[書評]世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで(飯田泰之)
勝間和代さんの本は一冊も読んだことがないので、この機に読んでみようかと手に取ったのがこの一冊、と誤解をしそうな帯だし、めくってみると細野真宏氏の「カリスマ受験講師細野真宏の経済のニュースがよくわかる本」(参照)に似ているかなとも思うが、著者はブログ界で名著と評判のある「ダメな議論 論理思考で見抜く (ちくま新書)」(参照)の飯田泰之氏である。しかし、「世界一シンプルな経済入門」ってほんとかな。
世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで 飯田泰之 |
なのに、しょっぱな目から鱗がポロリ。ここだ。
じゃあまずは「経済学とは何か?」について、はっきりと定義をしておくことにしよう。経済学 = 希少な対象について考える学問
これが経済学の出発点だ。そして、
・希少性
・インセンティブ
・ノーフリーランチの3つを使って問題を整理し、理解し、リアクションを考えるのが経済学だよ。
あ、そのとおり。
いや正確にいうと、「経済学思考の技術」にある「経済学思考の10ルール」も知っているので、インセンティブとノーフリーランチを重視するこの考えになじみがないわけではないが、最初に希少性を持ってきて、これとインセンティブとノーフリーランチの3点に絞るのは、すごくわかりやすいと思った。
というか、誰かこういうふうに簡素に説明していたのだろうか。あるいはこういう説明はすでに一般的なのだろうか。有名なグレゴリー・マンキュー(Nicholas Gregory Mankiw)の経済学の10大原理(参照)も、この3つの視点を起点にまとまるように思える。さらに、「インセンティブ 自分と世界をうまく動かす(タイラー・コーエン)」(参照)を読んだとき、「足りないことへの対処」とインセンティブの関係が経済学の主導的な原理なんだろうなとなんとなく思っていたこともある。ちなみに、本書副題「経済は損得で理解しろ!」は費用・便益分析とトレードオフの重視によるものらしい。
ただ、率直にいうと前著でも思ったのだが、「ノーフリーランチ」はこの名前を冠した数学的な定理に別の意味があるので、「ノーフリーランチの法則」と分けてはいるものの、ちょっと紛らわしいかなという印象はある。
本書では、希少性とインセンティブからすぐに便益と費用が導かれ、費用・便益分析の基礎の話になる。そしてノーフリーランチを加えて「裁定」の話とトレードオフが出てくる。このあたり、いかにも初心者本を装っているけど、かなり鮮やかな手口なんで、びっくり。マンキュー氏の言う第一の原理「人々はトレードオフに直面している(People Face Tradeoffs.)」はむしろ、希少性・インセンティブ・ノーフリーランチを背景にしているので、やはりこちらの3点を基礎においたほうがよいだろう。
本書はそのあと、機会費用からサンクコスト、比較優位と、毎度の経済学の基礎の話に流れていくし、それはそれで優しくていねいに書かれてはいるのだが、これらの個別の概念の説明は、「[書評]出社が楽しい経済学(吉本佳生, NHK「出社が楽しい経済学」制作班): 極東ブログ」(参照)で触れた同書のほうがわかりやすいようには思えた。いずれにせよ、この部分については類書でも優れた書籍はある。
次に目から鱗が落ちたのは、経済学と経営学の対比だった。経済学的には、競争は好ましいが、経営学的には、いかにして競争を避けるかが重要だというのは、そう言われてみればまったくそのとおりで、なんでそうすっきり自分が理解していなかったのか恥じる。
本書では触れていないが、国家が経営学的な方向を採れば、案外その国としては潤ってしまって、しかし世界は経済学的な原理に従うから合成の誤謬に陥る。これに地政学にも似たブロック経済を加えて、トレードオフとして鳥瞰すると現代世界の動向のかなりが説明できたりする(と私は思っている)。
本書の展開は、基本的には以上のようなミクロ経済学的な視点から、マクロ経済学へ、そして日本経済の根幹的な問題であるデフレ対処へと絞り込まれていくのだが、各所に目から鱗が落ちるすっきりとした展望がありながら、物語的な求心力はやや弱いようにも思えた。
それでも、デフレ対処の議論に、いわゆるバランスシート不況説もバランスよく配備されていて、そのためか中盤で簿記的な考え方にも触れているのは好ましい。いわゆるマクロ経済学一辺倒よりも、現代日本の企業が抱える問題がわかりやすい。
こう言うと本書を読んでもらいたい新しい読者に不要な抵抗を招きかねないが、本書の最終的な基調はいわゆるリフレ派の議論であり、日銀アコードによるインタゲにもなっている。が、そのあたりも仔細に読むとなかなかバランスよく書かれている。
特に、デフレ下で実質賃金が上昇して非自発的失業が起きるという説明は、それ自体はごく一般的なものだが、この話は、だから賃金を下げろという議論が起きる背景でもあるし、またインタゲが実施されれば、その結果の再配分的になるがインフレ税的な効果は当然出てくる。全体として見れば、日本にインタゲが求められるというベネフィットの反面のコストもある。だからこそ、経済学的な思考で全体が考慮されなければならないことになる。
それにしても、本書は今の日本に求められているという状況も感じる。毎日新聞記事「首都高:事実上値上げ 年内にも距離別料金--政府検討」(参照)や日経新聞記事「子ども手当の家計への影響、年収多い層で恩恵大 大和総研試算」(参照)を見てもわかるが、日本の現政権はそういう経済学以前のレベルだ。
ここはもう勝間和代さんの猛烈な鼻息で、民主党の議員に本書をぐいと押しつけるのもアリだろう。すでに締め切られているようだが、2010年3月19日(金)には本書のイベントもあるらしい(参照)。
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コメント
「経済学 = 希少な対象について考える学問」
うーん、すると、万馬券を当てる研究も経済学の研究?東スポの競馬予想担当の穴狙いの和田記者(今も健在かなあ)は立派な経済学者?変な定義をすると、変な事象もどんどんカテゴリーにおさまってしまいます。厳密に考えたら、この世に、希少でないものなんてあるのかな、そして真に希少なものなんてあるのかな?
投稿: enneagram | 2010.03.18 09:35
ennegram様
「万馬券という希少さを獲得できますよ」という情報に希少さを持たせて飯を食うというのは、典型的に経済的な営みだと思いますよ。それを「経済学の研究」と呼ぶかどうかは別として。論点を整理するための表現を、論じる範囲を厳密に定義するための表現と読んでしまうことは、あんまり有意義な本の読み方ではないような気もします。
投稿: add | 2010.03.19 13:32
与太コメントですみません。最後の鼻息部分が良かったです!
投稿: | 2011.04.03 16:11