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2010.03.12

[書評]ツイッターノミクス TwitterNomics(タラ・ハント著、村井章子訳、津田大介解説)

 「ツイッターノミクス(タラ・ハント著、村井章子訳、津田大介解説)」(参照)は、日本の各種の分野でツイッター(Twitter)が話題になる現在、適時な刊行であったと思う。特に、企業が広告戦略においてどのようにツイッターをクチコミとして活用したらよいのかという点で、本書は著者の経験やこの分野の各種の世論を整理して提供していることから、実践的かつ具体的な指針になるだろう。

cover
ツイッターノミクス
 マーケティング部門はもとより、ツイッターが開きつつある新しいマーケットを理解するために、年配の経営者にも一読を勧めたい。本書を一読しておけば、ツイッターによるマーケティングのごく基本的な失敗事例など(参照)は防げる。
 とはいえ、本書はやさしい口調で理路整然と説かれ、日米間の商慣例の差はあるとしても、概ね正しい内容でありながら、実際にこのツイッターの世界に入って、ツイッターとはなにか実感するという体験の側から見ると、また異質なもの、ある種の違和感もあるだろう。その内在の感覚(ツイッターという空間のなかでの生息感覚)をどのように企業がマーケティングとして探り当てるかまで、本書から読み解くのは難しいかもしれない。
 その陰画のような象徴事例になっているのが「第8章 アップルはなぜ人をわくわくさせるのか」だろう。本書未読のかたは、邦訳の標題からは、アイフォーンやマッキントッシュで有名なアップルとツイッター的なクチコミの効果が想像されるだろうが、同章で書かれているのは、ごく基本的な現代的なマーケティングの一部である。オリジナルの章タイトルも「Be Notable: Eleven Ways To Create Amazing Customer Experiences(心がけよう:顧客満足を最大限に引き出す11の方法)」で、形式的にもブログにありがちなリスティクル(参照)を肉付けている。項目は、「ディテールで差をつける」「ワンランク上をめざす」「感情に訴える」「楽しさの要素を盛り込む」「フロー体験を設計する」といったものが並び、それぞれに十分な説明が与えられている。本書の英書オリジナルの感想などを見ると、この章がもっとも優れているという評価も多い。たしかに、この章だけ切り出し、そこから本書をよりマーケティング志向の強い書籍に編集しなおすことも可能だろう(実は邦訳書の章構成はオリジナルと違っていてこの志向が見られるものになっている)。
 が、ここで気がつくのは、そうしたマーケティング手法がツイッターノミクスなのかと問われれば、そうではない。ツイッターの台頭がこの新しいマーケティングをもたらしたというより、ツイッターを興隆させた社会と情報の変化の必然から導かれる新しいマーケティング手法だということだ。ツイッターの位置づけは、むしろその大きな変化の潮流の随伴的な現象である。その現象がツイッターの内部からどのように見えるかというと、微妙な感覚の問題がある。しいていえば、差異化と文化戦争のゲームなのかもしれないと私などは思う。
 このことは逆に新しいマーケティング戦略の成功例として賞賛されているアップルの実際のマーケティングとの齟齬を覆い隠すことにもなっている。ツイッター経済を暗示させる「ツイッターノミクス」のテーマは、一見すると、デジタル技術とソーシャル・メディアが発達から、従来のようなマネーベースの市場経済とは異なるギフト経済といったものが生まれつつあるかにように読めるし、実際著者はその視点で書いている。これらは「フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略」(参照)といった新しい経済感覚にも通じる。
 しかしこうしたギフト経済のように見える背後で、アップルが実際の収益を確保しているのは、端的なところではITMS(参照)が筆頭だが、市場の垂直的な囲い込みの結果にすぎない。グーグルなども実際には、広告モデルを別とすれば、国家が担う個人情報的な処理のニッチを囲い込むことで、国家税収でまかなわれるべき公的情報サービスの差分を収益化しているにすぎない。
 こうしたなかで、では、ツイッターのようなクチコミなどがどのように機能するかといえば、表面化しづらい収益モデルに対するある種の集団的な空気のような「善意の」イデオロギーによる誘い込みになりがちだ。アップルやグーグルの賞賛者や批判者が、あたかも正義の問題を論じているかのような様相を示すのはそのためだろう。
