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2010.03.21

イラクはサウジアラビアに匹敵するフリーハンドの産油国になる

 どうまとめてよいか今ひとつ判然とはしない点もあるが、このあたりで言及しておいたほうがよさそうなのがイラクの石油問題である。いや「問題」とまで言えるかどうかも微妙だが、潜在的には大きな問題を抱えている。
 話の切り出しとしては今日付の毎日新聞記事「イラク戦争:開戦7年 「宗派和解」望む国民 穏健派アラウィ氏に期待」(参照)がわかりやすいかもしれない。イラクが抱えている問題をざっくりと2つに分けている。


 イラク戦争開戦から20日で7年。戦争は多くの課題をイラクに残した。一つはフセイン独裁で抑えられていた宗派の対立が戦後に噴出。これをどう和解に結びつけるかだ。また、イラク復興のカギになる原油増産をどう国際社会と調和させるかも大きな問題として浮上しそうだ。連邦議会選と石油輸出国機構(OPEC)との関係から課題の行方を探った。

 イラクが抱える問題の一つは政治的なものだ。国内の対立と民主主義の発展をどのようにすべきか。私はこの問題は基本的には自然に収束していくのではないかとどちらかと言えば楽観視している(そのことがもたらす未来がイラク戦争の意味を変える可能性もあるかもしれない)。しかし注目したいのはもう一つのほうだ。「原油増産をどう国際社会と調和させるか」である。なぜそれが問題なのか。

 イラクが油田開発を外資に開放し、サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けたことで、OPECは大きな火種を抱えた。OPECは全体の生産量を定め、加盟国ごとに生産量を割り当てているが、イラクが順調に増産すれば市況次第では他の加盟各国が減産を強いられる可能性があるためだ。エネルギー関係者からは「パンドラの箱が開いた」と今後の混乱を指摘する声が相次いでいる。

 毎日新聞記事からすると、当面の問題としてはOPECの生産コントロールが効かないことにより、加盟国が減産を強いられるとのことだが、注目すべきなのはむしろ、イラクが今後「サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けた」という点だ。
 ぎょっとしないだろうか。いや、そんなことはなく、イラク戦争の前からわかっていたことさと言う人もいるかもしれない。それはそうだ。そして故フセイン大統領の独裁下でしかも国連から仏露まで腐りきった体制のほうがその健全なる可能性の未来が開け、さらに同国がサウジを手中に収めるほうがよかったという議論もあるかもしれない。
 また、だからこそイラク戦争は米国がその石油の利権を得たかったがゆえの戦争だという議論もあるかもしれない。現実はというと、米国はそれほどいい思いをしているわけではない。この側面も今日付の毎日新聞記事「クローズアップ2010:イラク開戦7年 米、関与「終局」へ着々」(参照)が詳しい。

 イラク戦争は、「米国による石油のための戦争」とも言われた。だが昨年6月以後行われている油田の入札や交渉では、米国企業は、入札資格を得た7社のうち、エクソンモービルを含めた2社が権益を確保しただけと不振を極めた。一方で、中国、日本、マレーシアなど国営、準国営企業の落札が目立ち、随意契約を含め、国別では中国がイラク石油権益の18%を占めて首位となった。

 イラク戦争が「石油のための戦争」だというならそのメリットを一番得たのは中国である。そして一番しょっぱい思いをしたのが米国である。なぜこうなかったかだが、基本的に入札が自由主義経済の原理に依存していたからにすぎない。米国にとっても想定外のことでもなく、ブッシュ政権からの転換によるものでもない。
 米国の利益と優位を支えるのは、直接的・古典的な帝国主義的支配によるのではなく、自由貿易とその上でエネルギーの主軸である石油をコモディティー化する世界構造にある。イラク戦争はその自由主義経済への勇み足な希求と、世界を民主化するという奇妙な情念が根にあった。これまでのところ大半は裏目に出たが、ここからは歴史の転換となるかもしれない。
 現在の世界では、原油・天然ガスが輸出収入の大半を占める国家が23か国あるが、そこに1つも民主主義国家は存在しない。このような状況のなかで、近未来に民主主義国家イラクが出現することになり、中期的にはOPECの縛りもなくサウジアラビアに匹敵する産油国になる(さらにイラクには天然ガスも大量の埋蔵が想定されている)。
 イラクの豊富なエネルギーが自由主義経済に踊り出せば、米国の優位は自由主義経済興隆の結果として高まることになる。実際のところ、イラク戦争は米国による石油の戦争と言われたが、米国の中東石油への依存度はそれほど高くない。民主主義国家産油国イラクが世界経済を牽引するアジアに安定的なエネルギー供給源となり、間接的な結果として米国の国力につながってくる。
 そしてその前提はシーレーンである。懸念があるとすれば、シーレーン支配をぐいっと曲げることのできる強国の存在だろう。幸い日本は、鳩山政権のおかげで米国の自由主義経済圏からめでたく離脱するのでシーレーンの心配は無用になった。米国に代わった新しい強国の指示に諾々と従っていればいい。日本はウクライナから多くのことを学ぶようになるだろう。
 民主主義国家産油国イラクの登場には近未来に大きな懸念材料もある。イランの存在だ。民主主義国家イラクの台頭を一番恐れているのは隣国のイランである。イランは自由主義経済から石油生産技術を押さえ込まれているので、期待したほどの生産が難しく、石油価格が低下するとさらなる経済的な打撃を被ることになる。
 この構図をうまく描いているのがクリストファー・ディッキー氏(Christopher Dickey)によるニューズウィーク記事「The Oil Curse」(参照)だ。

The government in Tehran already is having serious economic problems, and because embargos and boycotts have cut it off from a lot of Western oil technology, it has a very hard time raising its production of about 3.7 million barrels a day to compensate when prices fall.

