名護市辺野古沿岸部の公有水面埋め立ての許可権限が県知事にあり、名護市長が反対でも法律上建設は可能だとしても、沖縄県民の感情を考慮すれば名護市長に頭ごなしにはできない。それをすれば過去の経緯を見ても、県知事のほうが吹っ飛ぶことになる。実際、沖縄県知事選はこの秋に迫っており、反対派の稲嶺名護市長が選出された以上、仲井真知事は、いくら鳩山首相のごめんなさい辺野古移設案であっても、もう身動きは取れない。
このこと、つまり辺野古移設案に落ち着くくらいなら、名護市長選挙前に手を打たなければならなかった。民主党内でもある程度はわかっていたことだった。だから今年1月に名護市長選挙が行われる前の昨年年内中に決断しなければならないという話の流れにしていた。マスコミ報道ではいかにも米側が期限を急かしたかようだが、米側としてはむしろ民主党を配慮して悪役を買って出たふうでもあった。
さらに、政権交代後間を置かないという期限を切ることで、マニフェスト違反となっても、自民党政権がしたことだし、相手のある外交上の約束として時間が足りず動かせなかった、と言い訳する予定でもあった。いわゆる怪獣「ジミンガー」に三分間限定で蹴りまくりスペシウム光線を充てて済ませるはずだった。
鳩山首相もこのころは、普天間の問題でマニフェストを変更することはやむを得ないかという問いに、「公約が時間というファクターで変化する可能性は否定しない」と面白いことを語り、ウルトラマンのかぶり物くらいはこなせそうには見えた。だが、「米国には早く結論を出してもらいたいとの思いはあるだろうが、日本には日本の事情がある。名護市長選と沖縄県知事選の中間くらいで、結論が必要になってくる」(NHK10月17日)とまで語り、今日の迷走のグランドデザインを描き出した。
なぜ鳩山首相は、普天間飛行場の撤去問題を先延ばししたのだろうか。クルクルパワーが炸裂したからだろうか。私は、昨日はっと思ったのだが、このころまできちんと鳩山首相の頭には「常時駐留なき安保」があったからではないか。だから、辺野古移設反対派の名護市長を立たせて、それを援軍にして、自民党案を支持する米国と沖縄県を押し切ろうとしていたのではないか。意外ときちんとオペレーションズ・リサーチの計算をしていたのかもしれない。ただ、残念ながら、政治家としては無能だったからこの結果になった。そしてその無能は国家安全保障上の問題を惹起してしまった。
結局は、私がブラックアウトした「オバマ大統領として、あるいは米国がどこまで理解しているか、まだ判断がつかない」発言を再考すると、さすがに辺野古移設しかないということになったが、このあたりもまだ変だ。もしかすると、QIP+徳之島案を米国に飲ませようとして大芝居を打ったのではないか。昨日の「3000円のかりゆしウエアを着て沖縄問題を考えよう」日帰り沖縄旅行の真相はオペレーションズ・リサーチの再計算ではないか。しかし、だめだろ、それ。
今後はどうなるか。
鳩山首相は昨日のごめんなさいの後に尻を出して、でも公約違反じゃないと言ってのけていた。ああ、この人、またかの類だ。朝日新聞社「「公約は選挙の時の党の考え方」4日の鳩山首相」(
参照)またYouTube(
参照)より。
【公約違反の責任】
――(最低でも県外という)公約を覆したことの政治責任はどう考えるか。
「公約、という言い方はあれです。私は、公約というのは選挙の時の党の考え方ということになります。党としては、という発言ではなくて、私自身の代表としての発言ということであります。その自分の発言の重みというものは感じております。ただ、やはり、今、先ほどから申し上げておりますように、普天間の危険性の除去と、それから沖縄の負担の軽減というものをパッケージで考えていくときに、どうしても一部ご負担をお願いせざるを得ないというところ、これからもしっかりと皆さん方との意見交換の中で模索をして、解決をして参りたいと思っています」
ダウト。
今回のマニフェスト上は明記されなかったが、マニフェストの各論である沖縄ビジョンでは明記されている。2008年の「民主党・沖縄ビジョン」(
参照・PDF)より。
民主党は、日米安保条約を日本の安全保障政策の基軸としつつ、日米の役割分担の見地から米軍再編の中で在沖海兵隊基地の県外への機能分散をまず模索し、戦略環境の変化を踏まえて、国外への移転を目指す。
3) 普天間米軍基地返還アクション・プログラムの策定
