« 朝鮮国連軍と普天間飛行場 | トップページ | ワシントン・ポスト社説に取り上げられた民主党藤田幸久氏の持論 »

2010.03.09

夢破れしアイスランド、そしてゲノム創薬

 アイスランドの国家経済は実質破綻し、同国第2位の銀行であるランズバンキ銀行も国有化された。同銀行の子会社で経営破綻したオンライン銀行アイスセーブの預金者について、アイスランド国民については一部補償されるものの、英国とオランダからの預金(債務)約50億ドル(約4500億円)はどうするか。議会は15年の返済を保証するとしたが大統領は承認を拒否し、6日国民投票が行われた。結果は予想通り否決された。預金の保護は英国とオランダが肩代わりすることになる。アイスランドの国際的な信用は低下するだろうし、現政権の維持も難しくなるだろう。EUとしても問題にはなる。が、アイスランドの人口は32万人ほどで、人口の規模だけでいうなら中野区くらいなものである。規模的には世界経済に深刻な影響を与えようもない。アイスランドの問題で、私が気になっていたのは、ゲノム創薬の先端を走っていた同国のデコード・ジェネティックス(deCODE genetics)社のことだった。
 関連の記事が2月12日付けニューズウィーク「The World’s Most Successful Failure」(参照)に記事があり、日本語版でも翻訳があった。改めて言うまでもなく、同社は2009年11月17日米国破産裁判所にチャプター11の適用を申請し、事実上破綻した。その後、今年に入って、サーガ・インヴェスツルメント(Saga Investments)から出資を受け、1月21日、未上場企業として存続していくことになった。
 なぜデコード社が破綻したかというと、べたにリーマン危機の影響だった。同社は運転資金をリーマン・ブラザーズに依存していた。アイスランド政府も支援していたが、それも事実上破綻した。
 その前から同社の経営は危ういものだった。単純にこう言っていいのかわからないが、待望されていたゲノム創薬ができず、期待されていた売上の見通しが立たなくなっていた。私の関心はそこにある。
 奇妙なものだなと思う。ほんのつい数年前、例えば2007年の時点で、ネイチャーやサイエンスもゲノム創薬を謳い上げていたものだった。アルツハイマー、パーキンソン病、心疾患、癌など各種の疾病を引き起こす遺伝子が突き止められれば、その治療技術にも革命が訪れるといった雰囲気だった。同社は、2007年時点28種類ものSNPs(スニプス:個人差が現れる塩基配列部位)を発見していた。
 そもそも、アイスランドでなければデコード・ジェネティックス社の研究は成立せず、ある種アイスランドならではの奇跡にも思えた。バイキングの歴史をもつアイスランドでは、1000年近くも国民の家系図の記録が残っており、政府が管理している。
 創業者のカリ・ステファンソン(Kári Stefánsson)氏はそこに目をつけ、アイスランド政府と国民を説得して、その個人データ(家系図と疾病の記録)を使う約束を取り付け、ハーバード大医学部でのステータスを捨て、1996年、同社を創業したものだった。
 話題が沸騰していた2007年以降、どうなったか。それが概ねどういうことはない。まるで数年前まで大騒ぎしていた地球温暖化問題を今ではみんなすっかり忘れているようなものだ、というのは冗談だが、どうしたことか。
 ニューズウィークの記事ではそのあたりについて、実際に発見された遺伝子は、例外的なものであったり、また個人のレベルでは発症リスクが低かったりするらしく、直接創薬には結びつかないということらしい。
 現状でも同社は、ゲノム創薬に関わる各種の情報を維持しているらしいし、そこから驚くような創薬がないとも限らないが、望みは薄い。当面の経営は、ゲノム情報整理のコンサルタント業のようなものになる。数年前までゲノム研究を推進していた研究者は現在収集したデータに溺れているから、それの救出にあたるというわけだ。
 話が散漫になるが、技術やデータといえばGoogleが一枚噛みそうなものだが、と思い出せば、2007年にGoogleはゲノム解析企業23andMeに出資していた。というか、創業者の1人アン・ウォイッキ(Anne Wojcicki)氏は、Googleの創業者の1人サルゲイ・ブリン(Sergey Brin)氏の奥さんだ。同社のゲノム解析のサービスを試したブリン氏は自身の遺伝子突然変異からパーキンソン病にかかる確率が平均よりかなりと告白していた(参照)。Googleも潜在的には、ゲノム創薬と関わりは続けていくようにも思えるが、それでも2007年頃のゲノム創薬の話題の復活は、アイスランドの沈没とともにもう消えたような気がする。

|

« 朝鮮国連軍と普天間飛行場 | トップページ | ワシントン・ポスト社説に取り上げられた民主党藤田幸久氏の持論 »

「科学」カテゴリの記事

コメント

大きな国でも、小さな国でも、きちっと働かないでばくちばかり打っていたら大事な資産を差し押さえられる、というこころ?

関係ないけど、本日、3月9日に、ライブドアブログで、"Bloga enneagramica"を開設して、まず、2つのエントリーを入れてみました。筆力がないので、自分がブロガーになるよりブログのコメンテーターやっているほうが性に合っていますが。

当分、商売っ気抜きで、アフィリエートはやらないで、文章力の鍛錬をしたいと思っています。どうぞよろしく。

投稿: enneagram | 2010.03.09 15:40

素人でよく分からないながらも、遺伝子が齎すとされる難病が、アイスランドの沈没と共に開発されなくなるというのは、ちょっと信じがたいです。この研究に携わる学者も多いと思うので、そんなに簡単に消失しないのではないかという期待もあります。
ただ、リーマンショック以降、予想だにしない事が立て続けに起こるので、今までの概念で「そんなことは起こらないだろう」のような考え方では通用しないのかなとも思います。
アイスランドは、小さな巨人というイメージがあっただけにちょっと残念なことですし、このくらいの規模の国をどうして、何故、周囲が救えないのかという疑問があります。本当に残念なことです。

投稿: godmother | 2010.03.09 18:52

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夢破れしアイスランド、そしてゲノム創薬:

» 国民投票結果詳細&当日のアイスランド国民の様子を写真で [ICELANDia アイスランドブログ]
 2010年3月6日にアイスランドで独立以来初めての国民投票が行われました。 結果は否決!  新聞等の報道でご存知かと思いますが、焦点は2008年アイスランドの経済崩壊時に、イギリスとオランダの政府が自国内に置かれていたアイスランドのランズバンキン銀行のネット預金口座(アイスセーブ)の預金(総額4670億円)をアイスランドがいかに保障するのか、ということ。アイスランド政府が可決した返済法案は、大統領が署名拒否をしたため国民投票にかけられました。その結果=>否決。  ここでご認識いた... [続きを読む]

受信: 2010.03.11 01:46

« 朝鮮国連軍と普天間飛行場 | トップページ | ワシントン・ポスト社説に取り上げられた民主党藤田幸久氏の持論 »