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2010.03.04

トヨタ自動車と知識の本

 昨日、トヨタ車大規模リコール問題の米上院商業科学運輸委員会の公聴会が終わり、豊田章男社長の招致を含めた3回の米議会の公聴会が終わった。これは、結局なんだったのか? 現時点ではよくわからないことが多い。
 レクサスES350セダンの運転中にブレーキが効かなくなり、死の恐怖を覚えたというロンダ・スミス氏は2月23日の公聴会で「恥を知れ、トヨタ!」と発言し話題になった。ブレーキ・システムに問題があることが懸念される証言ではあった。だが、この証言に限定すれば、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が報道したように(参照)、そのまま転売されその後の問題はない。国内でZakzakが識者コメントをまとめていたが(参照)、スミス氏証言自体にも疑問点が多い。象徴的な発言ではあったが、問題の本質とはあまり関係がないようだ。
 では何が問題だったのか。なぜ騒ぎになったのかという背景はわかりやすい。 米国自動車会社ビッグ3とその部品会社を中心にデトロイトを拠点とした全米自動車労働組合(UAW: United Auto Workers)は米国民主党議員の中間選挙献金送っており、それに見合った対応は迫られる。ワシントン・エキザミナー紙「UAW's invisible hand behind the Toyota hearing going on right now」(参照)より。


There are 25 Democrats on the House Committee on Oversight and Government Reform, 12 of whom have received campaign contributions of as much as $10,000 towards their 2010 re-election campaigns from the United Auto Workers union, which is a co-owner of General Motors, Toyota's main rival for U.S. sales.

米国政府改革小委員会の民主党議員は25名だが、うち12名は2010年中間選挙費用として全米自動車労働組合から1万ドルを受け取っている。この団体は、GMの関係者でありトヨタの販売上のライバルである。


 トヨタと敵対する企業から献金をもらう議員がトヨタの社長を招致して公聴会を開くことが悪いわけではない。それをいうなら、GMはすでに米国政府企業であるから米国政府自体がトヨタとの利害関係に置かれ、公平とはいえないということにもなりかねない。また、トヨタとしても、米国議会にロビイストを持っている(参照)。
 今回の公聴会での騒ぎは、単純にカネと政治の図柄で見る問題でもないが一つの背景にはなっている。ニューズウィーク誌「Congressional Kabuki」(参照)のマシュー・フィリップス(Matthew Philips )氏による記事ではこう描写されている。

It was obvious which committee members have Toyota plants in their district, and which ones do not. California Rep. Diane Watson, whose district is just north of Toyota Motor Sales headquarters in Torrance, beamed and greeted Toyoda by speaking Japanese, while the most blistering questions of the hearings came from Ohio Rep. Marcy Kaptur, whose district is in the heart of the rust belt and home to Ford and GM plants.

選挙区にトヨタ工場がある公聴会委員とそうではない委員の差は明白だった。カリフォルニア州ダイアン・ワトソンの選挙区はトーランスのトヨタ自動車販売本社の北に近く、豊田氏に微笑ながら日本語で挨拶した。他方、厳しい質問を投げたオハイオ州マーシー・カプター氏の選挙区はフォードやGM工場の拠点的な地域でである。


 トヨタの問題が明白ではないか、あるいは疑われているブレーキ・システムに本質的な問題がないなら、この公聴会はただ利害のディスプレイにしかならない。実際はどうであったかというと、この記事を書いたフィリップス氏はそう見ている。だから、これを大げさで実のない演技のたとえとして「歌舞伎」と評した。
 なぜ「歌舞伎」になってしまい、真相が追求されなかったのか。そもそも追求されるべき真相なるものがあるのか? 現状のところブレーキ・システムに疑いがあるなら、技術的な問題であり、公聴会での議論にはなじまない。実際、そのように収束していくかにも見える。
 だが、フィリップス氏の記事の論点は、トヨタが事故に関わる重要な技術情報をこれまでも組織的に隠蔽していたのだということにある。この隠蔽疑惑の中心にあるのが、この技術情報をまとめたとされる、知識の本(Books of Knowledge)の存在だ。日本語で読める報道では、1日付ロイター「米下院監視委員長「トヨタの内部資料隠匿の証拠を発見」」(参照)がある。

 米下院監視・政府改革委員会のタウンズ委員長は26日、裁判所に提出を求められていた内部資料をトヨタ自動車が繰り返し隠匿していたことを示す文書を入手したことを明らかにした。
 トヨタの元社内弁護士が委員会に提出した文書で、同社が人身障害に関わる裁判で「Books of Knowledge」と呼ばれる重要なエンジニアリング情報の開示を回避するため、原告側と和解していたことが明らかになったとしている。
 同委員長は北米トヨタの稲葉社長にあてた書簡で、この文書は「訴訟における組織的な法律違反、恒常的な裁判所命令の無視があったことを示している」とし、トヨタに対し説明を求めた。
 さらに、この文書は「トヨタが(米安全当局に対し)相当量の関連情報を提出しなかったのではないかとの非常に深刻な疑問を呈している」とした。