普天間基地の辺野古移設は、環境影響評価が始まったものの、こう着状態にある。米軍再編を契機として、普天間基地の移転についても、県外移転の道を引き続き模索すべきである。言うまでもなく、戦略環境の変化を踏まえて、国外移転を目指す。
普天間基地は、2004 年8 月の米海兵隊ヘリコプター墜落事故から4 年を経た今日でも、F18 戦闘機の度重なる飛来や深夜まで続くヘリの住宅上空での旋回飛行訓練が行われている。また、米国本土の飛行場運用基準(AICUZ)においてクリアゾーン(利用禁止区域)とされている位置に小学校・児童センター・ガソリンスタンド・住宅地が位置しており、人身事故の危険と背中合わせの状態が続いている。
現状の具体的な危険を除去しながら、普天間基地の速やかな閉鎖を実現するため、負担を一つ一つ軽減する努力を継続していくことが重要である。民主党は、2004 年9 月の「普天間米軍基地の返還問題と在日米軍基地問題に対する考え」において、普天間基地の即時使用停止等を掲げた「普天間米軍基地返還アクション・プログラム」策定を提唱した。地元の住民・自治体の意思を十分に尊重し、過重な基地負担を軽減するため、徹底的な話合いを尽くしていく。
沖縄に新基地を作成するというのなら、民主党の公約違反であろう。
そして鳩山首相自身が「自分の発言の重み」と理解されているなら、辞任されるのが筋だろう。さらに、かつて自民党が首相のすげ替えをしてきたことに解散を求めてきた民主党のことだから、これで解散、衆院選挙をすべきだろう。しかもことは、郵政国営化や高速道路重税化といった各論ではなく、国家安全保障上の問題である。実際、隣国で戦争が勃発してもなんら不思議ではない状況になっている。この政権では国民が困る。幸い、国民もこの政権への期待は薄くなってきており、突然政権が空中分解してももう驚くほどのことはない。
米国としてはもう鳩山政権の手の内はわかっていて、しばらく匙を投げるつもりでいる。普天間飛行場撤去は沖縄県民の悲願ではあるが、米国にしてみれば理解はしつつも他の選択はないし、元から損するリスクはない。問題の期限を切ったのは米国ではない。外交・軍事に関わる問題は安定政権や相手国の安全保障に定見ができてからでないと難しいから、少なくとも参院選後までは礼儀正しく沈黙を守るだろう。
沖縄の今後どうか。米国とほぼ同じだ。夏の参院選と秋の沖縄県知事選が終わるまで対応を先延ばしにする他はない。鳩山首相から昨日示された案もただ、辺野古移設になるというくらいで実際のところなんら現実性はない。仲井真知事はすでに名護市長選挙で鳩山首相に梯子をはずされた手痛い経験もある。沖縄県側は迷走する日本政府の頭越しに米国との対話も進めてもいるようだ。5日付け「現行案視野に結論先送り=沖縄知事が米総領事に-選挙後の秋まで・普天間移設」(
参照)より。
外交筋によると、仲井真知事は3月18日、グリーン総領事と協議。この中で、普天間問題をめぐる日本政府の調整力に不信感を示し、「最終決定を秋の沖縄県知事選後に先送りする方向で打開策を模索するのが最善」との見方を示した。
また、政府が検討中の米軍ホワイトビーチ(うるま市)沖合への移設を提案するには、技術的な調査に「何カ月もかかる」と指摘。調査を理由に県知事選後まで決定を棚上げすることで、政治的混迷に冷却期間を置くことも可能だと説明した。
その上で、9月に予定される名護市議選を含む一連の選挙が終了すれば、現行計画反対の立場で当選した稲嶺進名護市長を説得する時間も生まれるとの見解を伝えたという。同知事の意見はワシントンに報告された。
実際、今後の展開はどうなるかは見えない。
鳩山首相のこれまでの経緯を見れば、辞任して責任を取るという普通の人なら持ちそうな倫理の発想すらないだろうし、社民党も重大な決意をすることなく政権与党にしがみつきたいようだ。メディアとしてもこの話題にひとまず区切りをつけたことにして、上海万博でのにこやかな鳩山首相を映し出すのかもしれない。かくして日本の国家安全保障はじりじりと危うくなる。と、ここまで書いて、ようやく瞼の向こうにうっすら光景が見えるように思う。何が見えるかは書かないとしても。
全体の流れからすれば、参院選では民主党は苦戦するだろう。それが普天間飛行場の撤去の問題にどう反映するか。今となっては鳩山政権が機能移転の名目で普天間飛行場の固定化する最悪の事態を、なんとか回避するくらいしか希望はないかもしれない。