イラン政府はすでに深刻な経済問題を抱えている。禁輸やボイコットによってイランは欧米の石油製造技術の恩恵を得ることができず、石油価格が低下したとき、補償するにも生産量を日量370万バレル以上に引き上げることが困難だ。

It wants to make sure that Iraq, which has been exempted from all OPEC quotas, will not start outproducing it, driving down prices and further crippling the Iranian economy. Already, skirmishing has begun behind the scenes at the oil cartel as Tehran tries to make sure quotas are imposed on Iraq before it can surpass Iran and perhaps even start to rival Saudi Arabia (which produces a whopping 8.2 million barrels daily and could go higher).

イランとしては、OPECの生産枠制限を受けないイラクが増産に踏み切らないようにしたい。石油価格が低下すればイラン経済はさらに混迷するからだ。すでに、イラン政府としては、イラクがサウジアラビア(日量820万バレル以上)に伍す前に生産枠を課したいとして、石油カルテルの裏舞台で小競り合いを開始している。

The more the mullahs feel competitive pressure from Iraq, the more likely they are to meddle in its internal affairs, whether with violence or, more subtly, through a democratic process where they try to control key players from behind the scenes. Getting to Iran's level of oil production in the next three years "will not be a big issue for Iraq," says Husari. "Whether Iran will accept it—that's the big question."

イランのイスラム法学者(シーア派)がイラクから競争圧力を受けるにつれ、イランはイラクへの内政干渉を強めるようになる。内政干渉は暴力であったり、微妙なものであったり、舞台裏から画策しようと民主主義的であったりする。「イランにしてみれば3年後の石油産出水準はたいした問題ではないが、イランがそれに手をこまねいているかは大きな問題」とフサリは言う。


 イラクが石油生産力を増大化するのは国家復興からして当然のことだが、それが世界の今後の需要に見合うかどうかは判断が難しい。イラクが増産しても世界需要に見合わないかもしれない。だが当面の問題でいえば、イラクの石油増産はOPEC加盟国の石油価格を下げるし、その影響を直接的にイランに与えることになる。今後イラクの増産によって石油価格の高騰がないとすれば、この地域の不安程度は増大すると見てよいだろう(イラン友好国の影響を日本もさらに受けるかもしれない)。

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コメント

>>イラク政府はすでに深刻な経済問題を抱えている。
イラン政府は、だと思います。

投稿: kumori111 | 2010.03.21 18:05

kumori111さん、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.03.21 20:02

>現在の世界では、原油・天然ガスが輸出収入の大半を占める国家が23か国あるが、そこに1つも民主主義国家は存在しない。

さらに言うなら、今回の入札で交渉権を得た国の内、石油の流通を自由化しているのは日本とBPだけ。他の国は全て国営。
さらに言うなら、今回のイラクの条件はびっくりするくらい高飛車な条件で、メジャーが撤退するのも当然。
つまり、今回、入札したのは値段を無視してでも石油権益を確保しておきたい、問題のある連中ばっかりだったということ。

>当面の問題としてはOPECの生産コントロールが効かないことにより、加盟国が減産を強いられるとのことだが、注目すべきなのはむしろ、イラクが今後「サウジアラビアの生産量に匹敵する生産量を確保できる可能性が開けた」という点だ。

現在の生産量は250万バレル/日。数年後の目標は400万バレル/日。潜在的には1200万バレル/日は可能というレポートあり。但し、イラク政府は400万バレルに達した段階でOPECの割り当て制に復帰することを明言しているのでフリーハンドというわけにはいかない。

今回のエントリーで見逃しているのが、イラクのナショナリズム。イラク政府、そしてイラク人が最も怖れているのが、自国の石油権益に他国が手を突っ込むこと。それが今回の大変厳しい入札条件につながっているし、それに大多数の油田に入札させる意図はない。
つまりイラクにすんでいる人々はアラブ人。彼らはアメリカの傀儡になることなど認めない。米国がバクダッド市街で肩で風を切るような歩き方をすることなどあり得ない。彼らのプライドは高いのだ。

投稿: F.Nakajima | 2010.03.22 01:50

>日本はウクライナから多くのことを学ぶようになるだろう。


↑ここんとこ、もう少し説明したほうがエントリーにインパクトが加わりますよ。

>イラクが石油生産力を増大化するのは国家復興からして当然のことだが、それが世界の今後の需要に見合うかどうかは判断が難しい。イラクが増産しても世界需要に見合わないかもしれない。

↑そんなに今後も中国とインドの経済成長が今みたいに継続しますかね。それに、あまり石油需要が大きくなると、代替エネルギーへの切り替えも加速していくのでは?海洋や海底には、未開発未開拓のエネルギー源がまだまだ隠れているように思うのですが。最近、ミドリムシ粉末を練りこんだお菓子なんかも開発されたそうで、これからどんな資源が出現するかまだまだわからないと思います。

投稿: enneagram | 2010.03.22 09:38

クルドの問題は今どうなっているのでしょう。
現状の平和で長期的に安定するとお考えでしょうか?

イラク産石油が順調に増産されていけば、エネルギー価格等の一次産品投資のバブルは収束するのでしょうか?
世界中のかなりのお金が「石油なら大丈夫」と老後の頼み大きく育て、とつぎ込まれているようですが、それが「戻って来ない」と分かった時に、これはこれでひどい波風が立ちそうな気がするのですが・・・。

投稿: KU | 2010.03.22 09:46

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