 また2月27日朝日新聞「トヨタが重要資料隠し? 米下院が追及」(参照)では、2003年から2007年にトヨタの企業内弁護士だったディミトリオス・ビラー(Dimitrios Biller)の関連に触れている。

 委員長の声明や稲葉社長への書簡によると、2003~07年にトヨタの顧問弁護士を務めたビラー氏が同委に出した書類は「(同社が)米国法を組織的に無視していたことを示唆している」という。
 同委はビラー氏の書類の検証結果として、トヨタは、裁判で求められた重要な電子書類を意図的に出さず、ビラー氏はその問題をトヨタの上司に警告していたと指摘。またビラー氏の話として、トヨタ内部では、車の設計上の問題やその対策を蓄積したデータベースをもとに、「知識の本」という秘密の電子文書を作成していたが、裁判には提出しなかった、とした。

 知識の本(Books of Knowledge)だが、フィリップス氏の主張ではトヨタ車の屋根の強度の問題なども記されているとのことで、これが明らになれば、トヨタは安全に関わる技術問題の知識をもっていながら、各種事故の裁判ではその知識を隠蔽してきた、ということになる。
 そうなのだろうか? 知識の本(Books of Knowledge)には、素人推測でも、安全面以外にトヨタの経営に関わる企業技術が含まれているだろうから、トヨタ側としては公開しづらいだろうと思う。
 この問題がどういう推移を辿るかだが、意外と先の政治的なフレームワークが事を決めてしまうのかもしれない。

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コメント

私の最初の勤め先の工場の話なんですけれど、ガラスクロスを織る織機がどのメーカーの織機かということさえ企業秘密で、顧客の問い合わせを回答拒否したんです。

その「知識の本」に、原価計算の方法とか、部品製造の金型の発注先の下請けのことなんかがある程度記載されていたりしたら、まず、社外には見せるわけには行かないと思います。

メーカーには、社外に知られたら、大変なことになる情報はたくさんあります。同業者なら、少しのことがわかれば、それを基にしてリバースエンジニアリングできてしまうようなことはざらにあるからです。

投稿: enneagram | 2010.03.04 15:24

自動車問題(ジムニーやファイヤストンのタイヤ)がおきる度にトム・クランシー著「日米開戦」を思い出します。

アメリカ人にとって、この手のシナリオが余程お好みなのかなぁと。

       

投稿: c | 2010.03.05 02:02

私はトヨタの株主であり定年退職しましたが、トヨタさまにも大変可愛がっていただきました。先般トヨタらしくない人に会いましたので、ご連絡ご報告します

先月名古屋でとんでもない所に遭遇してしまいました。と言うのはある喫茶店でしたが、偉そうに・無礼に聞こえる声で話している人がいました。
”俺はトヨタの2シスのトップだ、ASAIだ。37年トヨタで仕事をして、全て俺がシステムを作り上げてきた。人を見る目は出来ている。全て分かっている。”と相手のSIer営業と思われる人に言ってました。
その内何やら、タクシーの領収書を出して、その営業からそのタクシー費用の金銭を受け取っておりました。
また”今世界SCMのインフラSEを必要をとしている。調達して欲しい。”と大声で話していました。
営業が必死になって”システム要件とか工程表は教えていただけないですか?”と食い下がっていましたが”全て俺の頭の中にある。必要な都度教える。”といって営業はなんとかと頼み込んでいました。すると”夜の接待をよろしく頼む。”と言っていました。
未だにこんな饗応要求、贈収賄にもなりかねないタクシー料金の立替要求等をする人がトヨタにいることが大変ショック。

昨年のUSでのレクサス等のリコールとPL法上損害賠償責任が発生する事件の根幹も、上記世界最適最上品質を作るべき2シスのトップだと言う人に責任が有ると思います。で非常に不快でした。ASAIにも賠償責任があると思います。

大野耐一さんや張会長を尊敬する一人として2シスのASAIの上記言動や饗応要求、贈収賄の行動に大変憤慨です。
営業は何とかトヨタさんの仕事をもらおうと必死だったと思います。その営業の弱みに付込んだASAIの饗応要求、贈収賄の行動は株主としても本当に不快です。

是非、至急事実確認など調査していただき適切な対応を取られることをお願いします。

投稿: akira | 2011.01.13 14:03

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