 現実に収益性の面での市場での勝利者の動向だけ見れば、アップルのような市場囲い込みか、あるいはグーグルのような擬似国家税的なモデルによって、本来脱イデオロギー的と設定されるはずの自由市場の自由性に対する異質性が現在世界に台頭しつつある。そこでは「ツイッターノミクス」は市場自体の固有の情報伝達機能を阻害するノイズとなりうるし、その効果がマーケティングだというに等しいことになりかねない。
 あるいは、アップルやグーグルといった覆われた新しい形態の利益独占モデルの企業と従来型の市場経済志向の企業の隙間にこそ、「ツイッターノミクス」なり、それを支えるソーシャル・キャピタル(社会資本)としてのマネーを補完する存在としてウッフィー(Whuffie)があるとも言える。
 ウッフィーとは、ごく簡単にいえば、ツイッターやミクシィなどのソーシャルネットワークを使って得られる名声・評判のことで、これを仮想の通貨み見立てている。元はコリィ・ドクトロウ氏のSF小説「マジック・キングダムで落ちぶれて」(参照)に描かれていた着想だ。
 本書のオリジナルタイトルが「The Whuffie Factor: Using the Power of Social Networks to Build Your Business(ウッフィー要因:ソーシャルネットワークの力を使って自分のビジネスを作り上げる)」(参照)となっているのもそのためで、本書は元来はツイッターをテーマにした書籍というより、ツイッターやミクシィなどのソーシャルネットワークを使って得られる名声・評判を活用して、マーケティングや個人企業に生かす手法を論じている。
 なお、"TwitterNomics"という用語はグーグルで検索してもWhuffieなどの用語に比べ格段にヒット数が少なく、欧米圏では実際的には存在していないか、あるいは、伝えたい思いを140文字という短いつぶやきにエコノミーに節約する技術といった含みがあるようだ。和製英語として定着するのではないだろうか。
 "TwitterNomics(ツイッターノミクス)"という邦訳書のタイトルはおそらく、「[書評]Wikinomics:ウィキノミクス(Don Tapscott:ドン・タプスコット): 極東ブログ」(参照)、「ウィキノミクス=ピアプロダクションについてのメモ: 極東ブログ」(参照)、「マスコラボレーションとピアプロダクションの間にあるブルックスの法則的なもの: 極東ブログ」(参照)でふれたウィキノミクスからの連想だろう。
 ウィキノミクスがどちらかといえば、共同作業による生産の側として見ているのに対して、本書ツイッターノミクスはマーケティング志向の消費の側として見ている。捉える側面の差があるとはいえ、同質の社会現象を扱っているとも言えるだろう。
 その意味で、本書はツイッター自体をテーマにしたものというより、ツイッターに代表されるソーシャルネットワークの名声を個人や企業がいかに高め、ビジネスに結びつけていくかという勝間和代氏的なテーマになっており、広義にはブログも含まれる。
 ブログによる名声からビジネスへの経路として見る場合、私もひとりのブロガーとしてその内在の側から見るなら、本書の提言は概ね当てはまるともいえるが、当てはまらない点も多く感じる。
 日米間のネット文化の差異もあるかもしれないが、ブログの閲覧者数やツイッターのフォロアー(特定の個人の発言を受信する人)の数は、現実にはウッフィー的な名声よりも、テレビ・タレントや知識人などすでに確立された著名人、ないし、特定の社会運動の指導者といった層のほうがはるかに大きい。人気の高い内容も、ウッフィー的な名声の基礎になる善意というより、株取引など金銭情報に関連するもののほうが人気がある。
 こうしたことは、ツイッターやブログなどのメディアの内在ではごく自明のことで、本書のウッフィーの原則には当てはまらないか、当てはまる上限はいわゆる知名人の人気の十分の一程度であろう。本書を丹念に読めば、そうした限界性のなかで個人の十分な名声を確立する手法として限定されているとも理解できる。
 私自身長くブログを運営していて共感できるのは、本書「第5章 ただ一人の顧客を想定する」の内容だ。旧来のマーケティング手法のように、読者ターゲットをグループセグメント化して運営するのではなく、ただ一人の理想的な(マックス・ウェーバーの言う理念型的な)読者を想定して情報を発信したほうがよいというのは納得できる。私のこの世界での内在的な感覚でいえば、数値化されうるようなウッフィーやあるいは既存メディアの名声の転写的な人気に対して、個というものがどのように確立された見解を持つか、その細い連帯のなかで、衆を頼むような傾向に本質的に対抗していくことにこそ、このメディアの本来的な意義があるように思う。

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受信: 2010.03.13 09:34

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